023 毒の鉄 毒の刃 毒の記憶
エリア6『城への道中』、岩と砂以外に何も無い荒野が無限に続くエリアに剣崎重吾はいた。
「そういう事情で私は妹に毒を盛りました」
吹っ切れたような顔で赤鐘真昼が剣崎重吾に告白をしていた。
「ふーん。毒を、ね。罪悪感とかあったのかな?」
それは罪の告白だ。だが真昼は全く罪の意識を感じていない表情で首を横に振る。
「いえいえまったく。朝姫は私を馬鹿にしてたんでー。いい気味って奴かな。ほんとね」
ふーん、と重吾は笑ってみせた。どうでもいいと内心で考えている笑みだ。だがその笑みを見て真昼は自分を肯定したのだと考えた。同じ幼馴染の栞ですら誤魔化される重吾の笑み。
楽しそうに見えて、本当は全てに絶望している笑み。
新井忠次だけだった。剣崎重吾の本心を理解できたのは。そして、知ってなお、離れなかったのは。
(本当につまらない。忠次、忠次、お前だけだよ、俺の想像を超えてくれるのは)
つまらない世界。つまらない日常。つまらない人々。
眼の前の真昼が何かくだらないことを言っている。
武才の足りぬ姉を蔑む天才の妹。それを排除することで得られる、武門の大家たる赤鐘家の権威。私は悪くない。妹はクズ。胸がすかっとする。
どうでもいい。どうでもいいから適当に相手が望む返事をしてやる。真昼の頬が赤く染まる。重吾に認められたと勘違いしている。どうでもいい。
このシステムに縛られた世界は面白い。とても危ういバランスの上に存在している。
だから重吾は世界が一変したと思った。
しかし、いる人間は変わらない。つまらない生き物。つまらない人々。全てが重吾の予想の内にある。
例外は、ただ一人。ただ一人だけだ。
(なぁ忠次、お前は昔を取り戻したか? 取り戻せたか? 俺を拒絶することでお前はきっとお前を取り戻せたはずだ)
傲慢たる新井忠次。剣崎重吾の幼馴染。
彼は優秀ではない、凡庸そのものの肉体性能、凡人のような精神、だが、その根底に染み付いている傲慢だけは違っている。
新井忠次に剣崎重吾が期待を寄せるただ一つの要素。
現実の全てがつまらないものであっても、かつての新井忠次は、つまらない人間のはずの彼は、全てを破壊して面白くしてきた。
重吾を心の底から楽しませてくれた。
(そうだ。お前を追い込むことで俺と栞の影響も排除できた)
重吾は、忠次に関することだけは道筋を見ることができない。
あの時忠次を置いていってみたのもほんの思いつきだった。
だから、こうして忠次が元に戻って、ようやく忠次がおかしくなった理由もわかったのだ。
今も、遠くより真昼と重吾を嫉妬混じりに見ているもうひとりの幼馴染、御衣木栞。
彼女が理由だ。
栞が忠次に小胆を与えた。不安を与えた。愛情を覚えさせた。小さな暴君に毒杯を呷らせた。
新井忠次の傲慢は、眠りについた。新井忠次は、つまらない人間へと堕ちた。
そうだ、あの小胆だ。あの小胆さえなければ……。
(きっと、もっと面白いことができてたはずなんだけどな……)
重吾のつまらない世界を、面白くしてくれたはずだった。
そうだ。それが破滅と同じ結果であっても、きっと面白くなったはずなのだ。
「ジューゴくんってすごいね~。すっごい面白い」
(俺は全く面白くないけどね)
それでも、他人を楽しませるのは得意だ。
真昼が身を寄せてくる。抱き寄せキスをしてやる。
数日前に知り合った程度の関係でも重吾にはこのような行為をすることができた。
望んでいるわけではない。道筋がわかるのだ。
相手が望むことの全てが、好意を得る方法が、手に取るように、何もかもすべてがわかってしまう。
それは女性関係だけではない。
望めばなんでもできる。するための道筋が理解できる。
もちろん理解するだけではない。それを成すことができる。
達成するための力を、それだけの才能を、剣崎重吾という少年は持っていた。
(そうだ。今ならば、望めば、世界を壊す方法さえ……)
見えている。どうすればいいのか具体的な方法さえ。
(だけど、ここでか。ここでそうなるか。なぁ、忠次。お前はやっぱり、お前こそが)
――俺に期待を抱かせてくれる。
剣崎重吾の瞳には映っている。
新井忠次の大罪を封印することと。
それと、自らがエリア8のボスに敗北すること。
その2つを達成することで世界を壊せる可能性が示されている。
(忠次、来い。来いよ。忠次)
だから、待つのだ。
剣崎重吾は待っている。
新井忠次がやってくるのを。微笑みながら待っている。
(また遊ぼう。一緒に)
『剣崎重吾はエピソード2【毒剣の主】を取得しました』
『赤鐘真昼はエピソード1【毒剣】を取得しました』