そんな気はない
彼は、闇から勝手に産まれてきた。
後に魔物達の王となる彼には、もちろん親はいないし、与えられた名前もない。
たが、その圧倒的な強さから、周囲は彼のことを「魔王」と呼び始めた。その名を笑うものは、彼自身に捻り潰されていった。安直だが強烈なその名はいつしか、魔王のいる世界全土へと轟いていく。
とある日、魔王に予言を伝えたいという者が現れた。
その時代、魔王と匹敵する力を持つと言われていた、魔族の老婆だ。彼女には、あらゆる未来が見えているという。
「いつか、あなたを滅ぼす人間の勇者と仲間達が、ここへ来る」
その予言は、魔王の機嫌を大きく損ね、残念ながら老婆の最期の言葉となってしまった。
密告者により、人間界にもその予言は知れ渡ることになる。
*
我こそ、魔王を討ち亡ぼす勇者。
そう勇み、立ち上がっていった者達が、次々に魔物達に返り討ちにされていく。魔王と相見えることすらできず。
大量の鮮血が、人間界に流れていく。
怒れる魔王は、徐々に人間への攻撃を強くしていった。
焦土と死体が、見る間に増える。
*
やがて、わずか数十年で、人間界の人口は半分ほどにまで減少した。
人間の平和を取り戻してくれる予言の勇者は、本当に存在するのか。もしかすると、勇み足で立ち上がる者達を返り討ちにする、魔王の策略なのではないか。
そんな諦めが、人間界に蔓延し始めていた、そんなとき。
とある王国では、一人の青年が、自身が経営する雑貨屋の売り上げを心配していた。
まさか自分が、魔王を討ち取る日が来るなど、夢にも思わず。