013 世界を救う同好会
水はフレポガチャからも出るので、大量に余っている。
華との修行の時にアホほどフレポガチャは回しているので余裕で×99を超えている(なお個数制限は今のところない。無限に持てるのだろうか?)。
同じくフレポガチャで出た薬缶を複数個、水で満たしてガスコンロの上に置く。容器は華が朱雀剣を叩いて作った水温を保持する謎の金ダライを使うことにした。トレーニング後に俺が身体を拭くのに使っていた奴だ。
(ま、その時は華が身体を拭いてくれたもんだが……)
このあとの作業を考えて少しだけ憂鬱になる。女子がいればな……。
お湯が沸くまで裸でいさせるのもなんだと服を着せ直した赤鐘後輩を見た。
この後輩に身体を拭けとは言われたが、特に性的な目で見れはしない。俺の純情は栞に捧げているし、この後輩の身体は骨と皮だけで、欲情すべき部分は一つたりともない。
そもそも、栞を裏切って手を出すなら、傾国たる美少女の方が良いに決まっている。
(とはいえ華に手を出す出さねぇ以前に、栞に会って俺の気持ちを伝えなきゃならんがな……ん、こいつ、眠そうだな)
疲れているのか、ぼんやりとした顔をしている赤鐘後輩は椅子の上でこくりこくりと船を漕いでいた。
「赤鐘後輩、起きてるか?」
「……は、はい、センパイ。おきて、ます」
「寝てていいぞ」
「あー、ええっと、い、いいんですか?」
いいよ、と頷けば、恐る恐る、しかしゆっくりと赤鐘後輩は目を閉じた。それでも数分は起きていたようだが、次第に寝息が聞こえるようになってくる。
かくりと頭が垂れたので慌てて手で支えてやった。椅子から落ちたらたぶん死ぬぞ。ほんと気が緩みすぎだなこいつ。
(しっかし、なにやってんだか、俺は)
赤鐘後輩の身体が落ちないように手で支えつつ、心底から思う。俺に、こんなことしてる暇があるのか? それともこんなことでもしなければ何にもならねぇのか?
(結局、俺は積み上げていくしかねぇんだよな。ひとつひとつだ。ゆっくりでもいい。確実に。絶対に)
何一つ積み上げてこなかった俺だからこそ、無駄なことはひとつもない。一つ一つ、確実にやっていかなければならない。
そのためにも、まずは赤鐘後輩の信頼を得るところからだが、めんどくせぇ。いや、やるけどな。やるが、めんどくせぇ。
「風呂でもあればな……」
たぶん華に頼めば風呂桶ぐらいは軽々と造るだろうが、それを俺が運用するのは難しいだろう。
(ポンプだとか、ボイラーだとか、か……? いや、作り方も使い方もよくわからないけどな)
俺が知っているのは所詮名前だけだ。作り方も使い方もよく知らない。ポンプについては理科だとか化学の授業でなんだか薄っすらと習った記憶もあるが、それを実際に運用できるほどの知識も知恵も俺は持っていない。
(ま、だからこそのレアリティRか……)
LRなら……いや栞もジューゴもたぶんできねぇよなこういうのは。
でも華ならできるだろう。
いや、そもそも誰ができるできねぇじゃねぇんだよ。いい加減気づけ。俺ができないから俺はRなんだよ。
ぐだぐだと考えていれば薬缶がピーピーと騒ぎ、お湯が沸いていた。コンロから降ろして薬缶から金ダライにお湯を注ぐ。
「このままじゃ熱いんだよな……」
華は風魔法だかなんだかで温度を適温に調整していた。
ええっと、お湯を別の金ダライに何度か移すのを繰り返せば温度も下がるだろうが、それより水を注いで調整した方がいいか?
2リットルペットボトルをアイテムボックスより取り出すとドバドバと注いでかき混ぜ、温度を人肌ほどに落としていく。
「で、こっち。と」
椅子を見れば赤鐘後輩がくぅくぅと寝息を立てている。椅子の上だから身体を痛めているのだろう。死ぬほどではないが、HPが微妙に減り続けている。
「って、落ち着いて見てる場合じゃねぇッ!!」
慌てて椅子から赤鐘後輩を降ろし、豆腐や卵でも扱うように丁寧に服を脱がせていく。
上着、リボン、ブラウス、スカート、タイツ……。病人って衣装じゃねぇんだよな。っても制服以外に服はない。
おそらく、ジョブ変更すりゃミニスカサンタ衣装が手に入るんだろうが……。
ううむ、考えるより丸裸の後輩をなんとかした方がいいな。
触れれば、相も変わらず全く興奮しない肉体だった。
(ガリガリだぜ……だが……んん……これは?)
その肉体に、俺は華に見たような美しさの片鱗を見つけ、困惑した。赤鐘後輩の肉体に、衰えきっているもののどこか武の片鱗を見かけたからだ。
筋肉に芯のようなものがある。削ぎ落とされた肉の中に、けして失われない何かがある。
「鍛えれば、ものになるか?」
いや、鍛えると言うよりも取り戻すのか。俺の傲慢と同じように、俺の役目は、こいつの強さを取り戻すことか?
とはいえこいつ。何かやってたんだろうか? 赤鐘姉はどうだったか? 思い出そうとして首をひねった。思い出せない。割と優先度が低かったからな。赤鐘姉は。
(スマホのバッテリーがあればな。中に赤鐘姉のデータが入ってるんだが)
スマホに入っていたのはジューゴの女関係用のデータだ。修羅場は二度とごめんだとあの手この手で調べた女子達の詳細データだ。
とはいえ、最後にデータを見たのは召喚される前、4ヶ月も前のことだ。当然、そこまで親しいわけでもないあの女のデータを俺は思い出せない。
(バッテリーがなくなったのはしょうがねぇわけだが。充電手段があればな)
ため息をつきかけて止める。どちらにせよ。やるべきことをすべきだろう。
(まずは、この枯れ木みてぇな後輩の汗を拭ってやるか……)
せめて華みてぇな肉感だったら楽しめたんだろうが……。いろいろ考えて憂鬱になりつつ、俺は赤鐘後輩の身体を清めつつ、ついでに聞きかじりの知識でマッサージをし、筋肉をもみほぐしてやるのだった。
――なお、あやうくマッサージで殺しかけて焦ったのは赤鐘後輩には秘密にしたいところだ。
◇◆◇◆◇
翌朝のことだった。
「ギルド、つくるか」
「……?」
椅子に座る俺の膝の上で赤鐘後輩が首をかしげた。薄いケツの感触は気持ちよくない。むしろ骨があたって痛いぐらいだった。
俺はそんな赤鐘後輩を膝の上に感じつつ、ひな鳥に食わせるように、卵粥を口に運んでいる。
話を戻そう。
そう、俺はギルドを作成すべきと気づいたのだ。気づきとしては遅い部類だった。圧倒的な発想の鈍さだった。
(迂闊だったぜ。華がいないなら、俺だけで作っても問題ねぇんだよ)
「先輩」
「おう、食え食え」
あーん、と口を開く赤鐘後輩。俺は粥を掬った匙に、ふーふーと息を吐いて冷ましつつ、赤鐘後輩の口に粥を流し込んでいく。
「昨日より食べてるな。食欲があるのか? 久しぶりの運動で元気がでたか?」
「ん、んんん、えーと、なんか身体の調子がいいです。はい」
朱雀王希少卵はATKを爆上げする奇跡の食料素材だが、今回はそういうステータス面の効果ではなく栄養の力が出ていた。なんとなく、赤鐘後輩の肌ツヤがよくなっている。
(まぁ、栄養がありすぎるとそれはそれで死ぬんだが……いや、アイテムにはそういう力がある、のか?)
栄養価の高い食べ物を食べすぎると逆に身体を壊すこともある。しかしそれで赤鐘後輩が死なないってことは、つまり、そういうことか?
もとより俺たちの身体はこれらの素材アイテムを食べても死なないようにできている? それとも食材アイテムは根本的に俺たちを殺すことができない?
まぁうまく食べれなかったり、食い過ぎで死ぬ可能性はあるようだが、毒ではない食材アイテムは摂取しても死なないということがわかったのは良いことだった。
俺がよしよし、と赤鐘後輩の髪を撫でてやれば、赤鐘後輩は目を細めつつ、俺を睨むように見上げてくる。
「あの、あんまり、その、撫でないでください」
「馬鹿か。俺は褒めるぞお前を。よ~しよし。もっと肉をつけろよ。もっと動けるようになれよ。もっと強くなれよ。そして俺を楽しませろ」
「……なんか、意地悪、ですよね。先輩って」
「そうだろうそうだろう」
「褒めて、ないですよ」
諦めたように笑う赤鐘後輩に対して俺はわざと豪快に振る舞いつつ、システムウィンドウからギルド項目を呼び出した。
とにかくギルドは作る。最大HPの上昇は赤鐘後輩の育成に際して強い効果を発揮するだろう。華が文句を言う可能性があるが、無視していい。不満を言うなら言うで面白いだろう。あいつが不満を言うところは大罪戦の時に微かにこぼすぐらいだったからな。聞くのも新鮮だ。
――『ギルドを開設します』
ギルド開設のためのウィンドウが表示される。ギルドのデフォルトネームに俺の名前が設定されていた。
「名前……名前、ね」
さてどうしようかと悩み。
『世界を救う同好会』
頭のおかしい奴が作りそうな名前だな、と思いながらくく、っと笑みが漏れた。
このぐらい大言壮語で、俺にとってどうでもいい名前の方が胸のひとつも張って言い切れるだろう。




