003 俺は、どこまでも傲慢だった
「ふッ!!」
眼の前のハイゴブリンソルジャーに向けて、勢いよく剣を振るえば、HPバーが一撃で砕け散る。
最近の戦いは華の魔法で蹴散らすだけで、俺はあまり戦闘には参加しない。
なので、というわけではないが、たまにはと全力で剣を振ってみたものの、慣らしにもならない作業だった。
何の緊張感もない作業だ。
剣を振るい、数値で削り合うだけ。
とはいえ俺では1ターンに1体だけしか倒せない。
座古が炎の魔法でゴブリンソルジャーを倒す。無作の攻撃がもう1体のゴブリンソルジャーを仕留めた。
難度が上がろうともエリア1の道中モブのHPを優越する程度には座古や無作にもATKがある。
「なぁ、新井。なんでわざわざ自動でひょいっと倒さないんだ?」
オートで身体を動かす戦闘のことを言っているのだろう。もうオート戦闘の方が違和感を覚えるようになってしまったので俺は適当に言葉を返す。
「そういう気分だからだよ。くだらねーこと聞くな」
『始まりの洞窟』は『朱雀の養鶏場』と違い、最大でも3体までしか敵モンスターは出現しない。
なので全部のモンスターを倒したことで戦闘終了のアナウンスが鳴る中、そ、そうか。と茂部沢が気まずそうに顔をそらす。ちッ、別に怒っちゃあいないし、不機嫌でもないから安心しろよな。
「あ、新井氏。リ、リーダースキル、どうやって変えたんですか? 前と違いますよねそれ。あ、あと、ぶ、武器も」
「頭の王冠かっこいいよね忠次くん!」
「ああ、いろいろあってな。変えることができたんだよ」
座古と無作の言葉に俺はやっぱり雑に返答する。
今回、リーダースキルは朱雀王金冠で変更したキングスタイルを採用している。
『リーダースキル【キングスタイル】』
効果:自身よりレアリティの低い味方の最大HPとATKを1.5倍する。
難度の上がっているゴーレム戦だ。華のサポートもない。培ってきた全てを絞り出す必要がある。
フレンドシャドウには栞を採用した。
華のシャドウを使えばゴーレムを含めた全ての戦闘が一瞬で終わるが、今回は俺の力で倒したい。
これは無意味な意地だが、今後を考えれば必要な意地だった。
――後悔は少ない方がいい。
だから俺はこうして、かつてのこのパーティーを組んでいる。
「ちぇ、なんか、変わっちまったな、新井」
「え、いつもとそんなに変わらないような? でも、強くなってますよね新井氏。ステータスの数値Rレアリティの限界より上がってません?」
「でもでも! すごいよね! 超かっこいいわ!!」
のんきな三人組の会話を背中で聞きながら俺が先へと進めば、慌てて3人が追いかけてくる。
次でボスだ。
今更ゴーレム戦に不安はない。孔雀王との戦いは俺に自信をつけさせている。
俺のレアリティは未だRだが、LR以上の心持ちでいた。誰よりも優れていると思い込んだ傲慢がなければ、俺はここに立てていない。
(俺の小胆が油断するな。自重しろと言っているが、孔雀王を倒した影響だろうな……もう、無自覚に俺は『俺が強い』と思い込んでやがる……)
もう、この価値観を変えることはできない。事実を螺旋曲げてでも自らを頂点に置こうとする。それが滑稽であっても、自らのプライドを優先する。傲慢の大罪を持つということの意味を知れ。
同時に、ここで自重すれば『傲慢の魔王』の維持に支障をきたすことも本能で理解できている。特殊ステータスは鍛錬や心境の変化で得た技能だ。『努力の筋力』などもそうだが、維持する努力を怠ると恐らくこれらは消えるか使えなくなるのだろう。
特に『傲慢の魔王』には気をつけておく。維持を怠った瞬間に俺に牙をむく危険な特殊ステータスだからだ。
(大罪魔王たちを倒すには大罪を得るのが一番ってのはわかってるが……このまま様々な大罪を取得し続けたら、俺は……)
内心の不安を傲慢で断ち切った。どちらにせよ、俺がジューゴに勝つにはそれしかないし、大罪魔王を殺せば今後も難度は上昇していく。
俺は自らを変化させ続けるしかないのだ。強くなるには、過去の自分を乗り越え続けなければならなかった。
(だが、ま、今回は余裕だろう)
ゴーレム戦にあたって、華に作らせたごった煮鍋を食べてきている。
料理効果で俺のステータスはHPとATKともに+1000されている。だから華の防御カットがなくとも、防御し続けなくとも、栞の回復があれば余裕でゴーレムを倒すことができるだろう。
オートカウンターのスキルを持つ『傲慢の魔王』も遠慮なく使う。『妬心怪鬼』を自分に使えば『傲慢の魔王』を封印し、自分のステータスだけで戦うこともできるが俺はこのスキルを隠すことなく使う。
傲慢であれ、だ。
茂部沢たちにバレようがどうでもいい。
俺の変容はすでに栞のフレンドリスト経由でジューゴにバレている。隠す必要など何もないのだ。
(問題は、華だけか)
今回華と別れているのは、俺がゴーレムへの雪辱を果たすのもそうだが、華を置いて先にエリア2に入るためだ。華と共にエリア2に入れば必ず注目されて動きにくくなる。俺が自由に動くには華の存在は重しになる。
(とはいえ、勧誘はなぁ。成功するとは全く思えないんだよな……)
自らを強化する傲慢は、他者を傷つけるだけの大罪でしかない。
どう考えても俺の振る舞いは勧誘には不向きなのだ。
「忠次くーん。はやいよぉ!!」
無作がボスの扉の前に立つ俺の隣にのたのたと並んだ。「悪いな」と謝れば「いいよぉ」とふにゃふにゃした顔で無作は許してくれる。
茂部沢が俺の肩を叩いた。座古が杖を片手にメガネを上げ下げしていた。
「んじゃ、行こうぜ。新井」
扉に手をかけ、開く茂部沢。ごーごーと気楽そうな口調で無作が続き。座古が心配そうに俺を見た。
「あ、新井氏」
「なんだ?」
「な、なんでもないです」
そうか、と俺は無感動に四聖極剣スザクを強く握った。
(もしクリティカルを連発されても、『不死鳥・戦』で蘇生できる。何一つ問題はない)
ステータスの数値はすでに以前の俺を超越している。
だから、全ては必然だった。
◇◆◇◆◇
「大斬撃ぃぃいいい!!」
俺の必殺技を喰らったエリアボスのゴーレムが目の前で崩れていく。ファンファーレとアナウンス。ドロップ品に『壊れたゴーレムコア』と『壊れたゴーレム装甲』というものが手に入る。
(こんな、もんか……。マジで楽勝だったな)
俺の攻撃には大罪属性が付与されている。俺の攻撃は、数値上はただの攻撃でしかないが大罪が付与されることで敵が持つ目に見えないスタミナのようなものを削り取ることができるようになった。
敵の気力が削られ続けるのなら、ゴーレムといえどクリティカルを狙うのも容易だった。
(で、このドロップアイテム、説明に換金用とは書いてはあるがよ)
隠しエリアで戦ってきた経験から察する。
このアイテム、絶対に別の用途がある。
手に入るのはこの戦闘でだけかもしれない。売らないでとっておこう。
だが、と俺は息を吐いた。
茂部沢たちの手前、自信満々に振る舞っちゃあいたが、多少は緊張していたのだろう。
戦闘が終了して肩から少し力が抜ける。
「本当に、長かったな」
置いていかれて四ヶ月だ。
ここまで来るのに、どれだけの時間を要したのか。どれだけの戦闘を重ねて、どれだけの問題に直面してきたのか……。
戦闘自体はあっけなく終わらせることができた。だが、俺の中には1つの壁を乗り越えた達成感がある。
これは華を連れてきたら得られなかったものだ。俺が、俺の力で解決した問題だった。
「すげーな。お前」
後衛の位置にいた茂部沢が背後から近づいてきた。茂部沢は頭をかきながら、バツが悪そうな顔をしている。
「あー、なんか、悪かったな。新井。その、あの時は」
「いや、俺も悪かった。もう少し俺が我慢してりゃな」
難度があがる前、このパーティーでももう少し工夫すればゴーレムを倒すことはできた。
その機会をふいにしたのは俺だ。茂部沢たちは悪くな――いや、悪いか。こいつらの努力不足もまた足を引っ張る要素だった。
みんな悪かった。とはいえ、先に爆発した俺がどうこう言える問題でもない。
ゴーレムは倒したのだ。謝罪もした。俺も、俺を殺しまくったゴーレムを倒せて気分がすっきりした。
それでいい。
「ともかくゴーレムは倒したんだ。先に進もうぜ」
俺と同じ気分なのだろう。胸のつかえがとれたような表情の茂部沢と共に先に進もうとすれば、背後から座古が駆けてきた。
「あ、新井氏!!」
「なんだ?」
「パーティー。また一緒に……僕らと一緒にパーティーを組みませんか?」
それは精一杯の勇気を絞り出したような、緊張感の混じった声だった。
俺は首を振った。
「悪い。今回は一時的なもんなんだよ。一緒のパーティーは無理だ」
断るのには少しだけ躊躇があった。魔王どもを殺すことを諦めれば、こいつらと組み続けることはできるだろう。
勿論そこに華がいてもいい。ギルド機能もある。パーティーメンバーはローテーションでもなんでもやりようはいくらでもある。
だが、俺は断った。理屈ではない。感情だった。
(こいつらとは、無理だ)
俺はこいつらの過去の弱さを許した。こいつらは俺の過去の傲慢を許した。
だけれど、だ。
弱くあり続けるこいつらを、俺は認めたわけではない。
俺が孔雀王を殺すまであれだけの時間がありながら、こいつらは何1つ進歩していなかった。
(なぁ、雑魚どもよ。その惰弱さは、無理だぜ)
過去の弱さを許すことと今も弱く有り続けることを許容するのは一致しない。
謝罪はお互いにした。だけれど、それは、共に歩いていくということではない。
(ギルドに加わってもらう選択肢もあるが、無理か)
それでも可能性は考える。無駄だと断ち切ることの意味を俺は朱雀の養鶏場で知ったからだ。
そう、こいつら自体は大罪戦に参加できなくとも、華をフレンド登録し、朱雀の養鶏場を周回させれば、ギルドの助けになるかもしれない。
人数は力だ。レイド戦もある。俺がギルドを作ったとして、俺の手足となって様々なことをする人間は必ず要る。
それでも、こいつらは、駄目だった。
弱い。弱すぎた。
ステータスの低さも、レアリティの低さも関係なく。ただただ意思が弱い。頭が弱い。感情が弱い。
三ヵ月一緒にいた俺が保証してやる。
こいつらは俺や華とは違う。戦闘を作業と割り切ることはできない。ギルドに組み込んでも、できて日に数戦だ。朱雀の養鶏場を周回させても稼ぎにはならない。それをやりきる意思がない。
こいつらを入れることで、俺のギルドは弛緩するだろう。
それとも、俺や華がケツを叩いて奴隷か馬車馬のように働かせればいいのか?
(俺は傲慢だが、小胆もある。そこまで鬼畜にはなれない。怒りの感情も足りない。過去のこいつらを許せてしまっている。こいつらに対して憤怒の大罪は得られない。ああ、無理だ。無理やり動かすのは無理だ)
それに、そこまでする意味がない。
捨てられたように俺を見てくる座古に、俺はなんとも言えない顔を向けた。
――この世界で弱さは罪だ。
それでも、俺がもっと強くなれば許容できる弱さかもしれなかった。
俺もまた、成長の途中なのだ。華を従えられたように、こいつらを従えることでこいつらとの関係性を変えることができるかもしれなかった。
こうして、過去のやり取りを謝罪しあえたように。またこの先で、この弱さを許容できる未来が来るのかもしれない。
だが、無理だ。今の俺にはこいつらの弱さを許容できるだけの余裕はない。
今必要なのはギルドの下積みに使う弱者ではなく、大罪戦で戦える精鋭なのだ。
心の底から人を資材として俺は見ていた。見てしまっていた。
(これも傲慢か)
俺がどうあっても首を縦に振らないのを知り、座古と無作が気落ちした仕草を見せる。
「新井、やっぱりお前は……」
茂部沢が何か言いたそうだったが、奴は俺への言葉を切ると、頭をガリガリと掻いて顔を背けた。
「助三、育。新井はさ、やっぱ違うんだよ。俺たちとは」
違う、という言葉に俺は目を瞬かせる。なんだよそれは。
「弱……」
「弱くん……」
「新井だぞ。あの新井忠次だぜ。俺たち底辺とは違うんだよ。新井は、剣崎や御衣木とつるんでたんだよ。カーストの最上位だったんだよ。なぁ……なぁ助三、そもそもの話、新井忠次がRレアってのが間違いだったんだ」
茂部沢らしくない泣きそうな声だった。
俺を置いて、座古と無作の手を引いて、茂部沢は先に進んでいく。
茂部沢が振り返る。エリア2との境界の前で、俺へと視線を向けてくる。
「助かった新井。ありがとう」
それは、かつて見た幼稚なNレアリティの顔ではなかった。
ただ、歯を食いしばって自身の境遇を呪う、1人の少年の顔だった。
「だから、今度こそ。バイバイ、だ」
もう俺へ視線を向けることなく消えていく茂部沢たち。
――俺は、どこまでも傲慢だった。
俺は、俺だけが最低の境遇だと思っていた。
だけれど、Nレアリティにも、自身の境遇を呪えるだけの矜持というものがあったらしい。
だが、茂部沢、お前。
「悔しいなら、もっと強くなれよ。それなら俺も、お前らを……」
――俺の言葉は届かない。




