5.黒部君の真実
「で、この恋文を出したのが、君ねえ」
「いや、これには深い訳が……」
放課後の屋上へ続く階段の踊り場。
先週私が上原君に呼び出され、告白をされ……たのではなく、告白をするのを手伝うきっかけになった場所。
「西野さんがこういうの書く人だとは思ってなかったな」
「だ、だから、これにはですね」
なぜ、私と『黒部君』の二人がここにいるかというと。
■□■
それは今朝、上原君にメールをしようとした時にまでさかのぼる。
ブーブーブー
廊下を歩いている途中でメールを受信した。
歩きながらでは危ないので、一旦立ち止まり窓を背にして壁に寄りかかってメールを開く。
『西野さんごめん! 僕の代わりに今日黒部君に告白して!』
……。
んの、バカやろうが!!!
前を通り過ぎる何人かの生徒が私の顔を見て驚き、飛びのいた。
おそらく、すごい怒り狂った顔をしているのだろう。
自分でも顔の筋肉が吊り上がっているのが分かる。
もちろん、わたしはNOのメールをすぐさま送り返した。
だが、返ってきた返事は……
『なんでも、奢るからお願い!』
女子かっ!
でも、このままだと黒部君があの踊り場に来てしまう。
いや、来ないかもしれないけど。
まあ、仮に来たとして、待ちぼうけを食らったらどうなるだろう。
逆の立場だったら、正直悲しい気持ちになる。
なんだ、ただのイタズラかって。
事情を知っているだけに考えられる事態。
知らなければ、知らないで見過ごすところだけど、事情を知っていて、それをあえて見ないふりをするのは……
「仕方ないなあ……」
『分かった。じゃあ、明日、駅前に出来たバイキング、奢りで』
ため息をつきながら、そううって私は送信ボタンを押した。
最近駅前に和洋中なんでもそろったバイキングが出来たのだ。
おひとり様3時間4000円。
少し高すぎる気もするが、告白をしたこともない私が他人の誰かの告白を代理でやるんだ。
これくらいして当然のような気もする。
ブーブーブー
30秒もたたずメールが返ってくる。
『オッケー。じゃあ、明日結果教えてね』
……上原君って金持ちなのだろうか。
もしかして、バイキングが4000円って知らないのかな。
ま、奢ってくれなくても私は黒部君に事の次第を伝えようとは思っていたけど……
「あはは、明日楽しみー」
■□■
「何、ニヤニヤしてるんだ?」
「あ、いや、ごめんごめん」
回想していたら、ついつい顔がにやけてしまった。
この試練が終われば、明日はバイキング。
頑張れ自分!
明らかに苛立たしげの黒部君。
さて、どうしたものか。
とりあえず告白する人物が私ではないことをしっかり伝えなくては。
そう思った矢先。
「俺、女には興味ないから」
「……え?」
偉そうに胸を張って、メガネをくいっと上げる黒部君。
ちなみに、メガネは黒縁メガネである。
いかにも秀才風だが、本当に秀才なので文句は言えない。
俺、女には興味ないってセリフはいかにも、真面目バカが言いそうな言葉……
だけど、私はここで「そのラブレターは私が送ったのではなくて!」と言い返さず、別の事をきいていた。
「てことは、男子が好きなの?」
「……っ!」
上原君の一例でなんかこういう世界がリアルにあるって知ってしまった私。
ほんの興味本位できいただけだったんだけど。
あれ? 黒部君の顔が引きつってる?
しかも、何も言ってこない。
……え? まさかね。
「な、何を君は言っているのかな? そんなアホなこと言うもんじゃないっ……!」
「……」
あからさまに慌てられると、こっちもどういう態度をとっていいのやら。
ある意味、上原君よりわかりやすすぎる。
なるほど。図星ってわけか。
「こらっ! 何ため息をついてるんだ!」
「ごめん。いや、大丈夫。黒部君だけじゃないし」
うーん。これはとても上原君が喜びそうな展開だ。
上原君、ずる休みなんかせずに学校へ来ればよかったのに。
もしかしたら、黒部君意外とOKしてたかも。
「お前っ! 絶対勘違いしてるだろ?」
「してないよ」
「いや、絶対にしてる。俺が男が好きだっていう勘違いをな」
「勘違いじゃないでしょ?」
「俺が男を好きなわけあるかっ!」
「必至に否定するほど疑惑は深まるんだよ」
最後の一言がきいたのか、黒部君はうぅっと苦しそうに呻き声をあげる。
言い返す言葉がないのか、そのまま黙り込んでしまった。
これはいいチャンス。
早いところラブレターを送った主は上原君だということを伝えよう。
「えーとね、黒部君。そのラブレターなんだけど」
「……お前と」
「同じクラスの上原君っていう男子がね」
「俺が……」
「あ、あの……黒部君きいてる?」
私がしゃべるのと同時に、黒部君は私の足元近くの床一点を見つめながら、少し震え声で何かをつぶやいていた。
なんか……、すごい危ない人に見えるんだけど、大丈夫だろうか?
そう思って、私が黒部君の顔を覗き込もうと屈んだ瞬間。
「お前と俺が付き合えば、それでいいんだろう!」
「……え?」
「俺は男が好きってわけじゃないんだからな! 俺は別に男が好きってわけじゃないんだからな!」
「何故2回言ったし!」
「うるさいっ! だから、俺が男が好きだなんて、二度と言ってくれるな!」
ドンッと鈍い音を立て、私は黒部君に突き飛ばされた。
背中をもろに壁にぶつけ、私はうぅっと呻く。
一体、何してくれるんだこの野郎……!
付き合おうと言って、暴力をふるうやつがあるかっ!
「な、何すんの!?」
「何って……! こうやって、壁に押し付けてだな」
「……へ?」
壁に背をくっつけた状態で、黒部君が私ににじり寄ってくる。
私が逃げないように、私の顔の横に黒部君の両腕が伸びる。
えーっと……、本気で何をしているのかな? 黒部君。
「俺の事、好きなんだろ?」
「へ? あ、違っ……! 違うんだってば!」
「俺が男が好きじゃないってことを証明してやる」
100mを全力疾走したかのように息を荒げる黒部君の顔が近づいてくる。
いやいやいや、怖いから、怖いから!
もしもの話。
ifの話だけど、ふつーに迫ってくるなら私だって雰囲気に流されて、このままファーストキッスってことになってたかもしれない。
けど……
けど……
けど、これはイヤッ!!!
「ごめんね、黒部君っ!」
私は握りしめた右の拳に懇親の力を込めて、黒部君のみぞおちへ全ての力をぶちこんだ。
「フゴッ!」
力の入っていないお腹に拳を入れる気持ち悪さはなんともいえない。
グニュリという感触の後、黒部君はその場にうずくまった。
「少し落ち着いてから話したほうがいいかもしれないね、黒部君。じゃあ」
そう言って、私は踊り場で一人倒れる黒部君をあとに、その場を去ったのであった。