その六 石の扉
エドワードは少女へ、自分達が魔物のボスを倒すためにここまで来たということを説明した。コウタも後ろで、うんうんと相槌を挟んでいる。
「じゃあ、私を助けに来てくれた訳じゃない……?」
いや、魔物の根城にいる君を放っておけない。とりあえず、近くの安全な村まで送り届ける
再び泣きそうになった少女を、エドワードの言葉がなだめる。
「オイラの村がここからだと一番近いっぺ。そこまで案内するべよ」
コウタがそう笑いかけると、少女も笑ってくれた。
だが、問題が一つある。塔から出ようにも、先ほど通った一階はスライムだらけ。あそこを少女を守りながら突破するのは不可能に近い。
そうしてエドワード達が考えあぐねていると、少女が別の提案をしてきた。
「私、塔の外に出る抜け道を知ってるの。一人じゃ怖くて行けなかったけど、お兄ちゃん達が一緒なら――」
*
エドワード達は、三階に向けての螺旋階段を登っていっていた。内側に手すりや柵のない螺旋階段なので、転落しないようにコウタが少女の手を引いている。
少女が言うには、三階へ登る途中に、塔の外側へ出られる場所を発見したのだそうだ。だが魔物に遭遇してしまい、ここに引き返して一人泣いていたという。
どこから、なぜこんなところに来たんだ?と、エドワードが無骨に訊くと、少女は間を置いて答えを返した。
「私、遠い所から来たの。散歩してる途中、たまたまこの塔に迷い込んで……」
悲しそうに俯く少女に、災難だったなぁ、とコウタが同情の言葉をかける。
エドワードは少女の方には向かずに、顔をしかめた。
遠い所から、散歩――?
少女の一連の発言全てに、違和感を覚えていた。
魔物に発見されて二階まで戻り、一人泣いていたと言っていたが、こんな少女に魔物達が振り切られるだろうか? いや、スライム相手なら可能なのかもしれないが、何かが漠然と引っかかる。
「あれ、あの部屋だ!」
少女は螺旋階段の先に見えた、外壁に設置された扉を指差した。あの中に、塔の外に出る抜け道があるらしい。
引き上げるタイプの石の扉。足元に僅かに取っ手がある。エドワードは屈んで取っ手を掴むと、そのまま動かなくなった。
「――ん? どーしたっぺエドワード。そんなに重いかぁ?」
コウタの言葉にエドワードは、いや、と否定して、ゆっくり言葉を続けた。
そこまで重くはないけど、そこの少女に持ち上げられるとは思えない。
エドワードは立ち上がると、長剣の切っ先を、あろうことか少女へと向けた。
「え、な、何やっとるべさエドワード!?」
焦るコウタを置いて、エドワードは少女の眼を見て語りかける。
この先に抜け道があると、どうやって知った? この石の扉を自力で開けたのか? それにこの塔を外から見たとき、外壁から迫り出してる箇所はなかった。抜け道とはよく言ったもんで、この扉の先は部屋も何もなくただ『外』で、君はここから俺らを突き落とすつもりだったんじゃないのか?
間違っているならそれはそれでいいとエドワードは思っていたが、そう話している最中に確信した。剣を突きつけられて、怯えているように見える少女の瞳の奥底には、恐怖が感じられない。――演技だ。
「お兄ちゃん、何を言ってるの? 私を、助けてくれないの? ローゴンの住処で一人悲しく泣いている、こんな少女を――」
ローゴンという名前は、俺は一度も口にしていない。お前、最初から全て知っていたな?
エドワードがそう言って少女の言葉を遮ると、とうとう少女は、演技を止めた。
「――ビッグホーネット、やれ」
少女がそう呟いた瞬間、エドワードの頭上から羽音が聞こえて来た。一瞬上に目をやると、三匹のビッグホーネットがエドワード達目掛けて降下してきていた。
いま目の前にいる少女の身体からは、明らかに人外だと分かるほどの邪気が放たれている。可愛らしい赤毛のツインテールと白のワンピースとが、ひどくミスマッチに見える。
エドワードはビッグホーネットが近づいてくる前に、少女の首元を斬った。――だが、刃が通らない。
(硬い――!)
エドワードはそのまま剣を振り抜き、勢いに負け押し出された少女は、螺旋階段から落ちていった。
「え、え、どういうことだっぺエドワード!?」
コウタ上だ! 処理するぞ!
パニックになりかけているコウタの意識を、エドワードは無理やりに、上から迫る三匹のビッグホーネットへと向けさせた。