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私の作文

おとなとは何か。


先生がこれを題目にして書けというので、自分なりに考えました。

私は、客観的にどうみても子供の部類です。なぜなら背がまだ150センチメートルしかないから。あれ、でもよく考えたら背の低い大人なんていくらでもいますね。それじゃあしぐさや動作が落ち着いたらでしょうか。でも無邪気で落ち着きのない大人もいますよね。

敬語が上手に使えるようになったら?お酒が飲めるようになったら?煙草の銘柄が3つ以上見分けられるようになったら?


ああ、やっぱり私にはよくわかりません。ひとつ例えば、もしも例を挙げるならば、私は景色を受け入れることだと言いたいです。

いつも誰かに守られて育っている私にも、時には悩むことがあります。嫌なこともあります。そしてそれを乗り越えたり受け入れる度に、昨日まで見えていた世界が変わることがあります。

風になびく木々や、人の生きざまや、大きなビル。色々なものが、昨日までのそれと違うように見えるのです。

それは、景色が変わったのでしょうか。いやたぶん、私自身が変わったのだと思うのです。


そうやって辛抱強く待つことや、誰かのために笑顔で居続けることが、私を通じて何かを変えていくのかもしれない。

それを私はずっと見続けていくでしょう。この命が尽きるまで。


おとなとはそういうものだと思いたいです。だとしたら私はまだまだ景色を知らなすぎるのでしょう。これからたくさんの絶望や希望の色を知っていくでしょう。

そうしていつのまにかたくさんの写真を撮り、胸に秘めて、いつのまにかおとなというものになるのだと思うのです。


先生はいつもこう言います。「小さな悪には重い罰を」と。

先生はとても厳しいです。私たちにだけではなく、きっと誰にでも厳しい。

そういう答えもいいと思います。

私とは向いている方向は違うかもしれないけど。


先生は、私の自慢のロングヘアーを、消ゴムを忘れた罰だとざっくり切ったのを覚えていますか。

先生は、袖まくりを行儀が悪いと、私の頬を力強く殴ったのを覚えていますか。

先生。先生。

大人は正義なのですか、何が悪ですか。もしも勧善懲悪の世界なら、私たちが何をしたと言うのでしょうか。

ここに書くにも値しない私のささやかな悪行を、あなたは厳しすぎる強さで律しました。あなたこそが正義なのだと絶対的な大人なのだと。


私の景色は今日も変わる。そしてこの作文が納められるタイムカプセルが掘り起こされる10年後、それまでに、どうか。どうかあなたに天罰を。

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