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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
37/99

005 エリア2【見果てぬ平原】


 草が生えている。背の低い草だ。

 芝生とは少し違う。雑多な草が大量に生えていた。

 腰をかがめ、千切ってみる。アイテム化はしない。手の中のそれはただの草だ。

 草だが、華が食事に混ぜてくる朱雀草のように食べてみる気にはなれない。手を払い、千切った草を地面に落として立ち上がる。

 周囲を見渡した。『エリア2【見果てぬ平原】』、そこはただただ広いだけの平原だ。

 空には日の光はなく、曇り空が頭上を覆っていた。

 洞窟並とはいかないが割合暗い。

 洞窟と同じく周囲に寝転がっている生徒たちを無視して、歩いていく。

 当然、エリアに限界はあるようだった。端と思われる場所まで歩くとそこで『見えない壁』にぶつかる。朱雀の養鶏場の戦闘エリアにもあったものだ。

(これじゃ気分はさほど良くならないだろうな……)

 狭く、薄暗い世界だ。代わり映えのしない生徒達だ。食事の内容も変わらない。

(ストレスで発狂とか……あるのか?)

 それとも、24時間ここにいることを考えたら多少薄暗いほうが過ごしやすいのだろうか? 狭いのなら遭難せずに済むのか? 同じ人間ばかりの方がいいのか? 考えてみるもののここに来てまだ1日も経っていない。よくわからない。

 周囲を見ればエリア1よりも多くの生徒が地面に寝転がっている。倒れているのではない。やる気がないから転がっている。ダメ人間共だ。

 俺が華とトレーニングしている間にエリアを突破してきたのだろう、エリア1で見た低レアのグズどもも転がってる生徒の中にいた。

 こいつらは近づくと「新井じゃーん。久しぶりー。何やってたん? 元気?」とか軽い口調で聞かれるからうっせうっせと蹴り飛ばすふりをして俺はそいつらから離れるようにしている。

 離れる理由は簡単だ。NといてもNしか寄ってこないからだ。俺が欲しい人材はこんなゴミどもではない。

(だが……クソッ)


 ――人材勧誘は難航していた。


 当たり前だった。俺が欲しいのは大罪魔王戦で使えるレアリティSR以上の人材だ。SR以上、つまりはシステムが有能と判断している人間だ。

 容姿、学力、運動能力、コミュ力、地位、学園で何かしら秀でていた人物の勧誘だ。当然、まともにやって成功するはずがない。

 レアリティの高い人間は孤立しない。何かしら理由があってパーティーから離れてもすぐに誰かが誘ってしまう。強いからだ。強いから人が寄ってくる。当たり前の理屈だ。

「ついでに言えば、交渉自体もな……」

 ここはエリア2だ。当たり前だがこんなところでSSRやSRの人間は足踏みをしない。軽く掲示板で調べてみたが、ボスや雑魚敵の行動パターンやドロップを含んだほぼ全てのデータが置いてあり、また、難度上昇でのHP数値も公開してあった。

 ちなみに、驚くべきことだが、エリア1や隠しエリアを除いた全エリアで話題スレッドが共有できていた。マジでエリア1は隔離されていたのだ……。

 で、だ。これだけデータが揃っていればあとは計算の世界になってしまう。高レアリティの人間が望めば適切なメンバーも揃うだろう。

 難度が上がっていても、結局はエリア2だ。エリア自体の難易度も高くない。

 『見果てぬ平原』の攻略は、SR以上の人間なら――いや、RレアでもメンバーをRレア以上で固めれば容易なのだ。

 だから、ここに高レアリティの人間がいるはずがないのだが……。

 俺の後からエリア2に入ってきた連中、つまりエリア1をクリアしたNレアどもが神園華が来るという情報を掲示板経由で流したのか、先のエリアから人が戻り始めていたのだ。

 華のカリスマだろう。

 眩しいぐらいに強い華のカリスマ。眩しすぎて嫉妬するぐらいだ。

(だが、この嫉妬は抑えねぇ……)

 『妬心怪鬼(エンヴィーラ)』の燃料になる。

 それに勧誘するなら絶好の機会だ。エリア2にわざわざSR以上の人間が戻ってきてくれているのだ。わざわざ先に行く手間が省ける。

 もっとも、会って話せば即勧誘成功というものではない。

 相手にも繋がりがあるし、俺自身の価値も低い。会話だけで引き込むのは難しい。何か特別なつながりが必要なのだ。

 必要なのだが……会わずに引き抜けるとも思えなかったのでとりあえず顔だけでも見せようかと適当に調べたSRの人間に会おうとすれば門前払いされた。

 というか取り巻きが俺を会わせなかった。

 これが俺の現状だった。

(参ったな。ここで悪評が効いてくるか)

 バツが悪いという感じで頭をかく。掲示板を見れば洞窟のドンとかいうクソゴミカスが俺の悪評を広めている。

 洞窟時代の悪評はわからないでもないが、俺を擁護する意見もないのが悔しい。

(もともと俺はジューゴと他の生徒との橋渡しみたいなことをしてたこともあったので、評判自体は悪くないと思ってたんだが)

 俺自体の印象が薄いらしい。全く良い意見が出てきていない。

(つか、置いてかれてた四ヶ月が痛かったか……)

 そもそもだ。友人以下の付き合いなら会わなきゃ印象も薄くなる。そこに悪評ばっか聞かされてりゃそりゃ悪い人間だと思うだろう。

 そもそも学園の生徒連中とはそんなに関係もよくないのだ。悪いとまでは言わないが、薄い関係だった。どうでもいいと思われる関係だった。

(もともとジューゴが俺のメインの交友関係だからな……)

 周りの奴らとは友人の友人程度の距離感だったせいだろう。広く浅くだった。いろんな奴らと顔だけは合わせてたがそれだけだった。

 そう、顔だけは広いが広いだけだ。

 ジューゴのつながりを活かすために全校生徒が俺の顔と名前ぐらいは知ってるレベルで顔だけは広かった。

 それだけだ。俺はそれだけだった。


 ――別に好印象を与えてたわけじゃねぇんだ。


(ジューゴのために交渉してたってのはつまり、俺の言葉を保証していたのはジューゴの存在だ……)

 ふん、奴におんぶにだっこされてたわけだ。

 俺は、俺の悪評が書かれた掲示板から視線を逸らした。悲しいという感情はない。華の言葉が俺の中にはある。今の俺は今までの俺の積み重ねだ。印象もそうだろう。友人もそうだろう。俺は何も積み重ねてこなかった。だからRレアだった。

(これから積み重ねていけばいい、か)

 華の言葉を思い出して俺は拳を握った。わかってんだよ華。なんとかするよ。やるしかねぇってのはわかってんだ。

(そもそも正攻法でSRの人材を引き抜けるわけがねぇんだよな)

 まずはここの人間を把握してみよう。エリア2に人が集まってきてるがそれだって連れてこられた学生の全てじゃない。華に興味がないのなら先のエリアに残ってる学生もいるだろうし、エリア間移動にはいくつか制限がかかるから、まだまだ戻ってくる途中の生徒も多い。

 まだだ。まだ、俺でも勧誘できる人間がいるかもしれない。

 決意して動く。隠しエリアでやってきたことを実践するのだ。

「まずはやってみる。それから対策だ」


 ――駄目だった。


                ◇◆◇◆◇


 気落ちはしない。むしろすんなりうまくいったらそちらの方が悪かっただろう。

 疑心暗鬼に陥って、勧誘できても酷く当たってしまいそうだからな。

「っても、当てずっぽうじゃ駄目だな」

 それに収穫もある。

 行ってはお断りされ行ってはお断りされたおかげでSR以上の人間がどこにいるかはわかるようになった。

 掲示板を調べたり周囲に聞いて回る必要もない。SR以上の人間の周りには必ず衛星みたいに取り巻きがいる。人物にオーラがあるのか、一人でいる奴が少ないのだ。だから集団の中心を見て、それっぽい奴がいればそいつはSR以上の人間だ。

「とはいえ、な……。どうすりゃ引き抜けるんだか」

 養鶏場やそこで手に入れたアイテムという餌はあるが、あれは唯一のカードだ。使うにしてもタイミングがある。最初から切り札を切るのはアホのすることだ。

 諦めたように掲示板を眺めれば新井がまた馬鹿なことをやっていると書かれていた。

(高レアリティを勧誘してることがバレたか。もう接触自体ができねぇかもな……)

 唇を噛む。華がいりゃあ楽だった。あいつの伝手があればいくらでも高レアは引っ張ってこれる。いや、むしろ入れてくれと言ってくるだろうな。高レアの人間から。華の(・・)パーティーメンバーにと。

 華だ。神園華。神園華のパーティー。口角が歪んだ。そいつらは戦力にならない(・・・・・・・)

(恐らく、俺の傲慢で統制下にはおけない。そいつらは華には従うだろうが、俺には絶対に従わない)

 むしろ俺が追い出される危険性があった。華を奪われるとは考えないが、そうなった場合の神園華の対応を推測して俺は恐怖する。

 華には『盲信』の特殊ステータスがある。その際にどちらに心の比重を置くかははっきりしている。

(従わない人間を皆殺しにするかもしれない。華による恐怖政治の始まりか?)

 それもまずい。やりすぎると恐怖タイプのエピソードが発生してパーティーそのものが組めなくなる。

 やりすぎれば憤怒辺りの大罪も発生するだろう。

 大罪は人格を変容させる。最悪の人格を持った高レアリティが誕生する。そんなのが華みたいに魔法を使いだしたらどうする? 武器を振るって抵抗するようになったら?

 最悪を考えて額を押さえた。勧誘において華は無能だ。俺がどうにかするしかない。

「……ん?」

 掲示板を注視する。



 245 名前:名無しの生徒さん

 新井がいくらアホでもさすがに赤鐘(あかがね)妹は勧誘しないだろうな


 246 名前:名無しの生徒さん

 >>245 おい、不謹慎だろ ってもな。保母さんとこだろ赤鐘妹、無理じゃね?


 247 名前:名無しの生徒さん

 保母さんって言うなー! でも新井くん来たら追い返すよ私は



 保母さん? 過去ログに載ってるか? さすがに無策で突入して即座に追い出されるのは避けたい。

 掲示板を1時間ほど眺める。

「あー、なるほど。保母さん。保母さん、ね」

 保母さんとやらは把握できた。

 つか、ここほんと人多いな。調べてる間に俺をからかいにNだのHNだのRだののクズどもが寄ってきやがったぞ。

 適当に威嚇して追い返したけど。

 人と話すのは苦じゃねぇんだよな。むしろジューゴの関係もあって好きな行為だ。

 悪評でささくれた心が少しだけ落ち着くも、顔には出してやらない。

 で、『SSR』『僧侶』白陶(はくとう)繭良(まゆら)か。通称、保母さん。戦いを諦めたNやHNの人間を保護しているらしい。

 確かに、注視すれば、このだだっ広い、雑草生い茂る平原の一部に学生が大量に集まっている場所がある。

 あんまりにも低レアが多いので居場所のないグズのたまり場かとも思って無視していたが、そこが保母さんとやらが低レアを保護している場所らしい。

「つか、保護って、何の意味があるんだ?」

 掲示板には可哀そうだから、とか、パーティー編成の手助けとか書いてあるがよくわからない。どうせ死なない空間なんだから好きに死なせればいいだろ。

(とはいえ、それほどの慈悲がなけりゃSSRにはなれねぇのかもしれないな……)

 俺には理解できないお題目だ。だけど、こういう常人じゃできないことをやっているからこそ白陶先輩ってヤツはSSRなんだろう。

(でー、どれがその赤鐘妹って奴なんだ?)

 『SSR』『戦士』赤鐘(あかがね)朝姫(あさひ)。なにか問題があるらしいが、掲示板のスレッドも量が膨大だ。遡って探すにも情報が溢れすぎて見つからない。検索機能が欲しいが、そこまでシステムは優秀ではない。

 しかし、問題があろうがSSRってんなら文句なく勧誘したい人材だ。固定パーティーもいないらしい。このエリア2でずっと足踏みしているSSRの人間ってのはどんな奴なんだ?

 平原っても全部が全部平らな地面というわけでもない。俺がいる場所は少し小高くなってる場所なので、ここから目を凝らす。

 鍛錬中に身長が伸びたおかげだろうな。結構な場所まで見渡せた。で、んん……あれか?

 ぽっかりと集団の中に空白があった。その真中で一人の女子が男子の制服を布団代わりに地面に寝て――いや、寝て……寝てないな。目は開いている。だが、その姿は。見覚えのあるものだった。

 それはエリア1でさんざん俺が見てきたものだ。

 諦めと絶望。人間が簡単に抱いてしまう、心の空虚。

 俺も落ちかけていたそれが、その少女には纏わりついてい――んん、集団から誰か来る。

「駄目ですよ。新井くん。あの娘は」

 ゴミ集団から女生徒が歩いてきていた。寝ている少女を観察していた俺に気づいたらしい。

 幼さが未だ顔に残っているが、美少女といえる容姿。

 容姿の良さは高レアリティの証だ。そんな人が、柔らかな顔に少しの怒りを浮かべて俺を睨んでいた。

「新井くん。赤鐘さんは戦えないんです。誘わないでください」

「っと、えー、先輩、だよな?」

 制服を見れば学年はわかる。三年だ。赤いスカーフのついた最上級生用の黒いセーラー服。華の着ているものと同じ学生服。

 ぺこりとその人は俺に向かって頭を下げてきた。品が良い。グズでは絶対にできない仕草。微かに華とは違う良い匂いが漂っている。俺の中の傲慢が囁いてくる。この人を部下にしろ、と。無視をする。華が特殊なだけだ。普通にやっても高レアの人材は俺には従わない。この人を従えるなら考えなければならない。策を練らなければならない。

 それに、目的は別だ。この人は俺の目的ではない。

「はい。新井くん。白陶です。よろしくおねがいします」

「ああ、新井忠次だ。よろしく。それじゃ勧誘は諦めるから先輩がパーティーに入ってくれないか?」

 顔の変化は即座だった。嫌そうな顔をされる。「誰でもって本当なんですね。私もですか」白陶先輩は自分が誘われるとは思っていなかったらしい。

 しかし、傲慢もなかなかいい性質だ。昔の俺ならここまでずけずけと物事を言えなかった。小胆が邪魔をしただろうからな。

「えっとね」

 顔を顰めた先輩は頭痛を堪えるようにしていた。まるで聞き分けのない子供に相対しているような表情。保母さんというアダ名っぽくて口角が歪んだ。当然、嫌な顔をしている自覚はある。白陶先輩は俺を見て更に顔を嫌悪に歪めた。笑えてくる。今までの勧誘と同じ流れだ。大罪の影響だろうな。雰囲気の仕草だけで最大に嫌悪されている。

「あー、新井くん。いいですか? 私はあの人たちを保護しないといけないので無理なんです」

 保護? 何から? いや、あまり興味はないな。ただはっきりと断られた。断られてしまった。

 もっとも予想できていたことなのでがっかりはしないし、それならば。

「んじゃ、あっちの子を勧誘させてもらうぞ」

「あ、ちょ――だめ」

 身体全体で押さえてくる白陶先輩を押し出すようにして俺はずかずかと歩いていく。「ちから、つよ」白陶先輩が驚いたように地面に転がった。可哀そうだが諦めてくれ。鍛えた筋肉の成果だからな。

 しばらく歩けば草原に転がっていたNレアのゴミどもがずんずん歩いてくる俺を見て驚いたように身体をどけた。ゴロゴロする様は内心で笑える。掲示板に集中しているのか俺を見ない奴もいる。グズどもめ。

 辿り着く。

「おい」

 見下ろした。1年を示す青いスカーフをつけたセーラー服姿のその少女、赤鐘朝姫は何も見ていなかった。俺も。風景も。何もかも。ただ虚空に視線を向けているだけだった。

 ショートボブという奴だろうか。黒髪に草がついていた。膝を曲げて草を指でつまもうとすればものすごい速さで赤鐘朝姫に指を掴まれ――


 ――そして赤鐘朝姫は血を吐いた。


「は?」

 赤黒い血だった。ゴホゴホと血を吐いていた。口元を見ればうっすらと血がついていた。周囲のNゴミどもがざわついた。またかよ、という声が聞こえた。心底嫌そうな声だった。

「なん、ですか?」

 切れ切れの言葉。ぜいぜいという呼吸。背後に誰かが立つ気配。視線だけ向ければ白陶先輩が顔に怒りを浮かべて俺を見ていた。周囲にはなんだなんだと遠巻きにNレア(ゴミ)どもも集まっていた。

「おい、なんで血を吐いた」

 赤鐘に問えば肩を掴まれた。白陶先輩だ。だが先輩の弱い力では俺をどかすことはできない。流石に看過できないのか周囲のグズどもも寄ってこようとする。鬱陶しい。

「新井くん! 赤鐘さんは病気なんです!! 病院で治療中のところを連れてこられたんです!!」

 ああ、と諦めたように赤鐘は俺を見上げた。その指が動く。手慣れた操作だった。

「勧誘、ですかね。たまーに来るんですよねセンパイみたいな人が」

 こういうわけだから諦めてください、と赤鐘はステータスを表示して言った。だからそれを見せられた俺は、ああ、と即断した。


 ――特殊ステータス:『死病』あなたは3ターンで死亡する。


 カモだ。赤鐘朝姫(こいつ)、これならなんとかできる。目処がたった。華に頼らずに済む。主人の威厳を示せる。

 俺の口角が喜悦で歪む。

「なんとかできる。というか、今してやる」

 それを使うのは俺にとっては慣れ親しんだ行為だ。つい先日、大罪戦でクソほど使ったスキル。華への、ジューゴへの嫉妬を燃料として発動するスキル。

 嫉妬の大罪を源泉とする『妬心怪鬼(エンヴィーラ)』。スキルの成功率を低下させるスキルだ。相手が抵抗しようと思わなければ、極限まで弱っていれば、成功率の低下ではなく、スキルの発動を確実に殺せる。

 死病とかいうデメリットしかないものに嫉妬するのは難しいが、孔雀王戦でコツは掴んでいる。嫉妬を傲慢で補助し、スキルにアレンジを加えた。『妬心怪鬼(エンヴィーラ)・改』って感じか? 即興での思いつきだ。正式に拡張するにはもう少し使い慣れないといけないだろう。

 もっとも赤鐘朝姫には、即興で十分なようだったが。

「え、あ、あれ?」

「死病を停止させた。なぁ、楽になったか?」

「え、あ、は、はい」

 赤鐘後輩は驚いたように胸を押さえた。呼吸が楽になったのか険しかった息が消えていた。白陶先輩が力いっぱいに俺を赤鐘後輩から離れさせようとしていた。弱々しい女の力だ。笑えてくるほどに、先輩の身体の感触は心地よいが、すぐにグズどもも加勢してくる。クソみたいな雑魚臭に嫌な気分になる。殴られた。泰然と立とうとするも複数人から蹴られる。もっとも怪我は怖くない。痛みすらない。

 痛みがないのは俺が傲慢の権能を行使したからだ。身体を傲慢の支配下におく。痛みは俯瞰したようにどこかに置かれた。誰かが力いっぱい殴ったのか、俺の額から血が零れた。白陶先輩が悲鳴を上げた。グズどもが熱狂したのか止まらない。白陶先輩が止めるように叫んでいる。熱狂。凶行。暇すぎたんだろう、グズどもは暴走していた。

 ははは、俺は全てを嘲笑う。

 孔雀王戦の方がマシだ。この程度なんの恐怖も感じない。だが、さすがにこれだけの人間に囲まれれば立っていることは難しい。俺の身体が倒れた拍子に何人かの男子生徒によって持ち上げられた。クソがッ、強制退場だ。

 グズどもにいい加減にしろよと怒鳴られた。だが俺は、グズどもを無視した。グズどもに担がれながら落ち着いてきた赤鐘に向かって叫んだ。

「俺のパーティーに来い!!」

 迷ったような視線だ。不安がっている。あと一押しが必要だった。だが、俺は運ばれている。与えられる言葉は少ない。考えている暇もない。

「俺がお前を使ってやる(・・・・・)! 死病もなんとかしてやる!!」

 とっさに口をついて出た言葉はどこまでも傲慢だった。

 あああ、くそ、傲慢め。最悪だ。こんな勧誘セリフで誰が勧誘されるものか。失敗だ。悪評がまずい。ここまで派手にやったら次はもう誰も会話すらしてくれなくなる。困る。畜生。どうすんだこれから。

 俺が絶望に心を折られそうになる中、果たして、赤鐘朝姫は――。

「ボ、ボクを」

「赤鐘さん!? やめなさい、あなた死んじゃうわ!!」

 ――自身を押さえつけようとする白陶先輩を振り切るように立ち上がり、俺に向かって叫んでいた。声を出しなれていない、ひび割れた声だった。

 驚愕にグズどもの動きが止まる。白陶先輩すら目を見開いていた。

「ボ、ボクを、パーティーに入れてください!!」


 ――もう、血を吐きたくないんです。


 その少女は、そう言いながら、縋るように俺を見つめていた。



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