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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
47/99

015 勅令【逆ラウヲ禁ズ】


 ただただ広いだけの平原『エリア2【見果てぬ平原】』の片隅、誰も周囲にいない場所に華は立っていた。

 新井忠次と緊急時の連絡方法は決めてあった。

 新井忠次が赤鐘朝姫を誘拐した時点で掲示板での連絡からそちらに変更となった。ならざるを得なかった。

 フレンドリストを使う方法だ。

 この世界のシステムに特定個人を指定してメッセージを飛ばせる『個人チャット』や『ささやき(ウィスパー)機能』はない。

 だからリストを使うことになる。少しだけリスクのある方法だった。以前と違い、神園華のフレンドリストには他の人間が加わっている。フレンドステータスの変化は誰かに観測されるだろう。もちろん、全員をリストから削除することもできた。しかし華がそれをすることはなかった。

 低レアの生徒に対する哀れみではない。後々得ることができるかもしれない名声が目的だった。神園華が低レアリティのフレンドを多く持っているという事実は今後、何かに利用できるかもしれない要素だった。

(それに、エリア2を全員が突破するのに都合がいいですしね)

 神園華をフレンドにした彼らならば他者の協力がなくとも先へ先へと進むことができるだろう。

 エリア踏破ボーナスは得ておきたいし、低レアリティであろうと、彼らがエリアを進むことはいずれ(きた)るレイド戦への布石となるだろう。

 話を戻す。

 フレンドリストに表示させるステータス情報にはいくつか編集できる部分がある。装備欄やスキル、特殊ステータスやエピソードの個別開示設定。そして、一言欄(・・・)

 華は、初期設定の定型文よろしくおねがいしますと表示されていたその部分を、決めてあった文章に変えた。

 少し待つ。腕時計を見た。これは正確だ。ステータスに表示されているデジタル時計と時間を合わせてある。

 腕時計の長針が、予め決めていた時間を指した。

 日に3回、連絡時間は決めていた。何もないなら何もしない。ただ、華が迎えに来てほしければフレンドリストの一言欄を決めてあったものに変える。

(それでも、わたしが誰かと繋がりのあることはバレてしまう、かもしれない(・・・・・・)

 花守(はなもり)五島(ごしま)ならおそらく気づくだろうと華は考える。あの少年(かんしやく)にはそれだけの観察力がある。未だ察知されていないが、華の異常に関してはそろそろ気づく頃だろう。

「……忠次様(かみさま)……」

 呟く。もうすぐ来る。新井忠次が来る。

「あー? んん? そいつ、誰だ?」

 来た。真正面から。新井忠次が歩いてきていた。

 気づいていた。知っていた。華はそれでもこの場を動くことはできなかった。

「うぅ……ううう……」

 だから待った。待って、真正面に立った忠次に華は抱きついた。胸板に顔を埋め、呼吸を深く、深く、沈み込むように、肺胞の全てが新井忠次で染まるように息を吸う。

「おい。華」

 主の舌打ちが聞こえるも、ぐりぐりと頭をこすりつける。新井忠次が華の両肩に手を添えて、引き剥がす。

「お前の下に転がってるそいつはなんだ。あと、これは(・・・)、なんだ?」

 これ(・・)、と自身の耳を指で示す忠次。華は笑みを浮かべた。陶然としたものだった。不気味そうに忠次が顔を歪める。

「とりあえず、うるさい(・・・・)からこれを止めろ」

「はい」

 リストに表示されるステータスを変更した直後に、忠次がエリア2に現れたことには気づいていた。

 主は神なれど、このエリアには有象無象がひしめいている。華のところまで来るのには苦労をするだろう。

 だから華は風魔法でサポートを行った。


 ――誘導を風魔法による囁きで行った。


 このエリア全ての風を華は掌握している。このエリアに存在する、全ての人間の呼吸から会話から何から何まで、華の知覚の内にあった。

 だから忠次が来てすぐに気付けた。だからすぐに誘導を行った。

「やっと収まったか。で、こっちはなんだ?」

 周囲を覆う風と土のカーテンを指して忠次は言う。忠次が入ってくるときに少し止めたが、それを再び展開していた。

「迷彩のようなものです。こちらを見ても、わたしがここにいると気づかれないためのものです」

 ジョブ『ミニスカサンタ』の必殺技は土の属性攻撃だった。武器が放つ聖炎属性と違い、自身のスキルから発せられる属性である。故に華は『土魔法を極めし者』という特殊ステータスを、必殺技を使い続けたことで習得していた。

 華は風と土の魔法を複合して用いることで、忠次と合流するために撒いた茶道部の人間から隠れるための迷彩(カーテン)をこのエリア2の片隅に展開していた。

 風と土のカーテン、それでどうやって迷彩効果をもたせるというのか。ただ魔法を使うだけではない、異常な才能の為せる技だった。

 忠次が白陶繭良に発見されずにこの場所に来られたのもそのおかげだった。忠次がここに来た瞬間に、華は忠次の周囲に土と風のカーテンを展開していた。

 ただし、集中力を多く使うためか、術者である華はあまり大きく動くことはできなかったが。

 エリア2に現れた忠次を出迎えられなかったのはそのためである。

「そうか。で、最後に、だ」

 それはなんだ、と忠次は華の足元に転がる男子生徒(はなもりごしま)を指して言った。

「壊しても良い実験素材のようなものでしょうか」

 忠次の顔が信じられないものを見る目になる。だが、諦めたように首を振った。

「必要なんだな?」

「はい」

「大丈夫なんだな?」

「はい」

 わかった、と忠次は言った。華は五島の手を動かすと、表示させたままの五島のステータスを操作して忠次にパーティー申請を行った。

 ちなみに華自身のパーティー申請は忠次がこのエリアに訪れた瞬間に行っている。

「じゃ、転移するぞ」

 はいと頷いた華は忠次の傍に寄り添う。そして、彼らは転移した。


                ◇◆◇◆◇


 彼らが転移した先は『隠しエリア【饕餮(とうてつ)牧場】』だった。

 華をここに送った忠次は勧誘した人材が心配だと朱雀の養鶏場に戻っていった。華は残念だと心底から思いながらそれを見送った。

 饕餮牧場も、見果てぬ平原と同じく草原のような場所だった。エリア2に似ているが、決定的に違う部分がある。

 青空と流れる雲がここにはある。更に、ここに生えている植物は採取することでアイテムとして使用することができるのだ。

 忠次の食事の彩りが増えることに喜びを覚えつつ、華は地べたから発せられるうめき声を耳に入れ、楽しそうに口元を綻ばせた。

「……あ、ああ、くそぅ、なんで、なんでだ……」

「ああ、やりすぎてしまいましたか?」

 華の口から発せられたのは、呆れを大きく含んだ言葉だ。

「まだたったの107回目なのですが。神の園の花を守る者と言えど、人である以上、肉体的な苦痛から逃れることはできないのでしょうか?」

 地べたに転がっていた男子生徒。花守(はなもり)五島(ごしま)は自身を見下ろす神園華と視線をあわせ、背筋を震わせた。

(もう、無理だ……これ(・・)は、もう制御(・・)できない……)

 神園華の監視役たる少年は、この未知のエリアに拉致され、100超える数を殺され、自身の任務が失敗していたことを悟らされていた。

「華、いや、『ち3八七式甲壱号』よ。お前、どうして、効かない(・・・・)?」

 先程から、いや、気絶から目覚めた五島は、ここに連れてこられた時から、チチ、チチチ、と唇から鳥の囀りのような音を発していた。

 だが華は平然と立っていた。どうでも良さそうな顔をしている。否、そうではない。にこりと、本当に機嫌が良さそうに笑っている。五島が放った囀りのような音はいくつか種類があった。それら全てを華は脳の中で吟味していた。


 ――この鳥のような囀りこそが、五島が持つ、華への対抗策だった。


 特殊な薬と調教と催眠を用いられた神園の女は、この特殊な発声法で発する音を聞くだけで、立っていることさえできなくなる。

 これはそういうものだった。

 社会的地位の高い人間への玩具であると同時に、そんな彼らへの暗殺人形でもある神園の女へ、神園家が用意した制御装置だった。

 五島が呻く。見上げる華へ、制御のための音が効果を発揮しているようには見えない。

「それがあなたの持つわたしへのコードの全てですか? 他はもうありませんか?」

「――どうやった? どうやって逃れた?」

 にぃっと華は無言で口端を釣り上げた。くふ、と声が漏れる。成功した。最高の気分だった。全ての呪縛が解けた気分だ。いや、そうではない。実際に解けたのだ。華を縛る全ての鎖が。

 忠次にお願い(・・・)をしてまで五島をここに連れ込んだのはこれを確認したかったからだ。

 花守五島を追い込んで使わせた神園華への絶対命令権(コード)。勅令【仮死】。勅令【気絶】。勅令【絶対命令】……etcetc(エトセトラエトセトラ)

 勿論、これが全てではないだろう。当然他にもあるはずだった。五島は所詮監視役。与えられるコードにも限りがある。勅令【絶対命令】は華への命令権を得るものだが、それだって回数制限のあるものだろう。永続するコードは本家の人間が握っている。

 だが、これだけわかれば推測できる(たどりつける)。華は神園の調教を知っている。この世界に来て、脳が触れた異界の知識もある。

 華の超人的な頭脳に、これだけの考察材料が揃えば、人道を外れた命令権の根本の思想とその開発の歴史を、華の思考で再演するのは容易なことだった。

「ああ」


 ――脳髄を泳ぐ魚。思考を俯瞰する鳥。狂気の淵に浸る小人。

 ――思考の先では翼の生えた硝子の彫像が歌っていた。

 ――たどり着く。たどり着く。たどり着いてしまう。


 深い絶望が五島を襲っていた。この怪物(はな)を相手に弱みなど見せたくないのに、全身が恐怖で震えてしまう。

 華はくすくすとした笑いを――否、それはもはやくすくすなんて可愛らしいものではなかった。哄笑だった。大声で、理解不能な、甲高さの混じった、おぞましい嗤いを上げている。

「あはははははッ! あはははははははははッッ!! あーっはっはっはっはっはっはッッ!!」


 ――取り繕う必要を失った、忠次の前にいない神園華は、ただの枷の外れた怪物でしかない。


 この生き物は根本から壊れている。そういうふうに神園が育てた。育て上げた。だから、枷さえなくなればこうなるのは当たり前だった。

 ふぅっと、華が息を吹く。「ひ」と五島の口から悲鳴が漏れた。瞬間、五島が死亡して蘇生(リスポーン)する。

「ああ。ああああああああああああああああああ」

 五島が叫んでいた。今、華に何かをされた。しかし何をされたのかわからなかった。だが五島には死んだという確信があった。だが、何をされたのかわからなかった。ただ死んだ。また死んだ。殺された!

(それだけ? それだけなわけがあるものか。今、また死んだんだ俺はッ!! また殺されたんだ!! うぅ……うぅぅ……うぁあああああああッッ!!)

 この奇妙な殺害方法に新井忠次なら気づけただろうか? いや、新井忠次でもこれは気づけないだろう。彼は魔法については門外漢であるし、彼の思考は未だ人間側だ。化物の思考などわからない。

 それに彼は未だ小胆だ。彼は人の上に立つ方法を考えても、人を殺す方法など考えない。

 だが、神園華はそういうものではない。やる(・・)少女だった。実際にやっていた。躊躇などなかった。怪物だった。

 華の口元で風が渦巻いていた。

 それが答えだった。


 ――神園華は、五島の脳に、風を吹き込んだのだ。


 神園華は花守五島の耳から風を流し込み、プリンを砕くように、脳を撹拌して殺していた。それを繰り返していた。

「確認は終わり。目的は達しました。忠次様を除いてわたしに命令できる者はもういない。ふふ、では、花守五島。不要なれど全てを知るあなたは邪魔です」

 華は軽くそんなことを言う。楽しそうに神園華は言う。華は既にして狂っている。五島の心は既に折れていた。命令権が無効化されている時点で、人造の超人である華にはどうあっても敵わないと悟っていた。

 だから、地べたを這いずって華に向かって許しを請う。助けてくれと懇願する。

「ま、待て待て待て待て待て。わ、わかった。ち3八七式甲壱号。お前に従う。降参する」

「そうですか」

 死んだ。五島は死んだ。そして蘇生する。華はもとより話など聞くつもりがなかった。新井忠次が危惧していたことだった。

 神園華と共に隠しエリアに閉じ込められた際に、華に憎まれればこうなる。神園華には、それをできるだけの性能と執着がある。


 ――新井忠次は知っていた。人を強く愛せる人間は、人を強く憎むことができるのだと。


 愛情と憎悪は表裏一体。強い感情を持ち続けることのできる熱量(エネルギー)は人それぞれだ。

「とりあえず……忠次様との次の連絡まで殺し続けましょうか」

「と、とりッ!? やッ、やめッッ!?」


 ――抵抗すらできなかった。死んだ。蘇生した。


 ただただ草原が広がるこの広いエリア。神園華と花守五島しかいないエリアの中心。蘇生地点(リスポーンポイント)で。

 死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死んだ蘇生した死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生悲鳴悲鳴悲鳴哄笑。哄笑。哄笑。哄笑!!


 ――神園華が、五島と2人きりの隠しエリアで、ただただ、心の底から嗤っていた。長年の鬱屈の結果だった。


 殺されながら、五島はなぜ神園華へ命令権(コード)が通じなかったのか考えていた。殺され続ける中でそれを解明することだけが五島が正気を保てる唯一の方法だった。他は考えたくなかった。殺され続けている事実に意識を対面させたくなかった。

 だが五島の疑問はけして解消されることはないだろう。彼は優秀だが、思考の材料が足りない。

 神園の女を無力化する命令権。それが今の華に通じないのは簡単な話だった。

 しかし、この答えに達するにはこの異界の知識に触れ、狂気的なシステムの根本に触れる必要がある。

(私たちの身体は新しく(・・・)作り直されている)

 そう、命令権とは薬を使って脳に刻み込む洗脳だ。調教と催眠だけでは足りない。足りないのだ。

 これは赤鐘朝姫と同じ事例だった。朝姫はこの世界に、身体に巣食っていた毒を持ち込めなかった。

 だが【死病】の特殊ステータスは発生した。朝姫の強い思い込みが偽りの病魔を身体に作り出した。

 そういう仕組みがこの世界にはある。

 だが、華は朝姫と違った。神園華は気づいた。狂気なる異界の知識に触れ、知ったのだ。忠次との修行の過程でこの世界の己の肉体の構造を知ったのだ。

 薬を用いて肉体に刻み込んだ命令権を、神園華はこの世界に持ち込めなかった、その事実に。

 あとは単純だ。その事実に神園華の思考が至った瞬間に、命令権を聞いた瞬間に生まれるはずだった特殊ステータス【神園本家の命令権】は発生する機会を失った。

 気づかなければ強い思い込みで発生したであろう特殊ステータスは、華がこの世界の自らの肉体の秘密に気づいたが故に、発生しなかったのだ。



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