029 恐ろしき夜の姫君たち
夜、朝姫が忠次の部屋でにまにまと笑っていた。
視線の先のベッドの上では朝姫に気づかずぐっすりと忠次が寝ている。
ギルドハウスがなかったころは、夜さえも朝姫は忠次と一緒だった。
だが、肉体は完全に復調してしまっている。もはや忠次と朝姫は四六時中一緒にいる必要がない。だから忠次は朝姫に別の部屋で寝るように強く言っていた。
エピソードも解決されている。
もうそこまでする必要がないと判断しているのだろう。忠次からの接触も少しずつ穏やかなものになっていた。
だから朝姫は、最近はないがしろにされている気がしてならなかった。
(……センパイ、寝てる……)
だからというわけではないが朝姫は忠次の部屋に無断で侵入している。
忠次は鍵をかけたが、赤鐘の隠形を使って、忠次と一緒に朝姫は入ってきている。鍵など無駄なのだ。
(……でもボク、センパイのそういう無防備なところが大好きですよ……)
傲慢に振る舞っているが、心の奥底では自分に自信がないのだろう。
病的なほどに好かれていると頭では理解しているのに、この男は本気で狙われているという実感がないのだ。
後ろめたさだろうか? それとも朝姫たちがそこまでするわけがないと考えているのか。
「セーンパイ。ふふ」
ベッドの縁に顎を乗せて忠次の寝顔を見ている朝姫の耳に鍵の開く音が届く。
予想はできている。だから、顔を顰めながら振り返ってやる。
――華が堂々と入ってきていた。
部屋の鍵を風の魔法でピッキングして入ってきたのだ。
2人の視線が絡み合う。
無言の時。
先に視線を外したのは華だった。というよりも華は朝姫がいることを気にしていないのだ。朝姫が部屋にいたから目を向けた、その程度の意識しかなかった。
朝姫を無視し、華が服を脱ぎながら忠次の布団の中に潜り込む。
(……羨ましい……)
もぞもぞと華が動く。布団の中で忠次に抱きついているのだ。羨ましい羨ましい羨ましい。
自分も潜り込もうかと思うが、華と視線が絡み合う。
――殺しますよ。
無言の華の訴えに思考をめぐらせる。
今なら、今ならば神園華を殺せるだろうか、と。
以前と違い、肉体は復調している。失っていた技術も戻った。だが、と饕餮刀を無言で顕現させながら朝姫は唸る。
風が耳元で渦巻いていた。華の魔法である。先手を許してしまっていた。
神園華が赤鐘朝姫の脳を破壊するのが早いか。
赤鐘朝姫が神園華の血管を裂くのが早いか。
朝姫が手に持った饕餮刀を消した。
(……神園華なら、失血死する前にボクを殺せる……)
相打ちだろう。いや、神園の人形は治癒能力が高い。この位置からでは殺しきれない。
それに、騒ぎで忠次が起きるかもしれない。
殺し合いなどしていたとバレたら怒られるだろう。それは避けたかった。
華が朝姫を即座に殺さないのもそれが理由だ。
(……殺すなら、部屋に入った瞬間を狙うべきだった……)
覚悟が足りなかった。決意が足りなかった。
ならば、敗北を認めよう。今日はボクの負けだ。
だが、と朝姫は嗤う。
我が主よ。貴方の刀は強くなります。
次こそはボクが、ボクこそがセンパイの隣で眠るのだ。
「わたしは負けませんよ」
去る朝姫に華が言った。
「忠次様の隣はわたしの場所です」
――やはり、殺してやろうかと思った。
『神園華はエピソード6【暗闘報酬・華】を取得しました』
『赤鐘朝姫はエピソード5【暗闘報酬・朝姫】を取得しました』
『エピソード6【暗闘報酬・華】』
効果:敵対者に勝利し、『新井忠次』との同衾に成功したならば、翌日の『神園華』のステータスをHP+500 ATK+500する。
『エピソード5【暗闘報酬・朝姫】』
効果:敵対者に勝利し、『新井忠次』との同衾に成功したならば、翌日の『赤鐘朝姫』のステータスをHP+500 ATK+500する。
恐るべき怪物たち。
倫理を失った怪物たち。
恐るべきはただ一点。
この二人は、たとえ蘇生することのない現実世界でも同じことをやっただろうということ。
お互いが信仰しているのだ。
新井忠次の傍らには、自分だけがいればいいのだと。