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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
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014 激情は破綻の予感を秘めて


「うっわー、マジか……マジかこれ……」

 その画面を見て、早くギルドを作っておけばよかったと後悔した。

「えっとギルドハウス、ですか? 先輩」

 赤鐘後輩の言葉の通りだった。膝の上から俺のギルドウィンドウを覗いてくる赤鐘後輩の頭をなんとなく撫でつつ(HPが減らないように、体重を掛けないように気をつけている)、その施設を見る。

「いわゆる拠点って奴だな。内装もいじれるぞ」

 風呂を作ろう、なんて悩まなくてよかった。ギルドハウスさえ作れば全部解決したのだ。

「見ろよ。この個室詳細ってのを。ベッドが基本でついてくるぞ」

 寝具である。

 フレポで出てくる最高級品のテントだろうと、寝袋だろうと、毛布を敷こうと、寝る上で、岩の上は硬い。毛布を重ねようが、その硬さは寝床を貫通して俺にやすらぎを与えない。

 無論、華にベッドを作らせるという案もあった。だが木材の加工だのベッド用のスプリングの作成だなんだと華を拘束する時間が多すぎた。あの時は俺の鍛錬道具の作成の優先度が高かったし、料理の研究もしなければならなかったし、様々な検証やスキルの拡張など、やらなければならないことが多かった。

 そもそもテントと寝袋があった。不満はあったが、不便はなかった。

 そう、華は基本なんでもできるが、一人しかいない。それ故になんでもはさせられないのだ。

 つか、個室だ。ベッドもいいが、個室がある。

「赤鐘後輩。お前の個室も用意してやれるぞ」

「そうですか」

 そうだよ、と未だ髪質が荒れていて撫で心地のよくない頭を撫でてやる。髪用の何かがあれば整えられるんだがな。

(卵の白身がどうとか……? いや、聞いた覚えがあるだけだけど)

 小さな頭に乗せた手はそのままに、視線を赤鐘後輩からウィンドウへと戻す。

 ギルドハウスにはヘルプがついていて、様々なことが書いてあった。ヘルプなんてここの運営にしては親切で不信感があるが、この設備の豪華さを思えば不自然ではない。普通にこの施設が罠だと認識できたからだ。

 個室、ベッド、調理器具の揃ったキッチン、大浴場や書庫や、トレーニング室、工作室……エトセトラエトセトラ。用意された多くの施設。それらの全ては現在の環境を一変させるものだ。

(デメリットは、ただただひたすらに高価)

 それこそ、真面目に攻略している連中からしたら、ステータスに補正をかけるギルド施設全ての強化を諦めてなお買えない程度に高い。日にエリアを2、3周程度の表のエリアの連中からしたら、どれだけ時間を掛けても絶対に買えない値段。

 故に、罠。ゴールドを貯めているうちに、経験値が溜まってレベルがマックスになる。そしてゲームクリアのために結局ギルドハウスなど買わずに先へ進み、ラストバトルに突っ込んで死ぬ。そのための施設。

 ヘルプが充実しているのは、俺たちの欲を煽るための作為。

 これだけの施設を知りながら、買わないという選択肢をとれる奴はいない。

(それは、個室があるからだ)

 このプライバシー皆無の世界で、個室を与えられる。その事実に震える。隠しエリアを見つけた俺ですら、動揺を隠せないほどに。

 それはもはや天よりの恵みにほかならない。

 俺だってそうだ。

 こうして人のいない隠しエリアにいるが、可能なら個室が欲しい。

 もちろん、華と一緒にいることは苦ではない。あれこれと世話を焼いてくるあの女は便利ですらある。それでもだ。そんな俺でも、個室は欲しい。個室でゴロゴロしたい。ダラダラしたい。華に(・・)監視されず(・・・・・)にゆっくり寝たい。

 何より、起きたときに、誰も傍にいない自由を得たい。

(いや、無理か)

 自分で考えて無理だろうなと思った。神園華は、俺の配下だが一人の人間であることに変わりはない。

 奴は従者だが俺の制御を離れている部分が多くある。

 俺が個室を手に入れようと、奴は自由に侵入して、俺の世話を自由気ままに焼くだろう。

(それに赤鐘後輩(こいつ)のこともある……)

 俺の膝の上で、つんと唇を尖らせてギルド施設を眺めている赤鐘後輩に関してもだ。

 肉が少しだけついたが、未だ弱々しい生命。

 これは現状一人では生きていけない生き物だ。個室に放置したら勝手に苦しんで、勝手に死ぬだろう。それは、まずい。動けるようになるまで、俺がつきっきりで世話をしないといけない。そこに気恥ずかしさなど存在しない。ただやらなければならないという事実だけが積み上がっている。

(華に任せたら――無理だな。華に依存する)

 赤鐘後輩を俺の配下にしたくて手をかけているのだ。それから手を抜けばけして望みの結果を得ることはできないだろう。

手を抜く(サボる)なってことだよな)

 袋小路に陥っているSSRなど現状赤鐘後輩以外にはいない。それ以外の人材は全て、そのレアリティに相応しい取り巻きどもに囲まれている。俺にとっては赤鐘後輩しか配下を増やすチャンスはないのだ。

 ふと白陶先輩を思い出した。数少ないSSRの一人。数えきれないほどのゴミレアリティに囲まれた存在。あのとき俺を排除しようとしたあれらは、新興宗教の教祖と信者のような関係だった。

 あの連中は、もっとずっと関係が進んでいけばエピソードの発生すら可能とするだろう。いや、既に発生させている奴もいるかもしれない。

(難度が進めば、手を組むこともあるかもしれない)

 誤解、いや、赤鐘後輩を連れ去ったために正しく敵対している現在では友好的とはいかないだろうが、いずれ交渉して和解する必要があるだろう。

 そんなことを考えながら、俺は赤鐘後輩に言った。

「よし。じゃあ、ギルドハウス作るか」

 設置箇所は土地を指定しての作成だ。養鶏場ランニングで金はもりもりある俺なので、作成オプションにある設備を全てオンにしてから『エリア【朱雀の養鶏場】』の中心に建設位置を指定して建築を開始する。ごっそりと、所持金の8割近くが削られた。

 だが金ならまた稼げばいい。個室が手に入るなら、むしろ胸が躍るような気分だった。

 ギルドハウスは建てたエリアからは動かせないが、エリア間転移を持っている俺からすればなんのデメリットもない。

「ちなみにギルドハウスの作成時は指定された建材ってのを使うことでギルドハウスのレアリティが上がるんだぜ?」

 建材とはこのエリアの最奥、クリスマスツリーを破壊することで手に入るアイテム【朱雀大樹】のことだ。これを消費することでギルドハウスのレアリティに+がつく。ヘルプには何も書いていない。だが、何かいいことがあるだろうと俺は考えている。

「そうですか」

 淡白な赤鐘後輩の反応は珍しいものではない。単純に、価値がわかっていないからだろう。ただ寝ていたこの少女にとっては、全てが新鮮だから、全てが同じ価値だ。このエリアだろうがギルドハウスだろうが全て同じことだ。

 いや、と思い直す。赤鐘後輩は少しだけ物珍しそうに目の前の光景を眺めていた。

 木材が浮き上がって勝手に組み合わさっていく姿。魔法のような光景。魔法のような建築。あの胸糞の悪い天使に会わなかったら、俺も素直にこの景色を楽しめたんだろう。

 組み上がっていくギルドハウスのメニューバーには残り時間が表示されていた。建築終了まで8時間。俺は、俺の膝の上に座っている赤鐘後輩の頭に軽く手をやって問いかける。

「結構時間かかるみたいだが見てるか?」

「あと少しだけ、少しだけお願いしますセンパイ」

 そうか、と俺は頷いた。赤鐘後輩が俺の胸元に背を預けてくる。朱雀大樹の稀少果実を絞ったジュースを赤鐘後輩の口元にもっていけば、ゆっくりと、こくりこくりと飲み干していく。

「面白いか?」

「遊園地とか、水族館とか、テレビとか、こういうの見たことなかったんですよボク」

 浮く建材で行われる魔法的な建築は地球の娯楽(そういうもの)とは違う。人智を越えた光景だ。だが、野暮なことを俺は口にしない。この後輩からすればきっとこういうものは、そういうものと一緒なのだろう。

「病気で寝てたからか?」

「いえ、そういうわけじゃないです」

「じゃあ、家が厳しかったとかか?」

「ええ、まぁ、そんなところです」

 ふぅんと俺は鼻を鳴らすようにして応えれば、赤鐘後輩が呟くように付け加える。

「ボクの全ては、刃になるためだったんですよ」

「やいば?」

「赤鐘は鉄と鍛冶の家です。魔剣に成るための家です。刃のために、何代も、何代も、何十代も、それこそ気の遠くなるような時間をかけて多くの武人と血を交わらせて肉体を高めてきました。神園(・・)から血を取り入れるために神園の実験場(がくえん)の傍に土地も構えて、そこまでしてできたボクは、ボクこそが、その最高峰だったはずなのに」

「なんだって?」

 俺の問いは空虚に溶ける。赤鐘後輩は、踊るように宙を浮く建材を見ながら、何も見ていないように言うのだ。

「なんで、こんな……。こんな目にあってから、こんな人に拾われてるんでしょうね。ボクは」

 知らねぇよ。と内心で俺はつぶやいた。

 泣き言のようなことを、何も考えていない顔で言うこの少女の内面は、俺が考えるよりもきっとずっと。


 ――嵐のように荒れ狂っている。


 細心の注意が必要だった。

 姫をあやすように。絹を撫でるように。宝石に傷をつけぬように。

 ただただ傲慢に気を払う。小胆の警告に耳を傾ける。

 人を育てるには、それこそがきっと大切なことなのだ。



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