004
「大斬撃!!」
ステージ4のボスにして『始まりの洞窟』の中ボス的存在『ハイゴブリンソルジャー』が派手なエフェクトを喰らい、ヒットポイントバーと共に吹っ飛んで消滅する。
騒々しいファンファーレが鳴り響き、宙空のウィンドウが武器や素材がドロップしたことを教えてくれるも、俺はぐぎぎと歯を噛み締めながら肩を押さえていた。
死にはしなかったが何度も何度も棍棒や剣で殴られ斬られれば痛みで呻くのは当然のことだ。
なにしろハイゴブリンソルジャー自体のヒットポイントが高い。パーティーにもう1人攻撃役がいればターンもかからず倒せただろうが、俺1人じゃかなり手数を必要としたのだ。
それに同時に出現した取り巻きもきつかった。叩かれ殴られ斬られまくり、そのうえにハイゴブリンソルジャーの攻撃の一発一発がかなり痛かった。感覚がおかしくなりそうだ。
「これからずっとこうなのかよ……」
やはりパーティーメンバーの勧誘が先、か? 首を振る。どうやっても俺自身が強くならない限りは仲間は見つからない。悪評が広まってしまっているのだ。親しい友人でもない奴らが俺と組んでくれる心当たりなんてない。
それに、これだけ痛くたってゴーレムの攻撃よりはマシだ。あんな身体が叩き潰される痛みよりは、万倍マシ。そう思っておこう。
「っと、さっさと合成しちまうか……」
強くなりたい、そんな気分で『ステータス』から『強化』を呼び出す。
『ハイゴブリンソルジャーの魂』を1つ。『ゴブリンの魂』を2つ、『ゴブリンソルジャーの魂』を2つ使い自身の強化を行う。もっとも『始まりの洞窟』で手に入る素材の経験値は雀の涙だ。経験値バーが微かに動き、俺の口からため息が漏れる。
「レベル、あがんねーか」
同レベルのNレアリティならもうちょっとマシなんだろうが、Rレアリティの俺だともう少しばかり経験値が必要になる。成長限界が高いのは良いことだが必要経験値も多いのでしんどさが段違いだ。
「今日は何回できっかな……」
エリアへの侵入に回数制限はないが、戦闘で削られる俺自身に精神の制限はある。
ぶっちゃけ何度も何度も殴られれば痛い。だから何度も行きたいとは思わない。
とはいえ現状を考えればさっさとレベルを上げたいのはやまやまなのだが、うーむ。
「今日はこの辺にしておくかな」
言って苦笑する。いや、わかってる。俺が甘いんだ。甘ったれてるんだよな……。
三ヶ月かかってレベルがこれだけしか上がっていないのもこの甘ったれが理由に決まってる。
俺ももう少しやる気を出すべきだった。
「ならゴーレム、やってみるか?」
計算上、俺と御衣木さんの2人パーティーでも運が良ければ、倒せるはず。
考えて、んん? と唸る。妙な気付きだった。だから、それに気づいた時、うわぁという声が自然と漏れる。
「ん? あれ? あれ? あ……うわぁ」
パーティー欄を開いて、フレンドリストを見て、うわ、うわぁ、と声を上げる俺。
「もしかして俺って馬鹿だったんじゃ……」
さっきまでの4戦全部でやっていた行為に頭を抱える。こういう抜けているところがあるから俺はRレアリティなのか? もっと察しがよけりゃもっと早く気付けたんじゃなかったのか?
「ああああ、なんつー、アホな……」
僧侶は攻撃はできないが前衛に置くことはできる。それはNレアリティだろうが、LRレアリティだろうが変わらない仕様だ。
それはフレンドシャドウでも可能な仕様である。
それで、この『始まりの洞窟』のボスの知能は単純で、こっちのパーティーに前衛がいる場合、前衛に必ず攻撃をしてくる。
だから、つまり、前衛に御衣木さんを配置すれば相手の攻撃は分散されて俺は痛い思いをそんなにしなくてもよかったんじゃ?
御衣木さんのフレンドシャドウを見る。シャドウはシャドウだ。俺と違って痛覚なんてない。前衛に置いたところで文句なんて言わない。
しかしシャドウの御衣木さんにダメージを受けさせるのは……。なんか良心が……。
(この無駄にカッコつけ癖がなけりゃ……もっと俺は……)
ちなみに今までのパーティーの場合はゴーレム戦以外はフレンドリストからRレアリティの戦士を呼ぶことで前衛の不足を補い、俺の痛みを分散していた。ちなみに無作は後衛でカスみたいなダメージの弓を撃っている係だ。最後まで微妙な奴だった。グズめ。
ゴーレム戦ならともかく通常エリアはそういうやり方で十分だったのだ。
(てか、御衣木さんじゃなくてフレンドの戦士呼べば4戦目以外はターン短縮できたんじゃ……)
さすがに僧侶のいない戦士2人では4戦目は全滅するからしょうがないとしても3戦目まではフレンドの戦士の2人前衛でなんとかなったはずだ。通常戦闘と通常戦闘の合間でフレンドシャドウは入れ替えができるのだから、やらない理由はなかったのだ。
それに気づかず御衣木さんを呼んでしまったのは、ひとえに俺の心の弱さだ。1人でいることに耐えられなかった俺の心が問題だったのだ。
どうせシャドウなのだから、御衣木さんじゃなくてもよかったのに……。
あー、とへたり込んで天井を見上げる。洞窟らしく岩の天井。岩だらけだ。ここを出たらどうなってんだろうな。
エリアごとに独立しているのか、それともこの始まりの洞窟が終われば元の世界に帰れるのか、『掲示板』に先に進んでいった者たちの書き込みはない。
(元の世界はないか。御衣木さんのレベルがあがってるし……エリアごとに掲示板が独立してんのかな?)
いつのまにか誰かがラスボスを倒せば家に帰れるなんて噂が蔓延しているのが俺たちカス連中の現状だ。だから痛みに耐えかねた生徒の中には戦闘行為をドロップアウトする奴も出てくるし、食料を稼ぐためだけにだらだらと洞窟に挑むだけのパーティーが作られたりする。
NはNだ。やる気がないからNなのだ。だからRの俺は諦めねぇ。
意地を張らなけりゃ、自尊心が保てねぇんだよ。
「……進むか」
心が折れれば先には進めない。俺はパーティー編成から御衣木さんを前衛に移動させるとゴーレムのいる部屋に続く扉の前に立つのだった。
先に進めば何かが変わるかもしれない。そんな期待があった。俺を見捨てた奴らに追いついて文句の一つでも言ってやりたかった。
あとは、そうだな。
今回だって、運が良ければ突破できる。そう、思う。
思いたかった。
◇◆◇◆◇
見上げるほどに巨大な岩の怪物の一撃で死亡し、ぺしゃんこになった俺の死体。その背後に霊体化した俺がいる。
「やっぱダメだったかー!!」
高らかに叫ぶ。やっぱりか。やっぱりダメだったか! そもそも運とかそんなよくねぇんだよ俺は。
「そんな……私は……」
そんな俺の前では御衣木さんのフレンドシャドウが『定型文』を呟き、特定ターンに必ず放たれるゴーレムの『必殺技』を食らって消滅するところであった。
如何にHPが高くても彼女は僧侶だ。自身を回復する術はあってもゴーレムのヒットポイントを削る手段はない。俺が死に、蘇生必殺技で俺が蘇生され、必殺技のクールタイムが終わる前にまた俺が死に、当然蘇生させる手段はなく、そんな中、ゴーレムの攻撃を喰らい続ければLRレアリティの膨大なHPであっても死亡するのは当然だった。
いや、そうではない。彼女はゴーレムの『必殺技』以外ではどうあっても死なない。今回は運が悪かった。御衣木さんは通常攻撃ならばクリティカルを喰らおうとも平然と次のターンにHPを全回復できる。彼女のステータスはその領域にいる。
今回はただ単純に運が悪かったのだ。
「あとちょっとだったよな! なぁ!!」
そう、御衣木さんはただの『必殺技』は耐えられる。だがさすがに『必殺技』を『クリティカル』で食らえば御衣木さんであろうとも死亡するしかない。死亡するしかないのだが、それがなければきっと勝っていたはずなのだ。
『ステータス』画面に『戦闘終了。リスタート地点に戻ります』なんて表示を見ながら俺はゴーレムのヒットポイントバーを注視する。
この戦法でなんとか敵のHPの8割は削れたのだ。蘇生技のクールタイム終了をたった1人で3回も粘ったシャドウ御衣木さんの功績でもあった。普段だったら前衛の俺が落ちた時点でダメージを食らうのが嫌な茂部沢たちが『降参』コマンドを選ぶから、ここまで削れたのは初めてのことでもあった。
「次こそはいける。いけるよね?」
俺の作戦。俺と御衣木さんの2人で前衛をやって……。いや、待て。そもそも始めっから御衣木さんを後衛に置かずにいれば――。
「あ……」
今更に気づく。俺は、なんて失敗をしていたのか。
これが携帯ゲームであったなら即座に気づいただろう。だが、変に現実的すぎる現状が俺の目を、いや、俺たちの全員の目を曇らせていた、のか? 俺が提案した誰でも思いつくような作戦に今まで誰も気づかなかったのも、Nレアリティがグズなだけでなく、この妙な現実感が邪魔をしていた、のか?
『痛み』『空腹』『疲労』『劣等感』『倦怠感』『厭戦』。思考を邪魔する要素は大量にあった。真面目にやってなかったのはグズどもだけでなく、俺も、だった。
嫌な感覚と共に、今までの俺たちを思い出す。真底、非効率的な、馬鹿なことを俺たちはしていた。こうやって俺と御衣木さんの2人でゴーレムの体力を8割削ったのだ。だったら今回、座古や無作がいたなら、絶対に勝っていた。
「掲示板じゃ、僧侶は後衛に置けってのがセオリー……」
呟く。前衛の設置制限は3名までだが、後衛の制限は特にない。だからセオリー通り、今までのゴーレム戦では俺が1人ゴーレムの攻撃を耐えて後衛に全員がいた。2人の僧侶で回復をしていた。セオリーを馬鹿正直に守っていた。柔軟に考えられなかった。
「俺は、馬鹿だ……3ヶ月も、何をしていたんだ……?」
愚かさに背筋が寒くなる。心が苦しくなる。ゴーレムに挑み始めたのは最近だったからとはいえ、短絡的すぎた。
畜生畜生畜生畜生。ちゃんと考えればあのメンバーでも先に進めたんだ。Nレアリティの盗賊がいても大丈夫だった。
俺が、グズなのか? 馬鹿は俺もだった? 畜生。くそ。後悔しても遅い、のか?
(くそ。くそ。くそくそくそくそくそ。――畜生。謝ろう……俺が間違っていた……もっと考えるべきだった。もっと、もっと、もっと――)
俺が悪かったと、奴らに言おう。もう一度パーティーに入れてもらおう。
俺が馬鹿だった。考えなしだった。痛みがなんだってんだ。俺1人がダメージを受ける現状に不満があったからって、もっと柔軟に考えるべきだった。
(……いや、やっぱ俺1人がダメージ受けるのはねーわ……どう考えても不公平だろ……)
『条件を達成しました。特別エリアに転移します』
最後にちょっと冷静になった俺の後悔を他所に、システムはきっちりと俺の死体を消滅させ、俺の霊魂はリスタート地点である。最初の岩場へと戻る――
――はずだった。
そして、その場所で、俺は、あれと出会ったのだ。