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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第一章 ―狂信する魔性―
32/99

032 ーエピローグー


 戦いは終わった。

 目の前のウィンドウには、魔王ルシファーのドロップアイテムとゴールドが表示されている。

「あの幻は……なんだったんだ、ありゃ……」

 最後に見せられたあれ。魔王ルシファーの悪あがきで作られた妄想ってわけじゃねぇんだろうが……。

 舌打ちする。俺が1人で考えても答えはでねぇだろうな。

 背後を見れば華は倒れていた。フレンドシャドウの姿もない。

 これからまだ連戦があるかもわからないのだ。

 剣を片手に警戒は緩めない。

 華を蹴り起こそうと歩き出そうとして、頭に奇妙な声が響く。


 ――ご苦労様です。討伐パーティーに大罪討伐報酬を付与しますよー。

 ――ぱぱらぱーん。新井忠次は『願いの玉』を2つ入手しましたー。

 ――てんてけてーん。神園華は『願いの玉』を2つ入手しましたー。


「大罪討伐報酬」

 いや、そうじゃねぇ。なんだ、この軽そうな、アホっぽそうな声は。

 魔王ルシファーを倒した影響だろう。景色は深淵の闇から雪の積もる広場に戻っていた。

 華のもとへと歩きながら俺は「なんだってんだ」と小さく呟く。

「わけがわかんねぇ」


 ――願いの玉はなんでも願いが叶うアイテムですよー。なんでも願いが叶うんですよー。


「は、なんでもねぇ。元の世界にでも帰れるのかよ」

 声の主の姿は見えない。ただ、騒々しい声だけが脳に響いてくる。


 ――そうですねー。それも『可能』ですねー。


 倒れている華は気を失っているだけのように見える。

 起こそうと足先で肩を揺らせば「う……うぅ……」とうめき声を上げるだけだ。起きる気配はない。

「起きねぇか……で、可能と来たかよ。なら、元の世界に……」

 戻る(・・)。はっきりと口にすることはできなかった。

 『傲慢』。俺の傲慢が言っている。まだ戻るな(・・・・・)、と。

(戻れば、ジューゴと決着をつけることはできねぇ、からな)

 俺にはまだやるべきことがある。戻るのは、帰るのはその後だ。


 ――戻らないんですか?


「の、前によ。てめぇはどこにいるんだ? 姿も見せねぇで声だけかけてくるだけか? 正直、不気味なだけだぜ」

「なるほどー。それはそうですねー」

 ッ、耳元で声が聞こえ、振り返る。そこには純白の一枚布で身を覆った、純白の翼を生やした白人の金髪美少女がいた。

(金髪……翼……て、天使!?)

 異常な存在だ。剣を構えようとし、『四聖極剣スザク』が手の中より消失していることに気づく。

「物騒なのはだめですよー! はい、どうもどうもー! イベント担当の天使アルミシリアです!」

「イベ……ント、担当だ?」

「はい。おめでとうございます。新井忠次様。神園華様。クリスマス限定イベント『降臨、傲慢の大罪ルシファー』()討伐です! おめでとうございます! 初ですよ! 初!」

「……待て。待て。待て……」

「実はこのエリアにたどり着けたのは日本サーバーが初めてなんですよねー。そして大罪魔王を倒せたのも日本サーバーが初めてですが。これは快挙です。素晴らしいのです。世界初討伐おめでとうございます。新井忠次様」

「待て。待てよ」

「ランキング機能は実装してませんのでランキング報酬はありませんが、大罪討伐報酬として『願いの玉』をお渡ししますねー。はい。ぱちぱちぱちー」

「待ってくれ!!!!」

 俺は大声を出した。天使アルミシリアはきょとんとした顔で俺を見る。

 混乱していた。なんだこれは。なんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは。


「なんだ! これは!! なんだお前は! なんなんだこの状況は!!」


 あのクソったれな魔王が言っていたなら妄言と叩き伏せることもできた。記憶も捏造だと断じることもできた。

 だが、だが、だが! このシステムを操る謎の女は、なんだ。なんなんだこれはよぉ。

 天使を自称する少女は俺を見ている。ロボットみたいな透徹とした目だ。俺ら人間なんかどうでもいいという目だ。

「これは、ゲームかなにか、なのか? 俺たちはなんか機械かなんかにでもくくりつけられてリアルな幻覚でも見せられてんのか?」

 それは、華にも言わなかったことだ。それでも俺が、無意識にでも望んでいた希望だった。

 これが異世界召喚とやらではなくて、ただどっかの金持ちのクソ野郎に拉致されて高性能のゲームでもやらされてるんじゃねぇか。いつか警察かなにかが助けに来てくれるんじゃねーか、という希望。

「いえ、ゲーム風にしてるだけでただの現実ですよ? 勿論、私の言葉だけではお疑いになるでしょうが。まー、なんて言うんですか? この世界は今回の催しのために作り出した特別な世界という奴でしてね。結構凝ってるでしょー?」

 なんだそれは、わけがわかんねぇよ。

 俺の希望を否定する言葉を、この女は、なんでもないように言ってのける。

 崩れ落ちる俺の肩へささっと手を回し、にっこにっこと何が楽しいのか、上機嫌に自称天使(アルミシリア)は言う。

「ま。ま。ね。そう落ち込まないで。そんな時のための『願いの玉』です。特別報酬ですからねー。これで元の世界に戻ることができますよー」

 思い出されるのは、ルシファーの死に際の言葉だった。

 俺は、顔を下に向けながら、絞り出すように声を出して問いかけた。

「……元の世界は、どうなってやがるんだ?」

「滅んでますよ」

 即答だった。

「は?」

「正確には滅ぶ直前で時間の止まった状態って奴でしょうか。我々天使は世界を滅ぼす悪魔たちと交渉をして、世界が滅ぶ直前で介入をしました。そう! 人間によって『魔王』が倒されれば悪魔たちは手を引く! そういう契約を!」

 選ばれし全世界の学生が、魔王を倒すべく頑張ってますよ! 9割失敗しましたが! ちゃんかちゃんかと口で効果音を奏でながら、天使は言う。

「そういうわけです! ね、新井忠次様! 大丈夫です! がんばりましょう! 貴方みたいなクソザコレアリティでも傲慢の悪魔を倒せたのです! 魔王だって楽勝ですよ! 頑張って! ね! 頑張って!」

 座り込む俺。落ち込んだんじゃない。このクソ天使の言葉に『傲慢』が反応したのだ。

(クソ雑魚だとてめぇ。このクソ天使がァァァ。おっぱいでけぇくせしやがってよぉ)

 座り込んだからか、奴の一枚布の隙間からは肌色がたくさん見えた。

 それをわかっているのかわかってねぇのか、このアマは俺の頭を撫でながら「がんばってー! がんばってー!」と楽しそうに言ってくる。

 はぁ、とため息をついた。いつものことだった。

 世界が俺の望むようになったことなんて一度もなかった。

(いや、そうでもない、か……)

 子供の頃は、『傲慢』が俺の中にあった。俺は小さな暴君だった。ジューゴと2人で組んで、様々なことを成し遂げた。

 そして、今もまた、だ。失せたはずの『傲慢』は俺の元に戻っている。

 俺は『傲慢』で世界をねじ伏せる。それこそが俺が唯一、俺の望むように振る舞える方法だ。

 こうして『傲慢の魔王』を倒した今ならば、理解できた。『七罪』とは、そのためのものなのだと。

 天使は俺の頭を抱えながら嗤っていた。

 可憐な女だ。そして胸の感触が最高に心地がよくてむかついてくる。

 だが、その目だ。まるで、矮小な存在を見るような目。クソが、どいつもこいつも気に食わねぇ。畜生が。

「さて、何か『願い』はありますか? 本当は1人1個なところをですね! あなたたちは2人パーティーで倒しましたからね! 特別に2つなんですよ! すごいでしょ!!」

「そうだ、な。すごいすごい。すごいなぁ」

 もっと喜んで! ね! と言ってくる天使を横目に、俺は少しだけ考え、その願いを口にするのだった。

 俺の願いを聞いた天使アルミシリアは「グッド!」と言いながらにっこにこと嗤う。


                ◇◆◇◆◇


 新井忠次は『隠しエリア:朱雀の養鶏場』を入手しました。

 新井忠次は『転移キー:七罪エリア』を入手しました。


                ◇◆◇◆◇

「……ああ、もう、なんて無様……」

 起きた華は顔を手で覆い嘆いていた。

 そして現在地点が『朱雀の養鶏場』の休憩地点だと知ってから、気絶したことへ謝罪をしてくる。

「いや、謝罪はいい。むしろ起きてたら大罪の余波でお前死んでたかもしれないからな」

 死亡。肉体ではない。精神の死亡だ。システムが与える状態異常ではなく、与えられた苦痛に耐えきれず魂が死ぬこと。

 魔王が死に際に見せた映像。あれで俺はそれが存在することを知った。

「それはないです。死んだら忠次様に仕えられないではないですか」

 華の即答に笑う。仕えるってなー、お前。今時誰も使わねぇよそんな言葉。

 だが、そうだな。そうかもしれない。華という女は底知れないところがある。俺が心配せずともきっと生き残ったんだろう。

 だからか。俺はこの女ならどう答えるか知りたくて、ルシファーの最後っ屁と天使の登場について、最初から最後まで包み隠さず話していく。

「なるほど。そんなことがあったのですね」

 長い俺の説明だ。だが、華の反応はそれだけだった。

 取り乱すかもしれなかったってのに、何1つそういった反応はない。

 せいぜいが天使のことを可愛かったと言った時に眉を上げただけだ。

「おいおいおい。もしかしてよ、信じてないのか?」

「いえ、信じますよ。信じたうえで忠次様に言いますけれど。だから、どうしたのですか?」

 絶句する俺の前で、華は堂々と言い切った。

「だから、どうしたのですか。世界が滅びたとしてそれがどうしたのですか」

「どう、って。あ? まずくねぇか?」

 だって、この世界をクリアしないと戻ったところで意味はなく。

 クリアするには、世界各国の人間が何もできずに負けた『魔王』を倒さなくてはならないのだ。

 だけれど華は笑って言う。


「ここに忠次様がいます」


 それは、堂々としている言葉だった。


「わたしには、その1つで十分です」


 華は、まるでそれが尊いことのように、なんの陰1つ浮かべず、満面の笑みを浮かべる。


 は、とかすれたように、俺の口から音が漏れた。

「は、は、はっははははははははは。よりによって、それか。華。お前。この期に及んで。今更それかよ。それなんかよ。お前はよー」

 爆笑だ。もはやただただ爆笑するしかない。ただ1人で深刻になっていた俺なんか気にせず、華はにこにこと満面に笑みを湛えている。

「そうです。わたしには、それだけですから。それだけで十分です」

「そうかよ。……そうだな。それなら、それでいい。もう何も言えねぇよ俺には」


 ――神園華は狂っている。


 好意も信頼も、俺にはただただ重荷で、わけのわからねぇ不気味さの一種でしかなかった。

 だけれど、それが真性であるなら。心底のものであるなら。ここまで来てそれならば。それはそれで良しと思えてしまう。

(俺は所詮傲慢なだけの凡人だ。だから全部抱えてどうこうってのは無理だろうが……)

 それでも、まぁ。華ぐらいぶっ飛んでるなら、面白い。

 笑えるなら、俺はもう認めてやろうと思う。こいつのなんだかよくわかんねぇ狂気を。

 俺が笑っちまえるほどに狂ってるなら、それでいいのだと。

 そんな俺の横で華は「それで『願いの玉』ですか」とステータスを開いて玉を使用しようとしていた。

「ああ、なんでも叶えられるって話だからな。よく考えろよ」

 はい。と華は頷き。

「では『米』と『小麦』をください」

 と言った。

 華の顕現させた『願いの玉』が消滅する。満足げに微笑む華は「見てください! 忠次様。念願のお米と小麦ですよ!」と俺にアイテムウィンドウを見せてくる。

「……は? おま、え」

「忠次様。『無限の米』に『無限の小麦』です。食べ放題っ! ですよっ!!」

 なんで、そんなものを、という俺の顔を見て、華は笑って言う。

「だって、お鍋の後に、食べたがっていたじゃないですかお米とうどんを」

 そんな言葉を聞けば俺は。

「く、は。おま、だから、だからさー。なー。はははははは。はっははははははははは!!」

 腹の底から笑うしかなかった。


 ――神園華は狂っている。


 だけれど、そんな華だからこそ、俺は――


『新井忠次はエピソード4『主従』を取得しました』

『神園華はエピソード2『主従』を取得しました』


                ◇◆◇◆◇


 神園華は、爆笑する新井忠次を見ながら声を出さずに笑う。

(忠次様。なんでも叶う魔法の玉なんて使わなくとも、ですよ)

 その視界の端にはウィンドウに表示された『主従』の2文字がある。

(願いは叶えられます。こうして、自分の手で)

 それを愛おしそうに、愛おしそうに。

 さながら絡みつく蛇がごとくに。



      ――ソシャゲダンジョン 第一章 ―狂信する魔性― 完



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