その十一 愛用のくわ
「うはは、軽い軽い、よく飛ぶなぁ」
瓦礫の山へと吹き飛ばされ、身体中を打ち付けたエドワードは、ローゴンがそう笑う声を聞いた。
エドワードの握る長剣が、折れた。ローゴンの前蹴りに耐えられなかったようだ。真ん中あたりから亀裂が広がり、半分の長さでぽっきり折れてしまったのだ。これではほとんど使い物にならない。
視界の端に気配を感じ、エドワードが横を見ると、コウタがそこに倒れていた。頭から血を流し、目を瞑ってぐったりと動かない。
コウタ!
どうやら、落下時に頭を打ってしまったようだ。意識はないが、脈はある。死んではいない。
「お前は、丈夫な人間だなぁ」
前から、のしのしとローゴンが近づいてきている。
ここで、攻撃を受けるわけには――。
倒れるコウタのすぐ前では、自分はローゴンの攻撃を躱しても、コウタに当たってしまう。
エドワードは、折れた剣先をポーチの中にしまい、薬草を取り出し頬張った。そして右手に折れた長剣、左手にコウタ愛用のくわを持ち、前に出てローゴンの正面に立ち塞がる。
「あぁ? 丈夫だが、頭は馬鹿なのか。俺に勝てると思ってんのかよ、何だその目は」
エドワードは思考を停止させた訳でも、自暴自棄になった訳でもなかった。ローゴンを倒そうと――勝とうとしている者の目だ。
ふーっと、大きく息を吐き出す。守らなければならない者がいるという状況が、不思議とエドワードの心身に力を与える。
「気に入らねぇな。それはゴミが俺に向ける目じゃねぇよ!」
空を斬り、自分へと振り下ろされる大斧が、ひどくスローモーションに見えた。
躱せる――いや、反撃できる。
前に入ったエドワードは、大斧を持つローゴンの手へ向けて、コウタのくわを突き立てるように振るった。ローゴン自身が振り下ろした腕の速力が、エドワードのカウンターの威力を跳ね上げる。
「う、あ!?」
大斧はもちろん空振り、その得物を持っていたローゴンの手首に、くわが深く突き刺さった。普通に振るっただけでは、ここまで深くは刺さらなかっただろう。ローゴンの並外れた筋力と単調な攻撃筋を利用してこそだ。
ローゴンが予想外の手の痛みに怯んだ一瞬、エドワードはくわを手放し飛び上がった。右手の、折れた長剣を、一閃。
「あぎゃああ!!」
その一撃は、眉間ごと、ローゴンの両目を斬ってしまった。リーチは短くなったが、まだ剣として使える。あまりの痛みからか、大斧を手放したローゴンは無事な方の腕で目元を覆いながら、盛大に叫び声をあげ、暴れ回る。
ほんの僅か数秒で、致命的なほど戦況は変化した。
暴れ回るローゴンの行動は奇しくも、三階の幅の狭い迷路によって制限されていた。流石にただ身体を当てる程度では、石の壁は破壊できないようだ。視界を奪われ、激痛と動揺でパニックとなり暴れるローゴンは、次第にすぐそばにあった行き止まりへと、ゆっくりと自分から追い込まれていった。前にも横にも動くことができず、盲目の巨体はその場所で、ひたすら叫び身体を揺らすだけとなってしまう。
身体は大きいのに、意外と脆いんだなローゴン
後ろから歩み寄るエドワードは、ポーチから折れた長剣の切っ先を取り出しながら、そう言った。取り出した切っ先の折れた部分を、ぎゅっと強く握りしめる。
エドワードの声に反応したローゴンが、鋭く振り返る。視界は奪われたが、エドワードの存在をそこに感じ取ったのだ。
「てめえぇえ!!」
ローゴンは、エドワードがいるであろう場所へと、抑えていた腕を高速で伸ばす。だが、何かに当たった感触は得られなかった。
エドワードは飛び上がり、腕を避けていた。そして、身動きの取れないローゴンの頭頂部へと――折れた長剣の切っ先を、突き立てた。
「ぐお――」
ふらつくローゴン。致命傷には至っていない、が――エドワードは雄叫びを上げると、ローゴンの頭部に乗りながら、切っ先の折れた部分に向けて拳を打ち込んだ。同時に、ローゴンの身体はぴくりと一瞬痙攣し、そのすぐ後に動きを止めた。だらりと、両腕が下がる。
「何、で? 嘘、だ。俺が、こんな、ゴミに――」
途切れ途切れに、ローゴンが言葉を零す。
折れた長剣の切っ先を深く刺し込んだその拳が、とどめの一撃となった。
自立を無くしたローゴンの身体は重力に引かれ、そのまま瓦礫まみれの地面へと倒れ込んでいった。