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Drifter  作者: へるぷみ~
竜の谷
86/100

最後の交渉

交渉って、書くのがすごく難しいです。

 「うわ……」


 翌朝、最初に目にした光景に椛は絶句した。

 よくもまぁ、昨日は全く気にならなかったもんだと思いたくなるほどに、そこは荒れていた。いや、この原因を作ったうちの少なからず以上は自身のしでかしたことだと自覚がある分、落ち込みもした。

 やってしまったものを元に戻すのは椛の力じゃ不可能であるため、体裁を保つために風を操り、大きめの石や足をとられる可能性のある穴を隅へ押しやったり埋め込んだりをするだけし、それ以外の部分は目を逸らすことにしたのだった。それに、昨日も気にならなかったのだから、今日もすぐに気にならなくなるだろうと思って。





 その後、椛、椋、悼也のいつもの三人に加え、クゥを交えて朝食を摂る。食料に関して言えば保存の利く物を多めに持ってきていたため、一人分が増えたところで構わなかった。

 ただ、そこに乱入者が現れた。


 「お、うまそうな匂いがすると思ったら、飯じゃねぇか!? 俺様にも食わせろ!」


 洞窟内で眠りこけていたクロアを起こしてしまい、そこから色々と騒動もあり、賑やかな朝となるのだった。

 これに関しては、人一倍の食い意地を張る者親娘小さな諍いがあったいうしかあるまい。





 そうして朝の諸々を終えたのちに、椛はもう一つの用事を終わらせることを思い出した。そもそも、三人がこういった場所に来られるのもその用事のついでとして来ているのが目的なのだから。

 だから、彼女はこの山の主であり、竜たちの王である黒竜と向かい合う。

 すでにクロアの姿ではない。そもそも、竜にとっては人間の姿をとる方が珍しいからだ。


 『で、話とは?』

 「はい。これは個人的な話ではなく、人間側からの話として聞いてください」


 空気もまた、先ほどまでのような解けたものではなく、縛り上げられるような、緊張の中にあった。

 無論、椛の口調も丁寧なものであった。


 「私たちは、竜の王である貴方様をはじめとした、知恵ある竜と友好的な関係を築きたい所存です」

 『………………』

 「私たちは、知恵ある竜に対して最大限の助力をしましょう。その代わりとして、私たちに力を貸していただきたいのです」


 この世界で最も敵に回してはならないのは、竜である。その理由の一端を知っているからこそ、椛の声にはいつにも増して真剣味があった。

 そもそも、竜と人間とでは価値観がずれている。それだけに、何を交渉の材料に使えばいいのかが難しい。

 竜王は、その言葉に対して無言を貫いていた。

 椛は言葉を続ける。


 「現在私たちは、二つの種族と、互いの中を深めるために歩み寄っている最中です」

 『ほう』

 「私たち人間をはじめとし、獣人とエルフ。この二種族と、私たちは友好な関係を築きつつあります」


 実際に、現在のところ獣人との会合はうまくいっているようであり、同盟を結ぶ日も近くないという話は聞いている。また、エルフに関しては現在のところ、ドラクンクルトまで正式な関係を築けていないが、エルフと人間との橋渡しを行っている者が、ザントキシルムのギルドマスターであるグリュークであるため、そこも時間の問題だろう。

 明確に述べてしまえば、人間と竜を引き合わせるというのは大きな賭けでもある。そもそも、竜は基本的に群れを成そうとはしない。最低限の統率などは存在しているが、それでも個々の関係性は薄いのだ。それは、この種族に種別の枠がほぼ無いということと、他者を通じた繁殖を必要としないからなのかもしれない。

 だからこそ、この交渉はこの竜王の気まぐれ次第といった部分もまた、大きな壁としてあった。

 つまり、この場面において何が重要かというなら、この竜王の興味を惹かせ、最低限でも協力関係を結べるようにすればいいということだ。

 その条件に当てはまるものを、椛は昨日のクゥとの会話から一つ導き出していた。


 『それで、その言葉は我らに何の意味がある?』


 しかし、竜王にはそんなことはそもそも関係ないのだ。だからどうしたと、そう言ってしまうだけで、興味がない、話をしない、ということでこの交渉は破綻する。そのために、椛は話し続けなければならない。


 「はい、それは交流にあります」

 「竜とは、ほとんどが群れを成さず、個々の縄張りの中で生きていると聞いています。しかし、それでも、竜という存在もいずれは死ぬということを知っています」

 「だからこそ、新たな生命として生まれた竜を、知識、経験を必要とされる竜たちも最も成長させるのはなんなのか。それはおそらく、多くの他者との交流にあると思います」

 「そしてその場所を、私は知っています」

 『なんだ、それは?』


 椛の言葉に、竜王は興味を失っていないようであり、椛の言葉に耳を傾けている。この間に、できうる限りの情報を開示し、決めていくしかない。

 そのためには、嘘であろうと、はったりであろうと、貫き通す必要がる。


 「はい。それは、『学校』というものです」


 そう、学校。それが、椛の考えた案であった。

 学校。それは、元の世界では椛も通っている場所。自分たちよりも長くを生きている先達から知識を学び、社会の縮図の中で生きることによって経験し、それらを吟味し、思考することで知恵を身に着ける。そんな場所。重要なのは、社会の縮図というものを学ぶことで自分の立ち位置や客観的な視点、最善の選択肢を経験するということだった。

 知恵を持ち、交流をすることのできる者たちだからこそ、その場所は成り立つ。

 それは、人間だけではない。獣人も、エルフも、そして竜も。全ての種族にとって利益をもたらす場所であろうと、椛は考えていた。

 実際、これはただの空想の段階。実現どころか彼女の頭の中だけで組み立てられた場所。明確な目的、理由、そんなものは白紙であった。それでも、その場所が利益なるであろうということだけは、確信していた。

 椛は、その意思だけは伝えたくて、自らの言葉をもって伝えた。

 そうして話が尽きた時、ただ黙して聞いていた竜王は、話す。


 『竜という存在はほとんどが自由だ。気にするのは互いの縄張りであり、互いの関心は薄い。それは個々が人間に比べて遥かに強いからだ。群れる理由がないからだ。故に、人間が我らをどのように思うかなどはそもそも気にもならん。どんなに同族が死のうとも、逆恨みなどしない。それは、そいつが弱かったからだ。わかるか?』

 『ゆえにこそ、竜にとって必要だと思うもの、必要だと思わないもの。それらは、千差万別に存在する。どいつが何を学ぼうと、何を経験しようと、互いは関係ない。なぜなら自身を疑う余地がそこに存在しないからだ。それを考えてしまえば、我自身、その教育にはまったく『面白くない』』

 「………………」


 その言葉は、竜王としての否定であった。

 つまりそれは、交渉の失敗と同義だとも。そういえた。


 『だがしかし』


 だがしかし、竜王の言葉は、そこで止まることはなかった。

 同時に、椛の目の前が光りだす。

 それは、数度見た覚えのあるもの。

 そして目の前には、一人の女性が立っていた。


 「だがしかし、それは竜王として、永くを生きてきた俺様だから必要のないものだ。何せ、知識はそこらの人間には負ける気もなければ、そもそも何千年と生きて経験もある。知恵自体、俺様の中で完結しきっている」

 「だがまぁ、昨日お前たちと……人間と戯れてみてまたわかったことがある」

 「人間と戯れるというものまた、退屈しないということだ」

 「だからまぁ、竜王ではなく、今この姿で、竜人としてのクロアとしての意見を述べるのであれば、『面白い』」


 その言葉は竜王という立場としてのものではない。個人の、クロアという存在としての意見だ。それでも、外聞として、竜王が認めた。そのことだけで、十分に、意味が存在した。


 「お前たちみたいな楽しめる人間がいたんだ。だったら、もっと面白い人間だっているってことだ。それに、獣人やエルフ。エルフに関しては合うのも久々ともいえるが、獣人にも興味がある。もしかしたら、そいつらはこれまで以上に楽しめるものかもしれない。そう考えるだけでも、今までの退屈を水に流せるぐらいにな」

 「それに、知識も経験も足りてねぇ奴もいるしな」


 流し目で、クロアは視線を向ける。そこには、実質クロアの娘である、クゥがいた。

 クゥに関しては無表情を貫いているが、内心何を考えているかなどわかるはずもない。が、彼女は何も言うことはなかった。


 「それに、さっきも言った通り、竜ってやつは興味には千差万別ある。つまり、興味のない奴もいれば、興味のある奴もいるってことだ。『学校』という場は、竜だけでなく、人間、獣人、エルフも来るんだろ?」

 「はい。そうなります」

 「そうか。だったら、俺様たちは好きにさせてはもらう。強要させる意味がないからな。それに、世界を知るというのは存外面白いことだからな」

 「ありがとうございます」


 それは、クロアなりの協力関係の了承であり、人間と竜の間での橋渡しに成功した、ということだった。


 「俺様自身、少しは人間たちの中で生活したことはあるからな。こういったときは、お前たちの責任者らへんの奴らとも話し合う必要があるんだろ?」

 「そうですね。誰か、竜族を代表できる方がいると助かります」

 「じゃあクゥ、お前行ってこい」

 「……ん」


 クロアの突然の言葉に、クゥは戸惑うことも無く頷いた。

 これに関しては、椛も助かったともいえる。下手に人間社会を知らなかったり知っていいたりする竜族を連れて行ってしまった場合、いろいろと面倒なことが起こると厄介だ。しかし、クゥであればすでに人間の中でも身元を証明できる『証』持っている。それに、どれだけかはわからないが、人間の社会の中でも生きてきたのだろう。会話の意思疎通に若干の不安はあるが、それでも信頼は出来た。


 「わかりました。でしたら、今日の昼にはここを出ます。よろしいですか?」

 「ああ、好きにしな」


 こうして、椛たちは竜族との交渉を終え、自分たちが元の世界へ帰るための手掛かりを手に入れた。

 その日の昼、三人とクゥは、ドラクンクルトへと向かうため、竜王の住まう山をあとにしたのだった。



 

 今章はこれにて終わりとなります。

 残りは、最終章とエピローグだけです。最後まで、どうかお付き合いください。

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