地平線まで何もなく
くどいです。これまで合わせてすっごくくどいと感じます。正直読み飛ばしていいぐらいに。
初めて空から見た時も同じように感じたが、そこに生命というものが感じられらない、
それは二度目に地上から見たときとも変わらず、翌朝にもう一度見た時にも感じられることはなかった。
後ろを振り返れば、鬱葱とした森が広がり、どこからかはわからない縄張りを警戒しあう魔物や動物たちの殺気敵意が確かに感じることが出来た。
たったそれだけのことだと言う者もいるだろうが、少女にとってはたったそれだけには感じられなかった。
敢えて言うならば、自身の前方と後方には隔絶した何かが存在している。それを言葉にして表現するならば、後方に広がる世界は有機的で、後方の世界には無機的だった。
そしてその無機的世界に、少女と親友二人、老紳士が足を踏み入れようとしていた。
「荷物、これで大丈夫?」
「ボクは平気かな~」
この荒野に足を踏み入れる前準備として、三人の少年少女の背にはそれぞれ大きな荷物が背負われていた。それら全ての荷物は、いつもであれば少年の影の中に収納されているものだった。
では、どうしてわざわざ収納していた荷物を取り出すのかといえば、理由は至極単純で、この先からはその収納場所が使用できなくなるからだ。
それに合わせて、一人の少女は革と彫刻の施された木製装飾でできた靴を履き替えていた。これも、本来彫刻の靴を履くことで得ていた恩恵が得られ無くなる故だった。
もう一人の少女も、太ももに取り付けていた得物の木製棒を鉄製に戻していた。
これらは全て、この世界だけで得られる精霊の力を必要とするものだ。ここから先は精霊の力が使えない以上、使い道のないものだった。
「悼也にはいつも重いもの持たして……ありがとね」
「構わない」
この三人の中でも、特に重いのは少年のものだった。基本的な個人所持の荷物に加えて、その他にも多くの荷物を背負っている。それを気遣い少女は謝るかどうするかを迷って言葉を詰まらせたが、お礼を述べた。少年もその言葉の有無に限らず、その行為を当然としているために、いつも通りの返答をしたのだった。
「ふむ。準備は出来たかね?」
ひと段落をしたところで、老紳士が問いかける。
彼に関しては相も変わらず荷物も何も持っているものはなく、外套を身にまとっているだけだった。
「はい、大丈夫です」
「そうか。では行くとしよう。といっても、ここから先はひたすらに目的地に向けてまっすぐ歩くだけなのだがね」
「そうですね」
紳士の言葉に含み笑いを少女――椛は浮かべる。
紳士の言葉通り、ここから先の荒野には何もない。障害も無ければ山もない。ただ平坦な空間があるだけだ。はるか遠くには、薄らぼんやりとだけ目的と思われる場所が見えているだけ。
故にここからは、純粋な歩行による進行をするのだった。
何もない、というのは酷いものだ。
見上げれば空しかなく、俯けばひび割れた地面しかなく、見渡せば前方と後方に景色はあっても左右に限れば地平線まで何もない。最初こそその『何もなさ』に関心を惹かれるものがあるわけだが、結局すぐに飽きてしまう。退屈は、人を大いに苦しませるのだ。
「なぜかしら、凄く疲れるわ……」
「ん~、身体に余裕はあるんだけどね」
「ある意味では、暇よね」
「歩く以外は特にすることないからね~」
そんなわけで、絶賛少女二人は暇だった。
もちろん、二人とも足を止めてはいない。それどころか、しっかりとした足取りで着々と進んでいる。だがというか、だからこそというか、『歩く』という漫然とした行為しかしていないからこそ、二人は飽きるのだ。
椋に関しては意識無意識を切り替えればその程度のことは感じるわけもないのだが、今この場で無意識に歩く必要もなく、また暇を持て余している親友を一人にすることが憚れたからこそ同じ苦しみを味わうことにしていた。
当然椛も承知の上だからこそ、普通に会話する。これで会話がなりたたくなっていれば、椛は本当に歩くだけの装置と化してしまいそうだったからだ。
「それにしたってさ、警戒しなくていいっているのは気楽ではあるんだけど、気が抜けちゃうのよね」
そう、いつもであれば移動の際には常に細心の注意を心がけていた。危険との遭遇は出来うる限り避けなければならない。地形に関係することもあれば、魔物も同様だ。いつも両立して行っていたことを片方だけ行い、片方だけ行わないというのは、結構な違和感を生む。現在の椛と椋からしてみれば、のれんを押し続けているような感覚で気持ちが悪くもあった。
歩くと警戒を無意識の域にまで扱えるようになっていたことは確かにすごいことなのだが、まさかその無意識がここでこのような悪癖を生み出そうとは、考えもしていなかっただけに驚いてもいる。
「自然と出来るようになれるのは悪いことではないけどね~」
「それもそうね。それに、違和感だってそこまで不快に感じるほどではないし、数日もすれば治まると思う」
人間は慣れる生き物だ。
だから、気にしないうちにこの違和感も感じることはなくなるだろう。
椛はその思考のもと、退屈を紛らわせるために椋と他愛もない会話に身を委ねるのだった。




