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■ 2話









 由は、何とか運だけで璃々世と同じ、一年A組になることができた。八年ぶりの日本になるので、知り合いのいるクラスにと配慮されたのかもしれない。



 これは、由にとって大きなことだった。べつのクラスであると、璃々世を妙なやつらから護るのに、少々難があると思われたのだ。



 登校初日は騒がしくはあったものの、問題なく放課後となった。とはいえ、一年A組の教室は休み時間のたびにやじうまが絶えなかったのだ。



 授業もすべて終わり、部活に行く生徒も多かったが、いまだに教室の外には人がむらがっている。



 入学式が終わって間もないころのせいか、まだ全体的に浮き足立っているのだろう。



 上級生などは、臆面もなくうわさの美少女である由をながめにやってきていた。なかには、璃々世目当ての者もいるらしく、由は神経をとがらせている。



 思っていた以上に、よくない状況のようだ。



「由ちゃーん、可愛いね。帰国子女ってほんと?」



「うるっせー、おれに気安く話しかけるんじゃねえ」



 ときおりなれなれしく呼んでくる輩に、由は鬼の形相で噛みついている。つばすら吐き出しかねない勢いだ。



 怒られたくてやっている者も、いくらかいる様子だった。ほとんどの者は、おとなしくやじうまに徹しているが、中には写メまで撮りだす者もいる。



 自分はかまわないのだが、璃々世がえじきにされてはたまらん、と由は思いきり彼女の姿を隠していた。



 由は、心の中でおれが護ってやるからな、とひとり決意している。



 奮闘している由をよそに、璃々世はすっかり菓子パンに夢中な様子だ。どこに入っていたのか、売店で買っていたらしいパンを大量に持っている。



 黙々と食べてはいるが、その表情はかすかながら満足げに見えた。



「あいかわらず、よく食べるなあ」



 感心しながら、由は腕を組む。



 璃々世は細身で小柄な体型をしているのだが、かなりよく食べるのだ。しあわせそうな璃々世を見ると、由はとてもうれしくなった。



「明日から、璃々世の弁当も作ってこようか?」



 思いついて由が言うと、彼女は勢いよく顔を上げた。期待に満ちたきらきらとしたまなざしだ。大きな目をこの上なく大きく見開いており、その表情はどこか幼い。



 しかし、思い直したように、璃々世は首を横にふった。



 不思議に思い、由は目をまたたく。



「どうして?」



「……由ちゃん、大変だし……」



「そんなこと。璃々世のためだったら、何だってよろこんでするよ」



 由がふわりとほほえむと、璃々世もつられて表情をやわらげる。見守っていた生徒たちが、ふたりのうるわしさに思わずうっとりとなっていた。



「うーん、何とも絵になる光景だねえ」



 ハスキーな声がかかり、すぐそばには細身な男子生徒が立っている。由より、わずかばかり背が高いようだ。



 黒い髪はさらさらと流れており、顔立ちは中性的。切れ長のひとみは、どことなく涼しげだ。手足はすらりと長く、ネクタイをゆるめて着用した制服がとてもさまになっている。



 腕を組み、立ち姿はどこか気取った感じだ。絵本に出てくる王子様のようなラインナップだった。



「えーっと、あなたは?」



「おや、ひどいなあ。同じクラスなんだが」



 璃々世に近づく男子とみなし、由は警戒心をむき出しにする。正直、璃々世以外にはまったく興味のない由であった。



 相手は人々を魅了するような笑顔を浮かべ、由のあごをすくって言った。



明石谷夏知あかしたになちだよ。お見知りおきを、お姫さま」



「いやー、あんまり、お見知りおきたくないっていうか……」



 クラスメイトの女子たちが、黄色い悲鳴をあげている。この見た目なので、どうやらファンらしき生徒たちがいるようだ。夏知さま、わたしもなどという声が響いている。由はかわいた笑みを浮かべ、あいまいに返事をした。



 それを見ていた璃々世は、静かに口を開く。



「なっちゃん、由ちゃんを困らせたら、ダメ」



「な、なっちゃん?」



「おやおや。やきもちかな?」



 男嫌いのはずの璃々世が、男を愛称で呼ぶなんて。



 由は仰天した。



 まさか、この男に気を許しているのか。



 璃々世はというと、もうマイペースにパンをほおばっている。



 負けた気分で夏知をにらみつけていると、夏知の後ろからかなり小柄な少女がひょっこりと顔を出した。



「もお、なっちゃんってば、すぐにからかって遊ぶんだから」



 小学生かと思うほどの背丈の少女だが、同じ制服を着ているのでまぎれこんだというわけではないだろう。



 焦げ茶色の髪はゆるくウェーブがかかっており、大きなリボンでひとつにまとめられている。夏知を見あげて一生懸命に抗議する姿は、まるで小動物のような愛らしさだ。



「心外だな。私はいつでも本気だよ。もちろん、深子みこのことも愛しているさ」



「ごめんね、なっちゃんは可愛い子を見ると、いっつもこうなの。驚いたでしょう?」



「え、ああ、いや……」



 濃い面々に、由は少々気おされている。



「わたしは藤門深子ふじかどみこって言います。りりちゃんとなっちゃんとは、中学から同じ学校で、仲良しなの。よろしくね」



「よ、よろしく」



 にっこりとほほえむ深子に手を差し出され、由はそっと手を握る。小さな手からしても、やはり同い年とは思えない外見をしていた。



「って、あれ……璃々世ってたしか、中学の頃は女子校じゃなかったっけ」



「そうだよ。どうかしたの?」



 きょとんとして、深子は目をまたたく。首をかしげる姿は、さらに幼く見えた。



 しばらく考えていた深子は、突然ぽんと両手を叩く。



「ああ、そうだよね。あのね、なっちゃんは女の子だよ。はじめてだったら、わかんないよね」



「ええっ!」



「男子の制服を着たらだめという校則もないし、なっちゃんはこちらの方が似合うからって、こっちで通してるの」



 大したことでもないように深子が言ってのけるので、由は大いにのけぞった。



 まじまじと見るのは失礼だと分かりつつも、彼女の身体をついながめてしまう。



 ショートカットの髪も、美形の顔にはよく似合っている。たしかに男にしては線が細いようにも見え、胸も多少はあるように思えた。



「私に興味があるのかな? うれしいね」



「あ、いや、女の子をじろじろと見てすみません」



 思わず敬語になる由だった。夏知は、そこにいると存在感があるのだ。



 なるほど、璃々世の男嫌いが治ったわけではないらしい。



 由は、思い切り安心して胸をなでおろす。



「そう、私は女だけど可愛い子はいつでも大歓迎だよ。ぜひ由くんにも、私のコレクションに加わってほしいものだね」



 演技のように大げさな口調で、夏知は由の肩を抱き寄せる。まるで、舞台にでも立っているかのような物言いだ。



「おや?」



「どうかしましたか?」



 夏知は由から身体をはなすと、少し黙り込んで由を上から下までながめた。それから、すぐに言った。



「いや、何でもないよ。気が変わったら、いつでもおいで。可愛い子はだれでも大歓迎だからね」



「ほらっ、由ちゃんが困ってるでしょ。わたしは生徒会室に行くから、一緒に行こう」



 周囲へのファンに手をふりつつ、夏知は深子にひっぱられて行ってしまった。



 深子は生徒会の役員でもある様子だ。



 話題に事欠かない学校かもしれない、と思いつつ、由はため息をもらす。



 マイペースを崩さない璃々世を見やり、手をさしのべた。



「帰ろうか、璃々世」



 璃々世の濃いまつ毛に縁どられた大きなひとみが、こちらに向けられる。



「うん」



 しあわせそうにほほえんで、白い手がそっと重ねられた。



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