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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
53/99

021 衝突 -Conflict-


 神園華は、部屋に備え付けの椅子に座っていた。足を組んで、頬杖をついて、新井忠次のベッドに潜り込んだ赤鐘朝姫をつまらなそうに見ていた。

「オ、オマエ……いつ、から……」

 朝姫はベッドから抜け出た。

 自らの身体で歩くことで筋肉が悲鳴を上げた。骨が軋む。関節が痛みを発する。

 だが赤鐘家の作品たる朝姫にとって痛みは日常だったものだ。悲鳴ひとつあげず、警戒した様子で華の様子を窺う朝姫。

(全く気づけなかった)

 自覚はある。自らは衰えている。病が自らの肉体から冴えを失わせた。筋肉を失わせた。意思を失わせた。能力を失わせた。

 だが、だが、全く気づかないなんて、同じ空間にいながら、そこにいることに気づけなかったなんて!!

 ここに侵入するにあたって、警戒をしていたのだ。していたのに。どうして。

(そうだ。ボクは)

 新井忠次によって朝姫に振り分けられた部屋に送ってもらい、ベッドに寝かせてもらい、頭を撫でてもらっておやすみと言ってもらった。

 もはや当初の嫌悪はなかった。心地がよかった。こんなに甘やかしてもらったことなど初めての経験だった。舞い上がっていた。


 ――だから、眠った振りをした。


 眠った朝姫を確認して、自室に戻る忠次のあとを追った。

 剣術家の大家たる赤鐘に伝わる歩法の一つを用いた。新井忠次の背中にぴたりと張りつき、部屋に侵入し、眠る忠次の隣で、忠次を見ながら眠ろうと思った。

 朝になって気づかれても絶対に怒られないという確信があった。

 忠次は朝姫に優しい。甘い。なんでもしてくれる。きっとおはようって言ってくれる。

(ボクのそんな、些細な願いさえも邪魔するなんて)

 神園華は酷い奴だと朝姫は思いながら睨みつける。

「酷いのは貴女の方でしょう。赤鐘の末妹」

 表情から思考を読まれたのか耳に直接言葉が届く。華の口は動いていない。奇妙な技だ。だが朝姫は動揺しない。前傾姿勢をとる。いつでも戦える姿勢をとる。朝姫は衰えてはいるが、神園華ならば勝てるはずだ。

(ボクもだいぶ回復してる。それに、神園華は戦闘人形じゃない。愛玩人形だ)

 朝姫は父から教えられたことがある。

 要人の護衛として世界中で活躍する赤鐘の剣士たちにとって、警戒しなければならない敵のことを。

 宵闇協会の派遣上忍、廃聖教の武装シスター、妖精女王の傀儡(まほうしょうじょ)、九龍の尸解仙……そして、神園の戦闘人形。

 それは、愛玩人形を作る過程でどうしてもできてしまう神園の二級品たち。

 だが、それらはとても恐ろしい。とてもとても恐ろしい。

 素手で骨を引きちぎる膂力、痛みに構わず正確に活動する精神、小さな負傷なら瞬時に自己治癒する生命力、あらゆる武術を一流に駆使する武の才能。

 それらを1つないし2つ持っているのが神園の戦闘人形だった。

 人の形をした怪物を生み出す技術を持っているのが神園だった。

(神園華は恐ろしい。でも、負けない)

 忠次(センパイ)の看病のおかげだ。身体から失われていた筋力も、歩行ができるほどに戻りつつあった。歩いても血を吐かないようになった。

 故に、歩けるならば、動けるならば、金持ちに玩具を提供するだけの下賤な家の商品程度、殺すにあまりあ――

「食堂で話をしましょうか」

 また思考を読まれた。

忠次様(かみさま)を起こしたくありません」

 立ち上がって、朝姫の前を堂々と通って扉を開ける華。

「それとも――


 風が、首筋を撫でた。


 ――死んで頭を冷やしますか?」

「ッ……」


 殺意だけで(かみ)作られた(ぞの)怪物(はな)が、部屋の入り口から、朝姫を振り返る。


                ◇◆◇◆◇


「どうぞ」

 ギルドハウスの食堂に2人はいた。

 木製の椅子に座った朝姫の前に、華が温めた高品質狂王乳(ホットミルク)を差し出す。

「毒など入っていませんよ」

「疑っていない。そんなことをオマエはしない。殺したところで蘇生するから意味はない。ボクが言いたいのは」

「忠次様の臣下として、朝姫さんには快適に過ごしていただきたくて」

「……嘘だ……」

 はい、と華は微笑みもせずに言う。

「朝姫さんを観察してわかりましたが、狂王乳には筋肉をつける作用があるようなので。ですから飲んでください」

 忠次様をあまり煩わせないように、という華の言葉だ。朝姫は差し出されたホットミルクに渋々手をのばす。

「でも、ほんとうは、ずるいのは朝姫さんだとわたしは思うのです」

 朝姫さんはずるい、と朝姫を見ながら、華は言葉を吐き出していく。

「朝昼晩、ずっと、ずっと、朝姫さんは忠次様を独占していました。食事から、移動から、お風呂から、何から何まで忠次様にお世話されて」

 朝姫の反応など気にもしない。ただ言っているだけのような、対話をそもそも期待していない、そんな口調だった。

「羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい……でも、忠次様はすごい。素晴らしい。かっこいい。わたしは常に満たされている。わたしという器に忠次様が温かいものを注いでくれる。わたしにはもはや大罪など生まれる余地がない」

「神園華、やっぱりオマエ」

 壊れているのでは、という疑念を、朝姫は口にできない。どうしてか、恐ろしい何かに触れてしまいそうだったからだ。

 だけれど、華はにこりともせずに、能面のような顔で言うのだ。

「壊れています。壊れていました。わたしは、わたしという生き物は、生まれた時からずっとずっと壊されていました」

 それが神園なのだと。あれは人間を商品に作り直す工場なのだと華は言う。

「朝姫さんのお母様もそうでしょう? 優れた剣士の血も取り入れている神園から、その血を引き出すために赤鐘が神園より仕入れた苗床」

 それこそが神園という家が極聖学園に高額の金を出している理由だった。

 全国から特異な才能や、優秀な人間を集めるための器。

 また、赤鐘のように、神園の血を取り入れるために他の都市からやってきた家もある。

 朝姫は顔を覆った。神園華は苦手だ。だって、この女は……。

「母さんは、オマエと、同じ顔をしていたよ」

 苦々しい朝姫の言葉に、華は「現行で採用されている顔は人気だった七二式の系統ですからね。わたしもそうですが、現在出回っている神園では一番多いタイプです」と返す。

「そう、だ。父さんに神園への出資者が参加するパーティーに連れていかれたことがある。みんなオマエと同じ顔で、似たような名前の女を連れていた」

 だから、と朝姫は言った。

「苦手だ。神園華。オマエの顔」

「そうですか」

「そうだ」

 そうなんだ、と朝姫は神園華が用意したホットミルクに口をつける。

「甘い。甘いな。ここにはなんでもあると勘違いしてしまいそうになるぐらいに。甘い」

 むしろここの方が……と考えて朝姫は思い出す。母は、こういうものを朝姫に作ってくれたことはなかった。父に言われたことだけしかこなせない、こなさない、そういうものだった。

「忠次様がいらっしゃいますから」

「それは関係がない気がするけど……」

「忠次様がいらっしゃいますから」

 華は、本当に幸せそうだった。その姿は朝姫が見てきた母の姿と同じではない。朝姫の母は、母という役割を持たされた人形でしかなかった。自由意志を喪失した、赤鐘の……否、神園が赤鐘を籠絡するために差し出した女でしかなかった。

 沈黙が続く。朝姫は思い出を振り払う。話はもう終わりなんだろうか。

「それで、えっと……華センパイ。これだけ、ですか?」

「今までどおりでいいですよ。敬いたくない気分は理解できますので」

「そう。なら、今までどおりで、神園華」

 今までどおりも何もない。ろくに華と接したことがないので朝姫にとっては先の態度も反発だけのものでしかない。

 もっとも、それを続けろというなら嬉々としてやってやろうと内心のみで嗤う。

「本題に入りましょうか」

 華は言う。忠次のことを話すときと違い、今はなんの表情も浮かべていない。喜びも。悲しみも。怒りも呆れもなにもない。だから何を言うのか朝姫には予想がつかない。

「朝姫さん、そろそろ真面目にやってください」

 だから、言われた言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

「……は?」

「病気の振りなんてしなくていいですから。そろそろ真面目にやってほしいのです」

 頭に、熱が、怒りで、目が、全身が熱い。

「……こ、このッ……」

 朝姫は、怒りで自らのHPが減っているのが理解できた。身体に力が入りすぎている。まずい、冷静さを失っては、華を殺せな――

「オマエに、なにッ、がッ。ゲホ、グェ、ガハッ」

 突っ伏す。ここに忠次がいてくれたら背中を優しく擦ってくれて、と考えたところで、つまらないものでも見るかのような華の殺意(しせん)に気づいた。

「いい加減」


 ――その言葉を聞いてはならない。


 その予感があっても、朝姫は動けなかった。何かが朝姫の身体を押さえつけていた。空気の塊のようなものが朝姫の背をテーブルに押し付けていた。逃げるなと華の目が語っていた。


病気では(・・・・)ないと(・・・)気づいて(・・・・)ください(・・・・)


(それは、つまり、新井センパイが言うような、この世界の身体は元の世界とは違うから病気は治っているとかそういう――)

「ではなく、そもそも病気(・・)ではないんですよ。朝姫さんのそれは、元の世界のときから」

「え、だ、だって、え?」

()、ですよ。毒を盛られたんですよ朝姫さんは。神園に同じ毒があります。毒物に耐性を持つ神園の女用に調整された、肉体を丹念に破壊するためだけの毒が」

 たいていは途中で死ぬんですが、ああ、死ぬ途中でしたね朝姫さんは、なんていう華の言葉が、呆然とする朝姫の耳に届く。

「おかしいと思わなかったんですか?」

「おかしい、って」

「病気になった瞬間にあなた、病院に叩き込まれたでしょう? 安っぽい病室だったでしょう? 検査もされなかったでしょう? 病名も教えてもらえなかったでしょう? ろくな治療もされずにずぅっと放置されたでしょう?」

 なにより、誰も会いに来なかったでしょう? とまるで、見てきたように華は言う。

 朝姫の瞳にじわりと涙が浮かんだ。心当たりがありすぎた。

 だから、何を言っていいかわからなかった。怒りはなくなっていた。困惑と、寒気が身体を支配していた。

「あ、新井センパイを」

「撫でてほしいのですか? 抱きしめてほしいのですか?」

 華の前だというのに、こくこくと、朝姫は力なく頷いた。あのぬくもりが。あれさえあれば、また立てる。あのひとがボクを直してくれる。折れた赤鐘朝姫を、再生してくれ――

「だめです」

「ど、どうして」

「どうしても何も」

 華は言う。なんでもないように、当たり前のように。

「忠次様に怒られるのが嫌だからです」

 朝姫さんをいじめるなと言われていたのに、泣かせてしまったらわたしが怒られちゃいます、と華は舌を出して、てへへと振る舞ってみせた。

(神園華。こいつは、怪物だ)

 人の心がない。怪物が人の振りをしているだけなんだ。朝姫の瞳に涙が流れた。嗚咽が口から漏れた。

「なんで、なんでボクをいじめるんだよぅ」

「真面目にしてほしいだけですよ」

「真面目って、真面目だよぉ。真面目にやってきたのに。ずっと真面目に、ずっとずっと剣の修行をして、赤鐘に相応しくしてきたのに、なんでみんなボクをいじめるんだよぉ。あああああああああ、うああああああああああん」

 泣く朝姫を華が見ている。頬杖をついて、じぃっと見ている。

 そうだ、と手を叩いて華が笑う(・・)

「補足しておきましょうか。あなたに毒を盛ったのはあなたの姉です。赤鐘真昼さんです」

「お、オマエ。そ、それを、い、今、ボクに言う必要があるのかよぅ」

「わたしは、その死病というくだらない妄想から生まれた特殊ステータスをどうにかしたいと考えています。で、あるならば毒を盛られた確信は必要でしょう?」

 だから、と華は言葉を続けていく。

 それは、華の立場から見た、赤鐘朝姫の姉たる赤鐘真昼の行動だった。

 朝姫が病院に入れられてから行われた行動の数々だ。神園と赤鐘は近い。故に華はその活動の多くを直接見たり、人づてに聞かされることがあった。

 朝姫が絶対に復帰しないと確信して行われた根回しや政治活動。

 赤鐘の家は神園とまではいかないが大きな家だ。この家の中で権力を握ることは将来も含め、多くの有利を真昼に齎す。

 現に朝姫が毒を盛られる前は、厳しさもあったが、かなりの贅沢を朝姫は許されてきた。

 姉たる真昼を差し置いて、優秀な妹である朝姫は赤鐘で優遇されてきた。


 ――だから(・・・)追い落とされた(・・・・・・・)


 それだけの話だった。

 それだけの話が朝姫には、ただただ辛かった。

 実の姉に、毒を盛られるほどに、憎まれていたなどと、認めたくなかった。

「納得できましたか?」


『赤鐘朝姫は特殊ステータス【死病】を喪失しました』

『赤鐘朝姫は特殊ステータス【死毒】を取得しました』


 肌を青白くさせ、泡を吐き始めた朝姫のステータスを開かせて確認をした華は「なるほど、こうなりますか。毒などないのに、死毒。思い込みとは厄介ですね」と頷き、「それなら」と語り始めた。

 華の語りだす言葉を聞いてはいけないと声を聞いた瞬間に朝姫は暴れだす。

 だけれど、風の魔法で朝姫は押さえつけられている。HPが激減するほどの勢いで暴れながらも、朝姫は動くことができない。

 朝姫のHPの減少を見ていた華がアイテムボックスより薬草を取り出して朝姫に使う。

 その間も華の語りは止まらない。


 ――それは、聞いてはならぬ言葉だった。


 その気付きには狂気が含まれている。

 新井忠次があいまいな知識のままに赤鐘朝姫に教えたものとはわけが違う。

 華の語るそれは、神園華自身が異界の知識より得た、彼ら生徒に与えられた肉体の真実だ。

「――つまり、わたしたちの肉体は――」「――毒や薬の影響は全くなく――」「――死んでも蘇るというメカニズムの――」「――天使が行ったことは――」「――魔法という技術が使えるということは――」


「――――ッッッッッ――――」


 悲鳴は、遠く、高く、鈍く、重く。

 朝姫の眦から、涙が溢れる。


「あらい、セン、パイ」


 そのぬくもりが、今はとても、遠い。


『赤鐘朝姫は特殊ステータス【死毒】を喪失しました』

『赤鐘朝姫は特殊ステータス【狂気の淵】を取得しました』



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まぁ主人公に優しさによる温もりを求めてもなぁ…どこかで破綻しそうやしなぁ
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