003ー試合開始とやばい奴
「みんな揃ったっぽいな。じゃ、そろそろ始めるぞ」
片桐は集まった生徒をざっと見渡してそう言った。
「えー、これから名前を呼ぶ二人で戦ってもらう。その二人は入試の実技の成績が大体同じくらいの奴で組んでるらしいから、まあいい戦いしろよ」
片桐は手元にある資料を読み上げる。
「試合は3分間。有効打があったと思ったら俺が声かけるから、熱中し過ぎないように。声かけたらちゃんと止まれよ」
そして、男子はこっちの、女子はこっちのフィールドを使えよ、と片桐は指をさした。
ちなみに闘技場はこの学校に第一から第三まで3つあり、それぞれに16m四方の平らなフィールドが4つ、32m四方で障害物等が置いてあるフィールドが2つある。
今回使われるのは大きい方のフィールド二つだ。
「防具とかは今のうちにつけとけよ。あー、武器使いたいやつは備品室に木製のがあるから持っていけ」
片桐の声を受け、東弥ヘッドギアやグローブ、脛当てなどの防具と【端末】を装着した。
【端末】。魔力によって【特殊技能】を再現する【魔法】を発動させるときに、それを補助する機械だ。
大きさや形状は様々で、多くは東弥がつけているような腕輪型だったりする。
東弥は事情があって攻撃魔法が全く使えないのだが、それでも実戦の時は欠かさず着用するようにしていた。
東弥は武器は使用しないが、やはり使う人は多かったようで何人もが備品室に入っていく。
その中には先ほど東弥と仲良くなっていた渡辺雄斗青年の姿もあった。
「渡辺さんはそれを使うんですね」
戻ってきた雄斗に東弥は尋ねた。
雄斗が持ってきたのはバスターソードと言われるようなサイズの、両手剣にも片手剣にも使える剣だった。
「雄斗でいいって。あ、俺も東弥って呼ぶな」
「それって扱い難しくないですか?」
「んー、まあそうなんだけどなー」
雄斗は答える。
魔技士はやはり魔法がメインであり、【端末】の操作が難しくなるような手がふさがるものはあまり好まれていなかった。
「俺、魔法がほとんど使えないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺本当は技術職志望でさ、この前【特殊技能】が発現しなかったら多分、魔技士になろうとも思ってなかったと思う」
【特殊技能】が発現する時期には個人差があり、早い人はそれこそ氷宮澪のように生まれて間もなくという場合もあり、遅い人は15歳になっても発現しないこともある。
ちなみに【特殊技能】は発現しない人も多く、15歳まで発現しなかった人は大体が一生発現しないと考えてもよかった。
そんな中雄斗は3か月ほど前、丁度15歳の誕生日を迎えようとしていた時に能力が発現した。
「そういえば、雄斗さんはどんな【特殊技能】を?」
「雄斗でいいって。でまあ俺の【特殊技能】はちょっと変わっているんだが――」
そこで片桐が全体に声をかけたため会話はいったん中断せざるをえなかった。
「みんな準備できたな。それじゃあ名前を呼ばれたやつはフィールドに上がってくれ。まずA面。えー飯塚哲、長谷部鋼太。で、えーB面日向美咲――」
どうやら試合が始まるようだった。
飯塚哲。そうだ飯塚哲だ、とザル頭は名前を再確認した。
「3分間一本勝負。よーい、はじめ」
片桐がそう言って手を打ち鳴らすと、そこからただの拍手とは思えないほどの爆音が鳴った。
音の振動を増幅させたのだろう。
しかし【端末】を操作する様子が見えなかったことに、東弥は少し感心していた。
先に述べたように、【端末】は魔法を発動する補助をするための道具だ。
【端末】を使った方が魔法が使いやすくなる上に安全性も増すため学生のうちは着用を義務付けられているが、それを使わなくなるにも厳しい試験を受ける必要があるのだ。
きっと片桐は【端末】を使わなくても使うのと同じくらいかそれ以上の精度の魔法が使えるのだろう、と東弥は思った。
再びフィールドに視線を向けると、そこではすでに戦いが始まっていた。
A面、男子が戦うフィールドでは、片方が岩を大砲のように打ち込み、もう片方はそれを障害物を使って避けるということが続いていた。
どうやら飯塚の【特殊技能】は念動力系のようで、避けられた岩は相手を追尾して攻撃を仕掛けてくるので相手は大分難儀していた。
「ったく、哲の【特技】はまじで厄介だな! 全然近寄れねえや」
「お前の怪力でぶん殴られたらおしまいだからな」
どうやら二人は知り合いのようだ。
飯塚じゃない方、長谷部は身体能力増幅系の【特殊技能】を持っているのかもしれない、と東弥は考察した。
長谷部は片手剣のようなものを持っており、時折それで岩を砕いたりしていた。
「あの飯塚ってやつ、結構強そうだな」
「ええ。念動力系は遠距離が厄介ですからね。ただ、いつまで集中力が続くかどうか……」
その後似たような攻防が繰り返されたあと、段々と飯塚の飛ばす弾数が少なくなってきた途端、障害物に身を潜めていた長谷部が一気に踊り出し、その木剣で身を守りながら飯塚に接近していった。
「やっべ!」
飯塚がそう言いながら端末を操作すると飯塚の前に大きい炎の壁ができる。
それを見て急ブレーキをかけた長谷部だったが、彼も端末を操作して水を放射した。
段々と炎の壁が沈下されていく。
「これで終わりだ!」
近づく長谷部に【端末】を操作しようとした飯塚だったが、間に合わずに長谷部の木剣をくらってしまう。
そこで――
「A面そこまで」
片桐の声がかかり勝負が決した。
B面はまだ試合が続いているようだったが、片方が打った魔法をもう片方が的確に対処していくという地味な絵面が続いていた。
「A面結構いい勝負だったな! B面は……ちょっと地味か?」
「いや、あの奥の方で魔法を迎え撃ってる方、きっと大分強いですよ。どうやら本気を出していないようですが、本気を出したら多分あっという間に勝負が決するでしょうね」
東弥は様々な訓練をしていたため、強さもある程度見抜けるようになっていた。
しかしB面はそのまま大きな動きがなく、時間切れのため引き分けで終わった。
ーーーーー
その後も試合はいくつか続き、東弥は雄斗と試合についてあーでもないこーでもないと話しながら観戦していると、ついに東弥の名前が呼ばれた。
「はあ、長えよ……。だから教師にはなりたくなかったんだ……。えー、次、A面漂浪渚、天ヶ崎東弥」
「お、呼ばれたな。頑張って来いよ」
「はい、いってきます」
雄斗にそう告げて東弥はフィールドに上がる。
相手は確か漂浪渚といった。
どんな相手だろうかと待っていると、一人の男がフィールドに上がってきた。
肌は真っ白でガリガリに痩せており、背中は大きく曲がった猫背。
不健康を絵に描いたような人間だった。
(強い、のか……?)
片桐は入試の実技の結果をもとに試合を割り振ったという。
つまりこの不健康そうな男は東弥と同じくらい強いということになるが……。
などと考え事をしていると、その不健康そうな男が声を荒げて東弥に話しかけた。
「おいお前! 天ヶ崎だかなんだか知らねえが、調子に乗るなよ! いちばん強いのは俺なんだ!」
「はい、そう思います」
何を言っているかわからなかったため東弥は適当な受け答えをする。
「そうか! だから僕が倒す!」
「はい、よろしくお願いします」
話が全くかみ合っていない。
なんというか、マジキチ同士の会話という感じがする。
その時、片桐から声がかかった。
「はーい、はじめ」
その瞬間、渚が真っすぐ東弥に腕を振り下ろした。
東弥が警戒を高めると、渚の後ろに水色の爆炎が上がる。
「俺は漂浪渚! 強い!」
どうやら、自己紹介のようだった。
「はい、僕は天ヶ崎東弥です。僕もそれなりに強いと思います」
自己紹介で返した東弥だったが、さらに渚に対する警戒心を強めていた。
今の爆炎、【端末】を操作した様子がなかった。
腕を見てみると確かに装着はしているものの、それを使っていない。
となるとこれが彼の【特殊技能】なのかと考えたのもつかの間、渚が右足で地団太を踏み、東弥を突風が襲った。
「びゅわぁぁぁぁぁん!」
渚が大声で何か叫んでいる。
東弥は体勢を立て直しながら相手の動きに注目した。
「ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃぃん、ばぁん!」
渚が叫びながら大きくお辞儀をすると、東弥の足元に魔力がうずいた。
危ない、と飛びのくと、東弥がいた場所に岩の柱が突き出ていた。
(動きが全く読めない……)
こんなに癖がある人と戦うのは初めてだ、と東弥は思う。
とにかく苦手な遠距離は避けて接近しよう。
「しゅぽん……」
渚が呟くと、ドッチボール大の岩が東弥に向かってかなりの速度で飛んできた。
速いな、と思いつつそれを東弥は半身になりながら強引に右手でキャッチする。
ごきっと肩が外れる音がしてドМは興奮した。
しかしそれもドМの【特殊技能】によってすぐ再生され、それを確認したドМはその岩を渚に向かってぶん投げた。
東弥の筋力によって放たれたそれは、渚の魔法よりも速く飛んでいく。
「うっわやっべっべっべ」
しかし渚は後ろに倒れることでそれをかわし、すぐさま跳ね起きる。
「よいしょっと」
だがその隙に東弥は渚に接近していた。
「ハッ」
小さく息を吐き出し、渚の腹に向かって右拳突き出した。
しかし――
「ばしっとしてばーん!」
東弥の拳を渚は払いのけ、そのままの流れで東弥の頭を右足で蹴りぬいた。
東弥は避けるか迷ったものの、結局その攻撃を喰らうことにする。
しかし東弥には全くダメージが入らなかった。
首も鍛えられているためわずかに揺らぐことすらせず、ただドМ心がくすぐられただけである。
「今のはいい攻撃ですね」
東弥は笑みを浮かべながら言い放つ。
「なにっ!? 効いてない……だと!? ならばっ! あたたたたたたたたた」
渚は左、右と交互に拳を突き出した。
しかし東弥はそれを左手だけではじき続け、反撃として右拳を突き出した。
(うるさいですね)
それを渚は目の前に岩の壁を作り出すことで防ごうとするが、東弥の拳はすぐにそれを打ち砕き、壁の先にいる渚に向かって回し蹴りを繰り出そうとする。
だが渚は壁の後ろでしゃがみこんでたようで、東弥の蹴りは空を切る。
「ロケットぉぉぉぉぉ!」
東弥が体勢を立て直そうとしたその時、渚が叫びながら、まさしくロケットのように地面から飛び出してきた。
魔法を使ったのか、渚のいた地面が隆起している。
そのまま高く飛び上がった渚は、石のつぶてを無数に発射した。
「だららららららららら!」
それを東弥は一つ一つ見切り、その全てを目にもとまらぬ速さの拳で打ち砕いた。
一つ一つ見切れるのである。
打ち砕くのではなく避ければいいのだが、それが彼のドМたる所以だった。
そもそも人の拳は固いものを殴れるようにはできていない。
だから多くの魔技士は武器を使うのである。
全てのつぶてを打ち砕いた時には、東弥の両手はグローブの下でひしゃげ、醜く腫れあがっていた。
(ああ、とてもいい……)
今日一興奮したドМである。
しかし、もう大分時間が経過している。
(そろそろ決着をつけましょうか)
東弥は地面に着地した渚に向かって強く踏み込み、その勢いのままぶん殴ろうとする。
「両手をクロスして後ろに飛ぶっ!!」
渚は口に出した通り、身体の前で両手をクロスして東弥の拳を受け、後ろに跳ぶことで衝撃をいなした。
(彼は、少し変わっているのかもしれない)
誰がどう見ても頭がおかしい渚に対して、東弥はようやくそういう認識をし始めた。
そんな東弥はまた渚に向かって踏み込んだ。
渚は先ほど後ろに跳んだことによってフィールドの端に追い詰められていた。
もうあの避け方はできまい。
「これで終わりです」
東弥は渚に向かって左、右と拳を打ち、時には蹴りを交えて攻撃を加えていく。
最初は対応していた渚だったが、その猛攻に次第についていけなくなっていく。
「とりゃぁぁぁぁ、です」
東弥は渚の真似をしてそう叫びながら、渚の頭を蹴りぬいた。
渚はそのまま場外までふっとび、碌に受け身も取れずに地面に激突した。
どうやら気絶しているようで、ピクリとも動かず倒れている。
「A面そこまで」
片桐からの声。
その声が耳に入るや否や、東弥は倒れている渚に駆け寄り、【端末】を操作した。
すると――
渚の身体にできていた傷が、打ち身が、見る間に治っていき、ぐったりとしていた四肢に力が戻っていく。
そのまま数秒待つと渚はうっすらと目を開けた。
「大丈夫ですか?」
東弥が問いかけると幾度か瞬きをした後、こう叫んだ。
「覚えてろよ――――!」
そう言いながらゆっくり歩いていく渚。
(やっぱり、少し変わっていますね……)
どう考えても少しではないが、対人経験の少ない東弥は心の中でそう呟いた。
明日から数日家を空けるので投稿できません。