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Drifter  作者: へるぷみ~
帰るべき場所へ
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果たすべきこと

最終章、始まります。

 「学校? なんだそれは?」


 突然の申し出に、男は驚いていた。

 遠くに行っているということぐらいは把握していものだが、それでいざ帰ってきたとなると学校を作ってくれて言われれば、驚くのも無理はなかった。

 そもそも、この世界に学校というものがなかった。

 いや、厳密にいうなれば学ぶ場はある。しかし、それでも少人数の――多くとも三十人に満たない――場があるというだけであり、多くの者たちが通う場はなかった。しかも聞けば、その学校は、人間だけでなく、獣人、エルフ、竜も通う場というのだからさらに反応に困った。確かに、この提案をした人物は先ほどの述べた全ての種族と関わりを持っている。どころか、今まで自分たち人間しか文化を持つ種族がいるとしか思っていたところに、短い期間で三つの種族を発見し友好的な関係を築き上げた張本人だ。実績は表ざたにはなっていないが、実情知っているものだからこそ、その申し出を断るというのは厳しかった。

 学校に関して聞けば、大まかな説明、必要なこと、規模、その他諸々は資料にまとめてその場で提出され、概要は把握できた。が、それができたとしても、いちギルドマスターなだけである彼には出来ないことはある。たくさんある。


 「とはいっても、竜との友好的な関係を築くには学校は必要不可欠なんです」


 それでも、この提案した張本人もまた、引くわけにはいかない。竜と人間との友好的な関係を築くには最低でもこの学校がなければ成り立たないのだ。だからこそ、これだけは絶対に通さなくてはならない。そのために、提案者はしっかりと人間にとって役立つ利益を上げていく。


 「――異文化交流か。確かに、互いのことは全然知らないからこそ、意味はあるが……」


 そして男も、提案者の意見には元々反対するというわけではない。ただ、実現化するのに難しいということと、彼自身の立場としてあっさりと感情的に決めるわけにもいかないからこそ、まず反対するのである。そこからどう納得させるかを鑑みて、男は判断することにした。

 提案者が語った学校において、最も重要視されたのは『権利』だった。

 それもそのはずで、この学校の所有者が人間である場合、悪い言い方をするならば、人間の規則の中獣人もエルフも竜も過ごすこととなる。それは、他種族との共生ではなく、人間の支配と変わらない。よって、この学校における権利は各種族の王が所有する。また、学校における規則は全ての種族の中には当てはまらない中立のものとし、内部で起きた出来事のほとんども学校内で収めるようにする学校に所属していない者の介入は何人であろうとも許されず、もし違反した場合は相応の報いを受けることになる。など、それぞれがそれぞれ、平等となる条件を絶対としたものから、違反事項、学校の建前上の大義名分、その他も資料に記載された通りに伝えられた。

 これを聞いたことによって、男はもう一度考える『素振り』をし、答える。


 「まぁ、これなら上も納得できるだろう。利益においても、俺たちだけでなく、きちんと他種族に発生している。少しばかり時間もかかるだろうが、大丈夫だろう」

 「ありがとうございます」

 「礼を言うのはこっちだ。そりゃあ、今は色々と慌ただしいが、昔に比べれば活気づいてんだ。それを引き起こしてくれた張本人に頭下げられたら、オレは誰に頭を下げればいいんだ?」

 「それもそうですね」


 その言葉を締めに、二人の間で笑いが起こり、この会話はお開きとなるのだった。





 「ただいま」

 「おかえり~。どうだった?」

 「上手くいったわ」

 「お~」

 「これで、やり残しはないわよね?」

 「そうだね~」


 ギルドから自宅へと帰った椛に、椋が出迎える。

 先刻のビスタートとの会話がうまく収まったことを告げると、椋は手放しで喜んだ。

 そしてそれが、この世界における最後の関わりだと思うと、えも云えない感覚が過ぎ去るのだった。

 三人が竜の谷から帰ってきて三日。これから必要だと思われる様々な資料を集め纏め、それをビスタートへと持っていた日のことであった。

 当初危ぶまれていた食料に関する食費は、三人がピメンタに帰ってきたその日に、ビスタートが謝礼という名目で、余分すぎるほどに頂いたために解決していた。そんなわけで、今必要なのは明日を迎えるための準備だけとなっていた。


 「悼也は?」

 「ああうん、悼也君なら今日保ちしそうなごはんの買い出しだよ~」

 「何時頃出かけたの?」

 「椛ちゃんがギルドに出かけてすぐだったから、もうすぐ帰ってくるんじゃ――」


 椋が言葉を言い切ろうとしたとき、扉の開く音と、閉じる音が響いた。


 「――帰ってきたみたい~」

 「噂をすれば、ってやつね」


 含み笑いを互いに向けて、二人は帰ってきた悼也を迎えに行った。


 「おかえり」

 「おかえりなさ~い」

 「ああ」


 抱えられているのはたくさんの食材。しかしそれだけでなく、彼の足もとにある影の中にはこの数倍の量の食糧が入っているのをしっている。そして、わざわざ悼也が腕に抱えて食材を持って帰ってきたということは、それは今晩の料理に使用するものだから。彼は二人に返事を返すなり居間を通り抜けて台所へと入り、水の音が流れ出す。

 今晩の料理は、悼也が担当するようだ。


 「なんか、悼也が料理を作るのって外でしかないから新鮮よね」

 「そういえばそうだね~」


 彼の作る料理は良くも悪くも男の料理だ。加えて、その場だけで食べられるような料理を作るのではなく、日保ちし、栄養価も高い料理を作る。そういった意味では、椛の作る料理は基本的に内食なので、悼也の作る料理というのは新鮮であった。

 そうこうして二人が話している間にも、悼也は手際よく野菜の皮を剥いたり、水を沸かしたり、食材を切るなどと調理は進んでいく。

 彼の料理が出来上がったのは、それから三十分後だった。





 夕食も食べ終わり、身体を清め、もう寝るだけとなった。

 暗い部屋の中に、明かりは窓から差し込む光だけ。

 椛は布団に潜り込み、すでに明日のため就寝を始めていた。

 だからだろうか。


 「思い返せば、結構この世界にもいたわよね……」


 彼女は今、この世界にきて、ここに至るまでを思い返していた。

 巻き込まれるのは突然で。

 それでも生きるには順応するしかなく。

 一人では生きることは出来なかったであろう世界で。

 三人だからこそ今この時まで無事だったといえる。

 命がけのときなんて幾度もあり、椛も、椋も、悼也も、小さな傷は無数に負った。

 それでも、誰ひとりかけることはなかった。

 そしてこの世界とも、もうすぐお別れとなる。

 寂しさがないかと問われたら、もちろん寂しさはある。

 だが、三人には帰る場所がある。

 それは今意識を沈めていることの場所ではない。

 帰るべき場所へ。

 自分の人生のほとんどを生きた場所へ。

 帰るのだと。

 そう思い、椛は浅い息を立て始めるのだった。



三人にとっては、この日がこの世界における最後の晩餐ともいえるのでしょう。

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