表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
66/99

034 エピローグ


 天使が腕を振るうと、俺たちは牧草がどこまでも続く饕餮牧場の大地へと降ろされた。

 正面には怪獣王ベルフェゴールの死骸がある。

 怪獣王は牛のような、羊のような、様々な動物が寄り集まってできた巨大な怪物だった。

「これ、消えないのか?」

「消せますけど、ここ殺風景ですからね! 新井忠次様! どうぞ見ていってください!」

 そうかよ、と言いながら俺は、楽しそうに俺の顔をじぃっと見てくるそいつへと視線を向けた。

 天使の輪、真っ白な翼、白い一枚布の服。金髪碧眼の美少女、天使アルミシリアがにこにこと笑っている。

 傍らのシステムウィンドウには帰還時間が表示されている。残り10秒で止まっていた。

「ああ、立ったままもなんですね」

 アルミシリアが再び腕を振るえば、草原に小洒落た装飾のついたテーブルと椅子が現れる。

 顕現とは少し違う、大罪を振るう感覚からこの女が世界(・・)を操作したのだと理解が及ぶ。

(こいつも化物、か……)

「どうぞーどうぞー、皆様、座ってくださいね」

「華」

 俺の言葉に、はい、と背後の華が頷いた。

 疲労はしているだろうが、気丈にも、疲れを見せずに動いてくれる。

「あー、疲れたー」

 対照的に、隠しもせずに椅子に真っ先に座る朝姫。

「この椅子、大丈夫みたいですよ、センパイ」

 罠かもしれないから真っ先に座ったのか、朝姫(こいつ)。正気じゃねぇなやっぱ。

 黙っていれば朝姫に促され、俺もゆっくりと椅子に座る。

「アルミシリアさん、どうぞ」

「ありがとうございます! ええと、神園、華様、ですね。いやー、嬉しいです。歓迎してもらって」

 華が差し出したアイスクリームに手を伸ばし、アルミシリアはにこにこと笑った。

「この人が天使さんですか」

 胡散臭いとばかりにアルミシリアを見つつ、朝姫は自身の前に置かれたアイスクリームをスプーンで突ついた。

 その手に刀はない。アルミシリアが降臨した瞬間に、アルミシリアが消してしまった。

 俺も、剣と首飾りを消された。おそらくアイテムボックスに戻されたのだろうが、何も武器がないのは不安になる。

(あったところで勝てはしないだろうが……)

 ちょうどいい。華が俺の前においたアイスクリームに口をつけつつ、俺は前から思っていたことを言ってみることにした。

「なぁ」

「はい? なんでしょうか?」

 俺は怪獣王の討伐報酬でアイテムボックスに入っていた願いの玉をテーブルに転がしてみせた。

これ(・・)は、なんというか詐欺だな」

「はい?」

 願いの玉。それはなんでも願いを叶えるという万能のアイテム。

 だが、その実態は、かなり制限のあるアイテムだった。

「ええと、そうですかね? でもでも、本当に叶えますよ。お願い(・・・)されれば(・・・・)

 私、天使ですので、とアルミシリアは大きな胸を張った。

 たゆんと揺れる胸に視線を向けながら俺は嘲笑うように言ってやる。

「だが叶えたあとは知らねぇんだろ?」

「そりゃそうですよ。叶えるまでが私の仕事で、叶えたあとはその人の問題ですからね!」

 やっぱりな、と俺は天使の回答を嘲笑う。朝姫は俺が何を言っているのかわからないのか首を傾げ、華は静かにギルドハウスで購入した紅茶を淹れている。

「たとえば、この願いの玉を使ってゲームクリアを願ったとしても、クリアできない」

「いえいえ、できますよ。ぱーっと叶えてみせますとも」

「できるが、世界は滅ぶだろ?」

「滅びますけど試練(ゲーム)はクリアできますよ」

 たとえば、と俺は言葉を続ける。

「天使を配下にしたい、ゲームに関わることで天使に直接何かをさせたい、と願ったとしても」

「ええ、もちろん。お願いの内容に関わらず協力しますとも」

「悪魔どもが即座にこの茶番を破壊して、人類は滅ぶんだろうな」

「でもでも、私はご協力しますよ!」


 ――人間によって『魔王』が倒されれば悪魔たちは手を引く! そういう契約を!


 この天使は最初に会ったときに俺にそう言った。つまりはそういうことだった。

 願いの玉ではこのクソみたいな世界を強制的にクリアすることができないようになっている。

(だが、たとえば、無敵の状態付与を永続にして、ステータスの値を無限にしたならばどうだ?)

 クソ強いだろう不正(チート)行為を想像してみた。だがアルミシリアは俺の思考を読んだように笑顔で答えた。

「もちろんそれもできますよ。ただ新井忠次様の場合なら傲慢の大罪に魂を食いつぶされるでしょうし、他の方でも、そこまで無茶な願いを実際に行うのなら、なんらかの大罪が発生するでしょう。人間の自制心にどれだけ期待できるか試してみますか? 私はもちろん構いませんよ! 喜んで行いますとも!」

 想像して頬が引きつった。そこまで強大な力を願った人間の大罪だ。周囲に存在する全ての人間を巻き込んで派手に自滅するだろう。魔王の討伐など期待できるわけがない。

 分不相応な力を願うなら、そいつは様々な大罪を併発させながらこの世界と共に自滅するのだろう。

「もし、願いの玉で大罪を無効化したら……」

「耐性が発生しないので悪魔には勝てませんね」

「俺が付与すれば」

「新井忠次様は自分に絶対に従わない人間をパーティーに入れても大丈夫なんですか?」

「……やはり、そこまでステータスをいじれば人格に問題が?」

 言外に、華や朝姫でも無理かと問うてみたが、天使は静かに微笑むだけだ。

「新井忠次様、変わらない人間なんていませんよ。耐性を直接与えることも、人格も含めて保護することもできますが、それはそれで他にも問題が出てきますしね。歪みを修正する度に願いの玉を使っていたらどれだけあっても足りませんよ」

「……よくできたシステムだな」

「お褒めに与り恐縮です。ただ、そもそもの話、新井忠次様がそういった願いを本気でやろうとすれば傲慢の大罪の制御を貴方は失いますよ」

 言ってみただけということを理解されていた。

 俺は口をへの字に曲げる。そりゃな、それぐらいは俺だってわかってたさ。

忠次様(かみさま)、この天使を、ただ足元に(ひざまず)けるためだけに使ったらどうでしょうか?」

 背後の華がそっと囁いてくる。天使はにこにこと笑っていた。

「いや、ダメだろ」

 即断だ。倫理とか、常識とかそういう意味ではない。華もわかっているのか、言ってみただけです、と引き下がる。

(俺は、そこまで俺を信用してねぇよ、華)

 跪かせたら、上に立ったと思ってしまったら、戦力として、労働力として使い(・・)たくなる。だから、天使はダメだ。使ったら終わり(ゲームオーバー)なのだ。

 結局そうなのだ。人間は抜け道を探そうとする。人の欲望に限りはない。

 そこに例外は存在しない。俺は、自分だけは賢く使えるなんて思わない。

 結局のところ、0か1かなんだ。やっちまったら、どうしたって使い道を探しちまうだろう。今回だけだと思っても、次を期待してしまうだろう。

 まともでいたいなら、天使に関わる願いはやめた方が無難だった。

「それで新井忠次様、願いはどうしますか?」

 願いの玉をどう使うか聞かれる。俺は悩んだ。こうやって使い道を考えてはみたのだが、本当に使い道がなくて悩む。

 なんでも叶うが、安易に願えば破滅するアイテム。こんなもの、どう使えってんだよ。

 ただ華はすでに決めていたのか、一切の躊躇なく願いを口にした。

「隠しステータスを見られるようにしてもらっても構いませんか?」

「構いませんよ。ただ……えー、神園華様、貴女は大丈夫そうですね」

 俺が疑問を顔に浮かべているのを見たアルミシリアがにこっと笑った。

「神園華様は正気を失ってますので大丈夫だと判断しました」

「あー、まずい願いなのか?」

「隠しってそういうことですよ。ゲーム的に隠しておいた方が面白いというのもありますが、隠しておいた方が円滑な進行ができるので隠してあるものもあります。結構ショッキングな情報が含まれるアイテムは多いので。まー、常人が見たら精神崩壊しますけど、神園華様は大丈夫です」

 もう壊れてますから! と天使が気軽に言えば、華の手の中の願いの玉が消えた。

 華が目を瞬かせる。ステータスを開いた。アイテムを見ていた。

「あ、忠次様。トレーニング室の備品のジャージは訓練効果増強で、シューズは移動速度の上昇みたいですね。これで検証の手間が省けましたよ! 他にも――」

「華、俺には隠しステータスを絶対に教えるな」

「あ、はい」

 俺の正気がいずれ傲慢の大罪によって破壊されるとしても、だ。まだ精神を壊したくはなかった。

 人間の精神が壊れる実例はきちんと見ている。華は壊せるのだ。人間の精神を、言葉で。

 俺は横目で願いの玉を見つめ続けている朝姫を見て、小さくため息を吐いた。

「俺の願いは、とりあえず饕餮牧場をくれ」

 願いの玉が手の中から1つ消える。新井忠次は『隠しエリア【饕餮牧場】』を入手しました、とアナウンスが入る。

「あとは、そうだな」

 俺は朝姫を指さして「こいつの元の世界の肉体を治しておいてくれ」と天使に願った。

「はい、できましたー。ほんと無欲ですねー。新井忠次様は」

「あのな。こんな制限ガチガチのアイテムどう使えってんだよお前」

 実際、エリアを手に入れたところで使いみちなんか考えていない。他に欲しいものがないだけなのだ。俺には。

 安易に願えば膨れ上がった自尊心を保てなくなる。

 これもまた、俺の持つ傲慢の大罪のデメリットだった。

「あの、天使さん」

 朝姫が天使に声を掛けた。天使はえー、と視線を朝姫の頭上に彷徨わせ「赤鐘朝姫様ですね。なんですか?」と問う。

「ありがとうございます。ボクをこの世界に連れてきてくれて」

「え? ありが――って、うわ、本気で言ってる。気持ち悪いなー、って、赤鐘朝姫、赤鐘朝姫かぁ……」

 本音がだだ漏れてる天使に呆れつつ、俺は朝姫を見た。朝姫は俺を見た。迷いのない目だった。

(朝姫の願い、か……)

 予想している。恐らくその予想は外れないだろう。今後を思って、俺は疲れたように朝姫を見た。

「好きにしていいぞ」

 顔を背けて手をひらひらと振る。

 これは朝姫の願いだ。戦いに参加した朝姫の権利だ。


 ――人間は、自らの意思を持つ生き物だ。


 つまり朝姫は、発生した特殊ステータスとエピソードを消してもいいということだ。

 『死病』も『死毒』も『狂気の淵』も、パーティー制限やフレンド制限をしているエピソードも何もかも願いの玉を使えばリセットできる。

 俺から自由になれる。

 朝姫が自立できる。できるのだ。してしまうのだ。


 ――俺は……止めない。


 惜しいという気持ちは当然ある。

 ここまで俺を強力にサポートしてくれる人間が華以外にも存在した。奇跡だ。仲間になってくれた。奇跡だ。

 こんな幸福は二度と訪れないものだろう。

 だが、ほんの少しだけ残っている俺の人間性が、朝姫が自由になることを喜んでいた。

(クソったれだなほんと。あーあー、もったいねぇ。……だがよ、それでもいいかって感じだ。ったく、クソ、終わったら、エリア2に送ってやるか)

 難度が上がれば朝姫一人ではここから出るのも難しくなる。だから、それだって手伝ってやろう。

(ついでに、お別れ会もやってやるか)

 きっとこれこそが俺の行える最後の善行だ。次のエリアに向かったら、今度は意識して今の朝姫みたいな奴を作るようになる。


 ――作ってしまったのだから、作れるように効率化する。


 できなくてもやろうとするだろう。

 傲慢とはつまるところそれなのだ。

 人を人として見れないものなのだ。

 つまらなそうに顔を背ける俺を見て、朝姫がうん、と頷いた。願いを決めたようだ。すっきりした笑顔だった。

(人材勧誘からやり直しか。今度はもっとうまく――)


「ボクが、センパイが装備できる刃物になれるようにしてください」


「は?」

 朝姫を見た。

 朝姫は「もちろん人間にも戻れるように! あと剣とか刀とかそこそこ選べると嬉しいです! あ、センパイ専用で! 他の人は装備できないように!」といちいち注文をつけている。

「んん、んんん?」

「あ、あと! 僕が望めばいつだってセンパイのとこに『転移』、とかいうのをできるようにしてほしいです」

 なん、だって? 今こいつなんて言った?

「はい、了解です。やっておきまーす。ただちょっとシステムに変更いれるので、次の難度上昇まで待ってくださーい」

 はーい、と満足そうな朝姫に、にこにこと笑っているアルミシリア。

「あ、さひ、お、前?」

 狂気的なやりとりが、横で交わされた。

「センパイ! ボク! ボク! この世界に来てホントよかったです!!」


 ――朝姫の目は、俺の血を吸った時のように、爛々(らんらん)と、赤く輝いている。


「これで使って(・・・)もらえる! ボク、センパイに使ってもらえる!!」

 背後で、ぷ、という音。振り返れば華が口を押さえていた。口角が歪に釣り上がっていた。

「ああ、いえ、すみません、忠次様。ああ、でもほんとう、赤鐘は」


 ――邪魔ですね。


 華の言葉を聞き流しながら、ああ、と俺は空を眺めた。

「マジで、この、なんだ? これは……」

 朝姫が抱きついてくる。赤い髪が揺れている。初めと違い、暖かさと柔らかさを得た身体。

 子犬のように、センパイセンパイと朝姫は楽しそうだった。

(人間が、武器に、なる? なぜだ? なぜ望む? そんな、恐ろしいことを、こんなにも簡単に)

 全てが、理解を超えていた。

 青空はどこまでも続いていた。

 雲が風に流されていた。

 陽の光が帯のようになって丘にかかっている。このエリアは、美しいのだと思わせてくれた。

 だというのに俺の周りでは、天使が嗤い、華が怒り、朝姫が喜んでいる。

(ああ、畜生。誰か……)


『赤鐘朝姫は特殊ステータス【魔剣という呪い】を取得しました』


「だって、言ったでしょうセンパイ」


 ――その言葉は赤い(とけた)鉄のように、(ねつ)を孕む。


「ボクを、使って(・・・)くれるって」


 ――その身体は赤い(やけた)刃のように、火照っている。


(にが)しませんよ。絶対に。ぜーったいに」




                 ――ソシャゲダンジョン二章『折れた魔剣』了



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただき有難うございます
気に入ってくれた方はブックマーク評価感想をいただけると嬉しいです

Twitterで作品の更新情報など呟いております
私のついったーです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ