この世に生まれた意味を知りたい。
―2200年 5月1日 (木)―
読んでいたその本はとても古くて禍々しいものだった。
こげ茶色の革でできた日記に執筆者の名前が刺繍されている。
何より表面に何かをこぼしたかの如く赤黒い染みがこびり付いている。
間違いなくこれは"血"だ。
だからだろう。
この日記を借りるとき、係りのおじさんに"レベルスキャン"をお願いされた。
生命体、物質などのありとあらゆるものに"レベル"が存在する。
レベルは1~100まであり、それ以下もそれ以上も存在しない。
そしてそのレベルがこの世の全てなのである。
なぜレベルがそこまで重要なのか。
それは歴史が物語っている。
今まで数々の歴史に名を残す者たちは必ずレベルが高いのだ。
この世の移動は乗り物という固定概念を新たなエネルギーにより、エネルギー不足で理論上不可能だった"ワープ"を可能にした"ヨハン = マグヌション"はLEVEL81。
野球を始めてたった1年で世界一ののベースボールプレイヤーとして名を残した"ガスパール = デルサルト"LEVEL80。
かつて人工酸素を作り、人類の危機を救った"アラディン = ベッドフォード"はLEVEL83。
このような数々の功績を残した者たちにより、レベルが全ての世界になってしまったのだ。
レベルが高い値になればなるほど収入が高くなったり、人々から特別視される。
逆にレベルが低い値であれば収入も低く、欠陥品のように見られる。
だから人々は挙ってレベルを上げたがる。
でも、それは不可能なのだ。
今の技術力ですらこのレベルについて詳しく解明されていない。
『一般は年齢に比例して一定の値が変化する。ただし例外は定かでない。』
ある科学者が言っていた言葉。
もちろん他にも様々な説がある。
だけど、どれも信憑性に欠ける。
だから人々はレベルを自分で制御出来ない。上げれない。
それが神の決めたことだというのが人間の見解なのだ。
レベルスキャンとは、現代に存在するもののレーティングレベルを超えているか確認するためのものである。
レーティングレベルは、そのレベルに達していないものは使うことが出来ないというものだ。
レーティングレベルの階級は次の7段階に分けられる。
1がレベル無制限(人類全て)。
2がレベル20以上(一般中学生程度)。
3がレベル30以上(一般高校生程度)。
4がレベル40以上(25歳以上)。
5がレベル50以上(100人に1人の)。
6がレベル60以上(10万人に1人)。
そして、7がレベル80以上(7000万人に1人)である。
1~4はその年齢に達すれば到達する。
5~7は確率である。
一昔前は、CEROなどといった年齢制限制だったらしい。
正直俺はそれがいつも羨ましいと感じていた。
俺はこの制度が嫌いだ。
俺がレベルスキャンをした直後おじさんの顔が俺を見て驚き半分恐れるように引き攣った顔で俺を見ていた。
この時俺はうっかり本当のレベルを見られてしまってた。
すぐさま俺はおじさんに黙ってもらえるようにお願いした。
俺は本を借りて家へと帰っていた。
ここで読んでも気が散るだけだから。
俺は高校の課題研究で"100年前の人類衰退期について"を調べるために、ここ『国聖歴史図書研究所』に来ていた。
ここは東京で一番の歴史書関係の本がそろっている。
勿論そう簡単に高校生の俺が入れるような場所ではない。
でも俺は入れるようになっている。
小さいころはそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
今はもう気にしなくなってしまったが。
俺は足を止め、歩道の真ん中で空を見上げた。
「空…曇ってるな…。」
まるで空は自分の気持ちと同調しているかのようだ。
無の色。何もない色。
そんなことを思いつつ俺は歩きだした。
俺の部屋は恵天荘 の二階にある。
恵天荘は築40年の学生寮で、入居者も俺を合わせて4人しかいない。
部屋が一階に5部屋、二階に5部屋の計10部屋ある。
「おーおかえりー。」
すると二階の一番右端の部屋に住んでいる大家の有場 華花さんが俺に手を振り声をかけている。
学校帰りなのか服装は高校の制服だ。
俺の学校の制服は自由である。
オーダーメイドで作ってもよし。中学の制服を着るもよし。既存の制服を着るもよし。
ただし、一つだけ共通するものがある。
それは学校の校章を制服のどこかに刺繍しなければならない。
そのおかげでどこの高校か一目見ただけで分かるようになっている。
華花さんは濃紺のブレザーに青の生地に薄黄色のチェック柄スカートを着ている。
多分オーダーメイドだろう。
鮮やかな紺色の髪と腰のあたりまで伸びるロングヘアー。
確か学校ではファンクラブもあるらしい。
華花さんは恵天荘の大家であり、俺の通ってる高校の生徒会長でもある。
俺とは正反対の人生を生きる華花さんが俺に話かけてくるのはいつも不思議でならない。
そんなことを考えているうちにまた語尾を流す話し方で俺に話しかけてきた。
「遅かったねー。どっか行ってたのー?」
「………。」
「相変わらず不愛想だねー。あっ、明日の全校集会はちゃんと来なよー?」
「………。」
「うんうんー。分かったみたいねー。んじゃまた明日ねー。」
華花さんは少し笑いながら部屋へ入っていった。
「…なんなんだよ…。」
俺はさびれた階段を上り、華花さんの部屋の前を通って三個隣の部屋のロックを解いて中に入った。
あの頃に比べるとかなり狭くて汚いが、こっちのほうがしっくりきている。
六畳の部屋の中はそんなに物は無く、生活に必要最低限な物だけが揃えられている。
俺は部屋に入って冷蔵庫の中から"簡易食セット"のCを取り出した。
簡易食セットとは30cm台のプラスチック製の容器に既製食品が入っており、蓋を開けた途端に空気が容器内に入り、人工化学物質"SD"(steam dry)"が空気中の酸素と作用して既製食品が作ったばかりの料理のように温められ、食べれるようになるというものだ。
カップラーメンと違い、必要なものが何もないのがいい。
俺の飯の3分の2はこれだ。
もちろん栄養面で心配になる。
だから俺はA~Iまでのセットをすべて3つずつ冷蔵庫の中に買い置きしてある。
ちなみにセット1つ700円である。
多少高価ではあるが、致し方ない。
何故なら俺は料理が出来ない。
作れるのはただ一つの暗黒物質だけだ。
「いただきます。」
俺は食べながら借りてきた日記に目を通した。
俺が借りてきたこの本『ワスクの日記』は百年前に書かれたものだ。
ワスクとは、人類で初めてのLEVEL100に到達した伝説の人間だ。
100年前、ワスクは教会で首を吊って自殺した。
伝説では、ワスクが世界、いや地球を救ったといわれている。
何故なら、ワスクが自殺して間もなく地球の環境が何もなかったかのように戻ったのだ。
日記の後付けにはこう書かれている。
『壊滅状態だった生態系は全快、枯れ果てていた植物は風になびき、海は青い元の姿に戻った。』っと。
もちろん確証はない。
だがワスクは英雄のように受け継がれたのだ。
「ありえないだろ…。こんなの…。」
―ありえない―
「これじゃまるで…。」
―本当の神じゃないか―
俺はすぐさまレポートをまとめた。
レポートは小指に付けたデバイス"イシアルコア"からレポートプログラムを開いて、脳で思ったことを書き綴った。
この"イシアルコア"は人のDNAと脳波を特定してその脳波を変換する役目を持っている。
購入時にその人のDNA情報をデバイスにインプットすることにより、世界でひとつの"イジアルコア"となるのだ。
そのため、他人が使ったり、売ったりで問題が起きず、安全面でも衛星面でも良い。
そんなこんなで30分くらいしてレポートをまとめ終わった。
気が付けばもう12時だった。
俺は窓を開けて背伸びをしながら夜の空を眺めた。
「俺が…俺がこの世に生まれた意味を知りたい…。」
小さく呟いた俺の言葉は夜風の中に霧散した。
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