001 血肉の悲嘆は、滴るように
まえがき 三章を開始します。
朝姫の設定が書籍版二巻でいくつか変更になります。なりました。なる予定です。
変更点
・瞳の色 初期:黒 エピソード取得後:赤
・髪 通常時 赤髪に黒のメッシュが混ざっている
血を摂取することでメッシュが赤になる
時間経過で黒に戻る
・タイツ→スパッツ(イメージラフもらったときの生足がかわいかったので)
まえがき終わり
夜毎、私の身体を彼らは求める。
肉を喰らい、血を啜り、臓物に接吻をし。
私の身体は引き裂かれ、皿の上に並べられる。
その姿を見て、私は――
――嗚呼、私も彼らも、もはや人ではないのだと。
彼らは獣。
私は家畜。
かつて我らを導いたとされる、宇輪晴井戸の理想など遥か遠く。
――祭壇にて 切り分けられる現人神の感想
◇◆◇◆◇
『エリア3【朽ち果てた村】』の片隅。
「久しぶりだね。新井くん」
フレポから出るテントを素材に自作されたであろう大天幕の中での出来事だった。
大天幕内に設置された、同じようにテーブルを加工して作られただろう大円卓の一席に俺は座っている。
周囲には学園の各組織の代表者が座っている。全員が興味深そうに俺を注視していた。
「おい、新井二年生、会長に返事はどうした?」
黙っていれば、風紀委員長の女生徒が俺に向かって鋭い声で命令をしてくる。
「新井くん、その態度もそうだが武器を顕現しているのも問題では?」
運動部の代表らしき生徒が座っている一面から剣道部の部長の声も飛んでくる。
今すぐこの場でこいつらをクソほど泣かしてやりたくなるが、我慢して気持ちを抑える。
『ふーん、あれは赤鐘の門下のくせに生意気ですね。ボクがちょっとシメてきましょうか?』
歯を軋らせるように唸っていれば、腰に下げた刀からそんな声が飛んでくるので俺は刀を撫でるようにいいからやめとけ、という念を送った。
この刀の名前は『剣聖刀赤鐘』。大罪魔王を倒した時に得られた願いの玉で俺の後輩である少女、赤鐘朝姫が変化した姿である。
「つかそれよー、見たことねぇ武器だな。どんなステータスだ?」
文化部が集まっている方からそんな声が飛び、ちょっと待ってくださいとの声の直後に、ひゃぁ、という悲鳴が上がる。
「なんだ? どうした?」「え? 人? にん、げん? なに、あれ?」ざわざわとしたざわめき。つか、おいおい、鑑定スキルを使える奴がいるのか。ジョブはなんだ? 僧侶か魔法使いのSR以上か? 華や朝姫がジョブチェンジで取得できるのか?
俺はいらつきながらも文化部に目を向け、周囲はざわつき、これでは話し合いどころではない。
それでも――
「静かにしてくれるかな」
それは、静かな声だった。
文化部が起こしたざわめきで皆があれこれと喋りだした場にしんとした静寂が生まれる。
眼の前の男が起こしたものだった。
「それで、新井くん。久しぶりって僕が言ったよ?」
評判は可もなく不可もなく。平凡な顔をした、平凡な男。
生徒会長、神園次郎。
神園の次期当主とされる神園家の次男にして、『R』のレアリティを持つ『魔法使い』である。
「くそッ。二年一組、部活は入ってねぇ。放送委員の新井忠次だ」
放送委員と言ってもほとんど幽霊委員のようなものだがな。ジューゴのために放送室を使えるという理由だけで入った委員会だった。
「おいおい新井くん、僕たち知り合いだろ?」
「アンタだけじゃなくって他の連中にも俺を知ってほしくてな」
俺の傲慢とも言える生意気な言葉に会長の傍にいた薄暗い印象の美しい少女が眉をひそめて何かを言おうとするも、会長が静かに手をあげ、その動きを抑えた。
「黒衣、抑えて抑えて」
「ですが、会長」
「話が進まないんだ。抑えてよ。ね?」
会長の懇願のような言葉に、仕方なしと副会長が口を閉じる。だが、俺に向ける副会長の視線は鋭い。
ちッ、副会長め。元の世界で一緒に飯食いに行っただろうがよ。なんだよその目は……。
(だが不気味だな。会長のこの凡庸な姿は……)
前の世界でもそうだった。この人は凡庸だった。
そう、この状況で凡庸すぎる。凡庸すぎるのに、なんだ、この異様な統率力は? これが神園って家の力なのか?
それに、と俺を睨む副会長に視線を向ける。『SR』の『盗賊』である『宵闇黒衣』に。
「なんだ?」
「いえ、なんでも」
「ふん、お前は会長の質問にてきぱき答えればいいんだ」
うへぇ、と舌を出して睨まれていれば、俺の五感を間借りして周囲を観察してる朝姫からのテレパシーが届く。
『センパイ、宵闇黒衣は宵闇協会の派遣上忍だから、気をつけてくださいね』
――上忍。忍者。忍び。NINJA。
(ジョーク、じゃないんだよな? マジで忍者だってのか?)
どうにも現実感の薄れる話だった。俺は宵闇黒衣を知っている。知っているはずだった。
だが、俺は今から、その先入観を全て捨てて宵闇黒衣と接さなければならない。
『ここに来る前に神園華から説明は受けましたよね。この場はセンパイと他の生徒という図式ではなく』
ああ、と俺は周囲を見渡す。
俺を詰問するかのように、生徒会、運動部、文化部、他委員会が集まったこの場だが、けして、俺対全生徒の単純な図式ではなく。
私立極聖学園内部進学組の生徒大半の支持を持つ生徒会と、アメリカ系の留学生十数名で構成された合衆国の機械人間、グレートブリテン島を支配する妖精女王なる化け物の尖兵たる魔法少女たち。
とりあえずこの場にいるのはその三勢力だけだが、朝姫の話では、参加していないだけで他にも化け物がいくつか学園にいるらしい。
くそ、忍者にサイボーグに魔法少女だと……? アニメかなんかかよほんと。つーかよぉ。
(まっっっっっっっったく気づかなかったぞおい)
そんな暗闘が繰り広げられていたなど学生生活で全く気づかなかった俺だ。いや、華の話によると本当に全てを知っている生徒は十数人程度らしいが。それにしたって、である。
そもそもイギリスがおとぎ話の妖精どもに乗っ取られていて、そのときにブリテン島から逃げ出した避難民の一部がアメリカ大陸に渡って、そいつらがアメリカって国を作ったなんて話からそもそも眉唾もんだろうがよ。
(くそぅ、俺の知っている歴史は一体なんだったんだ……)
妖精に国が乗っ取られたなんて、当事者たるヨーロッパでも最前線以外では知られていないとかなんとか。世の中が混乱するし、人心が動揺するし、妖精側に付く人間が増えるので偉い人たちによって情報封鎖されているらしい。
で、だ。そもそもなぜこんな受け入れがたいことを圧倒的な常識人側にいる俺が受け入れているのかについては、つまり、このエリアに来る前、エリア2で――。
「生徒会長、さっさと話を進めてください」
そんなことを言いながら、留学生集団の中心人物である、ウェストカンパニーの令嬢たるサイボーグ美少女がこちらを見てにこりと微笑みかけてきた。
怪獣王を倒したあとに戻ってきたエリア2『見果てぬ平原』での出来事を思い出した俺は、嫌な気分になりながら、あらためて生徒会長に向き合う。
会長とは、学祭やなんやかんやで顔見知りだ。一緒に飯を食いにいったり、遊んだこともある程度には。
(つかよー。こんなにやべぇ連中がいるのに、なんでまだエリア3なんだろうな……)
幼馴染たる剣崎重吾はもっと先にいるらしいが、こいつらは先に進むことなくここでぐだぐだとやっている。
そんな俺の悩みに、『勢力が均衡しているから進めないんじゃないですか?』なんてことを朝姫は伝えてくる。
均衡、均衡ねぇ。つまりこいつら、この状態で争ってたってことか?
その鈍足さが逆にこいつらをラストバトルに挑ませなかったというならば、愚かな選択こそが正しかったことになるのかもしれないが。
「で、なんで俺をここに呼び出したんだ?」
全ギルド定例会議という名前の会議を主催し、掲示板を用いて俺を呼びつけた会長は俺の質問に凡庸そうな口調で言った。
「新井くん、もう難度を上げるのはやめてほしい」
ここに集まった全生徒の視線が俺へと集中する。
俺は、そいつらに対して傲慢に、大仰に、尊大に言ってやった。
「はッ、嫌だね」
ざわりと周囲の連中が殺気立つ。
だが俺は逆に笑ってやる。
(は、クソどもが)
そうだよ。ここがどこで、相手が誰かなんて関係ねぇ。
自分の意思を貫くには、いつだって傲慢に振る舞う必要がある。
だから俺は、奴らに言ってやるのだ。
「俺に命令するなんて馬鹿なことしてんじゃねーよ。逆だぜ。てめぇら、俺のギルドに入れ。使ってやるからよ」
やれやれといった顔の会長に、キレた表情の運動部、そして俺を蔑んだ目で見る一般人に擬態した魔法少女たちに、楽しそうなサイボーグども。
誰も彼もがうるさくてしょうがない。
――だがな。今回も積み上げていくぞ。
俺が進む道は、それしかないのだから。
俺が嫌でも、相手が嫌でも、踏みつけて、従わせてやる。