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777ターキーというものがある。
手に入れたレシピの中で唯一料理系のアイテムを作成できるレシピだ。
こいつは朱雀系のレアドロップに希少肉というものがあり、それらを複数消費してシステムメニューから作れる鶏肉料理だ。
絶品とも言うべき料理である。そして食べれば美味かつ8時間の間クリティカル率を上昇させ、更に敵を倒したときのアイテムドロップ数を増加させてくれる効果があった。
最近はずっとこれを食ってランニングをしてきた。
「だが、今回は食わない。華」
「はい。ここに」
今回は華はミニスカサンタではなく魔法使いだし、俺も嫉妬男子ではなく戦士でいく。
ドロップ数増加、孔雀王を倒せたならばとてつもなく美味い効果だっただろう。一緒にあるクリティカル率上昇効果も華の火力上昇という意味では有用だろう。
だが、それでは孔雀王ルシファーは倒せない。
計算した結果の純然たる事実だった。
「お待たせしました。朱雀王ごった煮鍋でございます」
フレポで出たガスコンロの上に乗っているのは華が複数の朱雀剣を風魔法で叩いて溶かして叩いて溶かして叩いて溶かして叩いて溶かして叩いて溶かして叩いて溶かして作り出した鉄鍋だ。頭がおかしい女が頭のおかしい方法で作った鍋だ。
フレポガチャから調理器具が出ないと嘆いた華が風魔法を覚えてから作った品。名を『朱雀鍋』という。(ちなみに鍋はその後フレポガチャから普通に出た)
そいつは散々に叩かれ溶かされてなお朱雀剣の効果が残っているのか、ほんのりと温かく、微妙にだが鍋料理アイテムの完成度を上昇させる効果がある。
「どうぞ」
鍋の中では朱雀王大骨からとれた出汁でたっぷりの『朱雀王の希少肉』や『朱雀草』や『光苔(炎)』が煮込まれている。
そいつを取り皿に掬った華がそっと差し出してくるので受け取る。
「はふッ。はふッ。うめッ。うまッ」
ぷりっぷりの歯ごたえの希少肉をがっつりと食っていく。たっぷりとした滋味を湛えた朱雀草も美味い。最初は不気味で食うのも嫌だったが、食い慣れてしまった食えるっぽい光苔。味は薄いが、食感が面白い。朱雀の雛鳥の骨からとった軟骨や喰いやすいように羽根を抜かれ、表面の毛を処理し、食えるように処理された『朱雀王大翼』も食っていく。
中には肉を叩いて団子状にしたものなども入っていて鶏肉のバリエーションがすごい。
美味い。圧倒的に美味い。元の世界でだって食ったことのない美味だ。更に華が作った希少果実のジュースやフレポから稀にでるステータスをほんの少しだけ強化するパンなども傍にはある。
この地獄のような状況で絶望的な敵に挑むという中与えられた唯一の至福といっていいだろう。
そうして最後にカットされた『朱雀大樹の希少果実』を腹に納めればこの料理は終わりだ。
「ふぅ~~~~~。ごっそさん」
嘆息。美味かったと華を褒める。
ただし欲を言えば米かうどんが欲しかったがそれらはフレポから出たことはない。残念だ。非常に残念だ。
そんな俺の気持ちを知っているのか知らないのか、俺の隣で同じものをちまちまと食っていた華が「お粗末さまでした」と嬉しそうに微笑んだ。
鍋本体だけでなく添えられたパン、ジュース、最後のデザート。ここまでが『朱雀王ごった煮鍋』だ。どれを抜いてもいけない。どれかを抜けば効果が下がる。そういう料理だった。
使う素材数は膨大。華だからこそ時間も掛けずに作れるが、作る手間もかなりのものだ。俺が作れと言われても途中で投げ出すものだった。
そして、これで得られる効果こそが驚愕である。
8時間の間。HP+1000、ATK+1000、燃焼無効。戦士であるならレベルにして、HPを10、ATKにして20上昇させるほどの効能。
あらゆる料理アイテムを味効果共に突き放す圧巻の出来。
これがあったからこそ、777ターキーを使わなかった。今回はどうしてもこれだけの強力な料理バフが必要だった。
生存率の上昇のために、勝利の後のドロップを捨て、ただただ勝つためだけに俺たちはこの鍋を選んだのだ。
「華。勝つぞ」
脂でてらてらと光る俺の唇をハンカチで拭った華がはい、と嬉しそうに頷く。
◇◆◇◆◇
道中は静かなものだった。
流れで突入するランニングとは違う。あらゆる戦闘が確認作業だった。
「――問題なく特殊ステータスのスキルは使えるな」
『叛逆の狼煙』も『付与:傲慢たる獅子の心』も『号令:隷下突撃』も『妬心怪鬼』も何の問題もない。
とはいえ『付与:傲慢たる獅子の心』の大罪耐性は孔雀王戦でもない限り効果が出ているのか不明だし(ステータスにバフがかかったという表示は出ているが)、相手にターンが渡る前に華が殺すので『妬心怪鬼』が発動しているのかは不明だ。
(一応、前回の孔雀王戦では発動してた、んだがな……)
そう、発動しているという確信だけはあるのでそれを信じることにしている。相変わらずの小胆から生まれる疑心。この疑心が嫉妬の効果を強めている感覚があるので一概に悪とは言い切れないが。
しかし、この小胆が傲慢の効果を弱めている自覚もあるので善とも言えないものだった。
いや、もうそんなことはどちらでもいい。
これから決戦なのだ。
準備は万全ではないが、できることを全てやってきた。それを全て使い切る。そして勝つ。
「いくぞ。華」
「忠次様」
そっと華が俺の指に手を這わせてくる。その手は震えている。華は恐怖していた。
それでも華は退こうとは言わない。ただ俺の言葉を待っている。
「勝つぞ。勝って一緒に『始まりの洞窟』に戻る。いいな?」
黒髪の美少女。俺よりも1つだけ年上の先輩。
そういうのはもうあまり気にしていない。ただ、俺の隷下たる1人の女に向けて俺は言葉を発した。
「はい」
そして、俺の言葉を大切そうに華は受け止めた。
―『エリアボス:第一の悪魔傲慢の王』へ挑戦できます―
変わらず存在する『YES』『NO』の表示。
フロアの中心にあるクリスマスツリーは変わらず残っている。今回は破壊していない。
(余裕がない、というよりもこれは、情緒なのかもな……)
戦うために来ている、その感覚を維持したかった。だから採取活動を控えた。そういうことなのだろう。
『YES』の表示をタップする。空間が捻れていく。変わっていく。
―『孔雀王ルシファー』のリーダースキル『跪け、傲慢たるや悪逆の天』が発動―
空に満ちるギョロギョロとした巨大な目玉たち。放射される威圧。俺の背後で崩れ落ちる華とシャドウ栞。
そんな中で複数の大罪耐性を持つ俺だけが立っていられている。
―『恐慌』『攻撃力低下(中)』『オートカウンター』の効果が発動します―
パーティーステータス。『恐慌』耐性を持たない華とシャドウ栞に『恐慌』が付与される。
「なる、ほど」
周囲を見ながら思う。あながち、華が言っていたことは間違いではなかったようだ。
(恐らく、もう負けられない)
最初に孔雀王ルシファーに挑んたとき、最初、空間に目玉は展開されなかった。
その次の検証でもそうだった。
(それが今回は最初から展開されたってことはよ)
ギョロリギョロリと俺たちを見つめる空間の目玉たちは、それぞれが独立した悪意を湛えている。
(俺たちが負けるたびに、このクソは成長してるってことだよなァッ!!)
そして深淵のごとき闇の中からジワリと染み出すように現れる巨大な孔雀『孔雀王ルシファー』。
『――――――――――――――――――――――――ッッッッ!!』
響き渡るのは羽ばたきとともに空間を引き裂くような奇声。
「へ、最初と違って、派手すぎる演出だな」
震えている華とシャドウ栞にはワリィが、強敵感がやばすぎてワクワクしてくるほどだった。
そして、孔雀王の叫びに呼応するように空から降ってくる3体の『朱雀王』たち。
筋骨隆々の赤い翼を持つ化け物ども。俺だけで挑むのであるならば、たった1体でも俺を殺すに余りある強敵たち。
だが、俺は1人ではない。奴らをダースで皆殺しにできる神園華を配下にもっている。
――バトル、スタート。
演出の終了と共に現れるいつものウィンドウ。
俺は『四聖極剣スザク』を強く握りしめながら、強く、強く叫んだ。
「おらァ! 震えてんじゃねぇぞ!! 華! 栞!!」
――『付与:傲慢たる獅子の心』。
俺のスキルによって、この戦いに参加するために必要な『大罪耐性』が華と栞に与えられる。
「忠次様! ありがとうございますッ!!」
持ち直したように立ち上がる華。無言のまま、だが動けるようになったシャドウ栞。
当然だが、2人には『恐慌』の状態異常は残っている。栞に行動を回してスキルを使わせるまで彼女らは行動不能のままだ。
それでも。それでも、だ。なんの問題もなかった。
なぜなら、俺たちは負けるためではなく、勝つために戦いを始めたのだから。




