絢という少女2
「すみません。お巡りさん。最近不審者に付きまとわれているんですが、どうか、手助けをお願いいたしてもよろしいでしょうか」
幼い子供が無理に背伸びをして、丁寧な言葉使いをしようと意識しているせいなのか、言葉に不自然な面が見受けられたが、言っていることは穏やかではない。
最近では、新聞やテレビで幼女を誘拐されるなんて記事が増え始めた、日本の犯罪率増加を内心で愚痴りながらも、この口調から、悪戯の路線も捨てきれないなという思いは心の内に、出来る限り神妙な顔立ちで少女に相対する。
「それは、一体どういうことかな」
「2,3日前から、男の子がずっと私の後をつけまわしているのです。これが俗に言うストーカーというものでございましょうか。今も、あの路地裏に潜んでいますね。どうか、丁重に処分して頂きたく存じ上げます」
悪戯であったとしても、歩いて一分とかからずに、行ける場所だ。
(これなら、悪戯でも大して問題ないな)
そう判断したからこそ、彼女が指し示した場所、2、30歩離れた路地裏へと歩き出す。
だが、実際に一歩一歩近づいていくと、何者かがそこにいるのが感じ取れてしまう。
幼女をつけ回す行動はまさに犯罪者。前に進むごとに神経を研ぎ澄まし、犯人を目に捉えた段階で、緊張の糸が一気にゆるんだ。
そこには、依頼してきた少女と同じ年頃の少年。
今までの緊張が途端にバカバカしいものになる。
気になっている子に、声を掛けたいのに掛けらず、ウジウジしている男の子。
彼の中で男の子は、そう定義された。
二度目の生を歩んでいるとも知らずに、女の子に向けている感情が、純粋な思い出はない事に気づきもせず、自らの世界の少年感に基づいて決定を降したのだ。
「君、ちょっといいか」
◆ ◆ ◆ ◆
えっ、何で!? 何で!!
混乱のさなかに俺はいた。目の前には警察官。優しげに話しかけているというのが唯一の救いではあるが、前世では精々が道を聞いた事がある程度の関係性しか持たなかった職種、むしろ、それ以外では関わり合いになりたくない!! そんな人種に声をかけられた。
精神年齢的には大人の俺には、かなりきつい。
「君、ちょっといいか」そんな一言とともに、手を握られて、交番の中に連れ込まれる。
これが、警察官以外だったら誘拐を疑って逃亡したのだろうが、その点は心配しなくともいいだろう。
「実は、この子から、ストーカー騒ぎの相談を受けていてね。このままだったら、君を通報しなければならないんだよ。けれど、もし両方が同意の上だったら、訴えを取り消すことも可能だ、どうかね?」
畜生、今まで散々格好良い登場をするためにスタンバッていたというのに、何だこのグダグダ感は。
このままでは、幼馴染キャラと同様、彼女とのフラグ構築も失敗に終わる、それだけはなんとしても、避けなければ
「初めましてですね。どうぞお掛に成ってください。ストーカーさん」やばい、取り付く暇もない。
「待て、俺は、ストーカーなんかでは断じてない」
「うっせんだよ!! あっ、コホン。何が、違うのでございましょうか。ここ数日間私の後をまるでコバンザメのようにつき回していたと存じ上げます」今一瞬何か聞こえた。
「違うから。たまたま、たまたまだから。偶然君が向かう先と同じ所に向かっていただけだから。俺は無実だ。というか、コバンザメってなんだよ。俺は断じて強者に媚びへつらったりしないね」
「成程、では、アブラムシ!? 金魚の糞!? 寄生虫ですか?」
「俺は余分なものでも、寄生虫でもない!! 九条一谷だ」
「反省の色なしかよ!! コホン、それで、犯罪者さん、ここは、専門用語で、この落とし前はどうしてくれんだ」
「やくざ映画か、やくざ映画なのか!! そんな変な口調を学んだのは!! さっきから言っているように、俺は犯罪者では断じてないぞ」
「自分は犯罪者ではない、俺は無罪だ。知っていますか、罪を犯した人物は決まってそういう事を。最近の犯罪者は、その程度の言い訳しか出来ないのですね。これもゆとり世代の罪、国語力の低下による語彙の減少の弊害なのですか」
「なら言わせて貰おう、俺はやってない。どうだ、語彙の不足は見られないだ・・・・・・」
全てを言い終わる前に、目の前の少女の手が伸びてきて、舌を掴み取る。口の中の遺物を、唾液が濡らす。
「黙れ!! 犯罪者」反論しようにも、声が出ない、さすがにこれはまずいと感じたのか、先程まで温かく見守っていたお巡りさんが慌てて止めに入る。
彼女が手を放すと、指から垂れた唾液が、銀の線を作りだす。
そこに、何とも言えないエロスを感じている俺は、重症かもしれない。
まさか、俺はM。なんか新しい世界が開拓されそうになっているが、違うとも同時に思った。
「何すんだ、暴力女」
思わず、手を振り上げてしまった。だが、寸前のところで耐える。ここは、交番だぞ、面倒事を起こすな。
それが、腕を止めた最初の理由。腕を止めたなら、改めて目の前の少女の姿が映った。
まだ幼い、小学生にも通っていないような年齢。
それを見ると自分は大人だという自負が湧き上がってくる。
大きく息を吸って吐く。そうすることで、だいぶ落ち着いた。
「まったく、そんなにツンツンすんなって」
「なに、付き纏っといて、開き直り、キモインだけど」
この尼。再び衝動が湧き上がる。
俺は大人、俺は大人、俺は大人。自分自身を落ち着かせるために、念仏のように、俺は大人コール。
ここまで、虚仮にされたのだ。もともとヒロインでもないし、さっさと別れてもいはずなのに、不思議とそうは思えなかった。
それは、一言で言うならばティンときたというやつ。原作では、気弱で優しい子という設定だったのだが、彼女の幼少の事なんてよく知らない。
こんな性格だったというのは知らなかった。転生という特殊な条件下によって、独特な世界観を持った俺と、幼い頃から力を自覚しているため独自の世界観を持った彼女。
シンパシーを感じたのだ。
なんとなく馬が合うというのはこういうことか。
「とりあえず、お前、キャラ統一しとけよな。さっきから、キャラブレまくっているぞ」
「それで、この、ストーカーさんはいつになったらお縄につくこととなるのですか」
場を和ませるための提案は無視されたが、先程までの粗暴な様子とは打って変わって、今度は慇懃なほど丁寧な口調。
俺の言葉に意識を向けている証拠だ。
「まあ、まあ、二人とも落ち着いて。おじさん、ちょっとこれから外に出かけるからちょっとここで留守番お願いしてもいいかな」
この人は、俺の事を素直に好意を伝える事が出来ない子供として捉えているのだろう。そして、これ程までに自分の容姿に感謝したこともない、もし、元の容姿のままだったら、この人は間違いなく俺をムショに追いやったのだろうが、今の俺は単なる子供。
「そう、まぁ、わかりました。お巡りさんがそう言うなら」
きっと彼は善人なのだろう、今のやりとりだけどそれが見て取れた。
職務には厳格だし、それでいて、茶目っ気もある、きっと彼はみんなから慕われているいいお巡りさんなのだろう。
でも、それを素直に喜べない、なにせ、精神年齢大人の俺がこんな状況に追い込まれたのだから、ショックは計り知れない。
「ところで、ストーカー君。世の中には子供だから許されるってこと本当に多いと存じ上げますが。どうお考えでございましょうか」
何が言いたい!?
「子供にだって許されないこと幾らでもあるぞ」
「そうでしょうか、例えば、女湯に突入する。これは子供にしか出来ない行為だと存じ上げますが、大人がやれば犯罪行為。他人に罵倒をぶつけても、口喧嘩、大人なら名誉棄損。他人に付き纏ったとしても、子供なら素直になれない痛い子、大人なら、ストーカー、この違いはどこから来るのでしょうか」
「知るかよ!!」
「だが、あなたの罪はそこにあります。あなたの行為は子供特有の無邪気さから行われたのですが、犯罪性を頭の片隅にも残していなかったのですよ」
これは、説教か? それとも禅問答の一種か? 一歩高い所から、こちらを見下しているような感じがする。
「あなたはまさに、溝鼠といってもよいですよね。こそこそこそこそ、人の周りを嗅ぎ回って、ミッキーマウスなら愛嬌があって許せるというのに、あなたの行為は許せない、その違いはどこから来るのでございましょう」
「おい、ミッキーマウスをそこらの鼠と一緒にするな」
「なら、クマのプーさんに格上げですね」
溝鼠から熊、今一基準が分からないが言わなければならないことがある。
「お前、それ、プーさんの語源知っているから言ってないよな」
―――チッ
舌打ちしやがったこいつ。意外と知られていない、クマのプーさんの忌まわしき名前の由来。あれと同一視だと!?
「あなたに、プーさんの何が分かる!! すごいのよ、プーさんは」
キャラ統一しろと言われてから、お淑やか路線を走ってきたのに、もう崩れ去ったか。
「いや、別に嫌いじゃないぞ、プーさん」
「そう、ならいいですよ」
こいつ、プーさんのファンか? ようやく話のとっかかりが見つかった。
「お前、好きなのか、プーさん?」
「それ程でも、ただ、犬畜生にも劣るごみ屑が、高名な人物を貶していたものですから、つい」
分かる、分かるぞ、彼女の表情、今にもこちらに唾を吐き捨てそうなそんな感じ。
きっと、彼女は俺のストーカー行為をさらに面白おかしく断罪しようとしたのだろう。
だが、それは起こらなかった、彼女が突然倒れたから。
◆ ◆ ◆ ◆
俺の声に反応してか、すぐさまお巡りさんが駆けつけてくれた。
交番の奥、ただじっと、誰かが訪れるのを待っている、お巡りさんが過ごしやすい様に作られた空間に、彼女は運ばれた。
額に手を触れると、熱があるなと呟いたのを聞いて、それに倣い体温を測ると確かにほんのりと熱かった。
先程までは元気いっぱいだったというのに、改めて、見ると、顔全体が赤く染まっている。
なんだろう、この感じ、ドキドキする。
なんというかそう、女の子が顔を赤らめ、ハァハァしてるのを見るとこう、邪な感情、そんなものは感じないが、庇護欲、そう、庇護欲が湧き上がってくる。
エロティックだ。
しかし、手を出そうなどとは欠片も思えない。
まさか、そうか、この状況。これがイエスロリータノータッチてやつなのか。
晴れやかな爽快感が全身を駆け巡る。きっと、菩提樹の元悟りを開いた釈迦もこのような気持ちだったに違いない。
流石にこんな状態になると心配もする。何もする事がなく、ただじっとしていると、思考が変な方向に向かうもので、その罠に見事にはまったというわけだ。
そんなハイになった状態も、彼女の意識が再浮上し、蔑んだような目で見られて吹き飛んだ。
実際には体調が思わしくなかったので、目がうつろになっていただけなのだろう。
それでも、考えていたのが考えていたことなので、不安になるものだ。
今の状態は冷水を浴びせられたという所か。
「え~と、その、大丈夫か」
どうしよう、さっきまでの興奮の揺り返しが今になってきやがった。
なんとなく、気まずい。
それも、俺が声をかけたことによって、彼女が目を覚ましいたのに気がついた、お巡りさんが声をかけたことによって。終わりを告げる。
彼女の体調の確認やら個人情報の聞き取りを行うのだろうが、大人としての意識が、それを聞くべきではないと、判断を下す。
そそくさと、外に脚を向けると、交番の外壁に体重をかけ楽な姿勢をとる。
まだか、まだかと、空を流れ行く浮雲に思いを託しながら待っていると、先程のお巡りさんが、彼女を連れ、外に出てきた。
「これから、彼女を家に送るんだけど、君もどうだい」
そう言いながら、交番の横にあるスペースに設けられた駐車場に、置いてある車一台に鍵を回し、彼女を助手席に乗せると、そのまま後ろの後部座席を開けた。
誘いは勧誘という形だったが、どうやら半強制らしい。
備え付けられているカーナビに、彼女から教わったであろう住所を入力すると車は出発した。子供の足だ、病み上がりの彼女を優先して、遠回りになったとしても大したことはないと考えたのだろう。
車の前と後ろ。
距離的には大したことはないが、どうしても隔たりを感じてしまう。
「その、体、大丈夫か」
「何ともありませんよ」
「そうか」
ややぶっきらぼうながらも、意識ははっきりしているようで、ちゃんとした会話になっている。
いきなり倒れたから心配したものの、本当に大丈夫そうだ。
「あの、つかぬ事をお伺いいたしますが、莉奈、私の妹にあったことはございませんか」
「・・・・・・? 会った事はないな」
原作では見たが、出会ってはいないはずだ。
「そうですか、では、六角形の迷宮に気をつけて」
「どう言う意味だよ」
生憎、その問の答えを聞くことは終になかった。
疲れが今更になって出てきたのだろう。いつの間にか、可愛らしい、寝息を立て彼女は眠っていたのだから。
俺自身も、単なる寝言と割り切って、記憶の奥底に封をして。
今回は会話が結構出せたぞ!!