その四 森ゴブリン
コウタはエドワードと並んで歩き、瀕死になっていた経緯を話していた。
「おいら、近くの村に住んでるんだが、食料調達の為に時々この森さ来るんだ。今日だっていつも通り来てた訳なんだけども、ほら、最近この辺の魔物おかしいだろ? この森の魔物も変わっちまってなぁ。見たことないゴブリンがいて、そいつがまたクソ強くってなぁ。やられちまったんだ」
どんなゴブリンだったんだと、エドワードが尋ねる。
「んー、肌の色が赤色だって以外は、普通のミニゴブリンと見た目は同じなんだけども。なんせ素早くてなぁ。枝から枝へシュシュっと動いて、いつの間にか頭殴られてたべ」
そのゴブリンは、世界では森ゴブリンと定義されている種だ。少し前まではハイラント森にはいなかったが、最近住み着いたらしい。
「おいらも、今日はもう村さ帰るべ。エドワードの目指す塔と方角は同じだし、一緒に森を抜けよう。もうあいつと出くわさないといいなぁ」
*
コウタと歩くこと数分。一体のミニゴブリンが、前から襲いかかってきた。
「エドワード、ここはおいらに任せろぉ!」
コウタがくわを振り回して、ミニゴブリンを撃退してくれた。少しハラハラする腕前だが、コウタも戦えるようだ。
「どうだっぺ! これでも村一番のくわ使いなんだべ!」
コウタが自慢げにくわを掲げてエドワードを見るが、エドワードは視線を他の場所に向けていた。
「エドワード?」
森に一陣の風が吹き抜ける。簡単に森を抜けさせてくれないみたいだ、と、エドワードが呟いた。今までとは違う、魔物の気配を感じたのだ。
その直後、コウタの後頭部を、何者かが殴った。
「いでえ!」
殴った何者かはすぐに木の中へと消えていき、姿をくらませた。
エドワードがコウタに駆け寄る。コウタは涙目で後頭部を押さえ、エドワードへ伝える。
「出た! あのゴブリンだ! また出くわしちまった!」
エドワードは周りを見渡す。ガサガサと、周囲の木々の間を飛び回る、赤い影が見えた。森ゴブリンだ。影を目で追おうとするが、速い。追いきれない。
そうしていると、今度はエドワードが後頭部を殴られた。
「ひゃあ、エドワード! なんだべ、後頭部ばかり!」
一発のダメージは思ったよりなかったが、何度も喰らうとさすがにマズそうだ。森ゴブリンが木々の中へ逃げ戻るところまでは目視できるが、木から木へと移動する間の動きは素早く、とても目で追跡はできない。
また、エドワードは頭に一撃を喰らった。血が、頭から一筋垂れてきた。
「ぐぞー、セコイ魔物だべ!」
横でコウタが、悔しそうにくわを握り込んでいる。
森ゴブリンは相手にせず、森を走り抜ける方がいいかとも考えた。が、それではこの先、コウタがこの森で食料を調達することができないままになる。
またエドワードは殴られた。――三発目。
それに、ここまで殴られて、逃げるのはシャクだ。エドワードは意識を集中させ、剣と盾を握る手に力を込めた。
あいつ、気配を殺すのが下手だな。
エドワードはそれに気づいた。思えば最初から気配はダダ漏れだったし、木々の中を這い回るときに音もする。エドワードは目を閉じた。視覚は意味がないのだ。
ザザザ――。
森ゴブリンが移動する音が、鮮明に聞こえる。その気配も分かる。
やがて、動きが止まった。狙いをつけ、木から跳躍し迫ってくる。今度は、コウタの後頭部へ――。
「えっ」
コウタの後頭部に、何かの液体がかかった。それは、森ゴブリンの体液だった。振り返ると、森ゴブリンは空中で、横から伸びてきていた剣に貫かれていた。エドワードが突き刺した剣だ。
剣をなぎ払って森ゴブリンの残骸と体液を飛ばし、エドワードはふぅ、と息をついた。
「た、倒したのか!?」
エドワードは剣を鞘に収めて、こくりと頷く。
「ひゃああ、すっげ〜なおめェ!」
*
エドワードとコウタは、ハイラント森を抜けることができた。久々に感じる直射日光が眩しい。
エドワードは薬草を頬張る。頭から、先ほどのダメージが消えていく。薬草は残り四回分。
「いやぁ、どーなることかと思ったっけど、エドワードのお陰で助かったっぺよ。あんがとなぁ」
エドワードは遠慮がちに笑う。
進行方向には、高くそびえ立つ古い石造りの塔が見えた。あれが、付近の魔物の根城かつ、魔物のボスであるローゴンがいる塔だ。
「あの塔へ行くっぺか?」
エドワードは塔を見たまま頷く。
「じゃあ、おいらもお供するべ!」
コウタはそう言って、力こぶを作っていた。
「助けてくれた恩返しをしねぇとなぁ。ローゴン、だっけか? そいつを倒すまで、一緒に行ってやるっぺよ」
エドワードは危ない、申し訳ないと断ったが、コウタは引き下がらない。最終的にはエドワードが折れて、コウタについてきてもらうことになった。エドワードは、素直にコウタの厚意に感謝することにした。
ハイラント王国周辺の平和のため、ローゴンの待ち受ける塔へ、二人は進んでいった。