019 饕餮牧場
饕餮。俺がやっていたソシャゲでは見たことのない名前の何かで、そもそも俺は読み方すらわからなかった。
だが、赤鐘後輩が何故か詳しかった。華は当然のように知っていた。
そいつは中国の神話に出てくる怪物らしい。
四凶と呼ばれる4体の怪物の内の1体。様々な動物の特徴を持つ東洋のキメラの一種。
「センパイ、饕餮の牧場って、どういうことなんですかね?」
「朱雀の養鶏場と同じだろ。饕餮を飼育してる牧場。で、雑魚敵で饕餮ってのが出るんだろうが」
なるほどなー、という顔で頷く赤鐘後輩。
華は朱雀王金冠を装備していた。
金冠によるリーダースキルの変更だ。これにより、華は自身より下のレアリティの敵が持っているリーダースキルを無効化することができるようになる。
「なぁ華、相手のリーダースキルとかは確認しなくていいのか?」
「必要ないと思いますよ。大罪以外とはまともに戦わないのですから。それともわざと敵のリーダースキルを受けてみますか? 養鶏場で孔雀王と道中の雑魚たちは種類の全く違うリーダースキルを使ってきました。道中の敵は次の大罪戦の参考にはなりませんが……」
そうだな、と俺は同意した。確かに、結局するのはランニングだ。華がいる以上、道中の敵は障害にはならない。ならないものを無理に障害にするのも効率が悪いだろう。
現状、無理に情報収集がしたいわけでもない。必要になってからでいい。
それとも、と華は『明けの明星・真』を指でさす。
「その首飾りの力を使いますか? リーダースキルの確認の後に、傲慢の大罪の力を振りまけば、道中の雑魚どもは立つこともままなりません。それならば絶対安全に敵のスキルを探れますが」
雑魚敵に大罪属性は効果がある。俺の傲慢で奴らは膝をつく。それは華と実験して判明していることだ。
だが俺は首を振った。これは便利だが、安易に使いすぎると俺が大罪に染まりすぎる。もちろん、何があるかわからない以上、装備はしておくが、華がいるのだ。積極的に大罪由来の力を引き出すつもりはない。
「なるほど、わかった。敵のリーダースキルは探るほどのものじゃないな。ならエリア1と同じように、ただランニングするって感じで行くぜ」
華と赤鐘後輩2人の了解をとった『戦士』の俺は、『戦士』の赤鐘後輩を背負うと『ミニスカサンタ』をジョブに設定した華を背後に置き、戦闘エリアへと向かう。フレンドはいつもどおり栞だ。
(いつまで……)
いつまで栞のシャドウフレンドを連れていけるんだろうな、俺は。
「忠次様?」
「なんでもない」
そう、なんでもない。なんでもねぇんだよ、華。
(ただの感傷だ)
俺は知っている。
この恋心が、実らぬ果実であることを。ただ腐り落ちるだけの果実であることを。
俺は知っているんだ。
◇◆◇◆◇
華が自力で生み出した風の魔法が牛の群れを蹴散らしていく。
饕餮牧場、ここはマジでただの牧場というか、果てまで続く丘混じりの草原だ。
地面には牧草らしきものが茂っている。遠くにはぽつぽつと牛のような牛でない生物がいる。陽光が降り注ぎ、牧草がそよそよと穏やかな風に揺れている。
かろうじて道に見える石やら何やらで、でこぼこな地面を俺たちはランニングしていた。
「なぁ、今華が潰したあれって牛なのか?」
「センパイ、小饕餮って表示が出てましたけど」
それはそうだが。
背の赤鐘後輩が俺の問いに答えてくれる。ん、んん。そうだけどなぁ。見た感じ、牛だよな。たぶんアレ。
角や爪がなんかトゲトゲしく、顔が少し人面に近いが、胴体は牛だ。人面が気にならないかと言えば、それを言うと朱雀王なんかはかなり人型のモンスターだったからな、慣れてしまった。
道中の敵は雑魚であるためか、華が一撃で決めるために俺たちにターンは回ってこない。
新ジョブはまだ出していないから、スキル拡張もできない。だから俺たちに行動順を回すことなく、華だけが攻撃をしている。
「前のエリアから思ってたんですが、戦闘が始まっても、ボクがセンパイにおぶってもらえてるのは、どういうことなんでしょう」
「攻撃に支障がないからだろ」
オートに身を任せれば赤鐘後輩の身体は俺の背中から超人的な跳躍を行い勝手に敵に攻撃するだろう。だが、恐らく、そのついでに身体を無理に動かした反動で勝手にダメージを受けて瀕死になると予想された。
だが、マニュアルならば俺が敵まで走っていき、赤鐘後輩が剣を振り下ろすだけでいい。
システムが判定する攻撃は結構雑だ。攻撃だけならこれで成立する。
「へぇ、そういう感じなんですか」
「そういう感じだな」
HPに余裕があるからだろう。赤鐘後輩の口調は軽い。だが、時折、匂いを嗅ぐように俺の首筋に顔を埋めてきたり、背中に顔をすりつけてくるのが少し気になる。なんだろう、精神的に不安定なんだろうか? 病気だったんだからな。そういうこともあるんだろう。
「とにかく戦闘は終わりだ。華! 一周したらドロップを確認するぞ。レシピがあったら優先して確認したい。武器よりもだ」
◇◆◇◆◇
巨大な宝船が沈んでいく。
草原の果ての果て。階段を上った先、丘のような場所に、小さな広場に半壊した鳥居と業務用のアイスクリームメーカーが転がっていた。
襲来してきた宙を泳ぐ影の船『シャドウ宝船』。巨大な、それこそ大型トラック並の巨大さの、牛に似た化け物『狂王・饕餮』。さらにはそれを小さくした『狂饕餮』(といってもこいつらが小さいわけではない。こいつも軽自動車ぐらいのサイズはある)が2体。
これがボスエリアの出現敵で、その全ては華の魔法で全て死んだ。もちろん一撃ではない。難度の上昇で敵のHPは上昇している。
だが殺せた。勝てた。楽勝だった。
「これで終わりか、って……あー」
華がアイスクリームメーカーと鳥居に魔法を叩きつけていた。素早い。何の躊躇もない。だが、前エリアと同じなら破壊できるものがあるはずで、それは確かにそのアイスクリームメーカーか鳥居のどちらかだろうと思われた。
もっともHPの表示が出たのはアイスクリームメーカーだけだ。鳥居は華の魔法を受けてそのまま崩壊してしまう。
「お?」
神木材(赤)というアイテムの取得メッセージが出た。木材アイテムだろうか? 溜まったら建築に使ってみようか。
「アイスクリームメーカーの方がボーナスということでしょうか?」
「たぶんそうじゃねーかな。木材はなんだかよくわからんしな。ただの景観用のオブジェクトなのかもしれねぇな」
「それにボスまで来ましたがこの牧場も養鶏場と同じ構成のようですね」
「ああ、ボスを含めて5戦闘でシャドウボスあり。で、こいつもな」
―『エリアボス【第二の悪魔・怠惰の王】』へ挑戦できます―
俺は浮かんだウィンドウに対してNoを選択した。
大罪耐性をつけても今の赤鐘後輩では大罪の圧力には耐えられない。だからやるなら置いていくべきだ。
だが、だ。そもそも挑む時に置いていくぐらいなら最初から関わるべきではない。
(難度1なら、赤鐘後輩がダメでも、うまくやれば勝てるかもしれない……)
『ギルド』は開設した。施設の強化を最大にすればもしかしたらこのエリアの大罪戦には勝てるかも知れなかった。
施設には、ゴールドを投入することで、ギルドメンバーのステータスなどを永続的に強化する効果がある。
それらを最大強化するには莫大なゴールドが必要だが、ランニングしまくって金策していれば達成するのは容易いことだ。
赤鐘後輩が使えなくとも、華と俺だけで、勝利できる可能性はまだまだ残っている。
フレンドの栞もまだなんとか連れていける余地があるかもしれない。
赤鐘後輩がいなくともなんとかなるかもしれない。しれないのだ。
――だが、俺はそれをしない。
俺が赤鐘後輩を勧誘したのは大罪戦のためだ。ならば一つでも多くの大罪戦に関わらせる必要がある。
(おそらく、エリア1で再挑戦できる孔雀王ルシファーはただのデータだろうからな……)
あの魔王は俺が殺した。
だから恐らく、再挑戦できる孔雀王ルシファーは大罪属性を放ってくることはない。
意思なき傲慢に大罪は乗らない。再挑戦が可能ってことは、周回可能なただの強敵に堕ちたのだ。孔雀王ルシファーは。
だからこそ、生きた大罪魔王と戦わせることで、赤鐘後輩には大罪属性を味わわせておきたいのだが……。
どうすりゃ赤鐘後輩は戦えるようになるのかねぇ。
「で、とりあえず戻ったらドロップの確認だが」
大罪への挑戦も、元のエリア2に戻ることも選ばなかったので、休息エリアへの転移が始まる。
華が破壊したアイスクリーム機のドロップにアイスクリームがあることになんとなく、なんだかなぁという気分になりながら俺は背中の赤鐘後輩を抱え直した。
牧場だからってアイスとか安直すぎないか?
「アイス食うか?」
「え、あ、ボクのドロップにもあったんで、その、いいです。センパイ食べてください」
「そうか、そうだな、みんなで食うか」
しかし、正月エリアだってのに、なんとも寂しいな、ここは。正月っぽいものが鳥居しか存在していない。
(きっと天使が途中で作るの飽きたんだろうな……)
アルミシリアにはそういう気配があった。なんとなく人類を馬鹿にしている空気を持っていた。あいつなら根本のシステムはともかく装飾にはそこまで凝らないだろう気はした。
養鶏場もそうだったからな。クリスマスっぽくはあるが、クリスマスといえるのは雪とツリーぐらいのものだった。
(ここも、もともと誰かが来るのを想定していなかったのかもしれない)
この世界をクリアするのに必要だというのに、そもそもの挑戦すら想定していない。
隠しエリアの侵入条件を思い出す。あんなもの、偶然でしかたどり着けない要素だ。
そして、その偶然に引っかかったとしても、その先の悪魔を殺せる保証はない。
天使というのは、どうにも悪意しか感じない、理解しがたい存在だった。
◇◆◇◆◇
休憩エリアへと転移した俺たちはドロップアイテムの確認を行う。
小饕餮の魂 大饕餮の魂
狂饕餮の魂 狂王・饕餮の魂 シャドウ宝船ソウル
魂のドロップ率は高いので3人のドロップを確認すれば、敵から取得できる魂はなんとなく把握できる。ボス相当のシャドウ宝船と狂王・饕餮は1周につき1体ずつだが、ボス相当なのでドロップは2つ出る。更に、華のスキルの効果で+3。
つまり3人で15個。15もあればだいたいのドロップの傾向は掴めるようになる。
で、雛鳥に相当するのがここでは小饕餮のようだが、こいつはつまり……?
「敵、ちょっと強かったか?」
最後のシャドウ宝船を含めた狂王・饕餮たちの攻撃の威力を思い出す。難度による補正を考えても少し、敵が強いような気がした。
「そうですね。エリアの補正でしょうか?」
通常のエリアもエリア1とエリア2では出現する敵の強さは変わる。それがこっちでも反映されているのだろうか。
「難度も含めりゃ今後、先のエリアはめんどくせーことになりそうだな。ギルド施設はきっちり強化しとかねぇと危なそうだぜ」
「ええ、言われると思って朝方、ATK倍率を上昇させる施設にわたしの所持ゴールドを投入しておきました。最大強化とまではいきませんでしたがいくらかATKの足しにはなったと思いますよ」
よくやった、と華を褒めつつ、他のドロップを確認する。
名称【饕餮肉】 レアリティ【HN】
効果:最大HP+200《8時間》 空腹度回復
説明:饕餮の肉。食べることで肉体を一時的に強化する効果がある。
「見た感じ牛肉っぽいよな、これ」
やっぱり牛なのか? そんなことを考える俺の前で華が顕現させた饕餮の肉を、華が包丁っぽく加工した朱雀剣で切っていく。
「これは……」
朱雀剣をプレート状に加工したものの上で、華が饕餮肉を焼いていく。
肉の焼ける香ばしい匂い。焼けた肉を華が箸でとって差し出してくるので遠慮なく食らう。もぐもぐと噛み締め、思わず立ち上がる。
椅子にだらけて座っている赤鐘後輩のセンパイ? との声。
俺はそれを無視し、叫んだ。
「やっぱり牛肉じゃねーか! 華、バーベキューやろうぜ!」
身体がうずいてくる。先の赤鐘後輩との会話で思い出した過去のクリスマスの記憶。
「ああ、ああああ」
懐かしい。懐かしい。懐かしい。あの頃に、ただ楽しかっただけの……。
――騒ぐ男子ども。賑やかな街の景色。彩りに溢れたテーブル。
「忠次様?」
くそ、男子どもがいねーのが痛い。川も海もねぇし、泳げねぇじゃねーか。つか、魚介もねーし。
「ジューゴ! 栞!! 俺が鉄板調達してくっから……」
言って、ぽかんと俺を見る2人と視線が合う。
「あ、いや」
間違えた。なんか、急にバーベキューがしたくなって。
(違ぇ。傲慢を押しのけて、この胸に溢れる感傷は……)
帰りたいと思う感情は、あいつらとまた馬鹿騒ぎしてぇという感傷は。
だいたいこういうときバーベキューやりてぇとか言い出すのは俺じゃなくていつだってあの幼馴染だった。
それで俺が動いて、栞がジューゴと食材を買いに行って……。
「すまん」
首を振る華。
「バーベキューしましょうか。用意しますよ、お料理、いろいろ」
華が柔らかい表情で自分の腕を叩いてみせる。
そう、だな……。やりてぇと思ったのは確かなのだ。ただ、
「赤鐘後輩が、きちんと食べられるようになったらだな」
用意した椅子にだらけていた赤鐘後輩が驚いたように俺を見る。
「え、あ、いや、べ、別にその、センパイがやりたいならボクなんてほっといて「なんて、じゃねぇんだよ」
俺は自虐を言い出した貧相な後輩の頭を撫でつつ、言ってやる。
「一緒にやろうぜ、バーベキュー。なぁ、赤鐘後輩」
「はい。その、センパイって」
なんだかお父さんみたいですね、と赤鐘後輩は笑ってみせた。