みみみみみみみー!!
晴れて蒸し暑い翌朝10時過ぎ、郡山駅からデフォルメ化された赤べこのイラストが貼り付けられた磐越西線の電車に乗って猪苗代駅に到着。
「結構混んでるね!」
「うん。去年よりは観光客多いみたい」
観光客が大幅に減少した福島県だが、去年の同時期と比べると賑わっていて、中高年の夫婦が目立つ。
私たちは駅からバスに乗って山を越え、五色沼の辺に到着した。
「いや~、相変わらず瑠璃色の水面ですなぁ!」
ここには未砂記とも何度か来たことがある。五色沼はここ、瑠璃色の毘沙門沼の他にもエメラルドグリーンなどの様々な色の沼がある。色合いは火山の噴火による鉱物質や水中植物による影響で変化するという説がある。
「カクテルみたいで美味しそう…」
「えっ…?」
キョトンとこちらを見る未砂記。
「なんだよっ! たまには私がボケたっていいべした!」
くそっ! たまにボケるとこれだよ。ってか私にはボケのセンスがないのかも…。
「ヒタッチかあいいっ!」
「ちょっ、私が可愛いって言われるの苦手だって知ってるでしょ!?」
可愛いとか言われるとなんかこう、頬が熱くなって全身がムズムズする。
「でも可愛いんだからしょうがないじゃん!」
「もう…」
これから私たちは約1時間かけて五色沼自然探勝路を散策する。
探勝路は舗装されていないため足元が悪く滑りやすいので注意して進む。木々が生い茂っているので少し涼しい。
3分ほど歩いたところで、幅5メートルくらいの清流の河口付近に差し掛かった。
「ここは相変わらずニシキゴイがいっぱいだね~。元気してた~?」
未砂記は透き通る水中を所狭しと泳ぎ回る数十匹のニシキゴイに向かって前屈みになって声をかけた。
河口付近は池のようになっていて、そこにニシキゴイが集まっているのだ。
未砂記がニシキゴイを見下ろすと、彼らは口をパクパクさせながら集まってきた。
「ごめんよぉ~、餌はあげられんとよぉ~」
餌を求めるニシキゴイ一同にお詫びをする未砂記。餌を与えると水質汚染になってしまう。私も『ごめんね~』と手を振って再び歩き出した。
「ジリリリリリリリー!!」
至近距離で懸命に鳴くアブラゼミが物凄く煩いけど、ここは突っ込んだら負け。
「いやー森林浴は気持ちいいねぇ」
「ジリリリリリリリー!!」
「ミーンミーンミーンミーンみみみみみみみみっ!!」
「そうだね~歩き始めてどれくらいかなぁ」
ほぼ棒読み口調の私。突っ込んじゃいけない、突っ込んだら負け、突っ込んだら負け…。なるべく未砂記を見ないようにしよう。吹き出しちゃう。
「20分くらい経ったかな~」
「ジリリリリリリリー!! リリリッ!!」
「みみみみみみみー!!」
「ボーシンツクツクボーシンツクツクッ!!」
あー突っ込みたいなぁ。突っ込みたいけどなんかシラケそうだなぁ~。
「ははは、凄いわね~あの子」
「いやだもう何あれ~」
全然森林浴どころじゃないよ。周囲の視線が痛いよ。
嗚呼、見上げれば黄緑の葉から木漏れ日が…。綺麗だなぁ…。
「こうやって自然に囲まれてると心が洗われるねぇ!」
「ジリリリリリリリー!! リリリッ!!」
「みみみみみみみー!!」
「ボーシンツクツクボーシンツクツクッ!!」
「シネシネシネシネシネシネシネシネー!!」
「うん! そうだね!」
ああもう煩いなぁ! シネシネシネシネーって嫌がらせ!? と思いつつ、私はとびきりの笑顔で未砂記に返事した。
ここまで煩いとお互いに聞き取りづらいので、会話する声のトーンが上がる。ってか未砂記、私の声聞こえてるのかな? 未砂記を見ると大爆笑しちゃいそうだから見ないけど、これはヤバイ。
未砂記の周辺だけ物凄い騒音の中を歩き続けて約1時間。探勝路を抜けてドライブインの前に出た。
「さて、ドライブインに入って休憩しますか!」
「ジリリリリー!!」
「みみみみみみみー!!」
「ボーシンツクツクッ!!」
「シネシネシネシネー!!」
「キキキキキキキキー」
ああもう我慢の限界だ。お前この格好でドライブイン入るだぁ? 迷惑もいいトコだよ。しかも最初はアブラゼミだけだったのにどんどん増えてるし。終いにはヒグラシまで。なんか切なくなるよぉ。
「ねぇ、あなた、誰ですか?」
「ジリリリリリリリー!!」
「やだなぁヒタッチ。私は未砂記だよ!」
「みみみみみみみみー!!」
「私の知ってる未砂記は全身がセミで構成されていません」
そう、未砂記の全身には何故かセミが纏わり付いて、本体が全く見えない状態なのだ。しかも未砂記は何事もないように振る舞っている。
「シネシネシネシネシネシネー!」
「やだなぁ、私の旧姓は『仙石原』、苗字と名前の頭文字を併せると『せみ』だよ! ドヤ!?」
「ボーシンツクツクボーシンツクツクッ!!」
何? 何か上手い事言ったつもり? ドヤ顔してるとしても顔面セミまみれだから判別不能だよ? あなたは妖怪『みんみん仮面』ですか? あなたの顔面でミンミンゼミが交尾してますよ。
「いいから…」
ああ、なんかイライラする…。未砂記がセミ好きなのは知ってるけど、普通全身に纏って何事もないように振る舞えますか? 私は無理です。虫は苦手じゃないけど、流石に何等かの反応はします。今度は生肉でも纏ってみたら? あの世界的ミュージシャンみたいにアーティスティックで素晴らしいと思います。
「ん? 『イーカラ』? 小さい頃よく遊んだわ~。今じゃ知る人ぞしる家庭用カラオケだね! こうやって年齢を重ねてあっという間にご臨終。人生正にセミの如し!」
そうだね、人生は有意義に過ごさないとね。でも今それはいいから…。もう我慢の限界だ。
「いいからとっととセミ逃がせやおのれー!! ドライブインさ入んのはそれからじゃボケェェェェェェ!!」
「ギギギギギギギギー!!」
「みみみみみみみみー!!」
「ツクツクツクツクー!!」
私が全身全霊で怒鳴ると鼓膜が破れそうになるくらいの物凄い鳴き声を上げて一斉に逃げだす100匹近いセミたち。これが白いハトだと少しお洒落だけど、セミだとまるで妖怪が分裂したかのようだ。
「シネシネシネシネー!!」
ドピューッ!!
「ぶふわぁー!!」
最悪だ。日本最大のセミ、クマゼミが憎しみたっぷりに私の顔面に排泄物をぶっかけて飛び去りやがった。あぁ、これ、去年5つ下の幼馴染の男の子が同じ目に遭ったのを見て、私は大爆笑したっけ。あの時のツケが回ってきたのかも。詳しくは『いちにちひとつぶ2』第4話『セミシャワー』をご覧ください。
「あ~あ、逃げちゃった」
心底残念そうな未砂記。
「ぐふぇっ! あぁ、最悪…」
「ご愁傷様~。セミが全身にくっつくくらいどうってことないって。ヒタッチなんか中2くらいの時『エセちょうちょ仮面』とか言って、でっかい水色の蛾をアイマスクにして寝たじゃん」
「えっ? なにそれ」
全く身に覚えがない。
「あっ、私が眠ってるヒタッチにそういってくっつけたんだっけ。てへぺろ!」
『オオミズアオ』は一見ちょうちょに見えるけど、蛾と認識しながらくっつけたんだ。
「さて、アイスクリームでもペロペロしますか!」
「おい、アイスクリームの前に礼させろや」
「ひいいいいいいっ! ヒタッチが怒った!」
武者震いする私に恐れ慄く未砂記。この後、私は未砂記を木陰に連れ込んでたっぷり可愛がってあげた。
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更新遅くなりまして申し訳ございません。
セミは夏の風物詩。長くて七日間くらいの地上生活を懸命に生きています。
『シネシネシネシネー!』と鳴くのは日本最大のセミ、クマゼミです。あくまでも求愛活動で、嫌がらせをしている訳ではありません。ちなみにセミはオスのみ鳴きます。