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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
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008 わたしの中の人間性


 エリア1の全てを掘り返してきた華は何も見つからないことを確認すると、エリア2へと進むことにした。

 先へ進めた喜びはない。むしろこの先を思えば少し心が重くなった。

(めんどう、ですね……。ほんとう、めんどう……)

 忠次に精神的に依存している華は、忠次がいるときは完璧なのだが、忠次がいないと途端に全てが雑になる。

 これは神園の血の性質上、どうしても発生してしまう精神の瑕だった。

(……こんな脆い世界……)

 魔法(ちから)で全てをめちゃくちゃにしてしまいたかった。全てを更地にしてしまえば面倒はなくなるのではと考えてしまった。

 しかし華はやろうと思えばいくらでも行えてしまう暴挙を、必死に(こら)えた。そんな人間を忠次は傍に置きたがらないからだ。ただその一心だった。忠次の存在がなければ華はその力の全てを使って今までの人生で邪魔だと思った全てをめちゃくちゃにしていただろう。

 異常な環境で育った神園華に良心というものはない。ただそうあれと命令された常識だけがそこにはある。だから、(くびき)のない今、その常識から外れることに否など欠片もない。


 ――だが、やらない(・・・・)


 やらないのだ。

 忠次(かみさま)は多くの協力者が必要だと言った。なら、全てを華がぶち壊してしまえば受けるのは称賛ではなく侮蔑と怒りだ。

 もちろん、華の信仰する忠次がそんな些細なことで華を捨てるとは思わないが、それでも受けるのは怒りよりも褒美がいい。嬉しい。


 ――絶対に怒られたくない。悲しくなる。


 神園華の周囲には人が多く集まる。ただし、人間関係のトラブルも発生しやすい。

 人外の美貌を持つ華の利点であり、欠点でもあった。

 だから本当はエリア1で忠次を待っても良かった。迷惑になると思ったからだ。忠次なら、大罪エリアへの転移コードを利用すればエリア1へと戻ることも可能だからだ。

 やりようはいくらでもある。わざわざ華がエリア2に出る必要はない。

 それに、華が表に出ないことでメリットもある。華が隠れることで達成できることもある。

 そう、忠次とパーティーを組み、大罪エリアだけを移動し、全てをやり過ごして旨味だけを取る選択肢があった。

 表舞台に出ることなく引きこもること、忠次と2人きりで過ごし続けること、それを選択する誘惑があったことを否定はできない。

 だが、その選択を神園華は尊ばない。

 逃げることを恥とするのではない。華が忠次を完璧にサポートするならば共にエリア2へと進んだ方がいいからだ。傍にいないメリットよりも、傍にいることのメリットの方が華には重いからだ。


 ――陰に隠れるものは、忠次(かみさま)の傍に侍ることはできない。


 だからこうして面倒な全てを覚悟して、エリア2へと進むことにしたのだ。

 正々堂々と隠れることなく忠次の傍にいるためには、面倒を受け入れなければならない。我慢しなければならない。

 それでも、いくらか下処理(・・・)をしておかなければならない。

 肉の筋を切るように、海老の背わたをとるように。下処理をしなければならない。

(こうして忠次様と離れるのは心苦しいことですが、見られなくてよかったと思うべきでしょうか?)

 華は、極力手間のかからない女だと思われたかった。

 忠次に面倒な女だと思われたくないのだ。

 無論、既に思われているなど考えることもなく、神園華はそういう理由でエリア2へと到達した。


『運営からお知らせします。全てのプレイヤーがエリア2へと到達しました』

『運営からお知らせします。踏破ボーナス【ショップ機能】が解放されます』


 突然のアナウンスだった。だが、華の理解は即座だった。ショップのことではない。このアナウンスの裏にあるものに即座に気づいたのだ。

(他国の失敗は、なるほど、そういうこと)

 華の視界の隅で、エリア2へと到達した華を発見し、傍に寄ってこようとした生徒たちの動きがアナウンスによって止まっていた。

 ざわめきを聞きながら華は指を動かしウィンドウを操作する。ショップの項目を見る。掲示板にあるスレッドを確認する。

 忠次の話を思い出しながらの操作だった。壊滅した世界各国の生徒たちの話を思い出していた。

 彼らの壊滅が不可避だった理由。攻略速度の速さ。大罪を見つけることもなく、ただの戦いと同じように、ラストバトルに挑んでしまった理由。

(このようなエリア攻略特典を出すことで、運営は攻略を加速させていたのですね)

 ショップの解放。品目を見て納得する。これならば恐らく全員が攻略を積極的に行うだろう。弱い学生を引っ張り上げてでもするだろう。その結果を楽しみにしただろう。どんどん先へ先へと進んでいっただろう。

(そして、大罪を探す機会も生む機会もなくなる)

 全員を次のエリアに引き上げる。これは、それだけで大変な作業だ。連帯が必要になる。協調が必要になる。やることが、目標があるのだ。大罪など生んでいる暇はない。何も得られないエリアを隅々まで探索する暇もない。隠しエリアなど見つからない。

 勿論、人間の性質とは抗えないものだ。大罪が生まれるかもしれない。けれど特典があるならば、恐らく周囲が無理やりにでも抑えつけただろう。

 それに、加速要因は他にも考えられた。

 協調型のエピソードが生まれたはずだ。それも作用しての全体の攻略速度の上昇かもしれない。

 そうして、もしかしたらと華は思った。

 恐らく、ラストバトルをラストバトルと認識せずに挑んで、そのまま消え続けてしまった可能性がある。加速した攻略速度のまま、そのままに、みんな死んでいく。全員が死に絶えるまで走っていく。そういう結末だ。

「パンと水。それにジャムですね」

 華はショップを眺め、呟いた。

 システムメニューから選べるショップには食料の他に家具やエリア1で手に入る武器が並んでいた。

 劣位の武具。買う意味のないアイテムだ。だが、これは地味だが重要だ。

 ドロップするアイテムが販売されれば、プレイヤーに戻る必要がないと思わせることができる。地味だが、重要だ。攻略の停滞を防ぐ要素の一つとなるだろう。

(でも、どれもこれも、隠しエリアのものより――)


 名称【いちごジャム】 レアリティ【SHOP】

 効果:戦闘時にATKアップ(小)上昇(3ターン)《8時間》空腹度回復。

 説明:いちご味のジャム。美味しい。


 名称【りんごジャム】 レアリティ【SHOP】

 効果:戦闘時にHPアップ(小)上昇(3ターン)《8時間》空腹度回復。

 説明:りんご味のジャム。美味しい。


 名称【オレンジジャム】 レアリティ【SHOP】

 効果:戦闘時にクリティカルアップ(小)上昇(3ターン)《8時間》空腹度回復。

 説明:オレンジ味のジャム。美味しい。



 ――効果が弱い。


 隠しエリアで手に入る料理レシピ『777ターキー』のクリティカル率上昇は大効果でターンの制限もなく、ドロップ数の増加もあった。

(つまり見せ金のようなもの、ですか……?)

 弱い効果のアイテムを並べ、徐々に攻略を加速させていくつもりか? 踏破では難度が上がらないことも合わせて考え、華は悪趣味な想像に至り、有り得るかもと内心のみでうなずいた。

(ふふ。天使は参加者の全滅が望み、ですか?)

 悪趣味に過ぎる妄想だ。だが、真実味があった。華は大罪を知っている。あれの結集がラストバトルの相手ともなれば、ただ挑むだけでは死にに行くのと同義だ。大罪耐性を手に入れるなどの綿密な対策が必要になる。

(忠次様はなにか知っていたようですけれど……)

 必要のないことだと教えてはくれなかった。だけれど見ていればわかる。剣崎重吾けんざきじゅうご。あの少年に関係するのだろう。

 勇者という特別なジョブ。もしかして天使は……と考えたところで華の隣から声がかかった。


「華!!」


 会いたかった、と華と同学年の女子生徒は涙を浮かべていた。

 華は開いていたスレッドに一瞬視線を移し、書き込みをしようかと、迷い、そのまま閉じた。

 予め決めておいた忠次との連絡方法だ。先に来ている忠次が匿名で立てておいたスレッドに華が書き込みをする。そうすれば定期的にエリア2を覗く予定の忠次が迎えに来てくれる。そういう算段だった。

 だけれど、華は掲示板を閉じた。


 ――やるべきことがある。忠次との合流はそのあとだ。


 華はいつかの日常を思い出す。そこで浮かべていた笑顔を顔に貼り付ける。

 けして心で笑わぬ、陶然としたような微笑み。他者を魅了するだけのそれ。手慣れた行為だった。

 殺意は隠した。気取られてはならなかった。

 つけなければならない始末がある。神園華の自称(・・)親友で茶道部副部長、友近瑠美香(ともちかるみか)の隣に立つ少年、花守五島(はなもりごしま)

 彼こそは神園の家に仕える、神園華の世話役にして、監視役(・・・)だ。

 華を警戒した目で見る五島に、華は「心配をかけましたね。あの混乱時にどこかわからないエリアに飛ばされて「おい、それ」

 華の言葉を遮って、五島は華の頭を指さした。そこには忠次がランニングができるようにと、リーダースキル変更用に装備している朱雀王金冠がある。

「どうしたんだそれ? なんだそれ?」

 やはり鋭い、と華は五島に対する警戒度を上昇させた。他がのんびりと、あくまでただの装飾だと思っているそれを、神園華がけして意味のない装飾を好まないと知っている(・・・・・)五島はただの装飾ではないと即座に看破した。

「ああ、拾いました。似合いますか?」

「こら、はーなーもーりー! 私と華の再会を邪魔する気~!!」

 なにかを言おうとした五島の言葉を遮って、瑠美香が華と五島の間に割り込んでくる。五島が軽く舌打ちし、その五島を睨みつける瑠美香。

 華の両手を握りしめた茶道部副部長(るみか)は華の美しい手をぎゅーっと握って、ポロポロと涙を流す。

「よかった。よかったよぅ。探してたんだ。ずっと、ずっと! 本当に、本当によかったぁ」

 感極まったのか瑠美香が華を抱きしめた。瑠美香は身長は低い。だからか、瑠美香の顔が華の豊満な胸に埋まった。

 華はいつものように笑顔を浮かべて「ごめんなさいね」と抱きしめ返した。

 そんな2人を周囲が暖かく眺めている。五島が舌打ちし、くだらなそうにしながら一歩下がる。

「それ似合う! どうしたの? 王冠?」

「綺麗! お姫様みたい! どこで見つけたの? まだある?」

「華先輩! 先輩! よかった! 無事でよかったぁ!!」

 瑠美香が抱きついたままの華に、女子生徒の集団が突き進んでくる。みながほっとした顔で華を見ていた。

 華は彼らを安心させるように微笑んだ。陶然としたものではない。瞬時に切り替える。人を安心させる。そういう笑みに切り替えた。

 笑顔は、人を安心させる。

 笑顔は、人心を掌握する。

 笑顔は、本心をけしてさらけ出さない。

「安心してください。ね。みなさん。わたしはこうして無事だったのですから。ね、瑠美香さん」

「ああ……あああ……華ぁ……華ぁぁ……」

 華の胸に再度顔を埋める瑠美香の頭を撫で、周囲に笑顔を振りまきながら、神園華はさて、どうしようかと考えた。


 ――(ばけもの)の全ては擬態だった。


 彼らの真心を受け止めながら、くだらない茶番だと、五島以上に思っているのが当事者たる華だった。

 以前はこの風景を慰めとしていた。いつかこの中の誰かが助けてくれるかもしれないと、失望しながら期待していた。

 恐ろしい怪物、神園華。

 信仰を得た魔性、神園華。

 彼女は、人の心を理解しながら、本当の意味では何一つ理解できない化物へと育ってしまっている。

 神園だ。神園の剪定士たちが、そうなるように丹念に育てあげたのだ。

 だからこの化物は簡単に全てを捧げられたのだ。ただの偶然の出会いを必然だと勘違いして全てを捧げてしまったのだ。

 華の全ては、既に新井忠次に捧げられてしまっていた。

 だから、以前は慰みにも感じた光景にももはや心を動かすことはない。

 この場に華の心はない。新井忠次の傍らに、神園華は自分の心を置いている。

 だから、華さえまともならば美談ともなりうる光景を、ただただ無価値な塵屑として色褪せさせてしまう。

 視界の隅に移動していた花守五島(かんしやく)が華へ目と手で意思を伝えてきた。


 ――後で話がある。


 仕草でそう示していた。華から失踪時の詳しい話を聞くつもりだろう。

 あの少年にはそれをやらなければならない役目がある。華にも報告する義務がある。あった。過去形だ。もうないのだ。なにもない。

 神園華に悪い虫(おとこ)を近寄らせず、学園を無事卒業させ、出荷するのがあの少年の役割だった。それに協力するのが神園の家畜たる華の役割だった。

 だけれど、そんなものはもうどうでもいい。華は既に信仰を得ている。捧げている。

(やはり、第一の障害は花守ですか)

 そして第二の障害たる周囲に群がる少女たち。己の欲望のみで華の取り巻きを選択したこの女生徒どもは新井忠次の障害となるだろう。

 それでもこれだけいるのだ。新井忠次に一人ぐらい捧げるべきだろうかと悩み。

(この埃のような意思しかない欲望の傀儡を? ふふ、くだらない……かみさまの傍にはただわたしひとりさえいれば……)

 そこまで考え、華は、全てを捨てるように、瑠美香の頭を撫でた。この邪魔な女の首を、今この場でねじ切れば、この衝動は収まるだろうか? と。

 いや、そんなことより。

(耐久試験をやりたい、ですね……)

 そう、大罪戦のための人材集めだ。

 くだらない人間を忠次に捧げたくない。優秀なものを選別する必要がある。きっと反抗するだろう。新井忠次はひと目見て忠誠を捧げたくなるようなカリスマを持っていない。だけれど、いじめて、いじめて、いじめ抜けば、心を折ってくれるだろう。忠次に全てを捧げてくれるだろう。

 もしそれができれば忠次は褒めてくれるだろうか? 想像して華は喜びに震える。口角が自然とあがりかける。

 だから、これだけいれば一人ぐらいは耐え抜いてくれるだろうか? と考えかけ、ああ、と心の中だけで吐息を吐いた。

(ちょうどよい人が、いましたね)

 眼の前の少女たちの数は多い。徒党も組んでいる。これをどうにかすれば騒ぎになるかも……いや、なるだろう。

 騒ぎを忠次は望まない。今回は勘弁してやろう。

 だけれど、任務の性質上、どうしたって孤立せざるを得ない奴を華は知っている。

 華の個人的な感情の全てをぶつけても、どうなってもいい。何をしてもいい奴を華は知っている。

(……く、ふ……花守五島……く、ふ、ふ……)


 ――怪物が嗤う。


 獣のように、その口角が微かに吊り上がった。

 その獣臭に、誰も、気づかない。気づけない。

 妖花の芳香が、魔獣の臭いを覆い隠していた。



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