005ー特訓開始と身体能力
タイトルとあらすじを少し改変いたしました。
「うーわ、ここがお前んち? めちゃくちゃすげえな……」
雄斗はぽかんとしながらそう呟いた。
元々銘家だったこと、さらに『魔技士』として成功していることから、東弥の家はかなりの豪邸だった。
「そうですかね? 普通じゃないですか?」
今まで訓練漬けで、誰かの家に遊びに行ったことなどない東弥の感覚は、やはり少しずれているようだ。
「じゃあ、早速道場に行きましょうか」
「お、おう……」
全ての試合が終わった後、東弥たちのクラスはあっさりとその場で解散になった。
「この後って空いていますか? もしよろしければもう今日からお教えしたいのですが」
「いいのか!? そうして貰えるなら願ったりかなったりだよ。まじでありがたい」
「いえいえ。ところで場所なんですが、僕の家に道場があるので……」
「え!? 家に道場があるの!? すごすぎだろ天ヶ崎家……」
東弥のイケメンさ故か男女含めて何人かに誘われた二人だったが、こうして放課後の予定がすぐに決まっていたためそれらを断って二人で東弥の家に向かうことになった。
東弥の最寄り駅にあったファストフード店で軽く昼食を取り、そこから歩くこと数分。
そこにあったのは、まるで絵に描いたような豪邸。
生垣に囲まれ、大きな門があり、その門をくぐるとかなり広い庭が広がっている。
正面にはいわゆる現代的な一軒家があり、おそらく4階建て。
そして左手に目を向けると、なるほど、確かに道場があった。
「ここがお前んち? めちゃくちゃすげえな……」
雄斗がそう呟くのも無理はないだろう。
「そうですかね? 普通じゃないですか?」
東弥がそう返すのは無理があるだろう。
「じゃあ、早速道場に向かいますか」
「お、おう……」
思っていた以上の豪邸さにビビりつつも、雄斗は東弥の後に従った。
あらかじめ学校から持って帰ってきていた戦闘服に着替えた二人は、道場内で向き合っていた。
ちなみに道場内は板の間になっており、裸足ではなくスニーカーを履く仕様になっている。
雄斗はそういった室内用の靴を持ってきていなかったため、東弥の靴を一足借りた次第である。
東弥より少し身長が低い雄斗は、東弥の数年前の靴がちょうどよかったようだ。
「まずは……、何から始めればいいでしょうか……?」
「いや、俺もわかんないんだが……」
東弥は人にものを教えたことがなく、雄斗は戦闘に関してはからっきしだ。
故に二人は、まずどこから始めたらいいかわからずにいた。
「東弥は一番最初にはどんな訓練をしたんだ?」
「いえ、最初の訓練は物心つく前でしたので、あまり記憶になくて……」
「まじかよ……。そりゃあ強いわけだ……」
天ヶ崎家の現当主、つまり東弥の父親は、東弥が物心つく前、そして【特殊技能】が発現する前から彼に訓練を施していた。
つまり東弥は気づいた時にはすでに訓練をしていた状態であったのである。
だから最初にどんな訓練をしていたか、などはあまり覚えていなかった。
「じゃあ一番最近にやったのは?」
「最近ですと……昨日ですね。あれにひたすら打ち込んだりしてました」
そう言うと東弥は、道場の隅の方にある鉄柱を指さした。
「へー、やっぱりこういう家には、サンドバックなんかがあるのか……。なんかすごいな。今まで俺の知らなかった世界って感じだ」
「いえ、あれはサンドバックではなくて、ただの鉄柱ですよ」
「あーそうなんだ。鉄柱ねー……。って、鉄柱!? え? 鉄柱?」
「はい鉄柱です」
「いや、え? 普通打ち込んだりするのってサンドバックだよね? え、あれは?」
「鉄柱です」
やっぱ天ヶ崎家ってやばいのかも。
遅ればせながら雄斗はそう認識した。
(どうしよう……、俺も鉄柱ひたすら殴れ、なんて言われたら……。俺多分死ぬぞ)
戦々恐々とした面持ちの雄斗である。
しかしそんな雄斗に東弥は声をかける。
「大丈夫ですよ。いきなり最初からあれに打ち込めなんて言いませんよ。だって雄斗は武器を使うんですから」
「っていうことは、もし俺が素手で戦う選択をしてたらいきなりあれやらされてた可能性もあるのか……。ナイス、あの時の俺!」
雄斗が過去の自分に感謝していると、東弥がポン、と一つ手を打った。
「そうでした。まずはこれがいいかもしれません」
そう言うと東弥は物置をごそごそと探り始めた。
「ありますかねー、最近全然使ってないですし……。あ! あったあった!」
そういって東弥が持ってきたのは、
「片手剣と、盾……?」
「はい」
雄斗が先ほど戦った相手と同じ武器であった。
「基礎からやるのであれば、これがいいと思ったので」
「そうなのか……。でも俺、でかい剣が使いたいんだが……」
「それは今後でいいです。最初はこれを使って、戦い方というものを学んでください」
「わ、わかった。でも俺盾は使わないんじゃないかと……」
「とりあえずこれをやってください」
「いやでも」
「やってください」
「はい」
そうして東弥と雄斗の訓練が始まった。
まずやったのは、攻撃の防ぎ方。
今まで自分で訓練をしていた雄斗は、素振りなどはしっかりやっていたものの、こうした訓練はしたことがなかった。
「じゃあ、僕が剣を振り下ろしますので、それを防いでみてください」
そう言って東弥は、まっすぐに剣を振り下ろした。
「よっと!」
それに対し、雄斗は盾で垂直に受ける。
数秒膠着したが、しかし東弥が力を籠め始めると徐々に盾が押されていく。
片手だというのに、さすがの筋力だ。
このままでは押されきってしまう。
そう考えた雄斗は、盾をそのまま思いっきり横に振り払った。
「う、うぅ、らぁぁぁ!」
すると、東弥の剣は力がずらされ、雄斗の横をかすめるように振り下ろされた。
一連の流れを受けて、東弥は言った。
「そうです。今の動きです。攻撃は真正面から受け止めてはいけません。相手の力の方が大きかった場合、どうしても負けてしまいます。だから、ずらす、と言ったらいいでしょうか。なんというか、弾くんですよ」
「な、なるほど。そういえば、確かに俺も今日、盾で弾かれたよな……」
身をもって教えられたことで、雄斗は深く納得できていた。
「はい。実戦でも、力が強い【魔物】はたくさんいます。だから真正面から受けるというのはあまり得策ではありません」
「なるほどな……。あれ? でも東弥だって今日攻撃を真正面から打ち砕いていたよな? あれだって弾いた方がよくないか?」
「僕はいいんです」
「いや、でも」
「僕はいいんです」
「そうはいっても」
「いいんです」
「そ、そうか……」
痛みを感じたいだけのドМ野郎のごり押しの末、雄斗の防御訓練が始まった。
東弥が振り下ろし、振り上げ、突く。
これを雄斗は弾く。弾く。弾く。
「内側には弾く受け方と外側に弾く受け方があるんですよ」
とは、東弥の談だ。
内側に弾くと相手はニ撃目が出しにくくなり、外側に弾くと身体が開くためこちらの攻撃が入りやすくなるらしい。
「よく見て、相手の剣の腹を叩くようにして弾いてください」
「押し込もうとしなくても、弾くだけでいいんです。軌道をそらせればいいんですから」
いくつもアドバイスしつつ、訓練は続く。
たまに雄斗が受けるのを失敗することもあったが、そういう場合は東弥が雄斗に当たる寸前に手を止めることで怪我は防がれていた。
そして、ある程度雄斗が慣れてくると次の段階へ。
今度は雄斗も攻撃を出し、攻防一体の訓練へと移行した。
「おらぁ!」
「もっと早く」
「はっ!」
「今のは外側に弾くべきです」
「ぬぅわりゃ!」
「お、少しいい攻撃ですね」
雄斗が突き、東弥が弾く。
そして東弥が振り下ろし、雄斗が弾く。
また雄斗が攻撃をし、東弥が防ぐ。
延々と、延々と。
ひたすらに繰り返した。
最初は少しぎこちなかった雄斗の動きも段々と洗練されていき、防御、そして攻撃への流れによどみが無くなっていく。
――カンカンカンカンカン。
盾と剣がぶつかり合う音が規則的に響き渡る。
休みもなしに、かなりの集中が必要なその訓練を、雄斗は1時間以上続けたのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「大分、いえ、かなり上手になってきましたね、雄斗」
肩で息をしている雄斗に対し、涼しげな顔をしている東弥は流石と言ったところだ。
「それにしても、こんなに長くこの訓練を続けられるとは思ってませんでした。正直、音をあげるまでやろうと思ってたんですけどね……」
不穏なことを言う東弥である。
ちなみに東弥も昔、音をあげるまで、という条件でこれをやったことがある。
しかしその時は後半意識が朦朧とし、さらに恍惚としていた記憶があったので、今まで碌に訓練をしていない雄斗がこの訓練についてこれるとは思っていなかったのだ。
剣を振り続け、盾で受け続ける体力もそうだが、相手の攻撃に冷静に対処する集中力こそ、この訓練で一番きついことである。
「はぁ、はぁ……。俺も結構動き、はぁ、良くなった気が、はぁ、する……」
そう言い終わった後、雄斗は倒れこむように床に座った。
「だぁー! 疲れた!」
「お疲れ様です。それにしても、本当によく続きましたね」
「ああ、一応俺の【特技】はそういうことだからな」
そこで、二人はハタと気づいた。
「そういえば、まだ雄斗の【特技】聞いてませんでしたよね?」
「そう言われてみると、確かにそうだったな……。なんで忘れてたんだろ」
苦笑し合う二人。
なんだかんだで訓練を初めてしまったため、話すタイミングを逃していたようだ。
「で、どんな【特技】なんです?」
「ああ、俺の【特技】は、――『根性』。俺はそう呼んでいる」
「『根性』、ですか……?」
『根性』。
雄斗曰く、自身の限界を超えて動くことができ、自身の限界以上の成果を出せる力。
そもそも【特殊技能】とは、非常に多種多様なものだ。
今や無料で受けられる検査によって、自分に能力が発現しているか、それがどれくらいの規模のものか、そして、大まかにどんなことができるかなどを調べることができる。
それまでの膨大な検査結果から近似した能力を割り出して、その能力がどんなことができるのか大まかに割り出すのだが、どうしても割り出すことが難しい能力があった。
それが、『特殊系』と呼ばれる能力だ。
某国最強の『魔技士』が持つ、『勝利』という能力が有名な一つだろう。
どんな戦いにも必ず勝利する能力。
その強大さから戦いへの介入が制限すらされている、最強の能力。
この能力に代表されるような、それまで近似した能力がない、極めて特殊な能力。
「ある時から急に、集中力が途切れなくなったんだ。それに、体力が切れなくなった。今までできなかったことができるようになった。それでふと検査しに行ってみたら、発現してたんだよ」
もう発現しないって諦めかけてたんだけどな、と雄斗は笑った。
「今までできないことがどんどんできていくんだ。そりゃあもう、最高だったよ」
幼いころ夢見た、『魔技士』になるということ。
【特技】を得たことが分かったその日から、雄斗はこの夢を叶えようとその時自分が持ち上げられるギリギリの重さの大剣を買い、素振りを続けたそうだ。
「なるほど。限界を超えて動ける力ですか。だからあんなに剣が早かったのですね」
「ああ。正直俺は自分でも驚くほど素振りとかに打ち込んだよ」
「じゃあ、もっときつい訓練も大丈夫そうですね」
「まあ、多分な。そういや東弥、普段はどんなトレーニングをしてるんだ? 何もあの鉄柱に打ち込むだけじゃないだろ?」
「普段ですか……。例えば、フットワークですと……」
そう言って東弥は、道場の隅に置いてあるバーベルまで歩いていき、それを持ち上げた。
「よいっしょ。これを持ちながら、前後にステップ、左右にステップ、ジャンプ、などを10分ずつやってます」
「……ところで、それ何キロ?」
「多分50キロとかですかね」
「……」
(化け物だろ……)
限界を超えたとかいうレベルじゃない東弥の訓練に、雄斗は結構本気でビビった。
今ここでそれをやれと言われては敵わないと思った雄斗は話題を変えるために、先ほど東弥がよく殴ってると言っていた鉄柱を指さして、こう言った。
「はは、そんなに足トレーニングしてるなら、もしかしたらあの鉄柱にジャンプで乗れるかもな」
まあ流石にあの高さは無理だろうがな、と自分で否定する雄斗。
ちなみにその鉄柱は2m以上はありそうだった。
しかし、
「あー、やったことはありませんが、もしかしたらいけるかもしれませんね」
そう言って東弥はてくてくと鉄柱に近づくと、無造作にジャンプした。
そして――
「あ、できました」
ひょい、といかにも簡単そうに鉄柱の上に飛び乗っていた。
【魔法】も使わず、それどころか助走すらなくノーモーションで、である。
「化け物だろ……」
雄斗は、先ほどは心の中にとどめた言葉を声に出さずにはいられなかった。
そして雄斗はこう言った。
「東弥。3か月だ。俺は、3か月でお前に追いつくよ」
――雄斗と東弥の地獄の特訓が始まる。
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