010 HP《いのちのすうち》
原因はわかっている。
赤鐘後輩が何をしても蝉のように死ぬのはレベルが1だからだ。
とにかくレベルを上げる。HPの上昇は死ににくさに繋がる。HPの高さは戦闘での有利となるが、休息エリアでの死亡事故も減らせるのだ。
華との訓練では何度も死ぬような目にあった。というか死んだ。しかしそのうち死に難くなっていった。
それは慣れた、というよりもレベルの上昇が解決してくれた問題だった。
最大HPの上昇は死に難さに繋がる。俺が実感として知っていることだった。
「美味いか?」
「ええ、まぁ……」
俺は赤鐘後輩を後ろから抱えて、その口に粥を流し込んでいた。さすがに男の俺にこういったことをされるのは抵抗があるのか、微妙そうな顔で俺を見てくるものの、俺は構わず鳥の雛にやるように、粥をふぅふぅと吐息で冷ましつつ(やけどで死ぬかもしれないからな)、赤鐘後輩に食べさせてやる。
「あ、あの、もういいです。お腹いっぱいです」
遠慮ではなく本気で言っていた。俺は赤鐘後輩の言葉をきちんと聞いていると教えるために、わかった、と頷いてやる。
肯定してやることは大事だ。相手は俺に好意を抱いていない。丁寧にやらなければならない。
「ありがとう、ございます」
ほっとした顔をする赤鐘後輩。作った粥はあまり減っていない。
あまり食べていない。もっと食わせようとも思ったが、たぶん満腹でこいつ死ぬよな、と顔色を見ながら思う。限界以上に食ったのか顔色が青い。
(一回殺しておくか? いや、だが死ぬと料理効果が消えるしな……)
パーティー編成画面から赤鐘後輩のステータスを見る。最大HPが料理効果で少しだけ上がっていた。
粥に使った無限の米の効果はそう高いものではない。華が願いの玉で手に入れた報酬だが、補正の低さは無限に手に入るからだろうな……。
それに粥はただの水で煮ただけの料理だ。卵と草も入れたが、それだってHPの上昇には微かにしか効果を及ぼしていない。
俺の調理技能の低さもあるかもしれない。もうちょっと的確に美味いものが作れればもっと良い効果も出るだろう。
(HPは200上昇ってとこか。本来400上がるとこを200なのは全部食ってないから。あとは卵の効果でATKもちびっと上がってるが、こっちはどうでもいい)
加えて、俺のリーダースキルの効果がある。戦士のHPを小上昇させるリーダースキル。これで赤鐘後輩のHPはほんのちょっとだけ上がっている。
「ゴブリンの魂とかは持ってないのか?」
「ええと、そんなものもあったような」
「レベル上げとけよ。さすがにレベル1のままはな」
はぁ、と言いながら素直に、しかしもたもたとレベルを上げようとする赤鐘後輩だったが、ステータス画面の前で首をひねって固まった。
「あの、どうやれば?」
仕方なく、赤鐘後輩の肉のついていない骨と皮だけの手に手を添えて、ステータスウィンドウを操作してやる。
エリア1の素材が消費されて、赤鐘後輩のレベルが少しだけ上昇した。それでもHPは2000には届かない。
(しっかし今までレベル1だったのはなんでだ? 白陶先輩の指示か? それともこいつの姉の? いや、違うか。そんなことをする意味がない。こいつ自身の意思か? 赤鐘後輩は確かに、最初、何もかも諦めていた。ただ死んでなかっただけで生きようとすらしていなかった)
ため息を吐きかけて、やめた。そうだ。華はいつだって俺を信じてくれていた。なら俺もため息なんて吐いてはいけない。吐いた瞬間にこいつに諦めを与えることになる。俺がやるべきはこいつにある可能性とやらを最後まで信じ切ってやることだけだ。
「あの……」
だが考えるだけで気が滅入ってくる。
そもそも傲慢たる俺に人を育てるなんてどだい不可能なことなんだよ。俺にできることなどただでんと構えて立っていることだけだ。他にできることなんて、何一つない。
「あの~~」
そして、俺は、今誓ったすべてを反故にしない決意が必要だった。俺には、この骨と皮しかない小娘に劣る可能性がある。
そう、この小娘にSSRというレアリティを宿すだけに足る価値があるのなら、それはきっと俺のRなんていうゴミレアリティを上回るものであるのは確定しているに違いなかった。
――嫉妬はしてもいい。だが、壊してはならない。
「新井、先輩」
「あんだよ」
「ボクの頭、なんで撫でてるんですか」
「悪いか?」
膝の上に乗った鶏ガラのような体は抱き心地という言葉とは無縁のものだった。
それでも俺はゆっくりと、死なないように、柔らかく手を動かして、艶のない髪をゆっくりとゆっくりと撫でている。
俺は、俺にできることを実践している。
「赤鐘後輩。きちんと飯食えて偉いぞ。死なずに食えて偉いぞ。よ~しよし。よ~しよし」
「ば、馬鹿に「してねぇよ」
してねぇんだよ赤鐘後輩。なぁ、赤鐘後輩。俺は決めてるんだよ。お前を褒めるってことをよ。死病停止のために、お前のレアリティに覚えている嫉妬を継続し、ただし嫉妬しすぎてお前を破壊しないように、全身全霊で注意しながら。ただただ褒めてんだよ。
「偉いぞ赤鐘後輩。生きてて偉いぞ。死なないで偉いぞ。よ~しよし。よ~しよし」
胡散臭そうな顔で俺を見てくる赤鐘後輩に真剣な顔を向ける。ここで笑ったりはしない。ただ真剣な顔で偉いと繰り返すだけだ。
俺は当然、馬鹿になんてしちゃいねぇ。現時点じゃ生きてるだけでこいつにとっちゃ奇跡のような出来事なんだ。そして飯を食うのだってそれだけの労力を使ったはずなんだよこいつは。だから俺は褒めるのさ。俺の作業は褒めることから始める。
――覚悟しろよ。アホほど美点を見つけてやるからな。
「ん、んん、それなら、ま、まぁ、いいですけど……」
まんざらでもないように俺の膝に座る後輩を撫でながら俺は深く、深く思う。
――他人を育てるのって、ものすごくめんどくせぇ。
◇◆◇◆◇
で、飯を食ったあとに何をしているかと言えば。
「あ、あら、あらいせんぱ……」
白い雪がしんしんと降るエリア、朱雀の養鶏場。その戦闘エリアと戦闘エリアの途中で俺は立ち止まった。勿論ランニングの途中で、である。
「回復するぞ」
「……ひ、ひぃ……は、はひ……」
注視していたステータスの数値では、赤鐘後輩は見事に死にかけていた。
ぜひぜひ言いながら死にかけている。
俺の背中の上で、死にかけていた。
これが華ならおっぱいの感触があったんだろうが、赤鐘後輩はまるで枯れ木でも背負ってるのかってぐらいにつまらない。
いや、つまらなくていいんだがな。俺の純情は栞に捧げてるから。うむ。
死にかけの赤鐘後輩にフレポガチャで手に入る薬草を使用する。戦闘が開始すれば死にかけてようとHPが最大まで回復するから問題ないんだが、戦闘に入る前に死にかけてるからな。赤鐘後輩。
「赤鐘後輩は魂使ってレベル上げても、背負って走ったら5秒ぐらいでHPが1000も削れるからなぁ」
魂系のアイテムは余りまくっているのでくれてやってもいいんだが、せっかくの低レベル状態だ。死にかけの時に一緒に活動したことがエピソードの発生条件になるかもしれないので、赤鐘後輩には自分で経験値アイテムの収集をさせている。
「お、お手数おかけしてまひゅ……」
「いや、死なないで偉いぞ。お前はよくやってる。うん」
「は、はひ……」
ぜひぜひ言いながらなので吐息が背筋にかかる。全然色っぽくない。瀕死の死体の吐息だ。顔には出さないが生暖かくて気持ち悪い。
一応褒めてはみたが、背負ってる状態で頭を撫でるわけにもいかないので尻でも……いや、全然色っぽくないからなこいつ、体を触って楽しむ楽しささえない。
(あと何周ぐらい必要だ? 華のときはどれだけ掛かったっけかな)
フレンドの華が一撃で決めるので戦闘自体は問題はない。攻撃も赤鐘後輩のパッシブスキルのおかげで俺か前衛に置いた華に集中する。これから戦う朱雀王は全体攻撃だが、それだって華が先制して殺す。一撃……いや、足りるか? 聖炎属性の追撃はあるが、どうだろう?
今回の華はフレンドシャドウだからな。特殊ステータスとエピソードの恩恵はない。
俺は俺たちの背後に佇む華のシャドウを見る。黒い影のような華は心なしか栞のシャドウのときよりも俺に近い位置で佇んでいるものの、シャドウはシャドウだ。
特殊ステータスとは、意思が発動させる成長の証だ。ここに立っている華はシステムが構築した過去の華でしかない。
(ん、んんー。問題はないか。華が無敵を張れば、1ターン目は耐えられる。2ターン目で敵は殺せる。クリアできる)
とにかく現在最優先で必要なのは赤鐘後輩のレベルを上げることだった。
「よし、行くぞ。赤鐘後輩! しっかり掴まってろよ!!」
赤鐘後輩に握力はないので、むしろ俺がしっかり掴まえておくべきだった。
それでも、赤鐘後輩はひぃひぃ言いながら俺の首筋に掴まるのだった。
そして振動で死にかけ、俺の背中に血を吐いた。