6.上原君のお願い
「で、黒部君はラブレターを西野さんからもらったと勘違いしちゃったわけで」
「ムググムググググ」
「でも、西野さん曰く、黒部君は男好きと……」
「ムグムグググググ」
「黒部君はそれを誰かに知られたくないってわけで」
「ムグムグ」
口をモゴモゴさせた私をあきれた様子で見つめる上原君。
あからさまにデカいため息をつかれてしまうが、そんなの気にするもんか。
「ねえ、西野さん……いいかげん、口に物入れた状態でさらに詰め込むのはよしてくれない?」
「ムググググ」
土曜日の昼下がり。
場所は駅前に最近できたバイキングレストラン。
出来たばかりとあって、テーブルには傷一つない。
天井にはシャンデリア。
壁にはよくわからないけど、お高そうな絵画の数々。
床に敷き詰められたエンジ色の絨毯はまるでレットカーペットさながら。
うーん、高級高級!
そんな店内の窓際というかなりいい場所の席で、向かい合わせに座った私と上原君。
テーブルの上には和洋中のありとあらゆる料理がひしめき合っている。
残り時間は2時間をきった。
ここで、メインディッシュを詰め込んでから、最後の1時間でデザートを!
私は次の食材を求めに、席を立とうとした。
「西野さんっ!」
「ムグ……ゴクン。その話は食べ終わってからにしてよ。この後、喫茶店にでも行けばいいでしょ?」
「でも……」
「私に告白させた件……わかってんでしょうね?」
「……もう、わかってるよ」
男らしからぬ、なよなよっとした返答である。
まるで、飼い主に怒られた犬が尻尾を垂れ下げてるかのよう。
もう少し男らしく、「また奢ってあげるから、ちゃんと聞かしてよね!」ぐらい言えないのだろうか。
まあ、それはないとして。
「じゃあ、私ちょっくら行ってきますわ」
私はできたてほやほやの料理の匂いにさそわれ、真っ新な皿を手にめくるめく食のワールドへ飛び込むのであった。
■□■
その後、私はたっぷり3時間のバイキングを堪能して、近くのコーヒーショップに上原君と入った。
さっきのレストランとはうってかわって、落ち着いた雰囲気の少しさびれた個人経営のお店。
少し煙草の臭いが気になるけど、まあ有名どころのカフェは今の時間人がいっぱいなんだよね。
私たちは奥にあるあまり人のいない席に腰をおろした。
「で、西野さんは黒部君と付き合うことになっちゃったんでしょ?」
なぜか、ニヤニヤ顔の上原君。
昨日のおサボリ以来、弱弱しいワンコっぽく見えて意外と腹黒なんだと知った。
病欠って担任は言ってたけど、全然ピンピンしてるし。
ちなみに、休日だけあって上原君も私も私服である。
男子と休日どこかへ行くのってはじめてだから、なんか新鮮。
薄ピンクのTシャツにベージュのチノパン姿の上原君。
うん、学ラン姿よりこっちのほうが断然かっこいい。
私はというと、まあ白のTシャツ、黒のレギンスの上にホットパンツという可もなく不可もなくスタイル。
別に上原君と付き合ってるわけでもなしに、飾ってくる必要はないからね。
うん、断じてこれでもおしゃれをしたってことはないんだから。
「正式にじゃないよ。だって、私はOKも何も言ってないんだからさ」
「でも、ラブレターは西野さんが送ったってことになってるし。黒部君からしたら、もう付き合ってるってことになってるんじゃない?」
「むむむ。って、なんで上原君はそんな楽しそうな顔をしてるわけ?」
アイスコーヒーをズルズルとすすりながら、私はルンルン気分の上原君を訝しむように見つめる。
一体この腹黒は何を考えているんだか。
「だって、西野さんは黒部君に気がないわけだから、いくら一緒にいたって別に進展ないわけだし」
「……まあ、そうだけど」
私の胸にグサっと見えないナイフが刺さる。
それって、なんというか……黒部君は私に興味を示さないだろうってことを暗に言ってない?
そういうとらえ方もできる……よね?
「今まで黒部君って謎でさ。好きな食べ物とか趣味とかそういう情報が全くなかったんだよね」
「……へ、へぇ」
「まがいなりにも西野さんが黒部君と付き合ったら、そこらへんの情報ゲットー? なんて?」
なるほど。
やっぱり、上原君は腹黒決定。
4000円奢ったんだから、そこまでしろってことですか。
「却下」
「えー!!」
あからさまに困ったような顔をする上原君。
困るのはこっちだっての!
「そんなにうまくいくわけないじゃん。私からのラブレターって知って、すんごい蔑んだ目をしてきたんだから!」
「大丈夫大丈夫。付き合わないとお前の性癖バラすよって言えばいいんだって」
「……」
上原君。
君って人は……君って人は……
「あっ、今の冗談冗談。そんな怖い顔しないでよ、西野さんっ!」
「言っておくけど、正直黒部君と付き合うのは無理だよ。……今まで誰とも付き合ったこともないのにさ」
私はストローをくわえたまま、視線を横にずらす。
なんで、上原君にこんなことをカミングアウトしなきゃならんのだ!
だが、上原君はそんなことを気にする様子もなくあっけらかんとした顔で、
「……あ、そうなんだ」
と、いかにもかるーく、言ってくれやがった。
「あ、そうなんだって、軽く言ってくれるよね、上原君」
いらだたしげに言う私に気を留めるでもなく、上原君は明後日のほうを向き、ため息をつきながら力のない声で言った。
「うーん、でもね、あのラブレターを出したのは僕だってことは黒部君には言わないつもりなんだ」
「……へ?」
突然、上原君の口から理解しがたい言葉が出てきた。
あのラブレターを出したのは自分だとは言わない?
なんで……どうして……
いや、そんな疑問より……
「じゃあ、あれは本当に私が出したことになっちゃうじゃん!」
「うん」
「うん! じゃないよ! どうするの? もし黒部君が私と付き合ううちに、私の事好きになっちゃったら」
「あ、ないない。それはない」
「ないってどういうことーーーっ!」
ドンっとテーブルに拳を打ち付けると、空っぽのグラスの中の氷が大きく揺れた。
手を左右にふり、笑顔を浮かべる上原君。
ワナワナと震える私。
「ね、お願い。西野さん」
「うぐっ……」
上原君にウルウルとした瞳で見つめられ私は息をのんだ。
先ほどまで怒りで体が震えていたのに、スイッチを消したかのようにピタリとやんでしまっていた。
あ、これはヤバい。
両手を前に組んで、祈るように私の前にずいっと出てくる。
「お願いっ!」
「……んぅ」
とりあえず、今日分かったこと。
私はどうやら上原君の「お願い」に弱いらしい。