表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Drifter  作者: へるぷみ~
帰るべき場所へ
88/100

案内人は謎な紳士

 「ふむ。待ちたまえ」


 早朝。

 身支度を終え、短い間でも使ってきた借家の掃除も終えて、街の門から出た。

 そんなところで、三人は呼び止められた。

 特徴的な言葉づかいに、独特な雰囲気を纏った気配。三人の記憶にはまだ新しく、突然現れて突然消えていた人物のものだった。


 「えと、紳士……さん?」

 「ふむ。その通りだ」


 そう、それは竜王の住まう山の頂で出会った紳士だった。

 相も変わらない奇怪な姿で、紳士は佇んでいる。

 出来ればあまり関わりたくない、というのが内心ある椛ではあるが、呼びかけられてしまっては反応しないといけない。意図的な無視とは、存外辛いものがあるからだ。


 「なんのようですか?」


 出来る限り笑顔浮かべ、用件はさっさと済ませてしまおうと、彼女は判断した。

 紳士はそれに気づいているのかいないのか、椛の質問に答える。


 「ふむ。君たちは、東にある廃墟に行こうとしているのだろう?」

 「っ!?」


 そしてその答えは的確で、三人が向かう場所を指し示していた。

 驚いたのは、そのことを三人の中でしか話されていないことだったから。竜の王には見えるところまで連れて行ってもらったがそれだけで、別にそこに行くといううまは知らせていない。ビスタートにも同様であり、彼にはいつも通りに接触し、竜族との友好関係を結ぶのに必要な資料を渡しただけだ。そもそも、東に荒野があり、街が存在するなど知るよしもないであろう。

 そうであるのに、この紳士はごく当たり前に、今回の目的を言い当てたのだ。


 「どうして、そのことを?」


 無論、秘密にしていた、というわけではないが、誰にも話していないことを知っているのであれば、疑問に思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 紳士は、その質問にも特に気にすることはなく答える。


 「ふむ。簡単に種明かしをしてしまえば、クロアが帰ってきた方角に荒野があったというだけのことであり、さらには君たちがその背に乗っていたからだよ。……しかしね、通常『この世界』の人間は、あの荒野の存在は知らない。この意味、もちろん分かるね? 椛、椋、悼也」

 「そんなっ……!?」

 「そう、椛のご推察どころか、まぁ君たち全員の考えている通り、儂はこの世界の人間ではない。それは、そもそもこの片眼鏡を儂が掛けていることに気付くべきだったのだよ」

 「そういえば、この世界の人って……」


 椛は自身の記憶を掘り返していく。来た時から、今に至るまで。出会ったすべての人物の顔を思い出し、すれ違った人の顔を思い出し、視界に入っていた人たちの顔を思い出す。

 そしてその中全てに、眼鏡は存在していなかった。

 全員が全員、眼鏡を掛けてはいなかった。それどころか、窓を除いてほとんどの物に硝子は使用されておらず、ましてや人の身に着ける硝子など一つも存在していなかった。


 「ふむ。そもそも、眼鏡は視力を悪くした者が使用するものである。そして、その原点となったのは肉眼でも捉えきれない小さなものを見るために生まれた、凸水晶などが発展して生まれたものだ。しかし、この世界においては未だに文明の発達は未熟だ。それ故に、眼鏡という存在に必要性を感じていない。だからこそ、彼らは眼鏡を装着していないのだよ。まぁ単純に、ほとんどの者は視力が高いからともいえるのだかね」


 気付けば、確かに違和感ではあったのだ。紳士の姿には。それは、確かに雰囲気などもそうだが、それ以上に、彼自身が既に身に着けているものでこの世界の住人ではないと、示していたからだった。

 椛たちはこの世界に順応させ、合わせることを選択したが、この紳士は全くの逆。自身の存在を世界に認めさせ、あるがままでいたのだ。

 それは、あまりにも信じられない存在である。他者との共通性を得ることで、人は社会を生きる。が、この紳士は社会どころか、世界から掛け離れていた。彼から漂う只者ではない気配は、そこにあるのかもしれないと、椛は感じた。


 「さて、儂のどうでもいい話はいい。それで、荒野に行くのだろう?」

 「え、ええ」

 「ならばその道筋、儂が案内しよう」


 突然の申し出。

 しかし、紳士の申し出は逆に、三人にとってはなんら違和感も与えることはなかった。この人物ならできるという感想を既に先ほどの会話と現在の印象で上書きされてしまったからだ。

 それでも、一応というか社交辞令的な意味で、椛は断る。


 「いえ、一応方角もわかっていますし、周辺の地図は全て頭に入ってから……大丈夫です」

 「ふむ。そうかね? しかし君たちは、あの荒野から先のことは知っているのかね?」


 だが、そもそも紳士の申し出は、椛が考えている一つ先の出来事を指していた。そして紳士が言ったことなど、椛は知るはずがない。


 「………………」

 「いやなに、儂も親切心や怪しい気持ちでの行動なぞそれほどありはせんよ。ただ、儂もあそこに用があるのでな。君たちが丁度そこに行くというのを耳にしたので、ちょっとした付添だと思ってくれればいい」


 答えを渋っていた椛に、紳士はとどめを掛ける。

 つまりは、目的地は一緒で、道順が一緒で、偶々の偶然なのだということを。

 そしてそれを言われてしまえは、椛に答えることは出来ない。なにせ、他人の行動に指図する権利などないし、力で服従させえるなどごく一部の例を除いて人道的ではないのだから。


 「そうですね。私たちは、私たちの思うように進みます」

 「ふむ。そうするといい。では、儂も行くことにしよう」


 互いの関係は、偶然同じ道順で同じ目的地へと向かうだけの他人だ。

 だからこそ二組は、それぞれ同時に街を出立する。

 紳士は先を行き、三人は後ろに張り付くようにして。

 東へと向かうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ