017
「おらァッ!!」
朱雀の養鶏場の岩場に蘇った俺は同じく隣に立っていた華の尻を大きく振りかぶった手のひらで、すぱぁんと叩いた。
華の尻は程よい肉付きに柔らかさ、そのまま揉みしだきたくなりそうな感覚が湧き上がるほどの一品だ。
かつて小学生の時分にパンツめくり大会と称して子供大人問わず様々な尻を見てきた俺としては最上級の評価を与えてもよかったがそれはまずは置いておく。
「もうしわけありません」
戻ってきて開口一番華はそう言った。
華は言い訳をしない。
ただ申し訳なさそうにその長身を縮こまらせるだけだ。ただ俺に叩かれたことで少し頬が赤く、嬉しそうに見え、俺は頬を小さくつねった。あうあうあうと涙目の華。
「罰として今日の間は俺の半径30センチに侵入することを禁じるからな」
「ッ、はい……」
いいぞ。なんか俺が初めて主導権を取れてるような気がする。
こいつ相手にはとにかく強気でガンガン攻めるのが良いのだと理解する。またこの程度ならこいつは怒らないようだ。
人によっては怒り方も変えなければ面倒なことになるのは小学生の時分で理解しきったことである。
さて、それはそれとして頭を切り替えていこう。
「で、勝てるのか? あれに」
「わたしでは無理ですが……」
その言葉に眉を顰める俺。いきなりこれか。
まぁ本来4人でパーティー組めるとこを2人だからな。仕方がないとはいえ、その歯切れの悪い口調はなんだ?
「ですが、なんだ?」
期待を込めた目で俺を見る華。
「忠次様次第だと思います。わたしには、あれを評することはできません。おそろしくて無理です」
「恐ろしい? いや、確かに別格だったが、あれに華がそこまで怯えるほどの力があったか?」
華は後衛だから殴られ慣れてないとか、そういう話ではない。こいつは朱雀王に一度燃やされながらも挑むこと自体は諦めなかった女だ。
孔雀王ルシファーは強い。強いが、そこまで絶対的な存在だったかというと別である。
あれは殺せる。俺にはその確信がある。
華はそんな俺を眩しそうに見ていた。
「忠次様は、あれに強くあれるのですね。それがきっとあなたの資質なんでしょう」
どういう意味かはわからない。だけれど、あの戦闘中の様子。ただ事ではなかった。感情のないフレンドシャドウでさえ立ち上がれなかったのだ。
思わず諦めたような声が口から漏れた。
「……無理なのか。お前じゃ」
端的に問えばはい、と頷かれる。
「ですけれど。戦闘の間、忠次様が死なずにフレンドも含めて鼓舞し続けていただければわたしでもなんとかなると思います」
『勇猛』で少しだけ勇気が出ましたから、と華は言った。
それは朗報だが。
「死なずに……」
それが難しい。
シャドウ栞のHPが一撃で全損したのだ。武器のステータスを合わせればHP6000を超える栞のステータスで、だ。
いかに戦士のクラスでHPが上昇しやすいとはいえ、俺では難しい。いや、『防御』すればいけるか? 防御すれば敵の攻撃は半減できる。
「生き残るだけなら、それはなんとかなるかもしれない」
「そうですね。防御しつづければなんとか……」
いけるか? と華に目で問えば。
「これから、とにかくレベルを上げましょう。わたしにももしかしたら『大罪』に効果のあるエピソードが現れるかもしれません」
大罪? と問えば華は「孔雀王の持つ属性。それはおそらく『大罪属性』です」と言うのだった。
◇◆◇◆◇
七つの大罪。そんなものを聞いたことがある。
ゲームもラノベも全く知らない華は原典であるカトリックのものをあげていたが、俺の頭には七つの大罪ってのはゲームやラノベで頻繁に使われた単語として印象に深い。
「人を罪に導くもの、でしょうか? わたしも概要を聞いたことのある程度ですが」
「ああ、いや。たぶん俺の方が詳しい、と思う」
うん、これに関しては元ネタであるキリスト教の大罪よりは現在のサブカル事情の方が正しいと思う。俺は。
七つの大罪『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』。
七つの罪。なのかな。その辺りはよくわからないが、要はそういうものがあって。それに対応する悪魔がここでは出現している。
大仰な名前がついちゃいるが、ラノベやゲームならそれは強力なスキルや武器や仲間として主人公の敵や味方が使ってくるもので俺には逆に馴染みが深い。
「強いスキルにそういう名前がついてるだけ、って感じだと思うけどな。華の枢要徳も似たようなもんだろ」
「こちらも宗教用語ですが、そうなのですか?」
「とにかく強そうでかっこいいから適当に引っ張ってこられるんだよ。で、それが大罪属性か。確かに、なんとなくそんな感じはするな」
ニュアンスとしては火属性とか風属性の上位属性かそもそもカテゴリには含まれない属性って感じだ。で、この世界じゃ、そいつに耐性がないと精神に直接攻撃してくるってことか。
気分はルールに従って戦っていたのに凶器アリアリの場外乱闘を仕掛けられた気分である。
とはいえ、大罪で動けなくなった華の絶望感はわからないでもない。戦場の気配というべきか。あの時、あの場の雰囲気が変化していたことは確かだ。
魂を鷲掴みにされたような感触。逃げ出せるなら逃げ出したいと思わせるような……。
幸いにも俺には薄くしか効果がなかったが。
「なるほどな。なんとなく掴めた。が、それはお前が言うスキルの鍛え方みたいに『耐性』を取得できるものなのか?」
俺の言葉に華が眉を顰めた。
俺の言葉に顰めたというよりもこれはあの場面を想像してのものに見える。
「どう、なのでしょうか? あれを受け続けて耐性のできるものならいくらでもうけますが」
華は恐る恐る口に出す。
「あれはそういうものではなく、そもそも資質がなければいくら受けても耐性は現れない類のものなのでは? いえ、そもそも攻撃を受けて『耐性』がつくという考えは少し違うように思います。忠次様のエピソードも大罪の攻撃とは別に発生したものですし」
「ゲームならそういうもんだと思うんだが。華の理論であるところのスキルの強化も『慣れ』だろ? なら攻撃も『慣れれば』生えてくるんじゃないのか? エピソード」
「スキルは感覚を掴めば上手になるという確信がありましたが、餓死はいくら餓死しても慣れませんでした」
言われて、結構酷いことを言っているなと思い直す。俺は耐性があるが華は耐性がない。攻撃を受け続けることで酷く苦しむのは華だ。
「それに、わたしがスキルを試してほしいと言ったのはそれを行うのにデメリットが少しの手間以外になかったからです。もちろん忠次様がどうしてもあの攻撃を受け続けてほしいと仰るなら否やはありませんが」
……俺も、この3ヶ月ゴブリンの攻撃を受け続けていたが『耐性』というものが現れたことはなかった。
いや、そもそもスキルにしても鍛錬は始めたばかりだ。意識して発動するということで強化できるかも、という推測でしかない。
そしてスキルの発動に手間以外のデメリットはないが、孔雀王の攻撃を受け続けるということは俺たちのストレスを上昇させ続けるということである。
孔雀王か。耐性目的で手を出すには、少しリスクが大きすぎるか。
「わかった。やめとこう」
俺の言葉に華があからさまにほっとした顔をする。小癪だったので手を伸ばして頬を引っ張れば嬉しそうな顔をしながらひんひんと泣く華。わざとっぽいなぁてめぇ。
とはいえ、俺の言うことならなんでもはいはい聞きそうな華にも嫌なことがあるのだと理解する。同時に俺が自分の身体について多少無頓着になっていることも。
耐性実験はもちろん華だけでなく俺も突入するつもりであったからだ。孔雀王に殺され続けるのは俺も同じだったのに。結構気軽に提案をしていた。
死ぬような痛みではなく、死ぬのだ。戦闘では実際に。頭をカチ割られれば痛みと死の苦痛に苦しむのだ。
傲慢……。
これも傲慢か。自分の肉体が自分のものではなく『俺』の従属物であるという感覚になっていた。
かつての感覚に近いものを感じる。いくら怒られても殴られてもいたずらをやめなかったかつての俺。
それは、俺の意識が肉体の痛みを下位のものと捉えていたからだ。自分に無頓着で、自分を大事に思っていないからだ。
結果を得るためならば自分などどうでもいいと思っているからだ。
(そう。俺は、そういう俺だった。だけどジューゴと一緒に無茶苦茶やってるうちに栞に泣かれて。やめて。これを忘れた……)
そして小胆だけが残った。弱くなった。その弱さは元の世界じゃ心地がよかったけれど。ここでは邪魔なものでしかなかった。
(っても、身体が壊れるぐらいであれを潰せるなら、いくらでも壊してみせるが……。そういう話じゃないんだよな)
まずは勝てる前提を積み上げなければならない。そこにはステータスの優越が必要になる。
そう、レベル上げだ。レベル上げが必要なんだ。
「それはそれとして。朱雀王やサンタのドロップを確認しよう」
結論として孔雀王に挑む前に、入念な準備が必要になる。
そのためにはここで手に入るアイテムを確認しなければならない。
そう、いきなり孔雀王戦に突入したせいでその前に倒したボスの報酬アイテムが確認できなかったのだ。
あのバトルも最初のボスバトルに含まれてて負け扱いでドロップはない、だったら悲しいが、さすがにそれはないだろうと思いながらアイテムボックスを開く。
見れば新規アイテムがいくらか追加されていた。ほっと胸を撫で下ろす。さすがにあのバトルで何も得られなかった、ではきついからな。
(4体いたから。ドロップは4つか? いや、ん? 6つあるな。ボスはドロップが2つなのか)
まぁあのめちゃくちゃ強い感じでドロップが1個だったらどんなクソゲーだって話だが。
久しぶりに良心的なことに少しこの世界の運営様を見直した。いや、ここに叩き込んだことを考えればクソなことには変わりねぇがな。
「で、サンタのボス素材は『シャドウサンタソウル』と『プレゼントボックス』か? ソウルはただの魂で。説明文によりゃ、ボックスは換金アイテムかフレポか武具強化アイテムがランダムでどれか1つ取得できるっぽいな。朱雀王は『朱雀王肉』と『朱雀王大翼』。素材か。どちらも。肉の方はHPが一時的に500も増量するみたいだ。結構すごいぞこれ。大朱雀2体からは『朱雀大骨』と『朱雀大嘴』。武器育てるのに必要だが、苦労の割にはこんなもんか」
まぁ、大朱雀に関しては道中でも倒せるからこんなものだろう。
どちらかといえば俺としては朱雀王のドロップが美味い。8時間もHPを500強化するっていうのは、かなり以上にめちゃくちゃすごい気がする。
孔雀王ルシファーを倒す手立てが少しは見つかってきた。
やはり、まずは地道に己を鍛えることが優先か。
「こちらも似たようなものですね。ですが、これはレシピ?」
華がアイテムを見て首を傾げた。とはいえ俺の言いつけを守ってこちらに接近してこないのでそのステータスを覗くことはできない。
なのでこちらから近寄ると華が嬉しそうにアイテムウィンドウをこちらに見せてくる。
尻尾でも振ってるような幻影すら見える喜びよう。って、お前は犬か。
名称:サンタコスチュームレシピ
レアリティ:『なし』
効果:武具合成に『サンタコスチューム』を追加する。
説明:素材を集めて冬の生誕祭の準備をしよう。
「なにこれ?」
「ミニスカサンタ衣装というのが武具合成に追加されていますね」
「ミニスカァ? なんでミニスカ? つか、武具合成って何?」
「レシピを手に入れたら追加されてましたけど」
また新要素か。と呻きながら華の画面を注視する。
「で、レシピの必要素材が『シャドウサンタソウル×5』『朱雀王魂×5』『朱雀王鋭嘴×2』『朱雀王金冠×1』『朱雀王大骨×10』『朱雀王大羽×10』『朱雀王大翼×3』って馬鹿じゃないのか。こんな量集めろってか」
「金冠は先程手に入りましたのであと6つですね」
顕現させた朱雀王金冠を手の中でくるくるとしていた華がにっこりと笑う。
「はい。忠次様。王様です」
華の手により、巨大なマッチョマンが身につけていた王冠より小さくなった感じの冠が俺の頭にすっぽりとかぶせられる。
あのなぁ、と華に文句を言おうとしたところで。あ? と俺の動きが止まる。
華が慌てた様子で「ど、どうしました?」と言ってくる。
「まさかとは言わねぇが。こんな、まさかかよ……」
王冠を被せられた瞬間に、奇妙な力の増加を感じたのだ。どことはいえない。何かが。どこかからか湧き出るような感覚。
ステータスを開き、ステータスを見て呻く。増えていたエピソード2はいい。孔雀王との戦いの際に感じた高揚は『決意』した時のものと同等だったからだ。エピソード2が増えていることに違和感は覚えない。
それよりも問題は装備欄の増加。
「嘘だろ。頭部装備が解禁されてやがる……」
馬鹿か! いや、この世界は俺が思うより馬鹿だったな。つーか、こんなの普通気づかねぇだろ?
◇◆◇◆◇
名称:朱雀王金冠
レアリティ:『SSR』
説明:偉大なる朱雀の王を象徴する金の冠。強い炎の力を秘めている。
↓
名称:朱雀王金冠
レアリティ:『SSR』 レベル:1/80
HP:+0 ATK:+200
スキル:『キングスタイル』or『クイーンスタイル』
効果:『リーダースキル』を男性なら『キングスタイル』。女性なら『クイーンスタイル』に変更する。
説明:偉大なる朱雀の王を象徴する金の冠。装備することで王の力を手に入れることができる。