012
ボスを前にした雪のしんしんと降る小道。そこで俺と先輩は対峙している。
いや、対峙なんてものではないか。
ただ困惑する俺と俺をじぃっと見つめてくる先輩がいるだけの話だった。
「レアリティなんて意味がないものだとわたしは思います」
「いや、そいつは……」
先輩が言うのか? LRレアリティの先輩がそれを、言ってしまうのか?
不満が顔に出ていたのだろう。そんな俺の表情を見て、先輩がぐっと手を握ってくる。
「忠次様。忠次様の素晴らしさはレアリティなどというくだらない物差しで測って良いものではありません」
「はぁ……」
怒りも毒気も抜けていく。この人は、本当によくわからん。何を言っているのだろうか。
レアリティでさんざん俺たちは苦労してきたのだ。3ヶ月も隠しエリアで死に続けていたこの人にはそれはまだ実感できていないのか。
失望が胸の中に広がってくる。
ああ、違うな。死に続けていたとかは関係がない。レアリティの苦労については低レアリティでなければわからないのだ。
だからこの人はこんなことを軽々しく提案してくる。
「そっすね。そうかもしれませんね」
そんな俺の諦めを見て取ってなお、先輩はぐっと手を握り、顔を寄せてくる、って近い近い近い。キスしちゃう距離だろ馬鹿!!
叫べば先輩の顔に唾が飛びかねない。慌てて顔を背けると先輩は掴んでいた手を離して俺の頭をがしっと掴む。無理やり正面に向けられる。ぬぉぉおぉ。触れる触れる触りそう触りそうおい馬鹿先輩。
「いいですか。忠次様」
「う、うっす」
思考が止まる。近い近い近い。っていうか俺より普通に筋力あるよなこの人。連戦してるのに疲れてる様子もないし。茶道部とか嘘だろ。何やってたんだよマジで。
そんな俺に構わず先輩は言葉を続けていく。
「レアリティに意味はありません。スキルも。ステータスも。それらは所詮今までの積み重ねです。もちろん、素養においてわたしは他の方たちより多少の優越はしていると思っていますが、正直なところ、聞いた限りにおいてLRレアリティとNレアリティの人間のもともとの能力においては、それほどの絶対的な差があるとは思えません。もちろん、それだけではないことは承知しています。血統や立場、性格に評判、才能、その他の様々な項目。それらで仕分けられているとは聞きました。考えるにレアリティというものは、仕分けるにあたってある程度の基準があるのでしょう」
正直、顔が近すぎて言っている内容の半分も頭に入ってこないのだが。先輩の威圧に押されてこくこくと頷くしかできない俺。
ですが、と先輩は断言するように強く言葉を発する。
「いいですか? 忠次様。重ねて言いますがレアリティに意味などないのです。あなた様の素晴らしいところをこのレアリティというものは全くと言っていいほど加味して判断しておりません。わたしの見る限り、このレアリティという指標は全くの欠陥です。忠次様なら、レジェンドどころかその上に立っても良いというのに」
愛おしそうに顔を撫でられる。畜生。先輩の言っていることはめちゃくちゃだが勢いだけはある。わけわかんないがとりあえず落ち着くまで頷いておくしかねぇ。
先輩はこくこくと頷く俺を満足そうに見て、もちろん、と言った。
「レアリティに意味はない。と言いましたが、それはこれを全く無視しよう、というわけではありません。口惜しいことですがステータスとスキルは戦闘において重要な要素です。現在の我々にとって、レアリティがその戦闘を支える根幹であることに変わりがないのも確かです。そこは認めます。ですが。それならそれで鍛えようがあると思いませんか?」
「はぁ。鍛えるねぇ」
俺のやる気のない声にも先輩は動じない。なにやらよくわからない持論をどんどんと展開している。まだ終わらんのかこれは?
「忠次様のレアリティがRなのは、その肉体と知識と心構えがSR以上の者より多少劣っている部分があるからです。もちろんそんなものは忠次様のほんとうの価値に比べれば些細なものでしかありませんが、要は能力があればSR以上にいけるということです」
要するには俺は馬鹿で運動ができねーから弱いと? はっきりと言われたような気もするが口を出すのもちょっと、と戸惑う。
だが、ほんとうの価値とか言われてその部分は少しばかり嬉しかった。
だから狂人の戯言と切って捨ててもいいのに、少しだけ内容に興味を惹かれてきて、悔しくなってくる。
認められれば、褒められれば気分がよくなるのは誰だって一緒だ。その点、先輩は俺の自尊心をくすぐるのがとても上手だった。
「忠次様。レアリティに意味がない、というのは、現在のステータスは所詮現在のものでしかないということです。わかりますか? 忠次様。現在のステータスは現在のものでしかない。わたしがLRなのは、昔のわたしが多少人より頑張ったからであって、所詮は昔のわたしの情報でしかない。わかりますか忠次様」
目が、ギラギラと光っている。先輩の言葉の意味が脳に浸透していく。言っている意味をなんとなく理解していく。
「つまり、先輩。俺を強化するっていうのは」
「忠次様。要は、今から鍛えればいいのです。忠次様。運動も、勉強も、今から鍛えましょう。わたしはわかっています。忠次様はRレアリティではないと。わたしはしっています。あなた様はそんなものではないと」
先輩。神園華。共に過ごした時間が半日程度しかない女がそう言っている。正直信じていいのかよくわからない言葉だった。しかし、その言葉には確信以上の何かが込められていた。
だがそれでも、俺の3ヶ月の経験はそれでいいのか? と問うてくる。そんなことに意味はあるのか、と。俺に問う。この女の提案に乗っていいのかと。
顔が近い。先輩の息遣いが聞こえるほどの距離だ。頭を掴まれている。先輩の体温が伝わってくる。先輩は身体を寄せてきている。俺の身体に先輩の身体が絡みついてくる。
……信じていいのか。この女を。妙なことを言って、俺とだらだら過ごそうってだけの腹じゃねぇのか?
女の悪辣さは、俺の仮面みたいな恋人のことを思い出せば思い知るまでもなく理解してしまう。
女という生き物は、表ではなんでもない顔をしながら、裏ではとてつもなく恐ろしいことを平気でする。
俺は知っている。あの糞ハーレム野郎のハーレムが裏ではどんな有様だったのか。知っている。
外面のきれいな女子がきれいなだけの魔物だってのを俺は知っているのだ。
だから、俺にとって無条件で信じられるのは御衣木さんだけだった。
「先輩。正直、俺は先輩の言っていることがよくわからん。証拠はあるのかとか、先輩がステータスについて理解したのはついさっきじゃねぇかとかさ。言いたいことはいっぱいあるんだけどさぁ」
じぃっと俺を見つめてくる先輩。ああ、キスしそうな距離だ。くそ、色っぽいなぁ。この人が性格的にヤバそうじゃなきゃ迫ってたのは俺からかもしれなかったのに。なんて残念な美人なんだ。
俺は、自分の小胆を抑えて勇気を振り絞る。他人の提案を蹴飛ばすのは、性格的に本当は嫌だった。だけれどこの先輩の提案は、正直眉唾すぎて俺のメリットもデメリットもよくわからん話なのだ。
強化? 鍛える? なにするんだよ。
というか正直、これって今すべき話なのか? とも思っている。強化なんてことを考えなくとも、俺や先輩にはレベルにおいて伸びしろがまだあるし、進化型武器なんてものも存在している。こんなよくわからない話をしなくても、できることはまだまだあるのだ。
(だけど、なぁ)
そろそろ俺も踏み込むべきだった。この気持ち悪い女の正体を少しでも掴んでおくべきだった。
というより、この女と夜を迎えることが恐ろしくてならなかった。こいつの腹のうちを探らずに、こいつの前で眠るのを避けたかった。
探って、言うべきことがあれば、言わなければならない。
「つーか。あんた、何が目的なんだ? 俺を鍛えて何がしたいんだよ?」
「わたしの目的ですか?」
突然の言葉に先輩が目をぱちぱちとさせる。これを言われるとは思っていなかったという顔だった。でも俺は言うよ? 実際、よくわかんねーからな。
「そう。先輩の目的。俺を鍛えたってあんたにはなんのメリットもないだろ。俺の側にいるだけなら、正直俺の強さなんかどうでもよくないか?」
盲信の効果があることは知ってる。俺と離れたくない、ってのはわかる。なんだかよくわかんねぇがピンチの時に俺が助けてしまったから刷り込みが発生したんだろう。卵で生まれる生き物じゃねぇんだから人間に起こるなんて話は正直信じられないが、『システム』がなんかしたんなら、まぁ百歩譲って信じてやるさ。
だけど、だからといってそれ以上の関係を許すっていうのは違うと思う。
「つーか。俺、今はここにいないけどカノジョいるしさ。恋人になりたいとか、そういうことだったら先に言っとくけどごめんなさいだ。先輩とはここの脱出のために協力するだけで、その後のことはおいおい考えていきたい」
レアリティだけを考えればパーティーを組み続けるメリットは十分にあるのだが、この不気味さだけはいただけなかった。なんでいちいちスキンシップをとろうとするのか。パーソナルスペースって言葉を知らねぇのかよ。この女。
今も俺の身体に絡みついてくる女の身体を意識的に無視して先輩の言葉を待つ。さっきの強化うんぬんの話はもう俺の頭から消えている。運動だ勉強って馬鹿かよ。ここ出るのが先決だ。
さっきの肉を食って思い出した地球が懐かしい。ステーキ。寿司。ファミレス。牛丼。ハンバーガー。ふわっふわのオムレツ。ああ、腹減るなぁ。『空腹』じゃないけどさ。そろそろ米も恋しいぜ。
果たして先輩はきょとんとしている。俺の言葉に対して、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
だから鸚鵡のように空言を繰り返す。
「わたしが忠次様に尽くすのは当然のことです」
「……あー、そういうのはもういいから。家族でもなんでもねぇんだから。一緒にパーティー組んでくれたら俺はそれでいいのよ」
いつのまにか、敬語がなくなっていた。だというのに先輩は全く不快というわけでもなく、ただただ俺を見つめている。
しかし俺の態度が変わらないと踏んだのか、少しだけ黙り、そうしてから口を開く。
「では双方にメリットのある話をしましょうか」
なんとも論理的な口ぶりでそれを言い出す先輩。ひゅぅ、と俺は破顔して頷く。おう、感情論じゃなくてそういうのが聞きたかった!
「要はわたしが信頼に足らないと、そういうことですね。それを解消すれば忠次様はわたしに信頼を寄せてくれるのですね」
「そこまでは言ってないけどな」
納得させるのと、信頼を寄せるかどうかは別だと思う、と俺が言う前に先輩が「ではご説明いたします」と言葉を突きこんでくる。この女ァ。
俺に尽くすというが、基本はそういうスタンスなのはわかりきったことだったけれど。出足を挫かれて黙るしかなくなる。
まぁいい。話せよ。顎で促せば嬉々として口を開く先輩。
「メリット。まずは疑念を晴らすべくわたしのメリットをご説明いたします」
うん、と頷けば先輩は微笑みを返してきた。
「わたしのメリットは、これからやっていただくことで、忠次様が強くなることです」
「理解できない。どうして俺が強くなることで先輩にメリットが発生するんだ?」
強い弱いはステータスの話ですが、と前置きをする先輩。
「忠次様が強くなれば、わたしが側に居続けることができるからです。逆に言えば弱いままでいればわたしが離れなくとも忠次様はわたしから離れていってしまいますよね」
ね? と言われてもそんな未来の話はわからない。だけれど先輩は確定した未来のようにそれを語る。
「レアリティに対する劣等感が忠次様にはございます。それは今この場では仕方がないこととしてわたしを受け入れられても多くの選択肢のある元のエリアに戻った場合、忠次様は簡単にわたしから離れていきます」
確定したように話すなこいつは。
だが、離れる。離れるね。普通は逆なのだが、どうしてかいつのまにか立場が逆転しているような気がしてならない。
そんな不可解な想いをしている俺に、わたしは忠次様から離れたくないのです、と先輩は言う。言われて俺は、まぁそうするかもな、と呟いた。頭にかかっていた先輩の手が俺の背中に移っていく。抱きしめられていく。まるで蛇のようだと思ったが口には出さない。
「だから忠次様を鍛えたいのです。わたし、忠次様を愛していますから。絶対に離れないようにしたいのです」
先輩の言葉は軽いように思えてならない。愛している。なんてそう軽々しく口に出すべきものじゃない。
だけれど、それを口には出せない。先輩の目が、執念深さを湛えているからだ。言葉は軽い。この人は軽々しく愛しているというが、それよりも仕草の端々にもっと深く執念深いものが隠れている。
そもそもがこの人は出足から俺の聞きたいことを微妙に外れて話をしていた。俺が聞きたいのは、そもそもが『どうして離れたくないのか』であって、その先のどうこうは別にどうでもよかったのだけれど……。
「そして忠次様のメリットは、強くなること」
そして強くなることそれ自体が俺のメリットだと先輩は言う。
「わたしの考えでは、わたしの課したトレーニングを終えた忠次様は強くなっています。肉体的にも、精神的にも、そしてステータス上でも。それは、忠次様の今後にとってもとても大きなメリットだと思うのです」
「それが本当にそうならメリットだろうな」
俺の口調は平坦だった。どうにもこの辺りも信憑性がなくて困る。
先輩の言っていることは、レアリティの壁を越えて、ステータスを上昇させるという途方もない試みだ。このシステムを無視していると思われる言動は、何かの根拠があってのものなのだろうか?
さっきの話はそれの根拠だったのだろうか? うまく脳の中で話がつながらない。この体勢が問題なのかもしれない。このひとが俺に抱きついてて正直話が頭にうまく入ってこないのだ。聞き取りにくさもあるしさぁ。
だけれどメリットです。すごいメリットですよ。と先輩は笑う。そこに含みはないように見える。怪しさはない。この人は本気で俺を鍛え上げようとしているように見える。
わからない。というか、なぜそこまでしようとするのかがわからない。
これが、『盲信』なのか?
(わからん。まったくわからん。それはこの人が微妙にずれて話をしてるからでもあるんだろうが)
理解できないのは、人間不信というよりも、俺がそういう性格でないからかもしれない。
俺は他人に尽くすという感覚がわからない。いや、俺とて御衣木さんのためならなんかしようという気にもなるが。ここまでの手間をかけて、というと首を傾げてしまう。
俺がモテないのはそのせいか?
つーか手間。手間か。手間がかかるのか? これ? よく考えたらどういう手法か聞いていなかった。トレーニングって何するんだ?
「それで、どうするんだ? 俺は何をすればいいんだ?」
「運動と勉強。それと、指揮です」
指揮、と問えば。先輩は首を傾けた。
「違いますね。すみません。指揮というより、リーダーとしての経験。判断。そういったものでしょうか。部長職や委員長などの方がレアリティが高かったと聞きましたので」
なんとなくだが言いたいことはわかる。
要は、運動能力の高さや成績の良さ。学校での立場によってレアリティが上昇するのなら、ここで鍛えればステータスがあがるのだと先輩は言っている、のだと思う。
「根拠は。根拠はある、んですか?」
ようやく話がわかってきたのでなんとなく敬語に戻そうとすれば、先輩が、敬語はいいですよ、と微笑んだ。
「命令するように言ってください。いいえ、命令してください。なんでもしますから」
なら、死ねといえば死ぬのかよと考えて心の中で首を振る。ここじゃ死んでも生き返る。死を命じても生きて果たせるのがこの異常な世界だ。それに先輩は喜んでとか言いながら自分の首を掻っ切りそうだ。笑ってやったら怖いのでそんな命令はしたくない。
「根拠は特殊ステータスとエピソードです」
なんだそりゃ。と俺は呟く。
『盲信』にステータスの上昇効果はない。エピソードだって先輩のステータスを俺と組んでる時だけ上昇させるものだ。上昇するのは良いが相手が決まっているならその力に柔軟性はないだろう。俺を離れさせないための方便か?
そもそも俺はこれらについて前のエリアでは聞いたことがなかった。こんなものを手に入れれば騒ぎになるはずなのに、誰も『掲示板』で手に入れたという報告をしなかった。
先輩という異常な存在が手に入れた特別なものなんじゃないのか? LRってのは、なんでもありなんじゃないのか?
嫉妬の心が湧き出てくるのを抑えられない俺の前で先輩は微笑んでいる。舌打ちをした。
「どちらも、わたしがここに来てから手に入れたものです。とてもとても大事なものです。わたしの人生を変えるような衝撃がこれらをつくりました」
「それがどうしたってんだよ」
「特殊ステータスというのは、そういうことだとわたしは考えました。『これから』なんですよ忠次様。これからです。レアリティが過去ならば、特殊ステータスはあなたの未来です。鍛えれば、あなたにだって。LRレアリティを超える力が身につきます」
だから一緒に鍛えましょう。と先輩は言う。
これから、これから、だって? 俺にLRを超える力が身につくだって……。
俺の心の中に不満が高まっていく。こいつの話に理不尽を感じていた。学校中の人間に尊敬されていたこの女だからそんなことは軽々しく言えるんだ。
それに、他のLRレアリティの人間を俺は思い出す。天使のような、聖女のような御衣木さんと糞みたいなハーレム野郎だが、妙にいろいろなことができて、くっそたれなほどに器用で、普段はのんびり構えてるくせに本気を出せばなんでもできちまった幼馴染。
あとの2人は、正直接点はなかったが、それでも俺を遥かに超える才能の塊で、俺が一生越えられない、そんな壁を持っていた。
だから俺は諦めを言葉にして吐き出す。
「悪いが、そんな夢みたいなことに付き合ってられねぇよ。俺に、そんなことができるわけがねぇだろ……」
努力で全部が覆るなら、高校からサッカー始めたサッカー部のパシリが努力次第でプロになっちまう。
だけれどそんな現実は万に一つ程度もねぇ。億に一つぐらいならあるかもしれねぇが、やっぱりそれは俺の現実じゃない。
俺は、俺の限界を知ってる。俺は特別じゃない。俺は、あの幼馴染じゃない。
だけれど、先輩は笑う。赤ん坊みたいに純粋に俺に笑いかけてくる。
「大丈夫です。わたしがついています。才能の欠如は配下の力で埋められます」
歴史上と、先輩は言う。
「偉大な皇帝や王や君主の全てがあらゆる才能に秀でていたわけではありません。運動や勉強は補強の一つで、本筋ではありません。忠次様に頑張ってもらうことは、初めに言ったとおりです」
わたしを支配するのです、と先輩は囁くように言う。
粘ついた息が、求愛のしるしのように俺の耳にこびりつく。
他人を支配しろ、と、まるで悪魔のような言葉だった。
「運動も勉強も自信をつけるための補助です。忠次様にはわたしを徹底して従えたと確信していただきます。わたしに命令をして、したがえて、ふみつけていただきます」
あなたが、あなたの意思で、力ずくで支配するのです。
そう言った先輩の頭が下がっていく。ずるずると俺の足元へと先輩が下がっていく。俺をうるんだ瞳で見上げてくる。赤い顔で熱のこもった息を吐く。
――俺が、先輩を見下ろしていた。
「わたしを隷属させたと確信してください。そうすれば」
「そ、そうすれば?」
思わず先輩の言葉を繰り返してしまった俺に、とろけるような声で先輩は言った。
「エピソードと特殊ステータスが忠次様のステータスに刻まれるでしょう」
まさしくそれは、悪魔の誘惑でしかなかった。




