031
「やります」
華が杖を持ち上げる。渦巻く大風。
『魔法使い』神園華。そのATKの値は脅威の10500だ。これに『四聖極杖スザク』+1600、『朱雀王ごった煮鍋』+1000、『号令:隷下突撃』+1000が加わる。
そのうえで、エピソードによるステータス1.2倍効果が加われば脅威のATK16920だ。この時点で俺の特攻重ねがけの通常攻撃のダメージ量を上回っているうえに、華には特殊ステータスによるダメージ増加がまだまだある。
『勇猛』1.2倍。『攻撃力低下(中)』0.7倍。『魔導練達者』1.5倍。『風魔法を極めし者』風属性攻撃1.5倍。『神ノ風』ATK2.5倍全体風魔法。
合計79947の全体攻撃。俺など全く歯牙にもかけねぇLR魔法使いの究極の一撃。
(これが、通常攻撃ってんだから、全く、嫌になるぜ)
嫉妬はある。あるが、傲慢もまたある。
俺はこの女を支配下に置いているのだ。
隷属の証である隷下突撃が華のATKを上昇させている。俺の殺意を実現する兵器として神園華は存在している。
「やれァァァ! 華ァァァァッ!!!!」
俺の命令に従い華が杖を振り下ろす。神炎を孕んだ風の塊が敵陣を蹂躙する。
『神ノ風』による蹂躙が、一撃で朱雀王3体を消滅させる。華の攻撃が孔雀王ルシファーのHPを目に見えて削り取る。
そのうえで、杖のスキルによる追撃だ。『四聖極杖スザク』のスキル『不死鳥・魔』。ATK16920×『勇猛』1.2×『攻撃力低下(中)』0.7×『魔導練達者』1.5×『不死鳥・魔』2.0=42638。合計122585。(杖の追加属性である為に神炎属性のスキルを華は得ることができず風属性よりも威力は下がったが)約12万もの莫大な攻撃が孔雀王ルシファーに与えられる。
――『ギピィィィィィィィィィィィ――の、れぇええええええええええええ!!』
「やっぱてめぇ、しゃべ――」
俺が驚愕を露わにする前に『オートカウンター』が発動する。相手の怒りが強すぎるのか『妬心怪鬼』による妨害が発動しねぇ! クソがッ、検証のときは防げたはずだぞッ!!
「あ、ぐ、あああッ――!?」
後衛にいる華に突き刺さっていく刃の羽。そのダメージ量は大罪耐性とリーダースキルによって軽減されている。
だが、華のHPの半分以上が削られる。大罪耐性(大)を2つ持っている俺と華は違う。このままじゃ華は死ぬ。
だから、だ。
だからシャドウ栞を俺たちは手番の最後に配置した。
『定型文』をつぶやいたシャドウ栞によって、華のHPが回復する。攻撃力低下の影響もある。が、華の食らったダメージが多大すぎてHPはフルまで回復しきっていない。華は自前で耐性を持っていない。耐えられたのはその膨大なHP量故にだ。
「華、次のターンは『防御』しろよ」
「はい。わかっています」
頷く華に満足する。それでいい。ここは無理をする場面ではない。
(欲を言えば、『風神乱舞』を叩き込みたかったが……)
次の次のターンだな。邪魔な朱雀王は殺している。次のターンは華も防御に回れる。
『……おのれらぁぁ……矮小なる……許さぬ……ゆる、されぬ……』
「クソ鳥野郎が。会話しろ。会話」
俺たちのターンは終わる。
そうして孔雀王の手番に移り、俺たちは漆黒の闇に包まれ、ぶっ飛ばされる。
◇◆◇◆◇
「ちぃ、丈夫だなあいつ」
だが結局のところ、ターン制なのだ。この世界の戦闘は。
大罪属性という邪魔な要素は入っているが、劇的なドラマなんぞあるわけがねぇ。ただの数値と数値の戦いだ。HPをATKで削る。そういう戦いだ。冷静な計算と冷徹な判断が勝利を掴む。そういう世界だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……ハァ……」
「華! 生きてるか!!」
「は、はい。なんとか……です」
もともと大罪への耐性のない華は息も切れ切れに杖に寄りかかっている。
超人たる華だから保っている状態だった。他の誰であってもここまでついてこれることはなかっただろう。
(この世界に飛ばされて3か月。いや、4か月か……。ここまでの激戦。俺も初めてだな)
運ゲーでクリティカルが出ないように祈るゴーレム戦とは全く違うレベルの戦いだ。意地と意地の削り合い。いや、傲慢と傲慢のせめぎあいか。
――50ターンを過ぎていた。
だが終わっていなかった。当初の検証など全く当てにならなかった。
そもそもが華の通常攻撃で10万以上のダメージが出るのだ。
たとえ相手のHPが200万あろうが、華を生存させるために合間に防御を挟もうが、必殺技も含めて華が全力の攻撃を孔雀王に叩き込め続ければ30ターンもあれば削りきるのは容易なことだった(むしろ途中で華が必殺技をクリティカルで叩き込み出したからダメージ量は増加し続けた)。
だが、孔雀王は3度変化をした。
巨大な孔雀から闇に隠れた目玉の化け物へ。
目玉の化け物から闇そのものへ。
そして闇を晴らした先にある、上半身ハダカで翼を大量に生やした面構えの良い美青年。
奴はボスにあるまじきことに、変化の度に体力の回復を行い、状態異常を撒き散らし、大罪属性を含んだ波動を撒き散らした。
そして、シャドウ栞と華の精神を削りに削り続けた。
だが、俺たちは立っていた。
そう、全ては数値の勝利だった。
『おぉ……おぉぉぉおぉ……無礼だぞゴミめらが……大罪耐性だと……そんなものをなぜお前ら人間ごときが………』
「アホか。てめぇが言うなよ化け物。ってもこっちもギリギリなんだぜ?」
途中から『妬心怪鬼』でオートカウンターは防げるようになったものの、通常攻撃に含まれる大罪を喰らいすぎたせいか、HPはフルにあるのに死にかけの表情でふらふら立っている華を背後に立たせながら俺は嗤う。
特殊ステータスがなければそもそもが俺たちもここに立ててはいなかっただろう。
どう足掻いても初戦と同じ結果だ。いくらステータスがあろうが、1ターン目で何もできずに全滅するしかなくなる。
不死鳥・戦を持つ俺だけは生きていられるだろうが、いや、それでも無理か。HPの低い俺は朱雀王3体の攻撃を喰らって殺されただろうし、スキルで蘇生したとしても大罪耐性がない以上は孔雀王に殺される。それだけだ。
特殊ステータスの勝利だった。
悔しそうに、苦しそうに片膝をついている美青年がぶつぶつと独り言を言っている。
愚痴るなよ。ま、俺たちに言っているわけではないようだがな。
『……人間どもめ……所詮絶滅するだけのゴミめらが……最高の人材を揃えて挑んできたアメリカもロシアも中国も、他の国々も主力は全滅させた……あとはお前たち日本だけだというのに……なぜこんな最後になって……未だに全ての人間が第1エリアも突破できぬ無能どもに……』
「ああ? アメリカだ? わけわかんねぇ……何言ってんだお前は。華、何言ってるかわかるか?」
「……忠次様? 言っている? え、と……つまり、先程からモンスターと会話を?」
「ち、本格的に頭回ってねぇか華は。それに奴の言葉が聞こえてない、のか? いや、そうか。『適性』か。そうか……しっかしまー時間もねぇしな……」
俺の言葉に要領を得ない反応を返す華。
大罪に脳を灼かれきっているのだろう。もはや華は立っていることさえきつそうだった。
(っても、もう終わりだ)
『七罪傲慢・魔王ルシファー』のターンは終わっていた。奴のHPは残り僅かだった。
そして、俺たちのターンだ。シャドウ栞がフラフラしながらも機械的にリーダースキルによる回復を行った。
俺の手番が来る。
そのうえで、俺には前ターンに華のかけた『無敵』がかかっていた。
そもそも『無敵』があろうがなかろうが、だ。オートカウンター1発では俺は殺せない。だから、どう足掻いても、もはや魔王ルシファーに勝ち目はなかった。
剣を片手に歩いて行く。大量の翼を生やした巨体の美青年が目の前にいる。
大罪の気配だ。濃密な傲慢が目の前で弱り、片膝をついている。
『……この我が人間などに敗れるとはな……天使どもとの契約などすべきではなかったか……』
意味不明な呟き。
俺を見下す傲岸不遜な視線。
視線をステータスウィンドウに寄せる。残り30秒もない。情報、もう少し絞れるなら絞りたかったが、無理か。
そもそも相手は『傲慢』だ。聞いたところで素直に話すわけがねぇしな。
(俺だって死に際に何か言えって言われても言う気にならんからな)
むしろ悪態を散々につくだろう。方法がない以上、尋問など無意味だった。
だから俺は剣を突き出した。人間なら心臓がある部分。今までさんざんぶち込んできた、『七罪傲慢・魔王ルシファー』の弱点。
クリティカルが発動し、モンスターのヒットポイントバーの数値が0になる。
魔王ルシファーは崩れ落ちる。
剣先が心臓をえぐり取り、モンスターの命が、消失していく。
気持ちが悪い。他のモンスターを殺したときとは違う、奇妙に存在する手応えだった。
「……いや待て……妙だぞ……」
――相手は死んでいるというに、終わらない。
瞬間、死体が動いた。反応できねぇ速さだ。腕をがしりと掴まれる。
「は――?」
死んだはずの魔王ルシファーがまだ生きていた。俺の腕を掴んだ奴が囁いてくる。
『人間め。よくも我を殺したな。破滅しろ』
「て、てめぇッ!?」
奴の死体から剣を通して流れ込んでくる何か。クソが。助けを求めて背後を見る。華は異常に気づいていな――ちげぇ――あの女、濃い大罪の気配で倒れやがった。
「こ、この、腐れ魔王。死に際でなんつー悪あがきを!!」
奴の死体から、濃密な、それこそ大罪耐性を複数持つ俺ですら魂を焼き焦がされるほどの濃密な大罪が撒き散らされている。
「く、くそ、くそがぁ!!!」
絶叫。勘働きの良さのおかげか、さっさと気絶した華と違い、まともに大罪を受け止め、狂乱して消滅していくシャドウ栞。
それを後ろ目に見ながら俺はこの流れ込んでくる『傲慢』を受け止め続ける。
「おぉおおおおおおぉおおぉおおおおおおおおおお!!!」
――ざっけんなよ!! この、クソがッッッ!!!!
「てめぇの『傲慢』! 俺の『傲慢』で!! 押しつぶす!!」
◇◆◇◆◇
ルシファーから流れ込んできたのは、奇妙な記憶だった。
脳みそに知識も流れ込んできているのか、自然と察する。
『最終戦』だ。
俺の知らない場所での、知らない人々の戦いだった。
目の前には様々な人種で構成されたパーティーが存在していた。
レアリティは高く、武器も強そうで、輝いている人々のパーティーだった。
だが、それを記憶の中の『魔王』は指先1つで踏み潰していく。
『魔王ルシファー』。違う。含まれている。魔王ルシファーも。だからそれは、複数の異形、いや、魔王が絡み合った奇妙な、それでいて、濃密な『大罪』を宿した存在だった。
『破滅しろ』。その言葉の意味を噛み締めろとばかりに、敗北したパーティーは消滅していく。
次々と。様々な人種のパーティーが。延々と。死に続けていく。
リスポーンの表示は現れない。同じ人間が2度現れることはない。
たった一度の敗北で、学生たちは、驚愕を顔に張り付けたまま消滅していく。
(これを見て、絶望しろってか?)
馬鹿な話だった。
これがなんであろうと俺には関係がなかった。
「この腐れ野郎が! この記憶がなんなのかはわかんねぇがよぉ! てめぇに! 勝ったのは、俺だろうが!!」
――俺は! 貴様に! 勝利した!!
俺の相手は最初から最後まで魔王ルシファー。てめぇだろうが!
この腐れた『魔王』なんか関係がねぇ!
俺はてめぇに勝ったんだ!!
俺の『傲慢』がてめぇの『傲慢』に勝つ理由など、その一点で十分だろうがよ!!
◇◆◇◆◇
『新井忠次は『傲慢の魔王』を取得しました』