その三 ハイラント森
エドワードの視界には今、ビッグホーネットとケチャック、二体の魔物がちょうど収まってくれている。
先に一体をやれたら、どうとでもなる。
毒消し草により体内の毒が浄化されていく感覚を確認しながら、エドワードはビッグホーネットへ意識を集中させた。
あっちが先だ。
狙いを絞り、ビッグホーネットへ向けて駆け出す。だが、ビッグホーネットはあざ笑うように空中へと逃げ、代わりにケチャックが攻撃を仕掛けてきた。鋭い爪で引っ掻きにかかってきたその攻撃を、左手の盾で受ける。
ケチャックは構わず猛襲を続け、その全ての攻撃をエドワードが盾で受け続けた。削られた木製の盾の破片がわずかに飛び散るが、その単調な攻撃では構えた盾を正面から突破はできないようだ。
エドワードはそうしている間でも、意識をビッグホーネットへと向けたままだ。先ほどと同じように、背後から毒針を突き立てんと、ビッグホーネットが急接近してきていることも、横目でしっかりと認識していた。
エドワードが素早く前へ踏み込み、盾でごちんとケチャックを殴った。全身が顔面である一頭身のケチャックは、それをまともに喰らい大いにひるむ。その隙に振り返ったエドワードが、迫り来るビッグホーネットへ再度カウンターを合わせた。
身体への攻撃は効かない。それなら――。
跳んだエドワードが、ビッグホーネットへ長剣を払った。攻撃は空を斬った――かのように見えたが、一閃はビッグホーネットの片方の羽を、根元から斬り落としていた。飛行が維持できずによろよろと地面へと落下したビッグホーネットの頭部を、エドワードが踏みつける。そして、装甲の隙間である頭部と胸部の間へ、剣を突き立てた。びくん、と、一瞬だけ痙攣した後、ビッグホーネットは動きを止めた。
そのタイミングで、やや顔の潰れたケチャックが怒りに任せ突っ込んでくる。エドワードが構えた盾を、懲りずにまた猛烈に切り裂く。ため息をついたエドワードは、再度踏み込んで盾でケチャックの顔面を殴った。
この迎撃方法、使えるな。
ひるんだケチャックを蹴り飛ばし、転んだところへ、剣でのトドメの一撃をお見舞いした。
なんとか、厄介な魔物ペアの戦闘を突破した。消費したのは毒消し草一つのみ。空を見上げて、太陽の位置を確認する。
まだ午前十時くらい。
悪くないペースだ。体力回復の薬草はまだ五つ手付かずで残っており、毒消し草も二つある。すでに普段来ないようなところまで来ているが、幸い見たことのない魔物にも出くわしていない。
昼までにハイラント森を超えたい、と思いながら、エドワードは急ぎ足で、目の前に広がる木々の中へと歩を進めていった。
*
ハイラント森の中へと入ったエドワード。巨大な木々の葉が日光の大部分を遮断し、中は薄暗い。
しばらく歩くと、ミニゴブリン二体と出くわした。連携をとられてやや面倒臭かったが、特に手こずることもなく迎撃に成功した。先ほどのケチャックとビッグホーネットのペアに比べれば断然マシだ。
薬草に使える植物を見つけたりもした。毒消し草を使って空いたスペースに、それを詰め込む。薬草のストックが六回分になった。
さらにしばらく歩くと、一際大きな木の根元に、もたれ掛かって座っている人間を見つけた。見知らぬ男性だ。
こんな所に、人間……?
ゆっくりと近寄ってみると、彼は頭から血を流していた。息はあるようだが、声をかけても揺すっても、「うぅ……」とわずかにうめくだけで、瀕死のようだ。
事情は不明だが、見捨てていく訳にもいかない。ポーチから一回分の薬草を取り出すと、彼の口に含ませた。薬草を飲み込んだ男性は、やがて出血が止まり、顔色も良くなった。薬草には、あらゆるダメージを回復させる効果があるのだ。手持ちは振り出しに戻り、残り五回分。
「大丈夫か」と再び体を揺すり、声をかける。すると男はまぶたを上げ、エドワードと眼を合わせた。
「うわっ、だ、誰だぁ!?」
男は驚き、尻餅をついたまま後ずさった。エドワードは男を落ち着かせ、簡単に事情を説明した。
*
「なんとまぁ、見ず知らずのおいらを助けてくれたっぺか。そりゃ悪かった、ほんとありがとなぁ」
状況を理解した男が、深く頭を下げて礼を言った。
「薬草までくれて、かたじけない。おいら、コウタって言うんだ」
コウタは、エドワードと同じくらいの歳の青年だった。動きやすそうな白い長袖のシャツに、青いズボン。腰にはこげ茶の上着を巻いている。顔にはそばかすがあり、片手には農作業用のやや大きめのくわを持っていた。彼の武器なのだろう。
エドワードも、名を名乗る。
「エドワード、この先の塔に行く為に、森を抜けたいって言ってたっぺか?」
エドワードは首肯する。
「じゃ、気ぃつけろ。この森、妙なゴブリンが住み着いてる。おいらもさっき、そいつにやられたんだべ」