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■ 7話










「ごめんな璃々世、痛くないか?」



 養護の先生に処置してもらった後、ふたりは帰途についていた。



 璃々世の白い膝頭には絆創膏がはられており、けがも大したことはない様子だ。由はそのぐらいの処置でだいじょうぶなのかと、真っ青になって抗議したのだが、養護教諭は由の反論をぴしゃりとさえぎった。



 由の心配は大げさすぎるもので、骨折でもしたのかという口ぶりだったのだ。



 しかしながら、由は納得できず、璃々世をおんぶして帰ろうかと進言したのだが、さすがに彼女の方が断って今にいたる。



「……どうして由ちゃんが謝るの? 由ちゃんは、悪くない」



 きょとんとした大きなひとみで見つめられて、由は思わずどぎまぎしてしまう。夕日を受ける彼女のひとみは、ひときわ輝いて見えた。思わず吸い込まれてしまいそうな、ガラス玉のようなひとみだ。



「おれは、璃々世を護るって誓ったから。だから、おれがしっかりしていなかったのが悪いよ」



 少し考えるような間があってから、璃々世はぽつりぽつりと言葉をつないだ。



「……由ちゃんが、帰ってきてくれて、とってもうれしい。でも……昔から、由ちゃんは、みんなのまんなか、だから……」



「まんなか?」



 足を止め、由は彼女を見つめる。璃々世はゆっくりと頭を縦にふった。



「由ちゃんは……昔から、みんなの中心で、わたしのあこがれ……。でも、たまに……遠くに、感じるから……」



「そんなこと絶対にない」



 思いもよらない発言に、由ははっきりとした口調で続けた。



「おれの中心は、昔からずっと璃々世だよ」



 由は、彼女の手に自分の両手を重ねる。まつげをまたたいていた璃々世は、次第にそっと笑みを広げた。普段、あまり表情を出さない璃々世がほほえむと、かなりの変化に見えた。



 花が咲きほころんだような笑顔に、由は思わず顔をほてらせる。それがわかって、由はとっさに顔をそむけてしまった。



 大きなひとみでこちらを見つめていた璃々世は、心配そうに顔を近づけてくる。



「由ちゃん、どうしたの? 具合、悪い?」



「な、何でもないよ。だいじょうぶ」



 彼女が近づくと、ほんのりと甘い香りさえ漂ってくる。



 画面越しに見つめていただけで、あんなにもしあわせな気分になっていた。そして、今、その彼女が目の前にいるのだ。どぎまぎせずにはいられなかった。



 結局、昔から変わらず、自分の中心はこの愛らしい少女なのである。きっと、これからもずっと。















   *   *   *




 前泉すみれは、自分の容姿のことを理解しているし、それを武器にもしている。街で声をかけられることは、日常茶飯事だ。



 はっきり言ってすみれのおめがねにかなう男は、そうそう現れなかったのが、声をかけられる自分を自慢にも思っていた。



 しかし、今日ほどうんざりしたことは、今までなかった。



 休日に街に買い物に出ていたすみれは、見知らぬ青年たちに声をかけられたのだ。もちろん、自分を安売りするつもりもないので断ったのだが、今日の男たちはたいへんしつこかった。



 断っても断っても、追い縋ってくるのである。



「もう、しつこいって言っているでしょ」



 強気な彼女は、いらいらとした態度を隠さずに相手に言った。足蹴にでもしかねない勢いだったが、相手はひるむ様子もない。



「ちょっと遊ばないかって言ってるだけじゃん」



「そうそう、どうせ暇なんだろ」



 逆ににやにやとして行く手を阻むありさまだ。



 声をかけてきたふたりの青年は、そこそこにかっこいいのだが、非常に素行の悪そうな見た目をしている。何より、自分に対して自信満々だ。



 同族嫌悪というべきか、すみれはこの手の男が大嫌いだった。



「ちょっと、このわたしに声をかけるなんて、百万年早いのよ。そもそも、暇じゃないっつうの」



 青年が手をのばしてきたので、すみれは思わず彼の手を振り払った。軽く当たった程度だったが、ふたりは大げさに口を開く。



「おいおい、乱暴だなあ。見ろよ、ここ、怪我しちゃったじゃん」



「あーあ、こりゃあ責任とって一緒に来てもらわないとなあ」



「なっ……」



 どう見ても怪我などしていなかった。すみれは反論しようとしたが、それより早く青年のひとりの手が肩をつかんだ。今度は力が強く、とても振り払うことはできそうにない。周囲でこわごわと見守る人たちはいるが、助けてくれる様子はなかった。



「あれ、先輩」



 そのとき、間の抜けた声がかかった。すみれがそちらを振り向くと、見知らぬ青年が立っている。漆黒の髪がさらさらと流れており、のびやかな手足をしていた。テーラードジャケットにカットソー、チノパンという服装はラフだが、彼に非常に似合っている。背はそこまで高くないが、大きな目が印象的で、さわやかな容姿がひと目をひきつけた。



「どうしたんですか、こんなところで」



 親しげに笑いかけてくる青年だが、すみれはぽかんとしていた。ふたりの青年も思わず足を止めてしまっている。



「……だれ、あんた」



 すみれはつりあがった大きなひとみを、疑わしげにまたたいた。青年は驚いて、きょとんとしている。



「あれ? この前会ったじゃないですか。津金澤です。忘れちゃいました?」



「つかねざわ……?」



 眉を寄せて考えこんだが、すみれはまったく思い出せなかった。ナンパしてきた男に、そんな人物はいただろうか。そもそも、この青年に声をかけられたら、けっしてふったりしないと思うのだが。



 妙な静けさがおとずれたが、一番先に口を開いたのはすみれを取り囲んでいたナンパ男だった。



「おい、おまえ。横取りすんなよ」



 彼は腹を立て、津金澤と名乗った青年の肩に手を置く。顔を近づけてにらみつけていたが、津金澤は目をまたたいて場違いなほど冷静に言った。



「先輩のお知り合いですか? 邪魔しちゃいましたか」



「ちっ、ちがうわよ、こんなやつら。しつこくて困ってるのっ」



「しつこいって何だよ、おまえ」



 思わずといった様子ですみれに手を出してきた青年の腕を、津金澤が軽々と掴む。にこやかだった彼の表情が、にわかに険しくなった。



「女性に手をあげるなんて、男のやることじゃない」



 整った容姿ゆえに、真顔になると冷ややかな鋭さがある。青年たちは、津金澤の表情が変わったことでかすかにたじろいだが、今さら退けないようだ。



「かっこつけてんじゃねえよ」



 大きく踏み込んで殴りかかとうとする青年のこぶしを、津金澤は無駄のない動きでかわした。勢いがつきすぎたので、青年はそのまま地面に転がってしまう。



「こ、この……っ」



 もうひとりも手を上げてきたので、津金澤はそのこぶしを軽々と受け止めた。細身の津金澤は彼らよりも背が低く、押し負けてしまうかと思われたが、力で勝っていたのは津金澤の方だったようだ。



 すみれも驚いていたが、青年もそれを隠せずにいる。



「それで、まだやるのか? そっちが先に手を出したんだから、痛い目を見ても文句は言うなよ」



 津金澤は握ったままの青年のこぶしに力を込める、容赦のない力だったのか、青年の顔が恐怖にゆがんだ。まじめな表情が、本気だと言うことを物語っている。



 これ以上は意味がないとようやく理解したのか、青年たちは津金澤をののしりながらも退散していった。



「まったく、最近は変なやつが多いなあ」



 腕を組んで、津金澤は軽くため息をつく。すっかりと鋭さは消えており、少年らしい顔に戻っていた。



「あ、あの、ありがとう……」



 らしくなくもじもじとしながら、すみれは上目づかいで彼を見る。顔がほてって、うまく彼を見れなかったのだ。こんなことは、初めてだった。



「先輩も大変でしたね。美人だと、困ることも多いですね」



 にっこりとほほえみかけられて、すみれは胸をわしづかみされたように感じた。息をするのさえ、億劫になってしまう。



「それで、あなた……」



「あ、いけない。おれ、買い物の途中だったんでした。それじゃあ、また」



 すみれが問いかける前に、彼はあわてて走り去ってしまう。津金澤の後姿をうっとりと見送りながら、すみれは彼の名前を頭の中でくり返した。それから、ようやくはっとした。



「津金澤って……あの、転校生の……?」



 そういえば、あのとき彼女は兄と弟がいると言っていたではないか。ということは、もしかして彼女の弟なのでは。こちらを先輩と呼んだからには、兄ではなさそうだった。



「年下か……まあ、あの子なら、ありよね」



 ぽつりとつぶやきながら、すみれは赤くなった頬をおさえた。



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