021
―新井忠次は特殊ステータス『付与:獅子の心』を取得しました―
―新井忠次は特殊ステータス『号令:隷下突撃』を取得しました―
「お? なんか変わったな」
トレーニングを始めて三日目。ランニングの途中。しんしんと雪の降り注ぐ小道で俺たちは立ち止まった。
100戦程度でスキルを把握、特殊ステータスを発生させた華と違い、どう見ても凡人でしかない俺だったが300戦以上も意識して戦闘を重ねればさすがにスキルを取得できたようである。
これに今までの、3ヶ月の経験は役に立たない。あの腐ったような日々の中、間隔を空けながらの3周程度のだらだらとした戦闘で覚えられることなど絶無に近い。
短時間で100戦以上を行うという戦闘密度の中。意識しつづけることでようやく肉体に反映させられたのだ。
新しくスキルを取得したが未だステータスは見ていない。
しかしスキルを取得した。という感覚は微妙に身体に残っている。それはオフになっていたスイッチがオンになる、というものではなく。なんというか言葉にしづらいが、新しく身体に器官が増えたとかそんな感じの変化だ。
例えるなら六本目の指だとか三本目の腕だとかそういうものである。
スキルのようなものを得て理解できることは一つ。スキルの拡張は言われなければ取得できない類のものだった。
俺一人ではこの発想には至れない。
いや、違う。スキルを使いこなす。そういう発想には到れるかもしれない。しかしその発想を継続して抱き続け、取得するために行動し続けるのは一種の狂人だということだ。
普通は10戦か20戦してダメだったら諦める。
戦闘自体がきついのだ。できるという確信を持っているか、自らの肉体を俯瞰して見れるような、そういう感覚のおかしい人間でないと無理だ。そういう類の取得法だ。
特殊スキルをたまさか手に入れたとはいえ、この発想に至れた華がおかしいのだ。そういうものだった。
――なお、これは後々知ることになるのだが、特殊ステータスやエピソードの自力取得方法を編み出せたのは華だけだった。
それはシステムが与えるステータス以上に低レアリティである俺を強くしたいと華が熱心に考えたから発想できたこと、なのだそうだが……。
自力で発想できるようなSSR以上の肉体的・精神的才能を持つ連中も、システムが与える自分のステータス限界にすらレベルが到達していないのに、わざわざレベルがカンストしたあとのことを考えるような物好きはいなかったということなのかもしれない。(華と違って高レアリティで組んでいる彼らには発想するための土壌が存在しなかったこともあげられる。そもそもレベルを上げれば苦戦しねぇんだからな。必要は発想の母って奴か?)
「しかし、華はもうスキルを取得しないのか? 魔法関連はたった一日で取得できただろ?」
問われた華がそうですね、と言いながら自分のステータスを出す。
特殊ステータス
『盲信』:離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れない絶対に離れない。
『魔導練達者』:魔法攻撃の威力を1.5倍する。
『風魔法を極めし者』:風属性攻撃のダメージを1.5倍する。
華の特殊ステータスは最初に取得したものが『心得』→『中級者』→『上級者』→『練達者』といった具合に何度か変化して今の部分に定着している。華が言うには風魔法も含めて、これ以上は知識がなければ先に進めないとかなんとか。感覚でいける部分は掘り尽くしたらしい。
しかし新しく特殊ステータスは取得できるはずだ。『棒術』だとか『ロッククライミング』だとか、こいつは俺よりうまくやっている。なにか新しく取得してもおかしくないだろう? とは思ったのだが。
「そうですね。わたしが取得できるのはあとふたつぐらいでしょうか」
「ん? 意外に少ないな。どういうことだ?」
「どちらも今すぐにでもとれるのですが、とってもよろしいでしょうか?」
「……とれるならとった方がいいんじゃないのか?」
俺の言葉にほっとしたような顔をした華。
その姿に察する。気を使われていたのだ。
スキルを一つも取得できてねぇ俺の前で自分一人がポンポン新しいものを取得していたら俺が嫉妬するとでも思ってやがったのか。こいつは。
羞恥で顔がかーっと熱くなる。こいつ、俺を主人に仕立て上げようとしてるくせに、気を使いやがったな。
「華ッ!!」
「は、はい!?」
「二度と遠慮するな。お前は俺のものだ。俺のものが強くなるということは俺が強くなったも同然。俺の強化を企むならお前も強くなれ。俺に遠慮はするな。いいな!」
命令すれば忠次様、と目をキラキラさせる華にふんッ、と鼻を鳴らす。
なるほど、お前は正解だ。華。俺が一つもスキルを取得してなかったらたしかに小心な俺はお前を羨んだことだろう。どうせ自分は凡人だとトレーニングを怠けていたかもしれない。
だから気を使って取得を抑えていた華の行動は正しい。正しいが故にむかつく。こいつの鼻を明かしたくなる。今後のトレーニングは今以上にやるぞ。糞がッ。
「で、何を取得できるんだ?」
「スキルの拡張です。信仰とマナ。つまり」
両手を組み、目を閉じた華が俺に向かって祈りを捧げる。
―神園華は特殊ステータス『新井忠次への信仰』を取得しました―
―神園華は特殊ステータス『マナ効率』を取得しました―
「とれました」
取得の感覚は何度か取得すればなんとなく「あ、なんか生えてきたなー」みたいな感じで理解できるのでステータスを開かなくても取得したのはわかる。
詳細はステータスを覗かなければわからないが。
しかしとんでもなく取得が早い。いや、違う。驚くべきはそこではなく、こいつは今まで特殊スキルをとらないことを選択できた、ということか?
こいつが異常なのは今に始まったことではないが……。ううむ、気にしすぎると沼にハマるな。スルーしとこう。
「俺も取得したスキルみとくか」
「ではわたしも」
お互いにステータスを開き、顔を突き合わせてウィンドウを覗く。
『付与:獅子の心』:『勇猛』使用時に自身を除くパーティー全体に『大罪耐性(中)』を付与する。
『号令:隷下突撃』:戦闘メンバーに隷属対象がいる場合、隷属対象のATKに+1000する。【発動条件:命令による発動】
『新井忠次への信仰』:『三対神徳:信仰』使用時、『新井忠次』のみ効果ターンを1ターン増やす。
『マナ効率』:ターン経過で補充されるマナを+1する。
む、と俺の眉が寄る。華がまぁ、と手を叩いた。
「微妙だな」
「最高ですね」
あら? と華が俺を見る。自分の特殊ステータスが表示されたウィンドウを叩きながら俺はぐぬぬと唸る。
「言っちゃ悪ぃがよ。俺の特殊ステータスってのは、俺に効果がねぇんだが?」
「代わりにわたしが強化されますから良いのではないでしょうか? 先程忠次様が仰ったとおり、わたしはあなたさまのものですので、わたしが強くなることはすなわち忠次様が強くなることですよ?」
もっともであった。
華に号令を使えば強化エピソードの効果を併せてATKが1200も上昇する。それはレベルアップの度にATKに+100される魔法使いのレベルを12もレベルアップさせたのと同じ効果だ。
号令の条件である隷属というのも、要は華を隷属させているという自覚が出てきたからかもしれない。いや、俺はまだまだ隷属させてる感じではないが、感覚として命令できるという自覚が俺にはある。
そりゃ300回以上も「やれ!」「殺せ!」だの命令してれば(最初の命令で味をしめた華の要望で戦闘の度にやっていた)スキルが発生する程度に隷属させているという勘違いも起きるのかもしれないが。
がりがりと頭を掻く。自分の変化は戸惑うより受け入れた方がいいだろう。現状、特殊ステータスに関しては華の言うとおり利点しかないのだ。華の盲信とて俺にとっては都合の良いものだからな。
だが。疑問がある。
「華」
「はい?」
「お前がこの2つしか特殊ステータスを取得できないっていうのはどういうことだ?」
俺のことはいい。それよりも華のことが気になる。華がこれ以上特殊ステータスを取得できないというのはどういうことなのだろうか?
こいつは十分強いのでもう取得しなくてもかまわないのかもしれないが、返答次第では俺の方がどうにかなってしまう。
華で無理なら俺にやらせているトレーニングは無意味、なのか? と。
「それはトレーニングで取得できるかもしれない特殊ステータスを既にわたしが取得しているからです」
「む……? 華はそういうステータスを持ってないが?」
「はい。なのでそれは表記されていないだけでレアリティに加味されているのだと思います。以前言ったとおり、現状のレアリティはわたしたちの『これまで』で作られていますから。ですので今やっているトレーニングで忠次様が強くなっても、わたしが同様に強くなることはないのです。簡単な予測ですけれど」
努力をしてこなかった俺は今から努力することで特殊ステータスが生まれる余地があるが。
今まで努力し続けてきた華にとってはトレーニングも所詮は特殊ステータスが生まれるようなものではない、と。
「私見ですが、ほかの方に特殊ステータスが生まれないのはそのせいではないでしょうか? 彼らはシステムの中で足掻くことをしてもシステム外の行動を継続的に続けるようなことはしてこなかったと思いますけれど」
……さっさと始まりの洞窟を出てった連中はともかく、残った連中がそういうことをすることはなかった。
なにしろ精神限界になるまでちょろちょろと戦ったあとは掲示板眺めてれば一日が終わるような場所だったからだ。
そして俺は知らなかったがさっさと出ていった連中もそんな暇なことをする精神的な余裕はなかった。もっとも華の理論によるなら元の世界と同じことをしていても特殊ステータスは発生しない。新しいことをその技術を会得するまで根気強く頑張らなければいけないのだ。
果たしてできた奴がどれだけいたことか。
「なるほど、な……。なら、共に戦闘をすることでドロップアイテムが手に入るランニングはともかく、ほかのトレーニングまで俺に付き合うのはどうしてだ?」
最初のロッククライミングの準備で離れた以外は、素振りや受け身、クライミングを華は俺と一緒にやり続けていた(正確には俺に指導していた、に近いが)。
特殊ステータスが現れないならどうしてだ、という問いに華はにっこりと頷く。
「楽しいからに決まっていますよ」
楽しい……。俺がひぃひぃ汗水たらしながらやっていることをこいつは楽しいと笑って言う。
「忠次様と一緒にいられることがとても嬉しいからに決まっています。もちろんそれだけではありませんけれど」
「……それは、なんだ?」
こいつはいつでも楽しそうだな、などと。なんとも呆れ果てている俺の前で華はステータスウィンドウを撫でながら言うのだ。
「共に同じことをし続けることによる強化エピソードの取得。それをわたしは狙っています」
そんな華の言葉に、できないことがあっても限界の限界まで己を掘り下げる。
なんとも凄まじい女だと。俺は感嘆の吐息を漏らした。




