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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
38/99

006 傲慢の天


 どこまでも続く薄暗い平原で俺はゴミどもによって拘束されていた。

 だが同時に、赤鐘後輩の叫びにゴミどもは驚き、動きを止めている。白陶先輩もだ。俺も、また聞いたその時に目を瞬いた。瞬いてしまった。

(や、やった。何がなんだかわかんねぇが成功した……)

 つか、俺のあの言葉に素直に頷いた辺り、どうにも常人じゃねぇ気配がひしひしとするが、俺の状況が状況だ。

 成功したんならもうなんでもいい。この状況だ。この状況なんだ。贅沢なんて言ってられるものかよ。

「赤鐘、さん、なん、で? 新井くんが、何か?」

 赤鐘後輩の宣言に呆然としていた白陶先輩の瞳には、疑念と奇妙な熱が宿っていた。

 見覚えのあるそれは、俺に対する敵意が宿ったものだ。

 逃げようとすれば確実に止められる。周囲がゴミどもとはいえ、皆殺しにするわけにもいかない。急いでステータスからパーティー申請を赤鐘に飛ばす。

「赤鐘後輩! 申請を許可しろ!!」

 俺は俺を持ち上げていた低レア連中を蹴り飛ばす。悲鳴と怒声。奴らの手から俺の身体が地面に落とされる。

 受け身を取りつつ、思考操作で【明けの明星ルシファーズ・プライド・真】を顕現する。

 【明けの明星・真】、ギョロギョロと周囲を睥睨する不気味なアクセサリーだ。こいつには敵全体に威圧効果を与え、攻撃力の低下を引き起こす権能(スキル)がある。

 奇妙なアイテムの顕現にゴミどもがざわついた。だが、ゴミはゴミだ。何かアクションをとろうとする奴すらいない。

「『傲慢の天』」

 だから、俺の宣言は静かなものになった。

 空間を大罪が侵食していく。大罪属性を持たぬ者には見えない闇が装飾品から滲み出る。世界に明確な変化はない。世界の裏側が侵食されている。

 これは目に見えない脅威だ。だから、威嚇にもならないだろう。

 加えて、この装飾品単体に含まれる大罪は薄く、あまりに弱い。孔雀王の面影など欠片も残っていない。そうだ。こいつは実質、攻撃力を下げるだけのもので、何の阻害効果もない雰囲気だけのものだからだ。


 ――俺が、扱わなければな!!


 俺が取得している特殊ステータス『傲慢の魔王(プライド)』にはオートカウンター以外にも、攻撃に『大罪属性【傲慢】』を付与する効果がある。周囲に満たされた『傲慢の天』に、俺の攻撃的な意思を載せる。

 色のない闇が、世界を侵食する。

 孔雀王ルシファーが最初にぶちかましてきたリーダースキルのように、周囲の生徒たちを侵食していく。恐怖が世界を覆っていく。

 見えずとも理解しろ。お前ら常人では耐えられないほどの闇が世界を覆ったことをな。

「な、な、なに!? なんなの!?」

「ひぃッ!? ひぃいいいいいいい!?」

「うわあああああああああ!!」

 グズどもが一斉に膝を折った。本能から来る恐怖に染まったのだ。全員が全員、頭を抱え動けなくなる。

 大罪は神園華でさえ耐えられない属性だ。雑魚レアどもの精神力では喰らって無事でいられるわけがない。

 俺は立ち上がりながら周囲を睥睨した。皆倒れている。ふん、と鼻で笑う。学生服についた草を払って、首飾りルシファーズ・プライドを首に下げる。クソどもが、俺を殴りやがって。舌打ちをしながら口中の血を地面に吐き捨てた。

 パーティー申請を受理したことで、俺のスキルの効果範囲から逃れた赤鐘後輩が驚いたように周囲を見ていた。

「な、なにが……おきた、ん、ですか?」

「力だよ。力だ。俺の権能(ちから)だよ」

「だ、だめッ……。赤鐘さん……ッ。そ、その人についていっては……!!」

 倒れた生徒どもに目を向ければ、白陶先輩だけが俺を見上げていた。この場で声を出せる精神力の強さには素直に敬意を抱ける。

 しかし、影響は一目瞭然だ。全身が震えていた。この人がもつ俺への敵意は消失し、全身に恐怖が刷り込まれていた。

(まずいな、やりすぎたか……)

 俺は額を押さえた。他に方法がなかったとはいえ、これは、やりすぎにもほどがある。

 この状況で他人を気遣えるのはさすがのSSRランクだが、白陶先輩、この人はもう駄目だ。


 ――俺に恐怖を抱いてしまっている。


 あまりに刺激が強すぎると恐怖系の『エピソード』が発生する。いや、今この瞬間にも発生しているかもしれない……。

 恐怖は信頼関係で力を増す『エピソード』と相性が悪――い?

「……は?」

 今、俺は、自分で自分の思考に躓いた。

 呆然とした顔で動きを止めた俺を、疑問だらけの赤鐘が見上げている。

 だが、俺は、この気付きに、吐き気を催すような憎悪を覚えた。

 矛先は、この世界の運営だ。

(天使どもめ……)

 大罪魔王どもを殺すためには大罪が必要だった。大罪耐性がなければ魔王の前には立つことができない。

 そして、大罪魔王に対抗するために大罪スキルを持てば持つほど、それを振るえば振るうほど。このように周囲から恐怖される。

 大罪属性は理性で防げる属性じゃない。理解と納得で受け入れられるものでもない。華のように全てを俺に捧げることでどうにか耐えられるようなもので、だから、どうやったって、ただパーティーを組むだけでは恐怖によるエピソードが発生する。


 ――大罪を持てば、まともにパーティーが組めなくなる。


 俺が当初考えていた、人間関係の破綻ではない。生物として、根本から恐怖される、否定される、そういう意味での破綻だ。

(わかっちゃいたが、わかってただけだった。つか、クソだな……クソすぎる……)

 魔王討伐に必須な大罪は持てば持つほどに動けなくなるデメリットだらけの悪意だけの代物だ。

 気持ち悪さに吐き気が抑えきれない。運営の悪意かこれは? それとも偶然の産物か?

 大罪魔王に対抗するための力を得れば得るほどに、何かがおかしくなっていく。

 大罪所持者は心を壊していく。戦闘力(パーティーメンバー)を失っていく。魔王が殺せなくなる。

「セ、ンパイ? あ、あの、これから、どうするんですか?」

 赤鐘後輩が呆然とする俺の袖を引いていた。肉の足りないカサカサの手。俺がいなければ立つこともできない娘。

 つか、この娘がSSR、なのか? どういう理由でSSRなんだ? 痩せこけているが、確かに顔は整っている。それだけか?

 勿論、華ほどとは言わない。それでも磨けば栞と同程度には輝く美の素質を持っている。

 だが、顔だけか? 顔だけのSSR? この勧誘に意味はあるのか? 俺が恐怖を撒き散らしたことに意味はあったのか?

(……勧誘は成功した。この場から離れよう)

 痛みがなくとも殴られた怒りはある。それでも冷静にならなければならない。ここは休息エリアだ。この惨状に周囲が気づき始めている。何事かとこちらに近づいてくる高レアの奴らが遠目に見えた。

 俺は赤鐘後輩の頭を、犬でも撫でるように撫でつつ、俺だけが所持する『転移』コマンドを選択した。

 転移先の選択肢は2つだ。1つは『朱雀の養鶏場』。

 もう1つは、このエリアに踏み込んだことで行けるようになった、新しい隠しエリアだ。

「転移――いや、待て、なんだこれ……読めんぞ」

 選択はした。饕餮牧場と書かれたもの。転移は始まろうとしている。一瞬ではない。微かな耳鳴りのようなものがある。システムがメッセージを表示する。『パーティーを隠しエリア【饕餮牧場】に転移します』との表示。

 俺が撫でる手を、鬱陶しそうに払い除けた赤鐘後輩が立ち上がって、ふらつき、それでもしっかりと立ってそれを読んだ。

饕餮(とうてつ)。とうてつ。ですよ。先輩」

 それで、これ、なんです? と問う赤鐘に俺は。

「いいところだよ。たぶんな」

 皮肉げに口角を釣り上げるしかなかった。


                ◇◆◇◆◇


 名称:【赤鐘朝姫】 レアリティ【SSR】

 ジョブ【戦士】 レベル【1/80】

 HP【320/900】 ATK【450】

 リーダースキル:『死病の温室』

 効果     :戦闘開始時、敵味方に【毒】【麻痺】を与える。

 スキル1   :『闘争本能【死】』《クール:6ターン》

 効果     :自身のATK上昇(大)

 スキル2   :『剣術の心得』《常時》

 効果     :刃のある武器装備時、ATK上昇(大)

 スキル3   :『忌避の本能【病魔】』《常時》

 効果     :他に前衛がいる場合、【赤鐘朝姫】は敵のターゲットにならない。

 必殺技    :『死病特攻・同病相討』《消費マナ:4》《クール:5ターン》

 効果     :【毒】状態の敵1体にATK18倍の攻撃を行う。



 隠しエリアに来て最初にやったことは勧誘した赤鐘後輩のステータス確認だった。

 後輩。そう、この少女は俺より学年が一つ下だ。どうやら中等部より進学してからずっと病院にいたようだった。

 道理で俺が知らないはずだった。

「あー、レベル1……?」

「はぁ、まぁ、何もするなと言われていたので」

 赤鐘朝姫。その後輩は皮肉げに俺を見上げた。先程は立って疲れたのか地面に座り込んでいる。どうやってエリア2に来たのかと問えば姉に連れてきてもらったとのこと。姉、姉ねぇ? 赤鐘って名字は珍しい。

 俺は赤鐘朝姫を知らなかったが、赤鐘の名字を持つ、俺と同学年のそいつとは顔見知り程度の関係だ。すぐに思い出せる。あいつかぁ。あいつの妹かぁ。

「で、ボクなんかをパーティーに入れて先輩は何がしたいんですか? どうやって病気を治し――あの、治してるんですかこれ?」

 ボク? んん、いや、女だよな? 女の制服着てるし、女だ。たぶん。胸もかすかにあるような? 肉がねぇからわかんねぇなこれ。

 ま、そんなもんどーでもいい。

「いや、俺の特殊ステータスで特殊ステータス『死病』を停止させてるだけだ。俺が停止を解除すればすぐに再発する」

 ああ、と諦めたように赤鐘後輩は地面に視線を降ろす。

「健康になったわけじゃないんですね」

「そりゃそうだろ」

「ひどいです。本当にひどい。こんな、希望だけ持たせるなんて」

「知るか。何から何まで都合の良いことなんかあるわけがねぇだろ。第一、俺は誘ったが、俺の手をとったのはお前だろ」

「そうです……ね」

 皮肉げな視線に皮肉げな顔を返してやれば、赤鐘後輩はにへら、と失望をにじませた緩んだ顔で俺を見たものの、すぐに疲れたように顔を(うつむ)けた。

 可愛らしい顔に染み付いた絶望は、この美少女に消えない陰を与えている。たぶん快活に笑えばもっと可愛いんだろうし、男どもも放っておかないだろう。

(ま、そのあたりはどうでもいいが……)

 俺が何かをするならこいつじゃなくて栞がいい。勿論告白をしても断られるだろうが。それだってまだ言ってないだけで、可能性はある。

 そうだよ、可能性はあるんだよ。可能性は。

「で、何をさせたいんですか? 病気が止まってもこんなガリガリの身体じゃあ、何の役にも立てませんよボクは」

 栞を夢想する俺に赤鐘後輩が上目遣いで皮肉げに言ってくる。

 その身体付きは貧相だ。背は低い。胸もない。そして鶏ガラみたいに骨と皮だけ……という感じではないが、確かに赤鐘後輩の身体はガリガリに痩せている。肉が少ない。見た限り体力もなさそうだ。

 今の赤鐘後輩は残念なほどにやせ衰えている。面倒事の臭いしかしない少女だ。SSRだろうが、これじゃあな。Nレアの連中が放置するのも当然だった。

 もちろんレアリティの暴力は健在だ。レベルを上げればステータスだけで俺を駆逐できる程度には強くなるんだろう。だが、それにしたって現状は弱い。精神的にも弱そうだ。耐性を付与したところで長期戦となる大罪戦に連れていけないかもしれない。

 ああ、畜生、参ったな。さっきは喜んでみたが、面倒くさいぞ赤鐘後輩(これ)

「なんでSSRなんだ? どういう基準だ? ずっと病院にいたから部長だとかリーダーとかってわけじゃなさそうだが」

 首をかしげたが、やることは決まっている。俺もだ。今日はやっていない。

「こんな痩せたボクに情欲を――ぎゃッ」

 あんまりにも情けない顔で俺に巫山戯たことを言い出すのでむかっ腹が立った。下がっていた顎を掴んで上を向かせた。薄い頬の肉の感触に先が思いやられるも、ぐにぐにと力を入れて頬を揉みほぐす。

「ったく、てめぇはもうちょっと前向け。前を。地面にゃなんにもねぇぞ」

 いや、うまくすれば華が地面の下からなにか見つけてくるはずだが、それはそれ、例外だ。

 とにかくこの娘に前を向かせて前向きなエピソードを引き出さなければならない。俺だってできたんだ。やる気になりゃ誰にだってできるだろう。そのあたりでなにかこの娘から面白い本性も出てくるかもしれない。

(そうだろ、なぁ、華)

 口角を釣り上げ、にぃっと嗤う。


 ――全てを否定するには、早すぎる。俺はまだこいつに何もしていない。


 俺はこいつを救ってなどいない。ただ連れてきただけだ。

 視線と視線が交わる。

 赤鐘後輩、黒髪の病弱な後輩だ。紅の混じった炎のような瞳がそこにはある。端正過ぎる顔の作りは、ちょっと日本人っぽさがないが、華みたいな人外がいる学園だ。俺の知らない妙なものが学園にはいて、こいつもその一種なんだろう。だからこそのSSR、と自分を騙してみる。

 期待するだけなら、誰にも迷惑はかからない。

 それに、だ。


 ――俺がこいつを連れてきた。だから、俺がこいつを信じるのだ。


 少なくとも、華はそうした。華が俺を引き上げた。だったら俺は華の真似してこいつを……。

(ちッ、真似ってのもなんか悔しいぜ)

 どちらにせよ成功例があるのだ。お手本にしてやるよ華、てめぇの方法をパクってやる。存分にな。

「ああ、もう、はなして……はなして、くださいよ。センパイ」

「前向けよ。前。今からお前を叩き直してやっから」

「は? どういう――」

 で、だ。俺のフレンドリストには当然華が登録されている。ステータスを見ればしっかりと朱雀王金冠を装備していた。アイテムボックスには華の手料理も入っている。いつだって完璧だな華。憎らしいほどにさすがだぞ華。

 だから俺は赤鐘後輩に全てを言わせず言葉を叩きつけたのだ。

「まずは飯を食ってランニングだ。身体を作り直すぞ」

「ら、ランニングって。し、死にますよ。ぼ、ボク……!?」

 ああ、存分に死ねよ。赤鐘後輩。

「病気は止めてるし、どうせ死んでも復活する。俺の手をとったんだ。俺がまともにしてやるよ。てめぇの身体を」

 さぁ、肉を食え。肉を。病気は止めてるんだ。いけるいける。そしたら走るぞ赤鐘後輩。

「そんでまぁ、使えるだけ使ってやる。お前を(・・・)使って(・・・)、魔王を殺す。それが俺の目的だ」

「……ボクを……つかう……」

 俺の言葉に一瞬だが奇妙な表情をする赤鐘後輩。疑問に思ったが無視をする(スルー)。こいつはそれ以前の段階だ。交流の前に、最低限使えるようにしなければならない。

 それに、後輩だから好きなだけ強気に出られる。ついこの間まで中学生だった年下の少女ってのはもう、小胆な俺でも思いっきり強気になれる。

(傲慢は、隠さねぇぜ)

 俺の目的は、この少女をどうにかして俺の下に置くことだ。

 さぁ、下準備(かんゆう)は終わり、これからが本番だ。


 ――やるぜ。



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