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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第一章 ―狂信する魔性―
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007


 先輩の吐息が頬に当たる。先輩の身体が俺に絡みついている。性的興奮よりも強く感じるのは、蛇に捕喰される小動物的な恐怖だ。

 じぃっと先輩は、先輩のステータスを見ている俺を見ている。先輩の頬が赤く染まっている。まるで見てはならない秘密を見ているような気持ちになる。

(ステータスは、そんなエロいもんじゃないよ先輩……)

 俺はぐっと目を瞑る。『盲信』の離れないなんていう怖い文言。それは『エピソード1』と現在の状況を絡めれば誰に対してなのかなんてはっきりしている。

 特殊ステータス。聞いたことのない単語だ。誰も知らない要素なのか、誰かはもう持っていて、秘しているだけなのか。

 ふぅ、と先輩が俺の耳元で息を吐く。「忠次様、あい――」震える俺を見ながら先輩が何かをささやこうとしている。

 聞いてはならないと直感していた。それを言わせてはならない。聞いてはならない。

 好きとか嫌いとか、得とか損とか、恐れ多いとか、釣り合いがとれないとか、なんで俺がとか、そういうよくわかんねぇことじゃねぇ。

 美人が相手なら付き合ってもいいかなとか、LRレアリティが俺に惚れてるなら好き勝手奴隷のようにとか、この美女の身体を好き放題とか、そういうことじゃない。


 ――ただ、ただただ怖かった。


 裸の、よく知らない女が俺に対して気持ち悪いほどの執着を見せている。

 たかがパンと水をやって、ちょっと話しただけの女が俺にこんな恐ろしい視線を向けてくる。

 怖い。真底から怖い。なんなんだ。なんなんだよぅ。

(神様。俺、何か悪いことしたんですか?)

 神は答えてくれない。そりゃそうだ。そもそも俺がどんな神様に祈ったのか、俺すらもわからないのだから。誰へ祈ったかもわからない願いなど、応えてくれるわけがない。

 そして、この小胆さこそが俺がRレアリティであることの証明なのかもしれなかった。

 いろんな奴から好かれる幼馴染との差なのかもしれなかった。


 ――そんなことはどうでもいい。


「――して――」

 まるで時が止まったかのような感覚。その中に沈み込む俺の思考。しかし、それでも先輩の言葉は続いていく。あい、して。その続きはわかっている。わかってしまう。

 まるで破滅の音色だ。最後まで聞くのは嫌だった。

「おお! LR(レジェンドレア)か! すごいなぁ先輩!!」

 先輩の言葉を遮るかのように俺は叫んだ。叫び、先輩の肩を掴んで、ぐっと彼女を少し遠ざける。手が、おんなのやわらかいからだに触れている。柔らかく、性的で、大和撫子の面影などどこにもない淫乱な女の姿が目の前にある。

 俺の大声に、先輩がしょうがない子ね、とでも言うように吐息を吐く。色っぽく、男ならぐらっとくるような仕草。俺の心が恐怖に染まっていなければそのまま押し倒していたに違いない姿。

(……どうしよう……)

 このあとどうしよう。どうすりゃいい? 俺は、この人をどう扱えばいい?

 先輩は俺の言葉に微笑むばかりだ。「れじぇんどれあ、ですか」なんてのほほんと言葉の意味も理解していないのか、呟いている。

 無知さ。今まで何をやっていたんだこの人は? しかし、柔らかい。柔らかいな。この人。そこそこの長身に、豊満な肉体。健全な男なら絶対に放っておかない。そういう理想的な肉体をしている。

(だけれどよぉ、俺はよぉ……)

 怖い以外の理由で、この人を受け入れるわけにはいかなかった。

 幼馴染についていった俺の恋人のことを思い出す。恋人同士だからフレンドなんて薄い関係いらないでしょ? なんて言っていた女。とりあえずで幼馴染や御衣木さんとパーティーを組んだらそのままゴーレムを突破してしまって戻ってこなかった女。SSR。高レアリティだった恋人。

(恋人……なんて関係でもなかったな……)

 俺もなんとなく了承してしまっただけで肉体関係も何もなかった女だ。だって、あいつは、幼馴染のことが好きだったからだ。幼馴染へのあてつけで俺と付き合っていた、そんな女だ。

 俺も少しは好きだったし、惹かれていた部分もあった。だけれど……。一生付き合っていく、なんていう覚悟も何もなかった。だから幼馴染とパーティーを組んだあいつを俺はへらへらと笑って見送ってしまった。


 ――そして、みんな帰ってこなかった。


(そもそも俺が好きなのは御衣木さんなんだよな……)

 御衣木栞。幼馴染の幼馴染だ。

 甲斐甲斐しく奴を世話する御衣木さんを思い出して俺の心が嫉妬に焼かれる。

 あの女と付き合ったのも、あの女が御衣木さんの親友で、接点が少しでも増えるかな、なんていう下心があったからだ。

「忠次様」

(やべッ、ぼうっとして――)

 少しだけ茫洋と過去に思いを馳せていた。その一瞬。その一瞬を目の前の女は全く見逃していなかった。

 にっこりと先輩は俺を見て嗤っている。口の端が釣り上がり、色の失せた瞳で俺を見ている。

「今、わたし以外の人のことを考えていましたか?」

 ひゅぅ、と口から音にならない悲鳴が漏れる。

(こわいよぅ)

 なんで俺がそんなことを言われている? こんなの、それこそあの糞ハーレム野郎の幼馴染の仕事じゃねぇのか。

「レジェンドレア、とはどういう意味なのですか?」

 俺の注意を向けるためだろう。先輩が粘ついた水のような声で俺に問うてくる。俺は、先輩の注意を逸らすためにも情報を吐き出していく。

 そもそもがなんでこんな初歩的なことを今更俺は教えてるんだ? なんて疑問もあったけれど。先輩には頼まれれば否とはいえない凄みがあった。

 それに、説明するから離れてくれ、なんて言える空気でもなくなっている。

 だから引き剥がしたはずの裸の先輩が絡みついてくるに任せるままに、レアリティ、ジョブ、ステータス、フレンドやスキルのこと。そしてデイリーミッションから得られる食料やフレンドガチャによる嗜好品の入手などなど。そういう情報をステータスを開きながら教えていく。

 先輩のアイテムボックスに入っていた『ゴブリンの魂』で先輩のレベルを上げると先輩はまぁ、という顔をする。レジェンドレアらしくレベルの上昇は低い。初期ステータスは高いが、成長速度も『魔法使い』のルール通りだ。1レベルごとにHP+50、ATK+100。ステータスの上昇については、レアリティではなくジョブに関わる。

「ステータス。なるほど、便利なものですね」

 先輩は俺の拙い説明ですら一度聞くとなるほどと理解していく。レジェンドレア。その片鱗。判断材料さえあれば、恐ろしく察しがよく。恐ろしく知恵が回る。この異常なシステムについても全くのよどみなく受け入れていく。

 全くステータスについての情報がないからここで死にかけていたなんて目の前の生き物はさらっと言っているが、こんな生き物が、なんでここで餓死しかけていたのか、本気でわからない。

 ただ『ステータス』と一言言えばよかっただけなのに……。

(いや、無理、か? そういう発想は……)

 俺も多少は混乱している。先輩のいうことは、たしかにそう言われればそうだった。

 ステータスが周知される前は人が人を喰らう修羅場すら形成されてしまったのだ。俺もそうだったが、オタクな連中と違って、普通の人間はどうやってもそういう発想には至れない。

 呼吸を正す。先輩(こいつ)は、化物のようなステータスを持っているし、そういうレアリティに相応しい知能と勘を働かせることもあるが、きちんと情報がなければ死ぬ。殺せる。そういう生き物だ。

 恐れることはない。

 冷静に考えよう。

 ゴーレムの時と同じだ。あれを倒すことができなかったのはきちんと考えなかったからだ。だから、ちゃんと考えれば、きちんと考えれば、この先輩(ばけもの)だってきっとなんとかなる。

「先輩」

 はい? と先輩は首を傾げて俺を見る。

 そうだ、冷静に考えよう。

 このひとは美人だし、そんな美人に張り付かれている状況は役得なんじゃないだろうか? ポジティブシンキング。無理やり好意的な要素を心のうちより引っ張ってきて、植え付けられようとしていた拒否感と嫌悪感と苦手意識を克服できるように努める。

 どちらにせよ、このエリアの難易度がよくわからない以上はこの人をうまく使っていくしかないのだ。

 でなければ……。


 ――こいつと、一生ここにいるハメになる。


 背筋がぞくぞくしてくる。いいじゃあないか。美人と一生過ごせるなんて最高だ。一生エロいことして過ごそうぜ。なんて考えには至らない。『盲信』が怖いからだ。『レアリティ』が怖いからだ。

 何かの拍子にこの女の認識が反転し、『盲信』とやらが『殺意』とか『憎悪』に変わってしまったらどうなる? あり得ない話じゃないだろう。人間なんて簡単に心変わりする。それを俺は、幼馴染(あのクソ)と一緒にいて十分に知っている。

 そして、そうなったなら俺はどうなる?


 ――この女とここで2人きり。何かの要因で死に戻りしなくなるまで、殺され続けることになる。


 御衣木さん。御衣木さん。俺に勇気を。

 先輩に見えない位置でぐっと拳を握り、俺は明るい表情を作って言う。

 めちゃくちゃ近い位置に先輩の顔があるが、もはや気にすることはできなかった。任せるままにすることにした。これがこの人への接し方と考えよう。

「パーティーを組みましょう」

 まぁ、と先輩が俺の手を握って「それは素敵なことですね」と微笑む。

 とにかくこのエリアをクリアして脱出しよう。ゴーレムを倒して、先に進んで、先に進んだらこの人を幼馴染に押し付けよう。あのハーレム糞野郎の高レアリティ吸引力ならきっとこれを引き剥がしてメロメロにしてくれるに違いないから。

 助けて。この人、怖い。

 そういうことは口には出さなかった。

 あとは、そうだな。うん。


 ――御衣木さんに会ったら、俺、告白しよ。


 ここを乗り切るには、そういう勇気が必要だった。



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