014
当然のことながら、俺たちは負けた。
ボス部屋に出現した敵は4体。炎の塊と錯覚しそうなほどに巨大な炎の鳥である大朱雀。シャドウ御衣木さんのようなのっぺらぼうで、影色の巨大なサンタクロースであるシャドウサンタ(オプションでトナカイとソリもついている)。さらに加えて筋肉質で二足歩行で王冠まで被ってる鳥人間、朱雀王。
奇襲リーダースキルからの開幕一斉攻撃で、そいつらにボッコボコにやられたのだ。
「やっぱダメじゃねぇか!!」
「忠次様。それでもわたしたちならあと少しレベルを上げればいけると思います」
今俺たちがいる場所は、『朱雀の養鶏場』の『休憩所』たる岩場だ。デイリーミッションの報酬受取から手に入れたパンと水で腹を満たしつつ、俺は華に対して文句を言っていた。
対する華はやんわりと俺に手応えはあったと言いつつ、道中で摘み取っていた大きめの葉の上に、焼いて刻んだ鶏肉を置いて塩コショウを掛けている。
「はいどうぞ。このまま食べられますので葉っぱごと食べてください」
片手は葉と肉をつまみ、片手は皿のようにして華の差し出す肉を手で受け取ろうとしたらそのまま口元に押し付けられる。
「はい。あーん」
ガキみてぇだからやめろと言おうとしたところで、鼻孔をくすぐるのは濃厚な肉の匂いだ。押し問答をするのも惜しいぐらいにうまそうな匂い。我慢しきれずにむしゃむしゃと食いつき、喰らい、華の指を舐める勢いで腹を満たしていく。
ふふ、という華の笑みに悔しくなる。食い物を差し出せば俺が満足すると思われたら困るぜ。
といいつつ単純に美味い。腹も膨れるし。鶏肉も野菜っぽい葉っぱも久しぶりだ。
「こちらもどうぞ」
戦闘も終わり、腹がいっぱいになり、眠くなりかけた俺にどうぞと差し出されるのは道中ドロップした朱雀卵だ。人間の頭程度の大きさの雛の生まれるそいつは俺の拳よりもでかいものだった。
そんな華が差し出してきた朱雀卵は殻の上部が切り取られており、中に湛えられた白身と黄身が見えている。
「これを、なんだって?」
「のんでください」
ぅえ、と言う声が漏れる。しかし華はずずいと押し出してくる。
「まずはパンと水だけで生活してきた肉体を構築しなおします。栄養をがっつり摂取して、健全な肉体をつくりなおしましょう」
ずずいと押し出される朱雀卵。そもそも俺は卵を生で飲む習慣がないのだが……。
「のんでください。強い体を作りましょう」
繰り返される華の言葉。ごくりと恐れるようにして俺は喉を鳴らし。
ええぃままよとなみなみとした卵白と卵黄をジョッキのようにして飲み干すのだった。
甘くて美味しかった。
◇◆◇◆◇
特殊ステータス
『叛逆の狼煙』:自身よりレアリティの高いものに対して特攻(攻撃力1.5倍)を持つ。
『エピソード1:決意』
効果:『大罪属性』に強い耐性を持つ。『魅了』『恐慌』『狂気』『気絶』を無効化する。
『新井忠次』は『剣崎重吾』とパーティーを組むことができない。
◇◆◇◆◇
「食べたら少し眠ってから勉強をしましょう」
勉強? と首を傾げれば、華ははい、と頷く。
「幸いペンもノートもありませんが『掲示板』があります。なので、『掲示板』を紙とペンの代わりに忠次様の学力を鍛えましょう」
方針を聞いているし、華のやり方がなんとなくわかってきたので反発は少ないが、勉強をしようと言われれば普通の学生たる俺としてはうへぇ、という顔になるしかない。
いや、学生なら勉強は本分なんだろうが。俺はそれほど真面目な学生ではなかったのだ。
(ただ、勝ち目のないボスに突っ込むよりかはマシか……)
幸い、仮眠をとってからというなら多少は気分も楽になる。
そんな俺の前で華はぽんぽんと自分の膝を叩いて俺に示した。
「この環境では枕もありませんから。どうぞ忠次様」
岩場は硬いし、寝るとしても結構しんどいしな。うん。
華は不気味な女で、苦手意識は多少なりともあるが、超絶的な美人で、なによりいろいろと柔らかい。
本人がやれというならやるべきだろう。うん。
自己暗示をかけるように自分に言い聞かせ、ドキドキしながら華の膝に頭を乗せる。
おぉふ。柔らかい。ぽふぽふとリズムよく頭を撫でられ、食後ということもあり、あっという間に俺はまどろみに沈み込むのだった。
起きてからめちゃくちゃ勉強させられた。
◇◆◇◆◇
仮眠をとって、勉強をして、詰め込まれた知識で頭がいっぱいいっぱいになってから夜なので寝る。
起きてから自分のステータスを見てエピソードと特殊ステータスが現れているのに驚き。華は当然というように頷いた。
「忠次様なら当たり前です」
その自信に、なんでそんなことが言えるのかと問えば。
「わたしは忠次様のことならなんでもわかりますから」
それは、どこからでてくる自信なのか。もはや突っ込むことすら放棄して俺は苦笑することしかできない。
それでもこんなに早く結果がでるなら、華の言うトレーニングに対して少しの期待が持てるようになる。
そして朝食代わりに昨夜食べた肉と葉と同じものを出され(これで肉は最後とのこと。卵はない)、パンと水と一緒に腹を満たす。
「ではこれからですが」
「おう。どうするんだ?」
「『朱雀の養鶏場』で戦闘をします。まずボスと戦わずに4戦目まで行ってからここに戻り、再び突入してボスに挑みます。そして倒せるようだったらその後は何度もボスに挑み、倒し続けます」
「何度も挑めるのか?」
「たぶんですが、挑めると思います。ボスが一度だけしか倒せないならその後は道中を何度も繰り返すことになると思いますが」
「それはどういう根拠で言ってるんだ?」
問えば、華は手に朱雀魔杖を呼び出し、「これの存在です」と言った。
「進化型武器の進化に必要な素材数や経験値量で判断しました。一周で終わってしまうにはこれの強化や進化には必要な素材が多いです。だから、あのサンタや朱雀王は何度も倒せるボスなのではないかと考えたのですが」
ここがイベントエリアなら不思議なことではない考えだった。しかしその考えも推察でしかないし、不確定要素は多い。華に問うことはまだまだある。
「だけど一回で終わりかもしれないじゃないか? その場合はどうするんだ? 始まりの洞窟の岩場に戻ってしまった場合は?」
「再びここに戻ってくればいいのです」
どうやって? 俺の顔で問いを察したのだろう。俺が問いを発する前に華は答える。
「わたしと忠次様は単独でゴーレムに挑み、敗北することでここに送られてきました。ならばまた同じことをすればここにやってくることができると考えます」
「そうかもしれないが」
「他に疑問はありますか?」
「うーん……ない、な」
難癖をつけるように疑念をぶつけることもできたが、そういう主張は根拠のないただの妄想でしかない。そんなことを考えてしまえば華を呆れさせるだろうし、俺たちが妄想でがんじがらめになって動けなくなるのは確実だ。
華の方針は『この環境を維持しつつ、トレーニングを続ける』というものだ。
それは華が一貫して主張しつづける俺の強化に沿う行動であるし、他に具体的な方策を俺が持っていない以上は、その『提案』を受け入れることにする。
不思議と、元の岩場に戻れたら華と別れよう、という気にはならなかった。
特殊ステータスが現れていたからだろう。俺のモチベーションは、俺が思っているよりも高かった。
◇◆◇◆◇
「道中は走っていただきます」
じゃあ、戦うか。と『朱雀の養鶏場』に侵入し、俺が気合を入れた瞬間、華はそう言った。
呻きかけ、シャドウ御衣木さんを見て精神を落ち着かせ、華を見る。
なんの感慨も浮かんでいない表情で華はその提案を繰り返す。
「道中は走っていただきます。戦闘も少し工夫します」
基本は昨日の通り、わたしの魔法で敵はまとめて殲滅しますが、と華は言いながらそれを口にした。
聞いた俺は首を傾げた。
「『スキル』を意識して発動する?」
「はい。忠次様のスキルの『勇猛』ですが、使う時は心の中で構いませんので高らかに戦意を高めてください」
……それに何の意味があるのだろうか。
俺の視線に、華は少し困った顔をして言う。いつも笑うか淡々と提案をするだけのこの女にしては、初めての表情だった。
「はじめに謝罪を。申し訳ありません。この提案は本当に根拠のないことで、無駄になるかもしれない試行です。トレーニングのついでにできればと思ってのことで。無駄になってしまえば手間をかけていただいただけ忠次様に申し訳がないのですが」
「あー……。まぁ言ってみろよ」
ありがとうございます、と華は頭を深く下げる。それに手を振りながら、俺は少しだけわくわくしている自分に驚いている。
なんでも見通したように言う華がわけもわからずやってみたいと思っていること。そいつはいったいなんだ?
「スキルにも、習熟度があるのではないかと思ったのです」
「……習熟度?」
「ただ戦うだけでなく、スキルに慣れ、使いこなせるようになれば特殊ステータスが現れるのではないかと思ったのです。……それでなくともスキルの強化ができるのではないかと」
「スキルに慣れることで、スキルが強化される可能性がある、と?」
「決意することで特殊ステータスが現れるなら、わたしは、ない可能性の方がありえないと思いますよ」
提案に対して、またまたぁ適当なこと言って。と華を詰る気にはなれない。
妙に察しの良い華の言うことだ。不思議と特にデメリットがないならやってみよう、という気になってくる。
昨日までの俺ならあり得ない変化であった。決意のおかげか。それともこの女のバイタリティに感化されているのか。両方か。
「まぁそれはいい。やってやるよ。で、走るっていうのはそもそもなんなんだよ?」
「そちらはただの運動です。ランニングをして体力をつけましょう」
戦闘をついでのように言う女の姿に、この女の言うとおりに、この女を支配することなど俺にできるのかと、少しだけ途方もない山を見たような思いがするのだった。