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■ 5話

「由ちゃんのお弁当、おいしそう……」



 大きな目を輝かせて、うずうずした様子で璃々世がつぶやく。並んだ豪華なお弁当を前に、待ちきれないらしい。



「どうぞめし上がれ。璃々世のために作ってきたんだから」



「ほ、ほんと……?」



 きらきらとしたひとみで見つめられて、由ははりきって作ったかいがあるものだとガッツポーズする。



 三段の重箱には、ぎっしりと由お手製の料理がつまっていた。



 一段目には、青菜と鮭とゆかりの俵型のおにぎり。二段目にはから揚げとたこの形のウインナー、卵焼きとプチトマト、アスパラなどが彩りよくつまっている。三段目には、さくらんぼやりんご、いちごといった果物がおさまっていた。



 デザートには、チョコレートのシフォンケーキまでついている。



 もともと、はじめからピクニックをしにきた4人ではなかった。教室でランチにしようと由お手製の弁当を出したところ、男子生徒たちが騒ぎ出したのだ。



 見た目も可憐で料理上手、しかもお菓子も作れるともなれば、ほうっておけないのだろう。ひと目見ようとむらがってきたので、外に出たというわけだ。



 その結果、夏知のファンはついてきてしまったようだが、そちらは璃々世に害があるわけではないので、由は気には留めていなかった。



 夏知のファンは、夏知にしか興味がないのである。そして、夏知の言うことはきちんと聞くうえに、ファンの中での鉄の掟があるので、統制がとれているのだ。



 醜い嫉妬でいがみ合うこともないらしい。



「藤門さんも、よかったら食べてくれ」



 もくもくと食べる璃々世のために、皿にとりわけてやりながら由は笑顔を向けた。かいがいしく世話をしてあげるさまが、可憐な姿になんとも似合っている。



「うれしいな、ありがとう。由ちゃんって何でも得意なんだね、うらやましいなあ」



「そんなことはないよ。ただ、好きでやってるだけだから。藤門さんは好きなことってないの?」



「えっ、えーっと、あはは……」



 深子は両手をあげて、困ったようになっている。



「藤門さんってよく本とか読んでるし、好きなのかなって。勉強じゃなくて、ノートにも何か一生懸命書いてるよな」



「み、見てたの?」



 ぎょっとした様子で深子が大きな目を見開いた。



「しゅ、趣味で小説を……」



「へええ、そうなんだ。すごいな」



 心から感心し、由はうなずく。深子は恥ずかしそうにうつむいて、かすかな声で言った。



「オタクとか、キモいでしょ? ひいちゃったよね」



「えっ? 藤門さんはオタクなんだな。なんで、キモいんだ?」 



「えっ、だ、だって………」



「何でキモいのかよくわからないけど、好きなことに一生懸命なのってすごいと思う。キモいとか言うやつは、勝手に言わせておけばいいよ。すくなくとも、おれは藤門さんのこと、すてきだと思うよ」



 木漏れ日がさして、由のほほえみをきらきらと輝かせている。美少女というよりは、まるで女神のようにも見えた。



 深子は思わず頬を染めて、由のきれいな笑顔に見入っている。それから、はっとして勢いよくかぶりをふっていた。



 よく理解していない由は、にっこりとほほ笑みかけたままだ。




「むむ、これは強力なライバル出現かな。負けないよ、由くん」



 どこから出現したのか、突然夏知がわってはいってくる。由は何のことかわからず、あいまいに笑った。



 璃々世はといえば、ひたすら重箱に向き合っている。今は、エビフライをほおばっていた。まったくぶれない少女である。おそらく、会話も耳に入っていなかったのではないだろうか。



「あらあ、こんなところで会うなんて、偶然ねえ」



 和やかな空気を、ふいに打ち切ったのは高くとげのある声だ。



 偶然と言うにはかなりわざとらしく、こちらに向かってずんずんと歩いてくる姿があった。



 彼女は由たちが座る場所まで来ると、腕を組んであごをそらした。とても高飛車そうに見える少女は学年章からして、二年生のようだ。



 肩ほどまである亜麻色の髪が、ふんわりと内にカールしている。髪がすべすべの白い頬にかかり、彼女の顔をより小さく見せていた。



 つりあがり気味の目を長いまつ毛がふちどり、よく輝くひとみが勝ち気そうな彼女の性質を表すようだ。



「どなたですか?」



 きょとんと目をまたたく由は、目の前の女子生徒に向かって悪意なくたずねる。女子生徒は、むっとした様子を隠すこともなく、肩にかかった髪を後ろにはらった。その仕草が、ひどくさまになっている。まるで、気位の高いお姫様のようだ。



「わたしのことを知らないなんて、失礼な子ね」



「すみません。転校してきたばっかりで」



 由は素直に応じた。その態度に、女子生徒はいくらか出鼻をくじかれたようだ。



前泉まえいずみすみれ、よ。ちゃんと覚えておきなさい、転校生」



 腰に手をあてて、すみれは由を指さす。まるで宣戦布告だ。

 由は目をまたたいたまま、きょとんとしていた。すみれは自信に満ちた様子で続ける。



「それにしても、うわさっていうのも大したことないじゃない。すごい美少女だっていうから見に来てみれば」



「え、おれのことを見に来たんですか。わざわざ、すみません」



「それに、何? 今どきわたしって家庭的なんですアピール? そういうのってもう流行らないんじゃない」



「いや、料理は親がしないので身についただけなんですよ。家事は一通りできますね。ほんとにうちの家族、弟ぐらいしか手伝ってくれないんで」



 たっぷりな嫌味も、まったく通じない由だった。そもそも、由は嫌味だとも思っていなかったのだ。



 興味本位で騒いだり群がったりしてくる男共は大嫌いだが、女性については寛容な由だった。



「ふうん、弟がいるんだ……って、そんなこと聞いてないわよ」



「ちなみに、兄もいますよ」



「へえ……って、何なのよあなた、調子狂うわね」



「津金澤です。よろしくお願いします」



 憤るすみれをよそに、由は膝に手を置いて深々とお辞儀する。楚々とした容姿にたがわず、丁寧なあいさつだ。つられてすみれまで、こちらこそと頭を下げてしまっていた。



 由は頭をあげると、あらためてすみれの顔を大きな目で見つめる。じいっと見つめられ、すみれは少々たじろいでいた。



「な、何よ。文句でもあるの」



「先輩、可愛いから人気がありそうだなって思って。人気者も大変ですよね」



 にっこりとほほえむと、由はおもむろに口を開く。すみれは、瞬時に真っ赤になった。



「な……っ、し、知ってるわよ、そんなの。毎日言われてますからっ」



「ああ、そうですよね。すみません、当たり前のこと言って」



「も、もう、教室に帰るわっ」



 すみれはあわてた様子で顔をそむけると、大またでその場からはなれて行った。



 彼女の後姿を、由は目をまたたいて見送る。



 何か失礼なことでも、言ってしまっただろうか。



 そんな由の様子を、夏知と深子は生あたたかい目で見守っていた。



「いやあ、女性関係で苦労しそうだね」



「うーん、あちこちでイベント起こしちゃってるねえ」



「え、なんですか。おれ、何かした?」



 ふたりの言葉に、由は本気でとまどっている様子だ。そのとき、由の服を璃々世がそっとひいた。



 横にぴったりとひっつくようにしており、上目で由を見つめている。吐息がふれそうなほどのそばにいる彼女に、由はかなりあわてふためいた。



「ど、どうしたんだ、璃々世」



「お弁当、とっても、おいしかった」



 服をつかんだまま、璃々世はささやく声で言う。わずかに無表情さをやわらげており、満足してそれを伝えたかったのだろう。



「ありがとう。由ちゃん……それと……」



 もともとよくしゃべる方ではない彼女だが、慎重に言葉を選んでいるようだった。うまく言葉を見つけられないようにも見て取れる。



 由はきょとんと璃々世を見やっていたが、彼女は首を横にふった。



「ううん。何でもない」



「あ、ほらほら。次は体育だよっ。早く着替えないと」



 深子が手をたたいて、せかすように声を上げた。夏知のファンたちも名残惜しそうにしながら撤収も始めており、休み時間もそろそろ終わりそうだ。



「由ちゃん、行かないの?」



 立ち上がりながら、深子が不思議そうにたずねてくる。由は片づけ終わっているのだが、急いでいる様子はなかった。



「やることがあるから、先に行っていて。おれのことは、まっていなくていいから」



「あ、うん。わかったよ」



「それでは、後ほど会おう」



 深子と夏知は、ぼんやりとする璃々世をつれて行ってしまった。



 そういえば先ほど、璃々世は何を伝えようとしていたのだろうか。いつもと、様子がどこかちがうような気がしたけれど。



 さわやかな風が吹きぬけ、由の長い髪をゆらす。さらさらと流れる髪を押さえながら、由は空を見上げた。空は、絵の具で染めたようにとてもきれいな水色をしていた。



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