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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第二章 ―折れた魔剣―
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004 わたしのこころの苦痛の在り処の


 視界の端で忠次が茂部沢たちとパーティーを組んで休息エリアを出ていった。

 それを見届けた絶世の美少女、神園華がやったことと言えば簡単なことだった。

「はい、これでいいですよ」

 エリア1に残る全ての学生を集め、リーダーを決め、パーティーを結成させた。そしてリーダーに華をフレンド登録させた。

 ぐずる学生もいた。立ち上がろうとしない学生もいた。全てを諦めている学生もいた。だけれど華は彼らに根気強く話しかけて、パーティーを作らせ、自身をフレンド登録させた。

「ええ、はい、大丈夫です。だから、お願いしますね」

 叱咤もしない。応援もしない。ただただ華は大丈夫だと繰り返して彼らを立たせた。所詮、Nレアリティだ。押しに弱いというよりは、意思がただ薄弱なだけの彼らは華の無根拠な「大丈夫」を信じて立ち上がっていく。

 作業自体は1時間もかからない。この場には40ちょっとしか人は残っていない。いや、40ちょっとも残ってしまっていると言うべきか。

 華に向かって、ヘラヘラとした笑みを見せる彼らNレアリティの集団。何もしてこなかった人々。だけれど華に軽蔑も落胆もない。ただ機械的に、予め忠次と決めていた通りに彼らを追い出し(・・・・)にかかる。

(忠次様はゴーレムを倒した頃かしら?)

 どうだろう。もっと早いかもしれない。エリア2に入って人材の勧誘に入った頃かもしれない。

 手助けがしたかったけれど、今の華があれこれしたところで邪魔になるだけだろう。忠次が勧誘するのは忠次の新しい部下なのだ。忠次の才覚で新しいメンバーの勧誘は行わなければならない。

 突入の直前でぐずり出したNレアリティのパーティーを表面だけの笑顔で諭しながら華は、ふと――


 ――世界に色がないことに気づく。


(忠次様のいない世界は……)

 なんて寒さなのだろう。忠次が傍にいないだけで、華にとっての()が傍にないだけでこんなにも世界は色あせている。

 忠次のために働いているという確信がなければ今すぐこの場でこの場の全ての人々を――

「大丈夫です。わたしがついています。わたしのフレンドシャドウが」

 はやく、してほしい。ただ進んで、ただ処理するだけの作業だ。この無能たちは何もする必要がない。ただこの場から脱出するだけでいいというのに。


 ――おまえたちは、それすら、できないのか。


 失望を顔に浮かべないようにするのは、とてもとても力の要る作業だ。

 されど華は不審を抱かれないようにするために、ただ顔に笑みを貼り付けて大丈夫だと無根拠で無意味な言葉を与えるだけだった。


                ◇◆◇◆◇


 全ての学生を追い出した後の場で、華は更に1時間待った。追い出したNレアリティの生徒たち。彼らの戦闘はフレンドの華が終わらせるので1分もかからないはずだが、ゴーレムに挑む直前でぐずぐずと悩む学生がいることを勘案しての1時間だった。

 戻ってこられては困る。見られては困る。万が一があっては困る。

(これで、1時間……)

 腕時計から目を離して作業に取り掛かる。

 華は『アイテムボックス』より装備はできないが、念のため作ってあった四聖極剣スザクを取り出し、その場で自分の首を自分で刎ねて自殺(・・)した。


 ――蘇生(リスポーン)する。


「ここで間違いない、ですね」

 養鶏場からこのエリアに戻ってきた時と同じ位置だった。念のために自殺をしたが、覚えていた位置だった。

 自殺は忠次の指示ではなく、華の判断だ。念のためで行った。それを顔すら(しか)めず行えるのが神園華という人間だった。

 その美しい顔にはなんの情動も浮かんではいない。ただやるべきことをやった。華にとっては自殺すらもはやそれだけのことであった。

「さて、あるのかしら?」

 魔力を練る。風を操る。そうして、地面に叩きつけた。

(やはり柔らかい。他の地面より格段に)

 ここに来る前、朱雀の養鶏場では時間だけはあった。その時に忠次と話し合ったことがある。

 それは『隠しエリアを見つけるのは、本当にノーヒントなのか?』というものだ。

 華も忠次もヒントなしにたどり着いた。だけれどそれは全て偶然の産物だ。たまたまたどり着いてしまった類のもので、本当は必然としてたどり着ける方法があったのではないか、とそういう話をしたことがある。

 そして、孔雀王を倒してからこのエリアに戻ってくる直前にもう一度その話をした。最終決戦と天使という新たな情報が判明してからのことだ。

 天使は魔王を殺させたいはずだった。なぜ隠しエリアという形にしているのかはわからなかった。もしかしたら大罪耐性のない弱者が挑み、負け、魔王が強化してしまうことを避けるためだったのかもしれない。

 大罪を持つものが特殊な発想でたどり着くのを期待していたのかもしれない。

 しかし、大罪を持つものがいなかった場合は?

 その時になんの取っ掛かりもなしに隠しエリアの存在に気づけるのか?

 だから忠次と華は何かヒントがあるはず、という結論に至った。

 もとの世界を救うために、大罪魔王は倒さなければならない敵だ。天使にどんな思惑があるのかはわからないが、倒されない、見つからない、では困るボスなのだ。

 だから華と忠次は様々な要素について話し合い。

 こうして学生全てを追い出したエリア1で、華は検討した内容を試している。

(何も見つからなかったらこの場の全てを更地にして、地面全てを掘り返すつもりでしたが)

 あちこちに転がる岩の全てを砕くことも、地面全てを掘り返すことも、時間はかかるだろうが魔法ならそう難しいことではない。それでも華は、すぐに見つかったそれを前に動きを止めた。

「石板、ですか」

 蘇生地点真下の土の中から見つかったのは石板だ。そう深くはない場所に埋まっていた一抱えほどの石の板だ。それに、日本語で文字が刻んである。

「『傲慢たる者はただ一人石の巨人に挑んで死に、その大罪の()()を示す』……。やはりヒントはありましたか」

 感慨はない。ただ、そうか、という納得があるだけだ。華は呟く。

「どちらにせよ。全ての学生は追い出しました」

 だから、もう余人が朱雀の養鶏場に、華と忠次の思い出の場所にたどり着く可能性はない。

 あの場所が知られる、というよりもあの場所から出られなくなって居座られると困るから華はこのエリア1の人間を全て追い出したのだ。

「ほんとうは、新しいパーティーメンバーも不要であればよかったのですけれど……」

 華の力が足りないばかりに……。

 この身体があと2つ、いや、フレンド枠を埋めることを考えて3つあれば、とまで考え、華はああ、と現実逃避をやめた。

 (たぎ)ってきた。忠次のために、何かしたくなってきた。なんでもいいから、なんでもいいからしたくなってくる。役に立って、忠次を喜ばせて、褒められたい。「よくやった華」と言われたい。頭を撫でてほしい、それだけでいい、それだけが欲しい。

 愛にも似た熱量。純粋な欲望。信仰が溢れてくる。特に理由はない。華の持つ、ただの衝動だ。

「うぅ……うぅぅぅ……」

 華は衝動を堪えるために拳を握りしめ、唇から血がにじむほどに強く強く噛み締めた。忠次切れの禁断症状だった。

「もう、何も、ない、ですよね」

 頭の中のリストを何度も何度も確認する。学生全てを追い出す。そしてヒントを確認する。それだけだ。それだけでいいのか?

(ヒント1つを見つけただけ……)

 これがトラップである可能性を華は疑った。ヒントを見つける、それ自体がトラップという可能性。見つけたことに安堵させて、探すことをやめさせるための罠である可能性。この石板が本命を隠すための餌である可能性。

(この場の全てを掘り返してもいい、ですが)

 時間がかかる。更に言えばその本命があるという保証もない。疑えばキリがない。そもそもがこれを見つけるだけでもかなりの『気づき』が必要だ。

 ああ、と華は絶望した。気づいてしまったらもう駄目だった。神園華が神園華であることの証明。華は、忠次のために何かしたいと考えたばかりだった。

 これは無視してもいい気づきだった。だけれど無視をするには、リスクが大きすぎた。

 正直なところ、この場にはこれ以上何もない確率の方が大きい。孔雀王だけでも重大ごとだからだ。だけれど無視をすることはできなかった。無視をすれば華の信仰に『手を抜いた』という(きず)がつくからだ。

 だから華は忠次に逢いたくて、逢いたくて、逢いたくてたまらない懊悩を抱えながら、風を練ってこのエリアの隅から隅までを掘り返す決断をした。


 ――何もなかった。



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