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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
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024 魔の鋼 魔の剣 魔の追憶


 ギルドハウスの自室で寝ていれば、妙な感触が身体にある。

(誰かがいる? 華か? いや、少し違うような……)

 華はもっと体温が高く、柔らかい。であれば誰だ?

(それにうるせぇぞ。なんだよ、ぐずぐずと鬱陶しい)

 華でないなら一択しかない。ぼうっとする頭で布団を持ち上げる。中にはやはりというべきか、赤鐘後輩が潜り込んでいた。

 潤んだ瞳に、痩せた身体。赤鐘後輩はぐずぐずと泣いていた。

「あー、怖い夢でも、見たか?」

 恐る恐るの問いかけに、赤鐘後輩は頭を突き出してきた。

「あー? 撫でろってか?」

 こくこくとうなずく赤鐘後輩。つか喋れよ。めんどくさそうだから言わないが。

 布団の中を覗けば、赤鐘後輩が俺にしがみついている。

 薄い身体に低い体温、少しだけ肉がついているものの、まだ弱々しいままだ。

「よーしよしよし。大丈夫かー?」

「あ、あうぅ……」

 内心鬱陶しく思いながらよしよしと撫でる。

 無論、何が悲しくて顔も洗ってない飯も食ってない寝起きの状態で後輩女生徒を慰めなければならないのか、という気持ちはある。

(こんな我慢強いのはきっと俺ぐらいなもんだぞ)

 ただ、こういう手間がきっと重要なのだろうと自分に言い聞かせながら赤鐘後輩が落ち着くまで頭を撫でつつ。

 んー、と赤鐘後輩が無言で表示してきたそれを見て、ああ、と嘆息が出た。

「華の奴」

 あの女、糞が、やりやがったな……。


 『狂気の淵』:()れは気づいてはならぬ悪夢的な真実。あなた は 狂気 した!


 『妬心怪鬼(エンヴィーラ)』の対象を即座に(何故か)効果を喪失している『死病』から『狂気の淵』に変更する。

 それでようやく赤鐘後輩が息を吹き返したように目を白黒させ、ああ、と俺の身体を掴んできた。

「せ、センパイ。ぼ、ボク、な、何も、わからなくなって、もう」

「ああ、わかった。わかったから」

 嘘だ。何もわかっちゃいない。こいつが何をされたかなんて実際聞きたくない。狂気だと。何をした? 何をされた? 華め、やりすぎだ。

「あの」

「ああ?」

「血を」

 血を? 赤鐘後輩が指を差し出してくる。そこにはぷっくりと針で刺されたような穴が開き、玉のようになった血が浮かんでいる。

「飲んでください」

 首をかしげた瞬間に、ちくりとした痛みが指に走る。

 見れば赤鐘後輩が俺の指に針を刺していた。針? 見覚えのない品だ。いや、あの金属の輝きは朱雀剣に似ている。華の手製の針か?

 華? 華だと? あいつが渡したのか? いったい何を考えて……。

 動揺する間にも赤鐘後輩が俺の指を咥え、血を舐めている。

「飲んで、ください」

 俺の口に差し出されるのは赤鐘後輩のやせ細った指だ。

 何かを言おうとして、諦める。どんな言葉もこの状態の人間には届かない。その確信がある。

 俺はその細くて肉のない指を舐めた。舌の上に薄っすらと広がる血の味。舌先で骨ばった指を舐めてやる。

「ん……赤鐘(あかがね)血の鋼(あかがね)緋緋色金(あかがね)


 ――血の呪い。血の祝い。意思に支柱を入れる方法。


「センパイセンパイセンパイセンパイ。これからは、朝姫と、呼んでください。センパイ」

 もう、こうするより他にないんです、と赤鐘後輩――朝姫が言う。

「もう、センパイがいないと、ボ、ボクは」

 身体が震えている。この年下の少女は狂気に冒されている。

 額に浮かぶ汗を指で拭ってやれば、身体をこすりつけるように赤鐘後輩が身を寄せてくる。

「しょ、正気が、保てない……ッ」


 ――華、やりすぎだぞ。


 依存させるのはいい。俺がしようとしていたからだ。華も似たようなものだからだ。

 だが、ここまで精神を破壊してどうなる? 大罪に耐えられるのか。これで、魔王と戦えるのか?

 赤鐘後輩――赤鐘朝姫は、まとも、なのか?

「大丈夫ですよ」

「ッ」

 振り返る。部屋に備え付けのテーブル。その傍らの椅子に華が腰掛けていた。

「忠次様、赤鐘は血の鉄、血の剣」

「そうです。そうなんです。もう、血と血は交わりました。センパイ」

 華へ向けて、挑発的に朝姫は嗤う。自分が勝ったと示すようなソレに華の眉がぴくりと動いた。

「これよりあなたがボクの主です」

 不思議と、血色が肌に戻っている。朝姫の心臓が激しく鼓動していた。


 『新井忠次はエピソード5【魔剣を鍛造しよう】を達成しました』

 『新井忠次のエピソード5【魔剣を鍛造しよう】はエピソード5【魔剣の所有者】に変質します』

 『赤鐘朝姫はエピソード3【人造魔剣】を取得しました』


                ◇◆◇◆◇


 『エピソード5【魔剣の所有者】』

 効果:『赤鐘朝姫』と同一パーティーの際、『新井忠次』のステータスをHP+800 ATK+800する。

    『新井忠次』は赤鐘朝姫と同一エリアの際に『狂気の淵』を無効化する。

    また、その場合『妬心怪鬼(エンヴィーラ)』が使用不可になる。


 『エピソード3【人造魔剣】』

 効果:『赤鐘朝姫』は人によって鍛造された『人造魔剣』である。

    『赤鐘朝姫』のHP+1600 ATK+1600する。

    『赤鐘朝姫』は『新井忠次』が参加するパーティーでのみ戦闘に参加できる。


                ◇◆◇◆◇


「これは、つまりどういうことなんだ?」

「センパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイ」

 懐いた犬のように身を寄せてくる朝姫の頭を撫でながら、華へと問う。

「これ、とはそれのことですか?」

 能面のような顔の華が朝姫を指差す。少し怖い。ビビりつつも俺は朝姫にステータスを表示させて華に見せてやる。現れているエピソードについてだ。

 人造魔剣? 人造魔剣ってなんだよ? 意味がわからなすぎる。日本人だろこいつ。それともここがわけわかんねぇ世界だからって異世界人だとかそういうオチか?

 華は、俺が見せたエピソードを見て、ああ、と頷いてみせた。

「ただの自己暗示ですよ。それも極めて強力な。赤鐘という家で連綿と血に宿し伝えてきた。思い込みの激しさですね。死病なんて強力なデメリットを持つ特殊ステータスが朝姫さんに発生した根本原因ですよ」

「自己……暗示、だって? なんでそんなもんが、ただの(・・・)女生徒にできる?」

「ただの? 本当に? 本当にただの女生徒だと思っていたんですか? 忠次様は」

 問われて唸る。確かに、何かあると思っていた。SSRというレアリティをただの女生徒が持っているなんておかしいことだとは思っていた。


 ――赤鐘朝姫は何かを(・・・)持っている。その確信だけはあったのだ。


「だが、これは」

 理解できない。なんだか、触れてはいけないものに触れているような――「そんなことはありませんよ」

 自然と思考を読んでくる華が笑っている。

「だって」

「だって?」

「赤鐘なんかより、わたしの方がずっともっとすごい(・・・)んですから」

「すごい、って」

 確かにすごい。華はすごいが、何を言っている?

(いや、いや、違う、違うぞこれは。この表情は)

 咲き誇るような華の笑み。それが意味するのは華の性能ではなく、血筋ではなく、もっと違う不吉さだ。


 ――そう、この女の抱える厄介さは、赤鐘朝姫よりすごいという意味か?


(エピソードが発生するほどに、自らを剣だと、道具だと思えるような人間が抱える事情よりもやばい事情だと?)

 誇るように身体を見せつけてくる華。

 華が言っている。今こそ踏み込めと、疑惑を晴らせと。

 超人すぎるこの女の正体を知るならば今こそだと。花守五島について詳しく聞くならこのタイミングだと。

 ああ、畜生。だから俺は、顔に手で覆い。

「華」

「はい」

いつか(・・・)聞く」

 いつかだ。今ではない。今でなくていい。

 今は、まだ。

 そう、今はまだいい。

 赤鐘朝姫の謎も、神園華の謎も。

 今の(・・)俺には荷が重すぎる。処理能力を超えている。

(これが俺だ。こんな時になっても自分のことを考えるのが俺だ)

 情けないと言わば言え。これもまた、傲慢たる俺だ。自分の保身しか考えない俺だ。

 だが、主従のエピソードに揺らぎの気配はなかった。

 顔から手を離せば、華が嬉しそうに微笑んでいた。

「華、なんで笑ってる」

「だって忠次様がそんなにも自信満々に」


 ――いずれ解決してくれると言ってくれたのですから。


 顔が引きつるのが自覚できる。

 なぁ華、そういう意味ではなかったと思うぜ?

(それとも逃げることさえ許さない。そういう意味で言っているのか?)

 やはり、この女は心底から厳しい。

 だけれどどうしてか、その厳しさが俺には心地がよかったりもするのだ。



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いや~、どっちも逃げるのは無理でしょw
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