呼び出し! 年下のオトコノコ
五色沼散策を終えた私たちは、ドライブインでジェラートをいただき、沼を眺めながら休憩した。私はワサビと山ぶどう、未砂記は山塩とブルーベリの組み合わせ。サイズは小さいけれど、スッキリした味わいで、一度に2つの味を愉しめる。
それからバスで駅まで下り、更にバスを乗り継いで広大な猪苗代湖の目の前に到着した。界隈には母の実家と代々の墓がある。
墓参りをしたら、ちょっとイタズラを兼ねた電話をかけてみる。
『もしもし~』
「広視!! 大変なの!! 今すぐ猪苗代まで来て!! 交通費は後で払うから!!」
私が緊迫感を装って電話をかけているのは神奈川県の藤沢に住む幼なじみで5年度下の男の子、磐城広視。ぶっきらぼうな所もあるけれど、その実小心者で、純粋で、優しい子。
両親の不仲やモラルの問題で家庭環境に恵まていないため、グレてしまうかと心配していたけど、良い子に育ってくれて、本当に良かった。
『どうした!? 何かあったのか!?』
ほら、こうして小芝居を討つ私を心配してくれている。
「訳は後で話すから!! じゃあね!!」
『おいちょっと!?』
心配する広視を他所に、私は強引に電話を切った。それから何度か折り返しの着信があったけど、私は応答しなかった。
なんだか悪いことしちゃったな。素直に『これから酔っ払う予定の私たちを介抱しに来て下さい』と言えば良かった。
そんな用事なら普通は聞き流されて終わりだけど、あの子ならきっと、200km以上離れた此処までも来てくれる。
「あ~あ、ひ~ろしくんか~あいそっ!」
横でクスクスしながら私の芝居を聞いていた未砂記が言った。
「ホントにね~。あの子ピュアだからね~。反省してます」
◇◇◇
観光スポットの江ノ島がある神奈川県藤沢市。俺は今、福島県へ旅行している浸地からの緊迫感漂う呼び出しに困っている。
藤沢から猪苗代だと片道五千円以上かかる。俺の所持金は三千円。親に金を借りようと一瞬考えたが、俺が三万円くらい貸してるのだった。
他にお金を借りられそうな人といえば、あの人しか居ない。
俺は早速、ある女性に電話をかけてみた。
『こんにちは広視くん。貴方から電話なんて、珍しいわね。浸地ちゃんと喧嘩でもしてしまったのかしら?』
「こんにちは絵乃さん。えっと、その浸地に今すぐ福島の猪苗代まで来いって呼ばれたんですけど、交通費が足りなくて…」
先方は弱冠21歳で大企業の社長を務めているという腰越絵乃さん。肩甲骨の下まで伸びる艶やかな黒髪と凛として整った顔立ちの美人さんだ。
『お金貸して欲しいの?』
「はい…」
申し訳なさでボソリとした俺の返事から一息あって、絵乃さんが返答してくれた。
『事情は察し兼ねるけれど、分かったわ。今から大船駅まで来れるかしら?』
「はい」
大船駅は藤沢駅の隣にある駅で、駅構内に書店やスイーツショップ、無印良品など、様々な店が軒を連ねるステーションルネッサンスが施された湘南では最大規模の駅だ。成田空港へ向かう特急『成田エクスプレス』は大船始発が多く、横須賀線の厳密な区間、つまり大船から久里浜間や、京浜東北線、湘南モノレールの始発駅でもある。
『ならこれから大船駅の東海道線上りホームの階段下にあるグリーン券売機の辺りで落ち合いましょう。私はこれから自宅を出るから少しかかりそうだけど、広視くんはどのくらいで来れる?』
「自分はあと1時間くらいで大船まで行けると思います」
『そう。なら私と同じくらいね。時間によっては広視くんが乗っている電車の中で落ち合いましょう』
「わかりました。ありがとうございます!」
『いいえ。頼りにしてくれて嬉しいわ。それではまた後で』
「はい、また後で」
しばらく待っても先方が電話を切らないのでこちらから切って溜め息をついた。
絵乃さん、いい人だなぁ。
◇◇◇
広視くんからの電話を受け、私は浸地ちゃんに電話をかけた。
『もしもし絵乃ちゃ~ん?』
「こんにちは浸地ちゃん。たった今、広視くんから旅行中の浸地ちゃんに呼ばれたから福島へ行く交通費を貸して欲しいという旨の電話があったのだけれど、何かあったのかしら」
『あっ!? そうなのごめんね~。特に危機みたいなのは無いんだけど、今夜宴会するからお酒を冷蔵庫から出してくる係とマスコットが欲しくて呼んじゃったの! 良かったら絵乃ちゃんも来る?』
「そういう事情だったの。ええ、お邪魔でなければ是非ご一緒したいわ」
『よっしゃ決まりだー!! じゃあ待ってるからねー!!』
「ええ、また後ほど」
こうして絵乃は事情を知り、広視は何も知らずに旅へ出る運びとなった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
今回から拙作『いちにちひとつぶ2』の広視と、『あいはぐ』では6~12歳で活躍中の絵乃が21歳になって登場しました。