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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
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016 わたしは追いかける。宙に解けていく蛇を


「なんつーことを……」

 眼の前に誰かが転がっている。男子生徒だ。上級生(さんねんせい)。いつか見かけた覚えのある顔。

 そう、そうだ、神園華の隣にいつも(はべ)っていた従者。ジューゴが邪魔だと言った奴。名前を花守五島といっただろうか。


 ――花守五島が、死に続けていた。


 花守先輩の前では、華がフレポで出たアウトドアチェアに座っていた。

 冷たい目だ。その顔にはなんの楽しみも浮かんでいない。

 そんな顔の華が、ただ淡々と人を殺し続けている。

 神園華はやる(・・)女だ。俺は受け入れたが、根本からしてこの女は狂っている。理由があれば人間ぐらい容易く殺せるだろう。

(ああ、もちろん驚いちゃいるが……)

 だがそれは人を殺したことではなく、俺をわざわざ呼びつけ、隠しエリアの存在を明かしてまで花守五島を殺す必要があったことにだ。

 華を信じるならば、おそらくはなんらかの情報を花守先輩から取りたかったんだろう。

 華を信じないと考えるなら、ただの私怨で華が主たる俺を使った(・・・)ことになるが、エピソードの『主従』は消えていない。エピソードが消失する徴候もない。華は俺を使って(・・・)いない。

 考えたくはないが、これは俺のための殺人(・・)なのだ。

(しかし、ほんとうに化物だな……)

 華は花守先輩を殺す際に手も口も動かしていない。自然体で、ぼうっと、時計の針でも数えるように、椅子に座ったまま、淡々と花守五島の死亡数を増やし続けている。

「華! おい、華ッ!」

 声をかければ、華ははっとしたように俺を見た。転移してきた俺にようやく気づいたようだった。

「も、申し訳ありません。忠次様(かみさま)

 鈍いのは珍しいことだが不自然ではない。神園華は超人だが無敵ではない。大罪戦のときもそうだが、弱れば隙を見せることもある。

(つまり、弱っている?)

 殺人で精神が疲弊した、のか? 疲弊する、のか? こいつが?

「ああ、忠次様忠次様忠次様忠次様」

 ぶつぶつと呟く華の目は、何も映してはいなかった。花守先輩の方を見ているようで何も見ていない。

 今も、花守先輩は殺され続けている。そう、人が一人、殺され続けてるってのに。この放心はどういう意味の放心だ?

(うまく扱わないと、まずいか? 栞のヒステリーよりはマシそうだが)

 嫉妬を溜め込んだ幼馴染のヒステリーはもっとひどかった。が、そんな懐かしくも楽しい思い出は思考の隅に置いておく。華の勘は鋭い。俺が華に心を向けていないとすぐに気づくだろう。上の空で相手にはできないし、やってはいけない。

「なにを……なにをやってんだお前は?」

「心を折ろうと思ったんです。だから対処をしました。……この男はわたしの操り方を知っていました。忠次様の今後に邪魔だった。だから殺しました。今も、殺しています。同時に、わたしは、この過程を楽しもうと思いました。……ですが、これは、なんというか思ったよりつまらない、です、ね……。復讐だったはずです。復讐だったはずなんです。幼い頃から積もりに積もった恨みだったはずで、わたしはずっとそれを望んでいたはずなんです。本心から願っていて、助けてと祈っていて、でも、でも全然楽しくない。面白くない。ずっとずっと楽しみにしていたのに。最初は楽しかったのに。おなかのそこから笑えたのに。……それともこの環境が悪いのでしょうか? 蘇生してしまうから気分が晴れない? この男が永遠に失われれば、多少は気分も変わる?」

 華にここまで憎ま(おもわ)れる、か。花守先輩は何をしたんだ? 俺は初めて彼を注視した。死に続ける人間を見るなど御免だったので目を背けていたのだ。

「ひぃ、ひぃぃ」

 先輩の顔はぐしゃぐしゃだった。蘇生した端から顔面が感情で崩壊していく。蘇生時は立ったまま再構成される。すぐさま腰が抜けたのかへたり込む。そして死ぬ。何度殺されたのだろうか。どう見たって、花守先輩の正気は既になくなっていた。

 殺され続ければこうなる。神園華が特殊なのだ。死に続けて平気な人間なんて、存在しない。

「華、やめろ」

 俺は手で俺の顔を覆う。殺人など見たくない。傲慢に精神を侵食されていようと、俺はまだまともでいたい。

(畜生、俺もおかしくなってやがる。俺がすぐにこの愚行をやめろと言えなかったのは、傲慢もあるんだろうが……)

 赤鐘後輩のせいだ。あれがすぐ死ぬせいで死人に慣れた(・・・)

 嫌だ。嫌だな。嫌な慣れだ。だが今後、もっと慣れていくんだろう。この世界を攻略するとはそういうことだ。

 大罪戦しかり、検証しかり、数多の死を積み重ねていく必要がある。

(いつか俺も誰かを殺すんだろうか……いや、違う)

 もう。殺したのだ。俺は。


 ――花守先輩は、俺が殺しているも同然だ。


 花守先輩を殺し続けた華は、俺に従う者だ。華の殺人は俺の殺人でもあるのだ。

 気づけば静かになっていた。殺人は、止まっていた。

 華は命令に応じた。応じてくれた。

 俺と華はまだ主従だった。花守先輩が死に続ける謎の現象は収まった。

 もっとも華が何をどうやって殺し続けていたのかを俺は理解していない。ただ、この蘇生地点で肉体が消え、再構成されるということは、花守先輩は死ぬに足る何かをされ続けていたのだろうと思う。

「あ、ああ、あああああああああああああ!! 嫌だッ!! もう嫌だッッ!!」

 華の与える死から解放された花守先輩は、頭を抱えて走り出した。草原の彼方、エリアの片隅、華の視界の外にまで。

 追いかける気にはなれない。それよりも優先すべきことが俺の前にある。


 ――華が、俺を見ていた。


 正念場だろうか? 正念場だろうな。俺は内心のみで嘆息した。面倒臭がっているのはバレているだろう。それでも表面に表さない努力はすべきだった。神園華という女は結果よりも、その面倒臭がっていてもやろうとする努力の部分を評価する。

(それで、踏み込むか、踏み込まないかだが……)

 華は俺の配下だ。しかし、その全てにずかずかと踏み込めるほど俺もデリカシーが欠如してるってわけでもない。俺が華に栞への恋慕を言っていないように、華とて俺に言っていないことはたくさんあるはずだ。

 ただそれでもこれは放置していい類とは思えない。さりとてうかつに手を触れて良いものかにも悩む。そもそも人を殺せるほどの憎悪を解消する術を俺は知らない。知らないのだが。

(まずいな。勘弁してくれ。揺らいでる(・・・・・)ぞ)

 感じるのはエピソードの喪失の気配だ。最近は、傲慢の制御が難しくなったためか、これらの感覚はよくわかる。生命線だからだ。

 俺と華の間に発生している『主従』のエピソード。言葉にしにくい感覚だけの、形を持たない俺と華のつながり。それを支える根幹が揺らいでいる。

 確信する。これを放置すれば、華との主従の絆が消える。

 これは、それほど根深い問題か? それとも俺が華を信じきれなくなるか? これを放置しないことが、主人の義務か?


 ――それとも、神園華が、解決を望んでいるのか?


 華、と呼びかける。こちらを見上げてくる華。儚げな気配だ。手を伸ばせば、そっと手をとられ、頬を擦り付けてくる。

「お前は何を望んでいる? 花守先輩への復讐か?」

「いえ、いえ、何も。ただ、ただわたしは、忠次様と過ごすこの瞬間(とき)が」

 長く、永遠に続けばいい、華はそう言い、雫のような涙をこぼした。


                ◇◆◇◆◇


 俺の腕の中で華がぐずっていた。


 永遠などないのだ。何もせずに続く恋慕などない。忠誠の維持の難しさを知れ。

(くそ、華め。()を持ったな。無意識に俺との関係を深めたいと願ったな。畜生。面倒くせぇ。糞が。お前がそのままでいれば俺が思い悩む必要もなかっただろうに)

 腕の中の華は静かに泣いていた。そう、ただ静かに俺に抱かれているだけだ。見た限りではぐずっているようには見えない。

 だけれど、こいつはぐずっているのだ。華が俺にセクハラもせずにただ抱かれている。それだけでもう俺にとってはぐずっているも同然だった。

 華は静かに要求しているのだ。

(華に求められている(・・・・・・・)。他のグズどもは華ほどの美人に求められれば役得だろうと思うんだろうが。んなわけがねぇ)

 華は自身の感情の解決を俺に求めている。難業だ。俺のような凡人が言葉一つで解決できるレベルを超えている。

 解決は、地道に、丹念に行わなければならない。


 ――俺と華の関係は次の段階へと進んだ。進んでしまった。


 俺と華だけで成立した甘い箱庭を、俺が破壊した結果だ。

 あの中に花守五島はいなかった。あの中でなら華はただ俺を信仰するだけの狂信者でいられた。

 これは先へ進む選択をしたから出てきた問題だった。

 俺と華がただ幼稚な感情をぶつけあうだけの期間(モラトリアム)は終わったのだ。

(俺は、俺の身の程を知っている)

 釣った魚(おんな)(あいじょう)をやらない、なんて真似をしながら関係を維持できるジューゴのような人間ではない。

 努力しなければならない。

 神園華に俺の感情を注がなければならない。

 華は俺の鬼札(ジョーカー)だ。絶対に手放してはならない。

 俺はあの糞(ジューゴ)を見返すために大罪(せかい)滅ぼす(すくう)と誓ったのだ。ここで華の離脱は戦力低下どころではない。

 全ての破綻を意味する。華以上はない。もう、これは確定した事実だった。

 だから、俺は華と向き合わなければならない。

(ならねぇんだが……)

 俺は視界の隅に表示させていたフレンドリストに一瞬だけ視線を移す。フレンドの一言欄が変わっていた。

(『先輩。おなかがすきました。あとちょっときついです』)

 エリアを移動しているために『死病』が発動している赤鐘後輩が、呼んでいた。

 同時に、腕の中の華が俺を求める。

「忠次様忠次様忠次様忠次様忠次様忠次様忠次様忠次様」

 囁きはまるで蛇のように、長く、湿っている。

(状況がヘビーすぎるぜ……)

 ジューゴはこれらを飄々とした顔で捌いていたのだ。

 俺が、素直にジューゴという人間に勝てないと感じる部分の1つだ。


『新井忠次はエピソード6【神園華の悩み】を取得しました』

『神園華はエピソード3【復讐心の行方】を取得しました』


                ◇◆◇◆◇


 『エピソード6【神園華の悩み】』

 効果:このエピソードの解決に失敗した際、『新井忠次』は『エピソード4【主従】』を失う。

    解決しなければならない。貴方は神園華の主人である。


 『エピソード3【復讐心の行方】』

 効果:このエピソードの解決に失敗した際、『神園華』は『エピソード4【新井忠次(かみ)への失望】』を得る。

 人の感情はままならぬもの。

 そうあろうと望もうと、そうあり続けることはできない。

 跳ね馬のように。暴れる川のように。恋心のように。

 歌う鳥のように。空の機嫌のように。復讐心のように。



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ついにエピソードに現れたなぁ!かみさまだから、出来ないはずがないっていう思い込み、狂信を裏切らない様にしなくちゃいけない時や!
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