030 魔剣の主
ギルドハウスの食堂で華や朝姫のエピソードを確認して俺は頭を抱えていた。
(なんだこりゃ……)
『暗闘報酬』だと? 同衾だと? ステータスが上がるだと?
(わけがわからねぇぞおい)
理解を放棄する。まぁいい、早朝に見る顔が華か朝姫のどちらかになるだけだ。俺は寝付きだけはいい。こいつらが侵入してきたところで気づかずに朝を迎えればそれでいい。
自慢げに俺を見てくる2人の少女から視線を逸らして華と朝姫のもう一つのエピソードを確認する。
(問題はこっちか)
パーティー制限にフレンドの破棄。朝姫がパーティー制限系のエピソードを取得したときにも思ったが、これらは俺の持つ『エピソード1【決意】』と同種のものだ。
システム的な制限を自身に課すことでステータスを強化するタイプのエピソード。
(こいつら)
2人に視線を戻せば褒めてほしそうな顔で俺を見ている。
(自分から、他人を捨てていっているのか?)
その不気味さに、顔が引きつりかけるも、耐える。
だがこれで、低レアどもに華をフレンドとして登録させた策も無駄になった。
(それとも、気づくか?)
繋がりと決意と代償さえあれば、強力なエピソードを自力で発現させることも可能だということに。
今まで開示しないように指示してあったが、華のエピソードの一部は開示させておいた方がいいか。
――それはそれとして、だ。
「華、朝姫、よくやった」
成果は出たのだ。
俺の言葉に、2人は満面の笑みで応えるのだった。
◇◆◇◆◇
名称:【新春忠次】 レアリティ【R】
ジョブ【着物男子】 レベル【40/40】
HP【5200/5200】 ATK【5000】
リーダースキル:『男の友情』
効果 :性別【男】のHPを小上昇する。
スキル1 :『言祝ぎ』《クール:5ターン》
効果 :味方単体のHPを小回復する。
スキル2 :『お年玉袋』《常時》
効果 :エリア『饕餮牧場』のモンスタードロップを+1する。
スキル3 :『なし』
効果 :『なし』
必殺技 :『新春大斬撃』《消費マナ4》《クール:3ターン》
効果 :通常攻撃の2.5倍の威力で敵1体に攻撃する。
特殊ステータスやエピソードの感覚が掴めてきたせいか、新しく手に入れたスキルの拡張にもいくらか自由度が広がっている。
(リーダースキルに関しては難しいが……)
リーダースキルはパッシブスキルと同じ自動型のスキルに該当するが、華もこれに関しては拡張ができていない。
「操作が難しいのですよね。なんというか、理屈が難しいです」
『魔法使い』の全体ダメージ3割減少を他のジョブでも使えれば便利なのだが、華曰く「わたしが孔雀王ルシファーの攻撃を防御できるという確信を持てていないせいでしょうね」とのことだ。
確かに、大罪の混じる攻撃や全包囲から襲来する闇を防ぐのはどうにもイメージが難しいだろう。
「ルシファーと出会う前ならきっとできたんでしょうね。それと一応、こういったものはできました」
華が特殊ステータスを見せてくる。
『防御魔法』:対象が受けるダメージを1割減少させる。
風魔法や土魔法による複合的な防御らしい。
「ただし大罪魔王戦では使えません。忠次様だけになら行い続ける気力も持てますが、わたしや朝姫さんに張り続けるのは難しいです」
「難しい?」
「長期戦では集中力が持たないということですね。大罪に耐え続けながら忠次様以外を守る余力はありません」
華が断言するのならそれは絶対に無理なのだろう。
(大罪戦では使えない技能だな)
複数の大罪耐性を持つ俺の場合、華の集中力を消費して防御魔法を使っても意味は薄い。
現状、使い道は難度が上がって困難になるだろう未来の戦闘で使うぐらいか?
「俺もな。一応こいつを覚えてみたが……」
『号令【絶対生還】』:戦闘メンバーに隷属対象がいる場合、隷属対象のHPに+1000する。【発動条件:命令による発動】
『言祝ぎ』の拡張版だ。この回復の概念がいまいち理解できなかったので、回復する際の手応えだけ覚えて、あとは傲慢の大罪で発動を補助している。これは華や朝姫を無理やり働かせるイメージだろうか?
ちなみに朝姫はエピソードを取得してから隷属対象となった。
華と同じように、命令が届く感触は手の内にしっかりとある。
「俺にもフレンドシャドウにも効かないからな……」
できることが増えたので意味がないわけではないが、俺が現在欲しいのは栞のシャドウをどうにか戦闘で使い続けることだ。
いると嬉しいというのもあるが、フレンドシャドウが使えるのと使えないのとではやはり使えた方が絶対に良いからでもある。
このままでは回復ジョブに転職できるようになった華を回復に使わなければならない。それは攻撃役が減ることを示してもいた。
「シャドウに関しては諦めてはどうでしょうか?」
「なにかないのか? 実績とか……」
自分で言ってて嫌になる。
それに実績も無駄だ。フレンドシャドウに関してはむしろ難度の上昇で解放される要素の方が期待できるだろう。
(本人そのものが参戦するようになる、とかな……)
難度が上がり続けた先では特殊ステータスやエピソードの効果のないフレンドシャドウはいずれリーダースキルだけしか期待のできないものになる。
それは敵が強くなり続ける難度から考えると違和感がある。解放されていない何かがあるのだ。
「あとは、こんなものですね」
『回復魔法を極めし者』:回復魔法の効果を1.5倍する。
『人体理解』:回復魔法の効果を1.2倍する。
『新井忠次への特別』:『私が祝福する全て』使用時、新井忠次のみATK上昇を永続にする。
『信仰【力の理】』:新井忠次にATK上昇(大)を与える。
ずらっと並んだ特殊ステータスの数に俺は口を閉じる。嫉妬が湧いてくるのを感じる。口角が釣り上がる。
「よくやった」
いいぞ、華。これで勝機が上がった。俺の火力が上がった。華。いいぞ。いいぞ。
よーしよしと華の頭を撫でてやると華は嬉しそうに顔を綻ばせる。うむ、かわいい。いつもこんな感じで受け身でいてくれたらいいんだが。
「むむむ」
「朝姫さん、何がむむむですか。これは正当な、わたしの報酬ですよ」
「ちぇ、ミニスカサンタのスキル。全部わっかんないんですよね。ボクには」
そりゃそうだ。自己暗示の結果こいつの『死病』は『狂気の淵』となった。現在と過去が著しく違うのだ。
(それに、朝姫の場合、死病に関わる特殊ステータスをスキル拡張で得たなら、死病のデメリットも再発しかねないからな……)
スキル拡張は意識の拡張だ。それを得るメリットもあればデメリットもある。
『妬心怪鬼』がいい例だ。
これの効果で俺はスキルを封じることができるが、同時に嫉妬の大罪に身を焦がすようになった。強まれば『妬心怪鬼』は敵の抵抗を抜けてスキルを確実に封じられるようになるかもしれないが、その場合、俺は他者に対する嫉妬によって日常生活を送ることすら困難になるだろう。
特殊ステータスのすべてが良いわけではない。
正確なところは不明だが、朝姫のミニスカサンタのスキルは、朝姫が病室で死にかけていた時の状況から生成されたスキルだ。
だからどれか一つでもスキル拡張を成功させれば朝姫は死病の特殊ステータスを再発させるだろう。
(肉体は衰えるだろうし、剣術秘奥の特殊ステータスのすべてが使用不可になる恐れもある……)
デメリットの方が多い。だから俺は朝姫に止めるように言おうとすれば。
「うーん、じゃあ、これ、かな……?」
どうです? と朝姫がステータスを俺に見せてくる。
「どう、って……」
今取得したのか? 試しもなく? どうやって?
疑いつつもステータスを見れば、確かにそれは発生していた。
『自己欺瞞【体調万全】』:恐慌・混乱・魅了・暗闇・毒・麻痺を解除する。
「ボクにできるのはこんなものです」
はぁ、と朝姫はため息を吐く。自分を卑下しつつ、期待するように俺をチラチラ見てくるのがむかつくが、実際できたのはできたのである。
渋々撫でてやればにこにこと嬉しそうにするのだった。
◇◆◇◆◇
それで、と朝姫は言った。
「センパイ、今日の分の血をいただけますか?」
あとボクの血も、と血の滴る指を俺に向けてくる朝姫。
突き出された指を舐めてやってから、未強化の朱雀剣を顕現し、自分の指先に傷をつけた。
血の滴り落ちる指先を差し出せば、朝姫はまるでそれが尊いものであるかのように口をつける。
ぴちゃぴちゃと朝姫が指先を舐める音が響く。
朝姫に微かに残っていた黒髪が赤く、赤く染まっていく。
これが何かはわからない。聞こうとは思わないし、聞くべきではないと俺は思っている。
俺の手に余ることだと理解できる。所詮俺はただの学生でしかない。金も身分もなにもない。ただ傲慢なだけの凡人だ。
聞いたところで何もできやしない。だから、毒を盛られるような人間の人生になど立ち入りたくない。
(こいつ、舐め過ぎだ)
朝姫はずっと舌を這わせている。指先が唾液でべとべとだ。普段は色気のない幼い顔が、紅く染まっている。
みだらな女め。
――ここで、蹴り倒せばどうなるだろうか。
傲慢が囁いた。ここで蹴り倒して、散々に罵ってやるのだ。きっと気持ちがいい。俺の優位を示せる。俺が上だと示せる。この剣の天才に。思うだけで特殊ステータスを手に入れられる天才に。俺よりも年下のくせに俺よりも強い少女に。
(こいつには、優しくすると決めただろう)
指先を持ち上げれば、朝姫の顔が追従してくる。
内心でため息をつく。肩に優しく手を当てようと手を持ち上げた。止めさせようと思ったのだ。だが、触れる直前のところで――
――朝姫の身体が吹っ飛んだ。
眼の前に華の足先があった。朝姫のいた場所である。美しいフォームだった。怒りに染まった華の顔、美々しい怒りに満ちていた。
「なんて汚らわしい」
「痛っぁあ、嫉妬で蹴られたぁ」
立ち上がった朝姫がにっと笑った。土埃を払っている。
「ぶっ殺しますよ、神園華」
手に饕餮刀を顕現させる朝姫。華の周囲で風が渦巻く。殺るかという顔だった。
「やめろ。めんどくさい。華も謝れ。急に蹴ることはないだろお前」
「すみません朝姫さん」
「その心の籠もってなさは尊敬します」
ま、いいです。と朝姫が刀を納めれば華も魔法を収める。指に感触を感じれば華がハンカチを取り出して俺の指を丹念に拭っていた。
小声で汚い汚い汚いとぶつぶつ呟いていて気持ち悪いので無視をして朝姫に目を向ける。
「で、なんか変わったか?」
これ意味あるのか? とは聞かない。この行為だけで朝姫の機嫌がよくなるからだ。女たちに囲まれているジューゴを見ていて思ったが、金品も贈らずこんな簡単なことで相手の機嫌がよくなるならやっておいて損はない。
華の機嫌が悪くなることについては無視をしておく。華がいらついてるのは俺にではないからな。俺と華に関しては主従さえ万全なら大丈夫だ。朝姫と華の間で嫌悪エピソードが発生した場合はマジで俺がキレるが。
それを理解してくれるならきっと抑えてくれるに違いない。
(無理かな? いや、頑張れよお前ら)
嫌悪は感情だ。頭で考えてどうこうってのは無理だと思うが……。努力ぐらいはしてほしい。
自分でも割とクズめのことを考える俺に、朝姫がステータスを見せてくる。
「はい! やっとエピソードが手に入りました」
朝姫のエピソード1と2が変質していた。
『エピソード1【主持つ魔剣】』
効果:『赤鐘朝姫』のステータスをATK+800する。
あなたは新井忠次の魔剣である。
『エピソード2【赤く染まる刀身】』
効果:『新井忠次』の血液を取得した際に、『赤鐘朝姫』にATK上昇(特大)《8時間》 を与える。
見て即座に悟る。
直感だった。朝姫のエピソード1のステータス上昇値が低い。
(これは、俺のせいか?)
エピソードだ。関係性である。俺の持つエピソードの上昇値が高いのは相手はLRやSSRだからだ。
さらに、朝姫の持つ他のエピソードのステータス上昇値が高いのはパーティーメンバーを俺だけに限定したり、フレンドリストの破棄を代償にしているからだ。
このエピソード1に代償はない。ただ俺と関係するだけのエピソードだ。
Rのレアリティである。俺と関わるだけの、エピソード。
「エピソードですよ! センパイ!」
嬉しそうな朝姫。そこに悲壮感はない。ただエピソードが生まれたという喜びだけがある。
そしてこの感情こそが、エピソードを維持する源泉なのだと俺は知っている。
(馬鹿な奴だ)
それだけの剣の才があり、他者を魅了できる可愛らしさがあって、性格も明るく、家柄も良くて、頭も悪くない。
そんな年下の美少女。俺にはもったいないとかそういうことではなく、ただただ不幸だと俺は思った。
(……もう、俺から離れられないが……)
手遅れだった。
朝姫のエピソードはもう、朝姫が俺以外とパーティーを組める選択肢を奪っている。朝姫だけではもう戦闘エリアに入れなくなっている。
特殊ステータスもそうだ。俺とエリアを別にすれば朝姫は狂気に陥り正常な思考を失う。試しにやってみて二度とやるなと泣きながら怒られた覚えがある。もうこいつは俺から離れられない。
俺がいないと、まともでいられない哀れな少女。赤鐘朝姫。
傲慢が嗤い、図太くなる。
小胆が、ほんの少し、存在感を小さくした。
俺は、赤鐘朝姫を完全に支配していた。したのだ。してしまったのだ。
――その確信を、今、このとき、俺は得た。
『新井忠次はエピソード7【魔剣の主】を取得しました』
『赤鐘朝姫のエピソード1【主持つ魔剣】はエピソード1【主認める魔剣】へと変質しました』
『エピソード7【魔剣の主】』
効果:『赤鐘朝姫』と同一パーティーの際、『新井忠次』のクリティカル率を赤鐘朝姫と同値にする。
また、通常攻撃時に一定確率で【流血】を付与する【剣専用】。
『エピソード1【主認める魔剣】』
効果:『赤鐘朝姫』のステータスをHP+800 ATK+800する。
あなたは新井忠次の認める魔剣である。
嬉しそうにステータスを見ていた朝姫が、その変化で俺を見上げた。
数値の上昇は、朝姫の一方通行が俺と朝姫の双方向になって、上昇値の高い方が適用されたからだろう。
「え、あ、センパイ……これ」
朝姫の眦に涙が浮かんでいた。エピソードが繋がったことを理解したのだ。
朝姫が抱きついてくる。少女らしい、小さな身体だ。
朝姫の動きに、華が反応するのを手をあげて動きを抑える。
目で言い聞かせる。動くなと。俺の怒りにも似たその感情に華が少しだけ怯えたように身体を小さくした。悪いな。だが絶対に動くなよ。
胸の中では朝姫がしゃくりあげていた。
「ぼ、ボク。こんな、こんなこといいのかな。ボク、もう駄目だって思ってたのに。こんな、こんな幸せなことがあっていいのかな」
赤い髪の少女だった。俺の血で染めあげられた、俺の魔剣だった。
俺はその髪に触れながら愛に目を塞がれた愚かな少女を口説くように言ってやる。
「約束しただろう? なんとかしてやるって」
「はい! はい!! してもらえた! してくれた! センパイが! センパイだけが!!」
朝姫の抱擁は痛いほどだった。
だけど俺は嗤っていた。腹の底から嗤っていた。嗤いを微笑みに変え、朝姫の頭をゆっくりと撫で続ける。
「ボク、なんでもします。センパイのためならなんだってできます」
その言葉に心のどこかが引きつった。微かなれど痛みを覚える。だけれど俺は望んで、こうなるように朝姫を仕立て上げたのだ。
その愚かさこそが、きっと俺の罪なのだと。
小胆が発する痛みこそが、きっと俺の罰なのだと。
だけれど、俺の小胆は、だんだん小さくなっていく。
傲慢が図太くなっていく。人間性が失われていく。
俺はまともではなくなっていく。
――こんなときに考えるのが、俺自身の心配なのか。
(本当に、救えねぇ)
朝姫は泣いていた。
本当に、嬉しそうに。
泣いていたのだ。
書籍化に際して状態異常の盲目を暗闇に変更しました。




