001 プロローグ
二章開始です。また終わりまで毎日更新します。
書籍化作業でいろいろやったんでステータスとか特殊ステータスとか装備アイテムの表記がちょっと変わります。
ソシャゲダンジョン一巻はレジェンドノベルスさんから12月に発売らしいです。
きっとボクは、誰にも使われずに死ぬのだ。
一人寂しく、この病室で。
――病室にて
◇◆◇◆◇
朱雀の養鶏場。光源がヒカリゴケだけの岩場に俺と華はいる。
――『メンテナンスが終了しました』
――『難度が上昇しました 現在【難度1】』
――『難度の上昇に伴い【ギルド機能】が解放されました』
「は?」
「まぁ」
孔雀王ルシファーを倒した翌日のことだ。
孔雀王戦の後、いくつか確認したいこともあって再びエリアに侵入しようとすれば『メンテナンス中です。お待ちください』との表示があって入れなかったのだが、こんなことになっていたとは……。
っていうかメンテかよ。あの天使め。そんなもんあるのかよ。
「華、こりゃどういうことだと思う?」
「わたしにはさっぱりですが、恐らく孔雀王ルシファーを倒した影響では?」
だよなぁ、と俺は地面に向かって膝を落とした。ため息が自然と溢れる。難度。難度ね。
徒労感というか、これから更にしんどくなるのか。果てしなくめんどくさくなってくる。
こんなことなら素直に『願いの玉』で俺のレアリティを上げておけばよかったか、と考え、心の中で首を振った。
(あれを、そういう目的で使うと恐らく俺は死ぬ)
孔雀王を倒して手に入れた『傲慢の魔王』という特殊ステータス。
傲慢。傲慢だぞ。ろくなもんじゃねぇ。
こいつは俺が持ついくつかのエピソードや特殊ステータスと同じく、俺の傲慢で制御できているスキルだった。
孔雀王を倒したという事実。それでふんぞり返ることにより、『傲慢の魔王』を俺は維持している。
俺が、俺を、華の主人としているのもこの傲慢のおかげだ。鍛錬と努力と習慣と思い込みの賜物だと言えるだろう。
だが、それを『願いの玉』なんていうものでぽんと気軽に力を与えられてみろ。俺の傲慢はその事実に崩壊するだろう。
勝手に生えてきたシステム上のなんやかんやならば問題はない。
だが自らが力を与えられることを願ったなら、俺は俺自身が鍛えた力を俺自身で否定することになる。
その瞬間に『傲慢の魔王』は俺を食いつぶすだろう。神園華の主としての資質を俺は失うだろう。たとえ華が望もうと、俺が、主であるという自覚を持てなくなる。
ステータスやシステムは外付けの力だ。だからこの辺りの線引きは難しい。だが、『願いの玉』による取得は危険だった。安易に力を与えられることを望み、それが実現してしまったなら俺の精神は崩壊する。
経験ではなく、傲慢者たる俺の本能での理解だった。
「忠次様。立ってください」
俺の頬が引きつる。孔雀王を倒してから、いや、『エピソード【主従】』が俺と華に発生してからの華の信仰は痛いほどだ。立ち上がった俺の膝の土や埃を払いながら、華は言う。
「必要だからおこなったことでしょう?」
言われ、頷く。そうだ。そうだった。あの時はそういう気分だった。こんなことになるとは思っていなかったとはいえ、俺は、俺がやりたくて孔雀王を倒したのだ。
「そう、だな。必要だからやった」
俺の傲慢。俺がただ敵を踏みつけたいがための行い。あの時の俺は願いの玉だとか天使の思惑だとか人類救済だとかそういう細かい事情は知らなかった。報酬も何もいらなかった。ただ、あの傲慢たる魔王を踏みにじりたかったからやったのだ。
「加えて、です。もっとやるのでしょう? 他の魔王たちも」
「ああ、倒す。殺す。滅ぼす。7体の魔王は全て滅ぼす。もう俺がやりたいからとかは関係ない。やるんだよ。やらなきゃいけねぇんだよ」
そうでなければ、そうでなければ俺たちはきっと勝てない。孔雀王たった1体に苦戦したのだ。7体の魔王の融合体。ルシファーが消えて今は6体だろうが、それらの融合体を相手にして俺以外の誰が立っていられるだろうか。
これは傲慢ではない。当たり前の思考だ。
複数の魔王を相手にするならば、大罪耐性。それも強い耐性が複数必要になる。そんなものを持っていられる人物がどれだけいる? それを制御してまともにパーティーを組める人間が何人いる? おそらくは数人もいない。俺とて華がいなければただ一人、意地を張るだけだったのだから。
大罪は強力なステータスだがデメリットが強すぎる。
俺はもうまともな人間にはなれなくなった。傲慢になった。なってしまった。
(ああ……畜生……)
小胆があるから想像ができる。俺はもう、ただ立っているだけで他の連中をイラつかせるようになる。悪評まみれになる。まともにパーティーが組めなくなる。
大罪とはそういうものだ。傲慢とはそういうものだ。協調を破壊し、融和を馬鹿にし、友愛や道徳に唾を吐く。そんな中でもただ一人、立っていられる人間だけが、傲慢を維持できる。こんな俺についてこれる人間など、きっと、誰も……。
そっと手を握られた。音もなく近づいてきた華が俺の手をとっていた。柔らかい手だった。そのまま柔らかい胸に沈められる。まるで心臓の鼓動を聞かせるように、自分はここにいると主張するように華が俺の手を自身の胸に押し付けてくる。柔らかい。人の体温の心地よさがあった。
「わたしがいます。わたしだけがいます」
俺の心をわかっているかのように華は告げる。
「あなたの敵はわたしが全てほろぼしますから」
目を閉じる。とくん、とくん、と華の鼓動が手に伝わってくる。落ち着いてくる。
「ありがとう。だが、他に仲間は必要だ。絶対に、必ず、必要になる」
「そう、なんですか?」
華が残念そうに俺を見てくる。
「華が頼りにならないとかそういうことじゃねぇ。システムとして、必要になる。そうだ。あの天使が言っていたことから考えれば、もうそれは、絶対に必要になるんだよ」
あの天使。ゲーム風と言いやがった。ゲーム風。イベント。それに加えて今回の難度の上昇。ギルドの追加。
もうこれは確定と言ってよい。備えなければならなかった。
「レイドだ」
「れいど、ですか?」
そう。大規模戦闘だ。
複数パーティーによるボスの討伐か。1パーティーでは削りきれないほどの莫大なHPか。出撃回数の限られたものか。期限内の大量討伐か。
あの天使はそういう戦いを必ず用意してくるはずだ。
対処するには華だけでは足りない。華レベルといかなくとも、レアリティの高いアタッカーやサポーターを何人も揃えなければならない。
(僧侶もだな。栞を引き込めればいいんだが……)
即座に無理だろうと結論を出す。知っている。御衣木栞はジューゴからは絶対に離れない。栞にとってジューゴってのは、華にとっての俺のような存在だからだ。神のように信奉するってのとは違うが、ガキの頃からジューゴのすげーところを栞はずっと見てきたのだ。仮にジューゴが突き放そうと、栞はどうあっても離れることはないだろう。
栞は俺が好きな幼馴染だ。寂しさを堪える。俺が告白しようともきっと栞は俺に振り向かないだろう。わかっている。それでいいと思っている。御衣木栞は、そうでなくてはならない。
意識を切り替えるように息を吐いた。なにかを察しているのか華の視線が痛かった。
誤魔化すように俺は華にレイドバトルについての説明をした。華は賢いが、ゲーム知識に欠けている。華の欠けている部分は俺が補足しなければならない。
「れいど。れいどとはなるほど、そういうもの、ですか」
「ああ、そういう大罪魔王もいるかもしれない。あの天使、ゲーム風って言いやがったからな。そういう敵がいる可能性も考慮しなけりゃならねぇだろう……」
「だから他にも仲間を、ですか」
「どっちにしろギルド機能が解放された以上、他にメンバーは必要だ。見たところメンバー数に応じてボーナスがあるみたいだし、俺たち2人でギルドの施設を強化するのは骨だろう」
『ギルド』の項目を開けば『ギルド施設』という項目があった。
加入したメンバーがゴールドを投入することによって、ステータスやスキルに補正を受けられる施設の強化ができるらしい。
こいつで多少なりとも難度の上昇による敵の強化に対応できればいいんだが……。
『運動場』:物理攻撃の威力アップ
『図書室』:魔法・回復の威力アップ
『教室』 :ATKアップ
『保健室』:HPアップ
華と共に新たに解放されたギルドの項目を見る。ちなみにまだギルドは開設していない。開設するには1つ問題があるからだ。
「こいつでちょっとばかり強くなれそうだな」
上昇幅はわからないが、最大強化すれば恐らくかなり強くなる……強くなるか? 強くなればいいなぁ。
この世界が世界だ。あんまり信用はしたくない。警戒をしておかなければならない。
「それで忠次様はこの、ぎるど、というものをつくらないのですか?」
「ああ。まだ、だな。まだ華の生存を知られたくない」
「わたしの生存、ですか?」
「華は上じゃいないことになってた。そうだ。確か、そうだった。エリア1じゃあ廃れてたが掲示板に捜索スレがあった。お前は探されてた」
注目されている、ということだ。ギルドの項目を俺はつつく。すでにいくつかギルドが作られている。『生徒会』『運動部連合』『文化部連合』『野球部』『サッカー部』『極聖学園風紀委員会』などなど。
ちなみに極聖学園ってのはうちの学校の名前である。
作られたギルドをつつけばそこに所属しているメンバーが表示される。プロフィール項目にも飛べた。フレンドほど詳細なステータスは出ない。それでも、そいつが生きているということはわかる。
華がふんふんと俺の髪の匂いを嗅ぎながら問いかけてくる。この馬鹿女、犬かお前は。俺の頭に鼻を埋めるな馬鹿。ぐぐぐと押しのければ楽しそうにぐぐぐと体重を預けてくる華。にこにこしやがっててめぇ柔らかいんだよ馬鹿。そんなに楽しいかよ。うなずくな。俺の心を読むな。クソかわいいな華め超絶美人なんだよお前は。
「えっと、それで、わたしを目立たせたくない、ということですか?」
「いいから離れ――わかったわかった不満そうな顔をするな自由にしてろ。……で、ギルドはな。すぐだと動きにくくなる。せめて2人、いや、1人ぐらいはパーティーに入れてから動きたい。お前の生存が知られればお前、囲まれるよな。いろいろ言われるだろう。同じギルドだったら俺もな。考えるだけでめんどくさそうだ」
唯一楽観できるのは、次の大罪エリアの捜索が必要ないということぐらいか。
そう、条件を探す必要はないのだ。新しいエリアにつけば対応する隠しエリアに、願いの玉の報酬で手に入れた『転移キー【七罪エリア】』で転移できる。
もっとも難度が上がった以上、パーティーに新しいメンバーは必要だ。
ルシファーは何度か変身をした。次の魔王があれより弱いという楽観はできない。パーティーメンバーを増やさないとこれから先は対応ができない。
メンバーが集まらなかったとして、これをギルド施設で対応できるかと言えば、わからない。
施設の増強効果がどの程度あるのか概要だけではわからないし、施設を強化するのにどれだけのゴールドが必要かもわからない。もちろん朱雀の養鶏場でかなり稼いではいるが、足りるかどうかはわからない。故に、この機能を当てにすることはできない。
だからメンバーなのだ。
(それに、この先も大罪魔王と戦っていくなら主力となるメンツは早く決めなきゃだからな)
大罪との戦いではレアリティが高かろうと、素のステータスだけでは足りなさすぎる。
特殊ステータスとエピソードは必須だった。
「ほんっと、めんどくせぇよな」
「忠次様なら簡単ですよ」
「んなわけねぇだろ……」
小胆が華の言葉を否定した。華を従えられるようになったが、それにしたってそれは華だからだ。なんでか俺に忠誠を捧げるこの不思議な化物が2人3人といるわけがないのだ。
それでもレイド問題は避けられない。ここがソシャゲを基に構築した世界だってんならレイドボスは出てくるからだ。
もちろん、絶対といえるほどの確証はない。だけれど、絶対に出ないという保証もない。
だから今から考えないといけない。同時に、華と一緒にいることがバレて俺が動きにくくなる前に勧誘を成功させなければならない。
不安からか。少し手汗が滲む。そんな俺の手に華がそっと手を添える。
「ぜったいにできますよ。だってわたしの忠次様ですから」
ぐっと手を握って応援してくる華。くそ、頼もしいなお前。
仕方がない。俺は口角を歪めて自信ありげに振る舞ってみせた。
「わかったわかった。不安がらねーよ。だが、それでも時間制限があるしな……。多少はいそがねーと。難度上昇。結果的にはよかったかもしれねぇ」
「時間制限、ですか? 天使が言ってたんですか?」
「いや、言ってないけどな。少し考えればわかることだ。大罪耐性のない連中が最終決戦に挑めばそいつらは精神が崩壊して使い物にならなくなる。いわゆる初見殺しって奴だな。これに気づける奴はいないし、生き残った奴は軒並み廃人。情報も拡散しねぇ。だから時間が経てば経つほどラスボスに挑めるレアリティの高い連中はラスボスに挑んで消えていく。この悪循環こそが時間制限って奴だ」
かと言って挑戦回数に制限のありそうな大罪ボスの存在を連中に教えるわけにもいかない。大罪耐性がなければあれらも初見殺しの類だ。教えた結果、挑戦回数を無駄に消費させられて誰も倒せなくなるのはもっと困る。
もちろんレイド用のパーティーを確保しなければならないのでいつかは公開しなければならないが、それは今ではないのだ。
なるほど、と華は頷き。
「それでも、忠次様なら大丈夫ですよ」
だってわたしのかみさまですから、と狂った目の狂った女は、とてもとても楽しそうに言う。
◇◆◇◆◇
『傲慢の魔王』:攻撃に『大罪属性【傲慢】』が付与される。また貴方は『オートカウンター』を持つ。
『エピソード4【主従】』
効果:『神園華』と同一パーティーの際、『神園華』のステータスをHP+1000 ATK+1000する。
『エピソード2【主従】』
効果:『新井忠次』と同一パーティーの際、『新井忠次』のステータスをHP+1000 ATK+1000する。