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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第三章 ―神を包む繭―
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004 機械の国の人々


「なんでもなにも……」

 青い瞳の少女、サラ・ウエストはゆらゆらと揺れるツインテールの片方を手でさっと払い、馬鹿にしたように俺に言った。

 元の世界みたいにツンツンした生意気な口調で喋れよ。違和感がすごすぎるぞ。懇願するみたいで情けないから言ったりはしねぇが。

「神園から神園華を盗んだならもはや日本国内に貴方の居場所はないからですが?」

「は? 盗んだって?」

「神園華は神園家の商品ですよ。それも売約済みの。それを代金も払わずに自分のものとするなら、それは盗んだと同じことです。新井忠次くん」

 ヒュー、とサラの背後のスミス兄弟が口笛を吹いて囃し立てる。

「難攻不落の神園華を()とすとはやるじゃないか色男」「HAHAHA。これで日本国は君の敵だな」「チュージ、神園と()りあうときは俺を呼んでくれよな」

 舌打ち。華に説明を要求するように眼で見るが、どうしてか落ち込んだような表情で俯いている。

 留学生たちを警戒していた朝姫が近づいてきて説明をしてくる。

「センパイセンパイ。日本に戻ってからの神園の出方はですね。まず新井家の口座を凍結、次にセンパイのご両親の仕事をクビにして、んんー、違うか。たぶん適当に罪を捏造されて逮捕かな。つまりセンパイへの人質兼見せしめですね。それで神園華を自主的に返却させるっていう流れでしょうか?」

「加えて、新井くんは物の購入なども制限されるでしょうね。あの街は神園の支配下なので。それでも、殺されることだけはないでしょうが」

 殺さないのはつまり神園華に、俺を諦めさせる必要があるからだとサラは言う。

「マ、マジか?」

 呆然とした俺に、朝姫がマジです、と頷いた。

「ボクもセンパイについていくので赤鐘からは勘当ですかねー。いや、別にボクを捨てた家族ですので全く問題ないですけど」

「赤鐘は遺伝子情報は大丈夫なんですか?」

「赤鐘のヘボ剣士どもなら返り討ちにできますけど?」

 自信満々の朝姫となるほどと頷くサラ・ウエスト。とんでもない会話だった。

 恐る恐る華を見る。否定も肯定もしてこない。

 何かあるなら否定するだろう。つまりこの2人の語る未来像は正しいということだった。

「そういうわけです。新井くん、理解できましたか? それで、我々に協力してくれるなら帰還の後に合衆国に亡命できるように取り計らいますが?」

 待て、待て、と言いながら手の平をサラへと向ける。


 ――『主従』が激しく動揺していた。


(クソ、華を切り捨てれば、という考えが浮かんだからか……)

「もしも……」

 小さな、消えそうな声音だった。そして、もしも、と華がもう一度、呟いた。

 全員の視線が華へと向かう。華はうつむき、何かを覚悟したように顔を上げた。

忠次様(かみさま)が、そうしたいなら、いい(・・)ですよ」

 その瞳に、企みや暗い思考は見えない。覚悟した人間の姿だった。

 それは、つまりは、そういうことだ。

 新井忠次は全てを諦めてもいい。神園華を捨ててもいい。神園家に媚びへつらってもいい。

「……――~~~~~~~ッッッ」

 頭が熱い。この熱は、この怒りは、この感情は。

「華」

「はい」

なんとかしろ(・・・・・・)

「ッ、はい! はい! はい!!」


 ――ああ、畜生。言いたくなかった。だが言わねばならなかった。


 華の答えは即座だった。信じていたとばかりに歓喜に全身を染めていた。

 朝姫が嗤う。好戦的な表情で、そうでなくてはと嗤っていた。

 俺の腹の内で傲慢が嗤っていた。小胆が嘆いていた。

 だがどうしようもなかった。そうでなければならなかった。

 それが俺だった。そうなってしまったのが俺だった。

 アメリカ人4人が楽しそうに表情を綻ばせる。

「結構です。それでは協力の――」

「待て。協力するとは言ってない」

「――は? なんと?」

 ああ? 何疑問顔晒してんだクソが。てめぇらもよくわかんねぇんだよ。きっちりこのエリアで待ってやがってよぉ。何を企んでやがる?

 俺が獰猛にサラに噛み付いた表情を見せれば、警戒してスミス兄弟が前に出てくる。

「俺らはまず神園家と話し合う。現状、全部推測でしかねぇからな。実際会ってみたらなんとかなっちまった、みたいなこともあるかもしれねぇ」

「そんなわけが……」

「ありえるかもしれません」

「え?」

 サラの呆れたような否定に、華がもしかしたら、といった口調で否定を返した。

「忠次様はわたしに手を出していません。忠次様に会えば、神園次郎はそれを理解できるでしょう。でしたらこの世界の中だけでなら落とし所が見つかるかもしれません」

 元の世界ではまた別ですが、との言葉にサラが俺を見て愕然とした表情をした。

「うそ、神園華に手を、出していない?」

「あ? 悪いか?」

「もしかして、新井くんって不能(たたないの)?」

 ちげーよ! と叫べば、スミス兄弟が心底楽しそうに爆笑した。


                ◇◆◇◆◇


 回想から戻ってくる。俺の眼の前には呆れたような顔をした生徒会長(かみぞのじろう)がいる。

 怒りの表情を浮かべた宵闇黒衣(よいやみくろこ)が声をあげようとするも、生徒会長によって遮られた。

「新井くん、君のそれは僕たちにメリットはあるのかな?」

「知るかよ。ガキじゃねぇんだ。自分で考えろ」

「メリットを提示しない、と?」

「しねーよ。俺は別にどうしてもお前らが欲しいわけじゃねぇんだ。俺の下に付きたいなら、そっちからおねだりしろよ。お願いします新井様のギルドにいれてください、ってな」

 ふむ、といった表情の会長。考え込んでいる。

 嘘だ。全部嘘だ。争いがないならそれがいい。喧嘩しないで済むならそれが一番いい。

 何より人手が欲しい。だから生徒の大半を統括する生徒会と仲良しになれるならメリットが多い。

(だがデメリットが無視できねぇ……)

 そのデメリットが問題だった。争いたくはないが、どうしても生徒会と完全に協調することは避けたかった。奴らがギルドに入ってくれば、大罪魔王どころではなくなる。ギルド内での主導権争いがメインになってしまう。エピソードの構築や特殊ステータスの取得は後回しになってしまう恐れがある。

(だから俺が一番困るのは、生徒会が頭を下げて俺の傘下に入ってくること……)

 一番良いのは消極的な協調だ。争いもなく、ただ活動を見守ってくれること。

 もちろんそんなことは不可能だろう。華の存在がある以上、最終的にどちらかが上でなければならない。

(さて、生徒会長はどう判断する?)

 メリットの提示をしなかったのも、挑発的な仕草もこれらが理由だ。争いになるリスクはあったが、全面戦争にでもならない限りは、多少争った方がまだマシでもあった。

(華の情報じゃ、生徒会長は争いを好まないという話だったが……)

 俺が知っている神園次郎もそういう人だ。だが神園家について知らない俺は、それが神園次郎の本性なのか判断できない。

 華やサラの話では、神園は商人の家らしく、自らが争いに参加するのは嫌がるので、奴の心の天秤は何もなくても協調に傾いているという話だったが……。

「じゃあ、そうだね。新井くん。お願いするよ。ギルドに入れてください」

 あっけにとられる俺の前で、生徒会長は、俺に向かって頭を下げてみせ――「ふざけるな! 認められるか!!」運動部方面から怒鳴り声。「会長! 冗談にもほどがある!!」文化部方面からも怒鳴り声。副会長たる宵闇黒衣が「会長! お戯れもそこまでに」と生徒会長の肩に手を添えて、頭を上げてください、と頭を上げさせた。

「ははは、こうなるからなぁ。ごめんね新井くん。僕個人としては君の下についてもいいんだけどね。こういうわけだから」

(ッ、ッぶねー。何考えてんだこいつッ……!?)

 だが確信した。やはり生徒会をまるまる取り込むのは危険すぎる。先程怒鳴り声をあげ、今もキレている奴らが全員入ってくることになる。今の俺の器で、そんな奴らを統制しながらゆっくり鍛錬、なんてのは夢物語だ。

 でも、と苦笑いする生徒会長は、俺を見て、にっこりと微笑んでみせた。

 俺が今まで見たことのある誰にも似ていない、不吉な気配の漂う笑い方だった。

「新井くん、君、今嫌がったね?」

「……なんの、はなし、だ?」

「見えてきた。さて、君がやりたがってるのはどの辺りかな? 特殊ステータスかな? それともエピソードかな? どちらもかな? それとも」

 大罪かな? と気軽な口調で言う生徒会長。

「…………」

「お、反応したね。そうさ。ぼくたちもただここにいるわけではないってことだよ。それなりに事情があるのさ。所詮それなりだけどね」

 それはそれとして、と彼は笑って言った。

「じゃあ、新井くん。別の話をしようか。神園華について、で理解してもらえるかな?」


                ◇◆◇◆◇


 会議は続いている。華との話はとりあえず後にして、会議を進めるということになったからだ。

 全ギルド会議という名目で行われる全体方針会議である。

『統制がとれてますよねー。やっぱり神園ですよねー。むかつきますよねー』

(さてな。ただまぁ理解したよ。華を配下にしたまま現実世界に戻れば、それを神園に察知されればあの街の全部が敵に回るっていう意味がな)

 他の有力な生徒たちも、会長が俺の下につくことが承服できないから反対の声を上げたようだが、それだって生徒会長が強く意思を示せばねじ伏せられたはずだ。何しろ本当に反対なら、彼らはこの会議から出ていけばいい話だし、極論、直接的に俺を排除してもよかった。それをしなかったということは、それをできない事情があるということだ。

 彼らにも生徒会長に従わなければならない理由がある。

(どうしたもんだか……)

 手持ち無沙汰のまま、なんとはなしに刀の柄を撫でていれば脳内に朝姫の歓喜の感情が広がっていく。

『あっ、あっ、あっ。センパイ、センパイセンパイセンパイ』

 朝姫から伝わってくる感情の波。精神汚染だ。この馬鹿刀、色っぽい思念を俺の脳内に撒き散らさないでくれますかねぇ……。

「あの、どうぞ」

「ん?」

 黙って会議の進行を見ていた俺の前にグラスに入った水が置かれる。手にとってステータスを開く。毒ではない。ただの水だ。

「ええと、ありがとう?」

「いえ」

 静かに他の席に向かって水を配っていく女生徒。あー、あれは確か。

(アイドルのココアだ。遠井ココア。こっちに来てたのか。いや、ここの生徒だからそれは当然か)

 テレビで見たことがある。あー、かわいいな。さすがアイドルって顔してる。所作に自信が溢れてやがる。

 栞や華には負けるが、重吾の取り巻きにも匹敵する可愛さだ。

 他の生徒にナンパされながらも水を配っていく姿に感心しながら、そういえば彼女は生徒会の書記だったなと思い出す。

「最前線でも上昇した難度に対応すべく周回数をあげているが限界がある。対策としてこちらから経験値アイテムの供与を考えている」

「ちょっと待ちなさいよ。それだと人員の少ない合衆国が不利じゃない。そういうのはしないっていうのが協定でしょ?」

「状況が変わったからね」

 生徒会長とサラが言い合っている声が聞こえる。サラの口調は先日とは違う小生意気なものだ。いや、俺が今まで知っていたサラ・ウエストのものといった方がいいか。

(どちらが本性なのか……)

『え? どちらもですよ? (ペルソナ)の使い分けぐらいセンパイもしますよね? あれはそういうことですよ』

 落ち着いた朝姫からの思念は言葉を続けていく。

『神園華やボクがセンパイとセンパイ以外に向ける顔は違いますよね。それと同じですよ』

(……そうか? もう少し複雑なものに見えたが)

『たいして変わりませんよ。それより、あちらの話は終わったみたいですよ。んっ……』

 撫でるように朝姫の柄に触れてから天幕の中を見回せば、確かに他の生徒が出ていくところだった。

「さて」

 生徒会長が俺を見ながら、笑っている。

「神園華を返してもらおうか。新井忠次くん」


 ――神園の商品なんだよね、彼女。


 そんな非人道的なことを、当たり前のように神園次郎は言う。



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